思い出す記憶
「「イッタ!」」
ヴェール王国にあるグランヴェール城の中庭にある"砲台ケヤキ"から落ちたオレは思い出した。
オレの名前は坂巻明彦、日本人、二十二才、トイレのトラブルほにゃららでお馴染みの水漏れ修理サービス会社に勤めるナイスガイな男。
そう、男だ!
「なっ、なんだこれ!?」
ビラッビラのドレスに、腰まで届く艶やかな黒銀の髪。近くの水たまりを覗き込めばキラキラうるうるとしたラピスラズリのような大きな目が完璧な配置で嵌まっている美少女がいた。
うむ、まごう事なき美少女である。
って、そうではないのだ!
「この顔…クソ妹がやってたイケメン搾取ゲームの悪役じゃねえか!」
乙女ゲーム。またの名前をイケメン搾取ゲーム。男のオレからするとイケメンをちぎっては投げ、恋に落とすゲームなんて搾取ゲーム以外の何ものではないのだ。
あっちに良い顔し、こっちに良い顔し、挙げ句の果てに逆ハーレムエンド。
けしからん、なんともけしからん。
ヒロインにあっちやこっちに振り回され、最終的にハーレム要員の一人に落ち着くイケメンたちに同情の念すらを覚えることあった。…別に身に覚えがあるわけではない。断じてないのだ。
乙女ゲーム、『ルージュ・ヴェール~五つの王国と絆の乙女~』
それは六つの種族が繁栄する世界で、人族であり傍流であるが王族であるヒロインが五つの種族の長たちであるイケメンたちと恋したり、恋したり、そう恋をしたりして世界に平和をもたらすゲームである。
そんでもってこのゲームの最大の特徴は逆ハーレムエンドを推奨してることだ。
絆の乙女のサブタイトルが示すように、このゲームのヒロインは五つの種族のイケメンたちを平等に愛することで世界に平和と調和をもたらす…ということになっていた。意味がわからん。ちなみに個別ルートに入るとヒロインの人族と選ばれたイケメンの種族が世界の覇権を握ることになる。なんだそりゃ。
そしてそんなゲームの悪役にして、とあるルートでは開幕から死亡している哀れな王女。
それがオレ。
ヴェール王国第一王女、アイリーン・シュトラ・ヴェール。
ヒロインと同様に絆の乙女であるアイリーンはイケメンたちの寵愛を狙う…が、ものの見事に空回り最期は火炙り。
まぁこれはいい。アイリーンの自業自得の部分も大きかったからだ。
オレが納得いかなかったのは、ヒロインの隠しルートである真実の愛編。アイリーンの執事であるなんとかっていうイケメンに恋して人族が唯一最高の権力を握るルートだ。…どうにかならなかったのか、このゲーム。
まぁいい。そのなんとかってイケメンにヒロインが恋する真実の愛ルートだが、まずアイリーンが邪魔になったのだろう。なんとアイリーンは開幕で死亡し、職を失った傷心のイケメン執事が街のパン屋で働き出し、そこでヒロインと出会うのだ。
いやいやいやヒロインも一応傍流とは言え、王族だろう。なんで街中にいるんだ、とか、なんで城を追い出されてるんだイケメン執事とか鋭いツッコミを入れたいだろうが、ここはまあいい。ゲームのご都合だ。
オレが最も気に入らなかったのは、アイリーンの死亡理由だ。
このルートでアイリーンは開幕から死亡しているが、その理由は"真実の愛"に出会ったから、である。
絆の乙女であるアイリーンがただ一人の男を愛することは許されない、とどっかの貴族だがなんだかから暗殺者を寄越されて呆気なく死亡。ヒロインは"真実の愛"に出会って男も世界も手に入れるのにあんまりである。
男も女も、一途に愛を貫いてこそ。愛するなら死の果てまでも。
なんて硬派なオレは思っていたものだ。…悲しいことに死ぬまでそんな相手には恵まれなかったが。
「って、そうか、オレは死んだのか…」
確か…、通勤のために電車に乗ろうとして…、そうだ。目の前で線路に落ちそうになっていた子がいて、思わず手を伸ばしてその子はホームに戻せたけど、
「オレは弾みで線路に落ちたのか…」
ハハ、なんとも呆気ない。
すると、これはあれか。妹がよく言っていた"異世界転生"なるもので違いない。…何故か女になってるけど。
「…クソ、最悪だ…」
「…ん?」
そういえば、オレの痛みに呻く声のほかにもう一つ声があったような…。
と、声の方向を見れば、そこには"砲台ケヤキ"に背を預け、何故か悲観に暮れるイケメンがいた。
艶やかな黒髪を一つに縛り、珊瑚色に輝く切れ長の瞳は濡れたような色気を纏っている。
と、そこでオレはアイリーンの記憶を思い出した。
オディット・カーリー。
アイリーンの有能執事にして、実は人族の王家の血を引いたり、引かなかったりする…いや、この辺は良く覚えてないからパス。というか王族の血を引いてたら、オレの親戚になるのか?まぁいい。
大事なのはヒロインの真実の愛ルートの攻略対象者にして…。
「…城から追い出された哀れなイケメン」
「うるせえ!誰がパン屋なんてやるか!」
思わずぽつりと呟くと、キレのいいレスポンスがあった。
そこで「ん?」と疑問が一つ。
オレ、パン屋だなんて言ったっけ?
哀れなパン屋のイケメンも疑問に思ったらしく、切れ長の目を見開いてこっちを見ている。
「…なんでアイリーン様がそのことを…?」
それはこっちの台詞だよ。
もしかしてお前も転生者だったりしちゃうパターンなのか?