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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ヒトひとりを好きにするチカラ

作者: 大犬太一

 

 ここは古びたアパートの二階、若い男が住むような最低限の家具以外には何もない部屋。いつからかこの部屋に、一人引きこもっている僕はベランダに立って夏の景色を眺めていた。


 夕方でも暑い日差しの中、背中に赤いカバンを背負った少女がアパートの前を横切るのが目に入る。この時間に歩いてくるのをよく見かける、近くにある学校の制服を着た女の子。同世代と比べると小柄な体の彼女は、長い黒髪にくりくりとした大きな目をしていて、まるでテレビに出てくるアイドルのようだった。


 しかし、そんな完璧な容姿をした少女の背中にあるカバンは、可憐な彼女に似つかわしくない、古びてボロボロになったものだった。


 姉のお下がりだろうか? あるいは学校でイジメにでもあったのか? と、彼女が背負うのに不釣り合いに汚いカバンから、ついそんな事を考えてしまう。


 普段通りの無愛想な顔でアパートの前にある道を歩く少女は、二階の窓から自分を見つめる視線に気がついたようで、僕に向けて作り笑いを浮かべると軽く会釈をした。そして、また前を向いて足早にアパートの前を通り過ぎて行く。


 僕は部屋の中に戻るとすぐに、荒ぶる心臓を抑えて深呼吸をした。目と目が一瞬、チラリと合っただけなのに心の高鳴りは治らない。


 僕について少し、説明しよう。僕は今年で二十になるが、あいにく女性にモテるような容姿はしていない。それに、今まで異性とは付き合った事もない。


 異性に興味がないわけではない。これといって特に気にいる相手がいなかっただけの事だ。加えて、異性からも特別に気に入られることがなかった、という感じ。


 そんな恋愛とは無関係だった僕だけど、今は気になる人がいる。その子は自分より一回りもふた回りも年下の、小さな女の子だ。世間はこの気持ちを『おかしい』だったり、『気持ち悪い』というだろうが、好きになってしまったものは仕方がない。


 そう、僕は生粋のロリコンなのだ。


「どうしたら、あの子と付き合えるのだろう?」


 少女が通り過ぎてしまった道には、すでに興味はない。窓を閉めて誰に言うでもなく呟くと、ベッドに寝転がってスマートフォンで疑問の答えを検索する。


『学生 付き合い方』、『年の差 恋愛』。思いつく単語を元に数時間、電子の海を漂うが求めている答えは一向に見つからない。目につくのは否定的な意見ばかりだ。


 僕が検索を諦めかけたとき、一つの気になる記事を見つけた。画面に映る文字を注視して、声に出して読み上げる。


「ヒトひとりをすきにする力?」


 近くにあった電子辞書で言葉の意味を調べてみる。


 好きにするーー思い通りにする、やりたいようにする。


 それは今の僕にとって、とても魅力的な言葉。

 もしもそんな力があれば、あの子を好き放題できるかもしれない。


 僕はあまり期待をせずにそのリンクをクリックした。すると、一つのアプリのダウンロードが始まった。少しだけ待ってダウンロードが完了すると、文字一つない黒いアイコンがスマホの画面に現れる。とりあえずそれをクリックすると、まっ黒な画像が画面いっぱいに広がった。


 どこか怪しいその雰囲気に、僕の額からは汗が溢れる。数十秒間ただただその画面を見つめるが真っ黒な画面に何も変化はなく、僕は遂には諦めてそのアプリを閉じた。


 もやもやとした気持ちを抱えたまま、スマホをベッドに投げ捨てる。そして、暗い気持ちを払拭するように夕方に見た少女の顔を思い浮かべて目を閉じた。


 赤色のカバン。

 サラサラとした長い黒髪。

 自分とは違うまだ凹凸のない小さな身体。

 ウサギのように柔らかそうな白い肌。

 血のたっぷりと詰まった赤い唇。


 そして、目の下にある黒いアザ。


 数時間経っても細部まで思い出せる彼女の顔と、まだ見ぬ服の下にあるその身体を想像しながら、僕はいつのまにか心地の良い眠りについた。





 *************





「……さん、……いさん」


 夢の中で、女の子の声を聞く。

 可愛らしいその声は、何度も、何度も、繰り返し、僕の事を強く呼ぶ。


「変態さん」


 不意に耳元で聞こえる声にハッとして、布団の上で目を覚ます。手元にあったスマホを見ると、時刻は午後七時。夕方から眠りっぱなしだったせいか、部屋の中は電気も付いておらず真っ暗なままだ。


「どこから聞こえたんだろう?」


 目を覚ました僕は先程聞こえた声に対して、疑問の声を上げた。すると、


 ドンドンドン、と玄関から扉を叩くすごい音。

 家の外にいる誰かが扉を叩きながら、時折ドアノブをガチャガチャと回し出す。


 突然の出来事に恐怖を感じて、体は石のように動かない。何秒間か、はたまた何分間か、扉を叩く主はドアが開かない事を確信すると、音は聞こえなくなりやがて外の気配はなくなった。


 安心した僕は、部屋の壁にある電気のスイッチを入れた。


 チカチカと蛍光灯の光が瞬くと、部屋の中は昼間のように明るくなる。


 明るくなった部屋の中で僕の目に映るのは、最低限の家具以外何もない男が暮らすような狭い部屋。


 その部屋の片隅には、手足をガムテープで縛られた一人の女の子がいた。




「どうして君が家にいるの?」


 まず口から出たのは疑問の声。

 今僕の部屋にいるのは、僕が恋した女の子。床に横たわる少女は、夕方に見た制服のまま。さっきと違う点があるとすれば、僕を見る鋭い眼光と、手足にある長い縄だけだ。

 非現実な目の前の光景に、僕は思わず背後の壁に向かって後ずさる。


 その後少し間を置いて、少女の答えを待ってみた。

 しかし、目の前の少女は硬く口を閉ざして、何も答える気配はない。

 気まずい沈黙に耐えられず僕は続けて問いかける。


「大丈夫? いま縄を解くから……」


「ほんとに、何も覚えてないの?」


 手足を縛る縄を解こうと僕が一歩前に出ると、女性は信じられない言葉を発した。


「私のことがすきだから、こんな事をしたんでしょ? 変態さん」


 自分に近づく僕を牽制するように、諦めと少しの期待が篭った声を僕に向かって投げかける。そんな少女の言葉を聞いてもなお、いまいち状況がわからない。


 僕はあまり良くない頭で、可能性を模索する。


 例えば、こんな可能性はないだろうか? 実は僕は夢遊病で、抑えきれない気持ちが爆発して、寝ている間にこの子を連れてきてしまった、とか。


 もしくは、今まで真面目に生きてきた僕に、この世界の神様がこの子をプレゼントしてくれた、とか。


「どちらかといえば、前者だろうな」


 誰に言うでもなく、呟いた言葉に少女は不意にキョトンとした顔を作る。


 しかし、少女は狭い部屋の中に響く激しい息遣いに気がつくと、


「それで、変態さんは私になにをするつもり?」


「別に……君に何かをしようだなんて、思ってないよ」


「うそ」


 僕の口から漏れ出る、テンポの速い呼吸音。その音を聞いて、少女は僕の思考を読み取った。


「なんでもするから、早く済ませて私を帰らせて。あんまり帰りが遅くなると、お父さんに怒られる」


 これからこの部屋で起こるであろう行為より、その後の事を心配して少女の顔が青くなる。床に寝転ぶ少女の服がはだけた体に目をやると、震えているようにも見える。


 怯える少女の顔を見ると、今までに感じたことのないような大きな欲求を体に感じた。部屋の中に次第に広がっていく、少女の甘い匂いが僕の鼻腔をくすぐると、


 ーー頭の中で何かが切れる音がした。


 その直後、寝る前にインストールした『ヒトひとりを好きにする』アプリを思い出す。あのアプリが本物なら何も問題ない。これからなにが起こっても、少女を好きにできるのだ。

 彼女に対して何かをした証拠すら、消し去ることも難しくはないだろう。


 そんなありえないような希望にすがるほど、理性のこわれた僕の頭は、どこかおかしくなっていた。


「大丈夫だから、安心して。すぐに終わらせてあげるから」


 一歩一歩、ゆっくりと。まるで警戒する野生の猫に近づくように、僕は少女へと歩みを進める。


 少女に対抗する様子はない。


 遂には僕の体が少女の目の前に来て、その細く華奢な体に手を伸ばした。






 *************






 すうすうと、少女の寝息の音だけが狭い部屋へと響き渡る。


 僕の欲望を全て受け入れて疲れてしまったのか、少女は乱れたままの服装で布団に横になっている。


 そんな少女を愛しく思い、僕は再び体を手繰り寄せる。密着した少女の綺麗な足が僕の足へ、コツンとぶつかった。硬い感触を不快に思い、少女のポケットの中へと手を入れる。


 スカートの中を弄って、少女のポケットにあったのは小さな子どもが持つような、GPSの機能がついたスマートフォン。可愛らしいケースに入ったそれは、少女の雰囲気にぴったりだ。


 暗い部屋の中で画面を付ける。鍵のかかっていない事を確認すると、僕はその中の電話帳に自分のアドレスを追加した。


 こうして連絡先に追加をしておけば、この後僕が警察に捕まったとしても、いつの日か彼女の方から僕にコンタクトをとってくるかもしれない。


「お、お、も、り、は、る、か、っと」


 最後に自分の名前を入力して、スマホの画面をオフにする。スマホを閉じる前、画面の中に何処かで見たような黒いアプリが視界に映るが、今のスッキリとした頭ではどこで見たのかいまいち思い出せない。


 今もなお段々と大きくなる少女への思いを感じながら、淡い期待を胸に乗せて、再び僕は目を閉じる。


 そんな僕を蔑むように、アパートの外から聞こえるサイレンの音。

 僕はまた目を開くと、最後に眠る少女の頬に唇を当てて、部屋の外へと踏み出した。

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