10.あなたが一緒にいてくれるなら
ただストレスを発散するために私やイルゼの文句を言うだけなら見逃してあげたけど、ニールに手を出すようなことを言ったのだ。
王女の婚約者に。
さすがに見逃せないわ。
「アデリナ様!? え……っと、その……!」
「……」
振り返ったリリーは顔を真っ青にして口をぱくぱく開けながら言い訳もできない様子だ。
一緒にいた友人たちは頭を低くして固まっている。
「そんなに自信があるなら、ニールに聞いてみる?」
「……申し訳ございません……!! その……、本気ではなく……」
「本気ではない? 冗談? 嘘? さすが、イルゼ様のご友人ね」
「……っ」
私は改心したのだ。
今までだったらこんな笑顔は浮べられなかった。
すごく腹が立つけれど、笑って注意してあげているのだから、私も大人になったわよね。
「まぁいいわ。ニールを心配してくれているようだけど、貴女には関係のないことだから放っておいてくれる?」
「はい……っ、申し訳ございません……」
にこり、と笑顔を浮べて言ったのに、リリーは唇をぶるぶると震わせて深く頭を下げた。
やだ、そんなに怯えなくても国外追放にしたりしないのに。
「誰が聞いているかわからないのだから、場所はわきまえなさい」
「はい……」
最後にそれだけ言うと、私は短く息を吐いて予定通り庭へ足を進めた。
このように、私が一部の令嬢たちから嫌われているのは知っている。
ニールと婚約したことで、彼を想っていた女性たちからも嫌われるのだろう。
「はぁ……」
パーティー会場から少し離れた庭に置かれたベンチに座り、一人息を吐く。
面倒なことが起きないよう、今度の人生では大人しく暮らそうと思っていたのに。
ニールに求婚されたことでとても目立ってしまったし、今も結局黙っていられず彼女を注意してしまった。
「……」
色んなことが起きたせいで、私はまだ頭の整理が追い付いていない。
断罪されて死んだはずの私は、やり直した人生でニールに救われた。
それからすぐニールに求婚されて、婚約して……。愛してると言われた。
とても嬉しかった。嬉しかったけど……。
「本当に、どうしてニールは私なんかに求婚してくれたのかしら……」
私に自覚がないだけで、なにか弱みを握ってしまったの??
いえ、そんなことはないはずだ。
ニールのあの様子は、弱みを握られて仕方なく求婚したという感じではない。
……やっぱり謎すぎる。
謎なことが多すぎて、考えるのをやめてしまいたくなる。
「アデリナ様」
「ニール……」
一人でぼんやりできたのは、ほんの数分だった。
すぐにニールが私を追ってきたようで、静かに私の前までやってきた。
「一人で外に出るのは危険です」
「……大丈夫よ。ここは公爵家だし。警備もしっかりしているわ」
「それでも俺は心配です」
「……ごめんなさい」
ニールの顔に本当に心配そうな色が見えたから、私は素直に謝った。
彼はさっきのやり取りは見ていないだろうし、聞いてもいない。
それでいいのだけど、それを一人で消化するにはもう少し時間が欲しかった。
王女だって傷つくし、落ち込むのだ。
「……あの者、名前は確か……ああ、そうそう、リリー嬢には今後、王宮や公爵家への出入りを禁止します」
「え?」
「すみません、俺がすぐに注意できたらよかったのですが、先にアデリナ様に行かれてしまいました」
「……貴方、聞いてたの?」
「はい……」
私の前に跪いて頭を下げたニールに、私は思わず声を張る。
私を追いかけてきたニールが、あの会話を聞いていたなんて。
「ですがアデリナ様、格好よかったです」
「え……」
「思わずみとれて出遅れてしまいました。ご自分で冷静に対処するアデリナ様が美しすぎて」
「……そう?」
「はい。不甲斐ないです……しかし俺がアデリナ様以外には興味がないということはよく言い聞かせておきました。いや、やはりそれでは足りないな。修道院送りに――」
「十分よ、大丈夫!!」
彼の言葉を遮るように言った私に、ニールは小さく「そうですか……」と呟いた。
あの後わざわざ、彼も直接リリーに注意してくれたのか。
……注意、で済んでいたらいいのだけど。
仕事モードのニールの怖い顔と、先ほど震えていたリリーの顔を思い出して、私は小さく苦笑いを浮べた。
「……アデリナ様は、俺が嫌いですか?」
「え……っ」
ニールのおかげで少し心が軽くなっていた私に、彼は真剣な表情でそう問うと、跪いたまま優しく私の手を取った。




