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攻略対象者たち


「というわけで、まずはアイリーン様があっさりと殺されないように一人の男に惚れるのを阻止しなければなりません」


 切り替えの早いイケメン有能執事はまだ照れるオレをさくっと無視してそう言った。

 …いや、いいんだけどね。


「というかそれなんだけど、オレ、男だし、男に惚れるとかないと思うんだけど」

「そうした油断と慢心が最悪の結果に導くのです」


 ぐう、そう言われると何も返せない。

 オレは淹れなおした温かい紅茶で一息吐くと、オディットは一枚の羊皮紙を持ち出して『アイリーン様生存計画』と大きく見出しを書いた。


「というか、お前オレが男とかそこにツッコミはないわけ?」

「仕えるべき主の性別など些末なことです」

「…あっそ」


 嬉しいような、くすぐったいような。

 そうもあっさり言われると口元がこうむずむずとにやけちゃうじゃないか。

 にやけた口元をカップで必死に隠しているとオディットの呆れた視線が突き刺さった。


「なに気持ちの悪い顔をしているのです」

「酷いなお前!喜んでるんだよ!察してよ!察してそっとしとけよ!」

「事実を述べたまでです」


 ツンとした態度だが、ほんのりと耳元が赤いのがわかるぞ。実は自分も言ってからちょっと恥ずかしくなったんだろう。

 …と思いたかったが、別段オディットの顔色に変化はなかった。畜生、鉄仮面め。


「私が"だうんろーど"された知識は私が関わる"真実の愛"ルートのみのようです。このルートだと、アイリーン様は"真実の愛"に目覚め、げーむ開幕前にお亡くなりになります」

「お亡くなりになりますねぇ」

「真剣にお考えください!」


 ふうふうと紅茶を冷ましてると、オディットの怒ったような声が響いて反射でビャッと体が跳ねる。

 こいつにはいつも叱られてるからこの声を聞くと反射で反応しちゃうのだ。


「いや、でもさ。このゲーム開始時点でアイリーンは十六才だろ?オレは今、一四。とりあえず、二年の猶予があるわけだよ、ワトソンくん」

「…誰ですか、ワトソンとは」

「この知識は知らない?向こうの世界で最も有名な探偵物語に出てくる名探偵の助手。賢くて苦労人でちょっぴり間が抜けてる物語の愛すべき案内人にして唯一無二の名探偵の相棒」

「…唯一無二の相棒というところはいいですが、苦労人で間が抜けているというのは私に相応しくありません」


 オディットは満更でもない態度でふんと鼻を鳴らした。

 こいつ結構な自信家だな。まぁ、さっきまでのしょぼくれた態度より全然いい。


「…話を戻します。二年猶予があるということですが…だと、しても。私が持っている"しなりお"の知識と記憶の齟齬、そしてあなたの存在で今、この世界はかなり不安定になってると予想できます。念には念を、慎重すぎるくらいで丁度いいとお考えください」

「…へーい」

「返事ははい、です」


 先生か母ちゃんみたいなオディットに思わずオレのテンションが下がる。

 くそう、こいつ年下だろ?オレが死んだのが二十二才。こいつは確か…、ルート開始時点で二四…あれ、同じ年か。


「それであなたが惚れるだろう相手ですが、まず私」

「ない」

「…では、それ以外だとやはり"逆はーれむ"ルートの攻略対象者たちが怪しいのではないでしょうか」


 オレが速攻で否定すると、オディットは少し照れたような、それでいて少しショックを受けたようななんとも言えない態度で話を続けた。

 オレに肯定して欲しかったのか、否定して欲しかったのか…。まぁ、男心は複雑だからな。男はどんなに興味のない相手だろうと自分に興味ないと言われるのはショックなのだ。

 それにしても、オレが惚れると予定されていた相手を想像したことはなかったが…。


「攻略対象者たちか…」

「詳しいものではありませんが、私も一応攻略対象者たちの知識があります」


 そう言ってオディットはつらつらと語り始める。

 

 このゲームの攻略者たちはこの世界で最も繁栄する種族の長たちだ。


 まずは天翼族。

 見た目は天使か悪魔かって感じだな。鳥っぽい翼かコウモリっぽい翼か、何らかの翼を持っているのが最大の特徴。空に浮かぶ島に住んでいる自由を尊ぶ種族。

 そしてこの長であり、攻略対象者であるイケメンくんが、


「天翼族の長は、白銀の翼を持つ『ミスティ・ノーグ』様でしたね」

「ああ、そんな名前だった!」


 白銀の翼に、足は鳥のようなかぎ爪。さらさらの白銀の髪は肩ほどで切り揃えられ、片側だけ少し長い三つ編みをしていた。吸い込まれるような金緑の瞳を持つイケメンだ。いや、イケメンというか美少年というべきか。性格は温厚だが、怒らせると恐い。狩りが得意で、攻略対象者たちの中でも随一の武道派。


 次に、精霊族。

 こいつらは半精神生命体というべきか。幽霊のように物理的な体は持たないで生まれるのが特徴だ。自然の中でゆっくりと高まった大気中のマナによって発生し、自然と共に生きる種族。

 そしてこの長が、


「精霊族の長は、植物と雨の加護を受けた『ノネット・カラット』様」

「髪の毛が蔦みたいになってたイケメンだな」


 ノネット・カラットは植物と雨から生まれた精霊だ。

 黄緑色のふんわりとした長髪に、鮮やかな緑の蔦が王冠みたいに巻き付いていた。鮮やかな紫色の瞳を持っていて、植物と水を操る力を持つ。濡れたような、という表現がよく似合う艶っぽいイケメンだ。性格についてはよく覚えてない。


 それで、次は、竜族だ。

 大地の怒りから生まれたとされる大いなる大地の眷属。人族の姿と大きなドラゴン、二つの姿を持つ種族だ。大きな力を持つが、その力を利用されることは好まず、他の種族の前には滅多に姿を見せないという。


「竜族の長は『紅蓮・キサラギ』様ですね」

「なんで半端に日本風な名前が出てくるんだろうな」

「ネーミングの多様性の限界かと」

「身も蓋もないね」


 紅蓮・キサラギ。

 大柄な美丈夫で、濃紫の髪に一房だけ伸ばした炎のような髪の毛が特徴的だった。瞳の色も燃える炎のような赤。竜の姿も同じく赤色の鱗に、大きな鉤爪、大きな暗褐色の翼を持つ大層格好いいドラゴンだ。RPGのラスボスでもおかしくない格好良さだった。あれは男心が擽られたな、と思い出した。

 あのゲーム、イラストだけは無駄に良かったから、イケメンたちも目の保養になるようなものが描かれていたのだ。目の前のこいつもすごいイケメンだしな、と思わずじっとりと睨んでしまう。オレも生まれ変わったらイケメンだった!って言いたかった。


「…なんです、その顔」

「イヤ、ナンニモ」


 さくさく行こう。

 次は機人、と呼ばれる種族だ。

 西洋風のなんちゃってヨーロッパな世界観に突然出てくるスチームパンクな種族。それが機人。この種族が出てくるだけでこの乙女ゲームのクソさがわかるってもんだ。

 この機人、体の半分が機械、というか歯車とかで出来てる種族で、手先が器用なのが特徴。この世界の最先端技術は全部この機人が生み出していると呼ばれている。この近世ヨーロッパ風な世界に窓ガラスがあるのも、白い陶器の食器があるのも全部こいつらのお陰…らしい。ついでに湯船のある風呂も発明して欲しかったぜ。

 

「機人族の長が『07(ゼロセブン)』様。名前の由来は長として七番目だからということらしいです」

「そのまんまだな」


 呆れて何も言えないぞ。とはいえ、機械のナンバリングと考えればそんなものなのか。

 このゼロセブンは、桜色のさらりとした髪に、真っ黒な瞳を持つ美青年だった。落ち着いた、大人しそうな雰囲気だが、顔の半分ほどは機械で髪の毛で少し隠すようにしてたっけな。眼帯みたいだったからオレは格好いいんじゃないと思ってたけど妹には好評じゃなかったな。

 こいつはゲームの中でお助けキャラとしても大活躍だった。困ったことがあればこいつに駆け込んでイベントをこなせば次に必要なアイテムが手に入った便利マンだ。…実際にこの世界でこいつが生きてるって考えるとなんだかあまりに不憫だな。もし会うことがあれば優しくしようと心に決める。


「そして、最後が」

「鉱星族か」

「はい、そうです」


 鉱星族。この世界の星のエネルギーから生まれたとされる体の半分が鉱物でできた種族だ。光と重力を操り、その日その日を気ままに暮らす楽天的な種族。酒が好きで、祭りが好きで、綺麗なものが好き。この世界の美術品などの嗜好品は鉱星族のお墨付きがあってこそと言われている。

 その長は、宇宙のような銀色の細かい輝きを散らした黒髪に、オレと同じようなラピスラズリの瞳を持つ絶世の美青年だ。この青年こそが世界の美術品だろうというような美しさ…なのだと妹が語っていた。


「鉱星族の長は、『宵闇(よいやみ)』様。見た目だけで言えばこの方が一番美しいでしょうね」

「お前見たことあるのか?」

「ありますよ。城に登城したときに少しだけ拝見しました。五年ほど前の話なので宵闇様もまだ十才ほどでしたが『この世で最も美しい』という言葉の通りのお姿でした」

「ほお、お前くらいのイケメンでもそう言うなんて…」

「私など比べるのも烏滸がましいほどです」


 オディットはきっぱりとそう言い放ち、首を横に振った。

 心底から比べないでくれ、といった風に眉を寄せているがこいつだって大層なイケメンなのだ。向こうの世界の有名人なんて目じゃないくらいには。

 見たら眩しさで目が潰れるかもな。それにオレ個人としても絶世のイケメンに興味はない。そんなイケメン、無用な嫉妬を抱きそうだ。


「なら、オレはこいつらには関わらなきゃいいのか」

「そうして頂ければ助かりますが…」

「助かりますが?」


 え、何かあるのか。

 思わずぎょっとしてオディットを見ると、呆れたような視線とがっちり視線が絡まった。


「…お忘れですか?絆の乙女候補には、十四の年から定期的にその伴侶候補たちとお会いになる義務があることを」


 おっと、忘れてた。そんなこともあったな。

 ヒロインがいない現時点だと絆の乙女候補である王族の女子はオレだけだ。というのもヒロインは乙女ゲームあるあるのお約束通り、現時点では市井の身なのだ。ゲーム開始はヒロインとオレが十六歳のとき。ヒロインは特待生として学園に入学し、そこでイケメンたちと出会い自分が王族に連なるものだと知り、あれやこれやとイベントをこなし世界の覇者となるのだ。…いや、本当なんで最後世界の覇者になるんだ、このゲーム。

 当代の"絆の乙女"であるオレの母親は別に世界の覇者じゃないぞ。なんというか向こうの世界でいう日本の皇族みたいなものだ。平和の象徴。オレたち人族の国の最高指導者は別にいる。

 ちなみにオレの実際の父親はわからない。なんせ五人いるからね、父親。母である絆の乙女の伴侶は五つの種族の長だったものたちだ。

 人以外の種族は世襲制を取らない。その代にいる最も相応しいものが選ばれるそうだ。だから、オレの父親たちとオレの伴侶候補たちに血の繋がりはない。よって、オレが当代の長たちと伴侶になっても問題なし、というクリーンな関係なのだ。


 まぁ、そんなわけで。


 長たちもオレに会うしかない、ということになる。いやはや、向こうもこっちも選択肢がないとはなんとも哀れな…。自由に恋愛して、自由に結婚相手を決めたいオレとしては決められた伴侶というのは、心が重くなるばかりだ。

 まぁ、ゲームの中のオレはヒロインに二年のアドバンテージがあっても見事にフられて火炙りになるんだけどね。


「火炙りは…イヤだな…」

「もちろん、アイリーン様を火炙りだなんてそんなことはさせません」

「オディットくん…!」


 なんと頼もしい!無策なオレには勿体ないイケメン有能執事だ!

 オレがオディットくんならきっと頼もしい策を編み出してくれるはずだ!と期待に目を輝かせていると、何故か気まずそうに目を逸らされる。

 え、なんか嫌な予感。


「ただ…その、本日、」


 そこでコンコン、と部屋の扉をノックする音が響き、メイドの声が響いた。


「アイリーン様。機人族の長、07(ゼロセブン)様がお見えになりました」


 えっ嘘でしょ、とオディットを見ると、笑うしかないと言った様子のオディットがいた。 


「…ということなのです」

「なにが『ということなのです』だよ!」


 せめて先に教えてくれよ、馬鹿執事!



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