勇者
その瞬間テツの首に鋭い衝撃が走った。
周りの景色が上へと上っていくのを感じたと思うとまたいつぞやの様に意識は無くなる。
「おいデンシュウ。お前さんとんでもないモノを拾ってきたな。こいつは間違いなく上位の魔族か、よもや魔王の卵だったのかもしれねぇな」
「俺も驚いた。まさかこいつがこんなバケモノだったとは。俺の鑑定を以てしても見抜けなかったのはやはりそういうことだろう」
「しかしこうもアッサリ魔王級の首を跳ねちまうたぁ流石はヒルバニアの勇者デンシュウよな」
「よしてくれ、こいつは偶然だ。俺は偶々選ばれた中年B級の冒険者よ。人助けのつもりで連れてきたんだ。こいつがこの水晶に手を翳すまではな。記憶喪失だったと言うのは本当だったのかもしれないな。まさかこれ程の魔力を持った奴がこんな一瞬でやられるとは思えない」
「謙遜はよしな。お前さんの実力は誰もが認めるところだ。ま、いずれにせよ記憶を取り戻せば危険だったには違いねぇ。人類を救ったんだよお前さんは」
「はぁ、そうだな。こいつの遺体は燃やしてガルネリの川に灰を捨てよう」
ギルド内にいた冒険者達はこの光景を目の当たりして再度勇者に選ばれたデンシュウの実力に驚き畏れ、尊敬するのであった。
なぜ、デンシュウがB級冒険者であるのかと言えば彼は遅咲きだったのだ。冒険者登録をしたのがヒルバニアの街に訪れた30歳の時であり、それまではガルネリ森林の寒村で狩人をしていたのである。突如王宮の予言者により勇者に選定された彼は最寄り街のヒルバニアギルドに所属し、近年の複数の魔王誕生に伴うガルネリ森林の魔物の活発化を抑える為、活動していたのだった。御年35歳である。たった5年でB級まで上がる冒険者は過去に例をみないもので、来年にはA級になると囁かれている。
夜中の街の焼却場ですぐさまテツの遺体は焼かれた。ギルド内での目撃者の喧伝により、勇者デンシュウが魔王かそれに準ずる魔族を切り捨てたと夜中にも関わらず焼却場に人々は集まり、口々にデンシュウを称賛する。
数時間はたっただろうか、焼却炉から引き出されたテツの体は原型を留めず脆そうな骨と灰になっていた。
遺骨を砕き、灰を集め聖水をかけると大きなバケツに納めて明日朝ガルネリ森林で最も大きな川に捨てに行くとなった。
本日はめでたい日であるとヒルバニアの住人達が教会で真夜中にも関わらずデンシュウの為の宴を用意し、街中は既にお祭り騒ぎになっていた。
デンシュウもこの宴を受け入れ朝まで飲み明かすのだった。




