ダウンロードされる執事
まさかこの狂った世界の救世主か!
オレはどっと老け込んだような己の執事に笑顔で詰め寄った。…アイリーンの執事だが、今はオレの執事ということでいいだろう。
「オレ!坂巻明彦!日本人!向こうで死んでこの阿呆みたいな世界で一人だなんて心細かったから一安心…」
「ちょ、ちょっと待って下さい。貴女、アイリーン様ですよね?」
「アイリーンだけど、ちょっとアイリーンじゃない、だけどアイリーンな明彦くんだよ!そんでお前は何人?どこの誰?」
「アイリーン様…じゃない?」
「ほら、あれだよ、転生したんだ。向こうの世界から。最期はまぁ、ぐしゃっとしたあれだけど、今は綺麗なものだから結果オーライだ!」
きっとこのイケメン執事も向こうの世界の住人なのだろう。
オレは心細さが一気に解消されるようだった。向こうの世界の人間が二人。だからって事態が急に変わるわけではないが、出来ることは増えるはずだ。一人より二人。矢も三本あれば折れにくいとか、折れないとかなんかあったはずだ!
鼻息も荒くイケメンに期待の目を向けると、イケメンオディットくんは何故かさらに疲れたような顔をして片手で目を覆った。
お、どうしたんだ?
「それは三子教訓状の…ではなくて。向こうの世界…。なら、あなたはこの世界が"ゲームの世界"だとご存知で…?」
「おう!お前もそれを知ってるってことは、向こうの世界の人間だろ?」
「それは…残念ながら違います。私は…、いや、俺は…この世界が"ゲーム"の世界で俺がヒロインの攻略対象者だと知ってしまった、この世界の人間だ」
「なっ、」
なんだって!?
この世界がゲームの世界と知っていて、なおかつ自分がゲームの世界の住人で攻略対象者だと知っている…?なんだそれは。どんなバグだよ。
オレは疲れた様子のオディットくんの言葉を待つ。
「このゲームを作った"しなりおらいたー"?はどうやら二人いたようで、その片方が俺を作ったらしいんだが…。どうやらこの二人は仲が悪かったようでな。俺が攻略される"真実の愛"ルートやらが心底気にくわなかったらしい。凄まじい怨念を込めて、"こーど"?の裏?に"でーた"?を仕込んでいたらしいのだが、それが今の衝撃でどうやら俺に"だうんろーど"されたらしい」
「ええ…、そんなことある?」
「ない、と言いたいし、俺の愚かな白昼夢で済めば一番良かったんだが…。アイリーン様、いや、サカマキアキヒコ。お前の存在がこの馬鹿げた夢を真実だと物語ってしまっている」
それからオディットは、ダウンロードされた記憶に好き放題毒づいた。
曰く、「俺はあんな頭の軽そうな馬鹿女に靡いたりしない」だの「俺の過去を少し知ったからって何を偉そうに」とか「なによりなんだあの頭の弱そうな俺は…!チョロすぎるだろ…!」と最後はゲームの中の己まで罵倒していた。なんとも言えないが、同情だけはできる。このゲームのイケメンどもは大層チョロかった。"真実の愛"ルートとやら、オレはプレイしてないが、きっとこいつも大層チョロかったに違いない。
オレが打ちひしがれるイケメンに何も言えず「とりあえず飯でも食いにいくか?」と声を掛けようとしたとき、血走った顔のイケメンがオレの肩を強く掴んだ。
「サカマキアキヒコ、不味いぞ!このままだとお前は死ぬ!そして俺は職を失ってパン屋だ!」
「死ぬのは嫌だけど、パン屋は、まぁいいじゃん?」
「よくない!いや、確かにパン屋はいいが…パン屋になったら最後、俺はあのヒロインに攻略されてしまう!」
え、そこ問題なの?
と、思ったが、ヒロインをボロクソに言ってたオディットだ。嫌な女にいいように扱われるのは嫌だろう。もしかしたらゲームの強制力とかが働いて、自我を奪われてしまうかもしれないのだ。
それに彼はオレに…、アイリーンによく仕えてくれた記憶がある。
そんなオディットをここで見放して、はい、さようなら、と言うのはあまりに情がない。
こんなイケメン搾取ゲームでオディットが幸せになれるのだろうか?否、彼のこの反応ではきっとなれないだろう。というのも、このゲームのシナリオがあまりに酷すぎるのだ。イケメンはあくまでヒロインの欲望を満たすだけの哀れな道具。都合の良い人形でしかなかった。
そんな状況に彼を置くのは、嫌だ。
生まれた世界は違えど、オレと彼は一種の運命共同体だろう。
それにそう簡単に死んでやるものか。
今度こそオレはもっと生きたい。