08
次に恐れなければならない時間。
昼休みだ。
俺は昨日の夕食の残りを取りあえず突っ込んだ弁当を食っていた。
玲香との親睦を深めようと女子の軍団が彼女の周りに集まる。
それはそれで親衛隊の連中は手を出しにくいだろう。
「あれ?珍しいね、弁当だなんて」
と、言って近づいてきたのは美里だった。
パンを持ちながら目の前の席に座った。
「まあな。たまには弁当でも悪くないと思ってな」
そうだ。このまま美里との話を続ければ玲香と俺の身も保証されたも同然だ。
「ふぅん。そういえば大我くんってクルマに興味あったんだね。以外だったよ」
俺は少しズレたメガネを掛け直した。
「それはこっちのセリフだと思うな。女子でクルマに興味あるなんてなかなか見ないぞ」
「あら、玲香のお姉様だってクルマ好きですわよ。もしかしたら玲香ちゃんもそうかも知れないし」
「確かにな」
空になった弁当箱を俺のカバンにしまった。
「そういえば、好きなクルマって何?」
「ずいぶんと唐突だな。まぁいいか。…DC5インテグラRかな?」
「へぇ。もしかしてホンダ党?」
「うーん、メーカーが好きって訳じゃなくて、クルマ自体が好きってことになる…な。うん」
「そうなんだぁ」
どうやら理解して貰えたらしい。
「かく言う美里は何なんだ?」
「えっ?」
美里は何故かびっくりした様子。
「何を勘違いしてやがる。クルマだよ、クルマ」
「あっ…ああ、うん」
なぜか動揺している。
「どうした?」
「うん。いっつも言うとやめておけって言われるからあんまり言いたくないんだ…」
「そうか。言ってみ?」
「でも…」
躊躇っているところを見ると、これは重傷だな。
中途半端にクルマに詳しい奴にしか話したことがないらしい。
「美里、これ見てみ」
「何?」
俺は右手に乗せた十円玉を見せた。
「俺が今からこれを弾く」
「うん」
「弾いたら表か裏が上になるな?」
「うん」
「弾いていない今、弾かれた後のコインの表裏なんか解るか?」
美里は首を横に振った。
「だろ?やってみないとその後の事なんか解らない。だから言ってみないと相手の反応なんて解んないんだよ」
「…わかった」
どうやら成功したようだ。
そして、本当にそのクルマが好きなんだな、と思った。
美里は大きく深呼吸をした。
「あのね、R33GT-Rが好きなの」
「33か。結構好きだよ、あれ」
「えっ?」
「みんなはあれは失敗作だからやめとけっていったんだろ?」
美里は静かに頷いた。
「あれは失敗作なんかじゃないんだ。33は高速域での安定性は34GT-Rよりいいんだ。32も33も34もGT-Rはそれぞれ一長一短。好きなクルマは好きなままでいいんだよ」
日本語的に文の順番がおかしい気がしたが、大丈夫だ。
「うん、そうだよね」
その時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
親衛隊の奴らが来なくてよかった。
「えっと…」
美里が自分の席に戻ろうとした時、何かを言いたげにしている。
「ありがと…ね」
「ああ、どういたしまして」
美里が話しかけてきたときより笑顔になっていたのが解った。
「あっ次体育だったか」
うっかりしていた。
俺はジャージを持って更衣室に向かうのだった。