油断
翌日の未明。ほぼ徹夜で騒いだ街は静まり返っている。暗く霞掛かった森の中を少数の冒険者と勇者デンシュウはテツの灰が入ったバケツを抱え、ガルネリ森林内部の大きな川を目指していた。
その川には特に名前等はない。そもそもガルネリ森林自体魔物が多く生息し、人々は深く入ることはないのでいちいち名前を持った河川や丘等はないのだ。
4時間ほど歩いただろうか、道中いくらかの魔物が現れたがデンシュウとそのお付きの冒険者達が撃退し無事に目的の川についた。
この川は幅にして200mほどある大きな川で流れは穏やかである。この川を越えると現れる魔物も一段と強くなりデンシュウといえど危険な場所になる。
最近この普段はこの川の向こうに生息しているはずのグリーンドラゴンがこちら側に来ているということで一層人々はガルネリ森林には足を踏み入れていないのだ。
デンシュウ達は周囲の警戒を怠らず、バケツを川に沈め洗い流した。昨晩の騒ぎの疲れも濃く残るが流石は一級の冒険者達でやるべきことをやるとすぐさまヒルバニアに引き返した。
帰りは少しペースが遅くなるも現れる魔物を斬り伏しながら進んでいくと、先頭を歩くデンシュウは恐ろしいものに気が付いた。
昨日、テツを拾った場所にまた人が倒れている。その肥えた体と一風変わった農夫のような作業着を着ているのは間違いない。
テツだ。
デンシュウに緊張が走る。まだお付きの冒険者は気付いておらず突然足を止めたデンシュウに面食らう。
「どうなされたのですか?」
「静かに!………昨日の魔王だ。つい先刻川に流した魔王がこの先にいる!」
「!?」
冒険者達はデンシュウの言葉とその雰囲気で恐慌する。
「落ち着け!向こうは昨日俺が見つけた時と同じで倒れている。恐らくこちらには気が付いていない。お前たちは南へ大きく迂回してヒルバニアに戻れ!俺は今一度あいつを仕留める!」
デンシュウは内心これは罠かもしれないと思っていたが、ヒルバニアに危険を知らせる伝令は必要であり自分の命に変えても魔王を食い止めなければならないと決断した。
昨日みたあの魔力で魔法を行使されれば自分は確実に殺される。
ここでこうやってテツが存在しているということはリッチかデュラハンかアンデッドの類いか、はたまた超越した存在なのか。
デンシュウはなんとか街に危険を伝えたかった。
デンシュウに言われた通りお付きの冒険者達は大きく南に迂回してヒルバニアに急ぐ。
デンシュウは倒れているテツがこちらの伝令を襲わないかじっと息を殺し監視する。
デンシュウとテツは距離にして150mあまりはあるが、デンシュウは勇者の洗礼を受けた際に光魔法の遠視と鑑定を手に入れていた。
そのまましばらくして日が最も高く昇り、デンシュウは微動だにせずテツの様子を伺っていたがついにテツは動かず、伝令として走らせた冒険者達が街に着くだろうという頃合いを見て接近を試みる。
常に臨戦の体制を取り続けゆっくりと意識をテツに完全に集中させ一歩、また一歩と接近する。その途中にデンシュウは気付いた。
「こいつ、本当に寝てやがる」
緊張の糸がほんのわずかに緩んだその刹那。
バクゥッッッッ!!!!
デンシュウの下半身は地面に飲み込まれ一瞬で消えた。
グリーンドラゴンだ。




