11.誓いの指輪
「嫌いじゃないわ」
嫌いじゃない。嫌いなはずがない。
「では、好きですか?」
「……」
まるで次の質問を用意していたかのように間髪入れずに聞いてくるニールに、私は一瞬言葉を詰まらせる。
ずるいわ、そんな聞き方をするなんて。
「……まぁ、好きではあるけど……」
「本当ですか!?」
「ええ……」
するとわかりやすく嬉しそうに目を見開いて大きな声を上げるニール。
「では、俺のどこが好きですか?」
「え?」
そんなニールを見つめ返すと、彼は期待に満ちた瞳で少しだけ緊張の色を顔に浮べて、わくわくした様子で私の答えを待っていた。
これは、答えるまで終わらなさそうだ。
「顔ね」
「……他には?」
だからとりあえず即答した私に、少しだけ不満そうに唇を尖らせるニール。仕方ないので少し真面目に考えてみる。
「そうね……いつも冷静で、強くて、私を守ってくれるところかしら」
「他には?」
「……背が高いところ」
「他には?」
「……たくましい筋肉……かな」
「他には?」
「……雰囲気が格好いい」
「他には?」
「…………もういいでしょう!?」
駄目だ。たぶんこれ、永遠に終わらない。
じっと私を見つめ続けているニールに、私の顔が熱くなる。
〝私をいつも見てくれていて、信じてくれていて、私の無実を証明するために一生懸命動いてくれたこと――〟
頭の中で浮かんだその言葉は口にできなかった。
というか、どうして私は自分の護衛の好きなところを並べさせられているのよ!?
「アデリナ様、さっきから俺の見た目ばかりですね」
「そう?」
「そんなに俺の見た目が好きですか?」
「……っ!」
跪いていた腰を上げて隣に座ったと思ったら、ずいっと顔を寄せて口元で小さく笑いながらそんなことを囁くニール。
ずるい……!! 好きよ、確かに見た目はとてもタイプだけど…………っ!
「ちょっと……離れて!!」
距離が近い。
いくら婚約者だとしても、近すぎてドキドキしてしまう……!
「……失礼しました」
ニールの胸に手を当てて彼を押し返すようにすると、彼はしゅんと眉根を下げて肩を落とす。
「……」
……そんな悲しそうな顔をされると、悪いことをした気になってしまう。
それに……少し可愛いのよね……。
「嫌だったわけではなくて、恥ずかしかっただけよ……?」
「アデリナ様……」
どうしてもニールの目を見て言うのはまだ照れてしまうけど、今のは本音。
ニールのことを嫌いなはずがないし、触れられるのも側にいてくれるのも嫌ではない。
本当に、まだ慣れていないだけなのだ。
だけど、私だって知りたい。ニールがどうして私を好きなのか。いつから好きになってくれたのか。
いい機会だし、聞いてみようかしら――。
「ねぇ、ニール」
「好きです、アデリナ様」
「……っ」
口を開いた私の手を取って、ニールは熱い視線を向けてきた。
そのあまりに熱心な視線に、私は言葉を呑み込んでしまう。
「抱きしめても?」
「……ええ」
小さく頷くと、ニールからは安心したように息が吐かれる。
そしてそっと私の身体に腕を回すと、とても大切なものに触れるように抱きしめられた。
「貴女のことは俺が守ります。ずっと側にいます」
「……」
私の存在を確かめるように背中に回された腕に力が込められた。彼の気持ちが伝わってくるようだ。
ほんの少し離れただけなのに……。そんなに心配だった?
とてもドキドキするけど、ニールの胸の中は落ち着く。確か貴方は、あのときも――。
「……アデリナ様」
「……」
遠慮がちに、私も彼の背中にそっと腕を回した。
ニールの鼓動があまりにも速く脈打っているから、安心させてあげたくて。
ニールはよく、〝貴女を守る〟と言ってくれる。
嬉しいけれど、私はもう十分守られているし、やっぱりそれは婚約者ではなく、騎士としての言葉のような気がしてしまうのは、気のせいなのだろうか――?
「パーティーに戻る?」
しばらくニールと庭のベンチに座ってハグを交わしていた私たち。彼の背中に回していた腕を離して、私はそう問いかけた。
「よろしいのですか? お疲れでしたら、このまま帰宅しても構いませんが」
「ニールは、私とパーティーに参加するのを楽しみにしていたのでしょう?」
「……はい」
「それなら、いきましょう」
「ありがとうございます」
そう、本当はエリー様に挨拶をしたら、すぐに帰ろうと思っていた。
けれどニールが満足するまでパーティーを楽しむと約束したのだ。
だから私が先に立ち上がり、彼に手を差し出した。
そうすればニールは口元に笑みを浮べて、嬉しそうに私の手を握ってくれた。
「俺と踊ってくれますか?」
「ええ」
会場に戻ると、ニールは改めて私と向かい合って紳士的に頭を下げ、胸に手を当てた。
背の高い彼のそんな仕草はとても様になるし、指先まですべてが美しい。
周囲からの視線を感じるけれど、私の手を握ってくれている彼がいれば、怖いものは何もない。
「アデリナ様、今日は一段とお綺麗です」
「……貴方も、とても素敵よ」
「貴女にそう言われると、嬉しいです」
誰もが見惚れる美しい顔で、優しく微笑み甘く囁かれる。
私の背中にニールの手の温もりがあって、鼓動が跳ねる。
彼は冷たい印象があったけど、それは仕事に真面目で、いつも周囲を警戒して私を守ってくれていたからだ。
ニールはいつだって私の大切な護衛騎士だった。
最期のときも、一緒にいたのは貴方だった――。
「――アデリナ様、これを」
曲が終わると、ニールはおもむろに私の前に跪き、内ポケットから何かを取り出して私の指に嵌めた。
「指輪……?」
「遅くなりましたが、婚約指輪です。俺とアデリナ様を繋ぐ、指輪です」
「……」
薬指に嵌められた指輪を見つめると、とても美しい紫色の宝石が埋められていた。
「……素敵」
「気に入っていただけるといいのですが」
とても綺麗。一目で気に入った。
デザインもシンプルで、宝石の大きさもちょうどいい。
「ありがとう、ニール……大切にするわ」
「お守りです。いつも身につけていてください」
「ええ、そうする」
辺りにいた令嬢たちが羨ましそうに高い声を上げたのが聞こえたけれど、私の目にはもうニールしか映っていなかった。




