名前
「……ぅん」
ここ、どこよ?
私は体を起こして辺りを見渡した。
「やっと起きましたの?」
声のする方を振り返るとそこには発光する美少女が浮いていた。ああ、さっきの神とのやり取りは夢じゃなかったんだな、と私は確信した。
「あなたが私の精霊ね!めちゃくちゃ可愛いじゃん!」
「……ッ!当然ですわ」
あれ?もしかして照れてる?ツンデレ!?そっぽ向いてツンツンしてるけど嬉しそう。ちょー可愛い!現実にいるツンデレなんてウザいだけだと思ってたけど、それに堪えうるだけの容姿があるとさすがに可愛いわねー。やっぱ、見た目が全てよ。可愛いは正義!
「なに締まりのない顔をしていますの?わたくしのマスターというなら、早くわたくしに名前をつけなさい」
「名前?」
うーん、蔑む顔も美しいわね。こんな子を創造できるなんて私天才!
「そうですわ。マスターに名前を与えられて初めて主従が成り立つんですの。逆に名前を与えられない者はダンジョンに住まうだけの知能の低い下等なただのモンスターですわ。わたくしをそこら辺の野良ダンジョンモンスターにしないでくださる?」
「へぇー、ダンジョンモンスターってそういう仕組みになってるんだー。じゃあ、名前は必要だね!」
「……貴女は神から説明を受けてダンジョンマスターになったのですよね?」
「そうだよー。でもあんまり詳しくは説明されてないよ?神から教えて貰ったことといえば、ダンジョンを攻略されたら奴隷人生確定ってことと、ダンジョンマスターは準神様?だからダンジョンを自由に創造できることと、ダンジョンモンスターを作るのはイメージが大事ってことくらいかな」
光の精霊が驚愕に目を見開いてよろめいた。驚いた顔もふつくしい。
「そ、それでは何も知らないのと一緒ではありませんこと?いえ、わたくしは精神系の能力を与えられておりますのである程度なら神の知識を引き出すことはできますけれど……。そんな無知ではわたくしがいなければ貴女は確実に死んでますわよ!」
「んー、あっ!だから神は初めてのモンスターは精神系がオススメって言ったんだ!自分で説明するのがめんどくさいから」
あの神ならありえるわ。全然人の話し聞かないし、モンスター作ったら用済みってな感じでさっさとこの世界に送るし。まったく、とんでもないわね。
「か、神ともあろうお方がそんな……」
「まっ、神のことはどうでもいいわ!だって私にはあなたがいるんだから!これからよろしくね!」
また驚いたような顔した光の精霊はすぐ呆れたような表情をした。
「貴女はとってもお気楽なのですわね。その分これからわたくしが苦労するのでしょうけど、わたくしを造った功績に免じて貴女を助けてさしあげるわ」
ふふん。こういう高飛車な状態の時がこの子の絶好調ってわけね。
「うん、頼りにしてるよ!ルミナ!」
「……ッ!それがわたくしの名前ですの?いきなり決めるなんて……。でも、貴女……マスターにしては良い感性をしてますのね」
ふふ、気に入ってもらえたみたい。某光のお祭りから取った名前なんだけど、やっぱりライトアップされる光が一番綺麗だから、この子にピッタリの名前よね。
「でしょ?私の知ってる一番綺麗な光の名前だからね!」
ルミナはまたそっぽを向いて照れしまった。
「そ、それは光栄ですわ。ところで、マスターの名前も教えてくださらない?」
必死に話題を変えるルミナも可愛いなー。
「いいよー!私の名前はね……え?……えっと、あれ?……思い出せない!あれあれ?」
私がパニックになって泣きそうになっているとルミナが怖い顔をした。
「すぐ、神の情報を調べてみますわ!」
目をつむっているのにまるで修羅のような怖い顔のルミナは、なにやら頭の中から神の情報とやらにアクセスしているようだった。
「マスター、わかりましたわ。……神は、ダンジョンマスターになるために不要とされるマスターの記憶の一部を消去したようですの……」
「は!?」
え?意味わかんない!突然異世界に連れ去っておいて、私の記憶を消す?……ふざけんな!私は今人生で一番腹が立ってる!あまり過去を思い出せないけど、こんな声にもならないくらいの怒りの感情なんて初めて!マジふざけんな!
「マスター……」
心配そうに私に声をかけるルミナは今にも泣きそうな顔だった。その顔を見た瞬間、私は一気に悲しくなって泣いた。小さい子供みたいにわんわんと。
「うわーん!ひっぐ、ぐす、うわぁーん!」
ルミナも泣きながら私を抱きしめようと手を伸ばしてきたから、すがるようにルミナに抱きつこうとしたら、すり抜けてすっ転んで頭を地面に打ちつけた。
「痛ッ!!」
あまりの痛みに涙は引っ込んだ。いや、ちょちょぎれた。痛みで少し冷静になって考えてみたら、そういえばルミナは物理無効だった。私も触れないなんて盲点。
ルミナは私に触れられないことに悔しそうな顔をしたけど、そんなルミナがおかしくて可愛くて、思わず笑ってしまった。
「あは!あはははっ!」
私が笑うとルミナは驚いた顔したあと、少し怒ったような顔した。でもすぐ私につられて笑った。
「ふふ、ふふふふ!」
今度は笑い過ぎて涙が出てきた。そんな私をルミナはとびきりの優しい笑顔で私を包み込むように抱きしめてくれた。触れることはできないのに、ルミナに抱きしめられると温かかった。私は嬉しいのにまた悲しい気持ちを思い出して涙が溢れてきた。でも、笑い過ぎて泣いたことにしたかったから、声を殺して泣いた。ルミナの手が私の頭をなでてくれたような気がした。
「ありがとう、ルミナ。もう落ちついたよ」
沢山泣いたらスッキリした。ずっとルミナが側にいてくれたから、悲しい気持ちの全部を涙にして流しきることができたみたい。
まだ心配そうに私の顔を覗きこむルミナに、私はとびきりの笑顔を向けた。そしたらルミナも笑顔になった。
「マスター。一緒にマスターの名前を考えませんこと?」
二人の距離が一気に縮んだことを確信させてくれるルミナの優しい笑顔に、私はすぐに元気になった。
「そうだね!生まれ変わったつもりで新しい名前をつけるのもアリだね!」
「その意気ですわ!」
「でも、日本のこと忘れたくないから、日本人っぽい名前にしたいな」
「マスターの国の言葉で最も美しい名前は何ですの?」
「うーん、一番の名前なんてないよ。親から貰った名前がその人の一番の名前だからね。私の元いた国では、願いを込めて意味のある文字を組み合わせて名付けしたりすることもあるよ」
「意味のある名前ですか?」
「そう。文字自体に意味があるから、その意味にあやかって自分の子供に名前をつけるの。なんとなく、私の名前も意味のある名前だった気がするし、私の国の言葉で良い意味合いの名前をつけたいなー」
「でしたら、マスターの国の言葉で美や光に関係する意味の名前なんてどうですの?」
「……美って、そんなの私の柄じゃないよ。でも光はいいね!だってルミナとお揃いの名前になるし!」
そんなつもりで提案したわけではなかったのか、ルミナは恥ずかしそうにそっぽを向いてしまった。
「べ、別にお揃いなんて……。わたくしのマスターとして相応しい名前でなければ、わたくしの品格が下がるから困るだけですわ!」
「はいはい、わかったわかった」
私がニヤニヤ顔で返事するとルミナは怒った顔をして黙った。
「うーんと、じゃあ光に関係する名前だと、そのままヒカリか、アカリ辺りが候補かな。ホタルも虫の光だけど綺麗な名前だし、太陽とか月に関連する名前もいいかも」
「む、虫の光の名前なんてマスターに相応しくありませんわ!」
どうやらルミナは虫が嫌いなようだ。
「うーん、パッと思いつくのはヒカリとアカリだから、フィーリングでアカリに決めちゃおう
!」
「アカリ……可愛らしい響きの名前ですわね。どういう意味合いの言葉なんですの?」
「うん、アカリっていうのはね、私のイメージではホッとする光って感じ。ポッと灯る優しい光で、灯台みたいに人々の道しるべとして輝く光だよ」
「優しい導きの光……なんて神々しい名前なんですの!素晴らしいですわ!わたくしのマスターに相応しい名前ですわ!」
ルミナは恍惚とした笑みで私を讃えた。
「そ、そんな大げさに褒めなくても。でも、ありがとうルミナ。これからはルミナとお揃いの光の名前、アカリとして生きていくよ!」
「マスターアカリ!!」
感動したという表情で私に抱きつこうとしたルミナはすごい勢いで私の体を通り抜けて行った。
やっぱり、物理無効で造ったのは失敗だったかな……。