鬼の神 神の獣
少しだけ時は遡る。
バルガンが走り去った後、鬼の兵達が自分の王を追いかけて走っていった。
獣王は北に向かい遠吠えをする。
すると大森林の各地に散らばった兵達も遠吠えをしていく。
しばらくすると遠吠えが帰ってきた。
「馬鹿な!!どこかの軍勢がタイガルドの姫君を襲っただと、、、いったい何をやっているのだ!!」
アルアは北に向かおうとしている兵達に駆け寄る。
「ワシも行く。胸騒ぎがして仕方がないのだ、、、」
獣王の軍勢は森を立体的に使いながら、物凄い速度で北上した。
しかしこの生い茂る森の中、鬼の兵達になぜ追いつかないのか疑問にも思ったが、途中でその答えが分かった。
彼らの走る道のすぐ横に、巨大なイノシシでも通過したかのような一本道があったのだ。
バルガンが行く手を阻むもの全てを破壊しながら進んだことが分かる。
アルアの軍勢はその光景に恐怖を覚えた。
その一本道を辿ると村に出た。
いやっ。正確に言おう。
村だった場所に出た。
中央には損傷の激しい鬼族の兵士達の遺体と一人の人族の女性の遺体だけが綺麗に並べられていた。
そして建物は消し飛び、村人達のバラバラになった死体が辺りに散乱している。
何人もの兵達が嘔吐をする。
なんとか正気を保っている兵が口を開く。
「ここは、猫族の村だったよな?」
アルアは村を見て何が起きているのか全てを察した。
ここは猫族の将軍、アンブルの村だ。
猫族はアルアに忠誠を誓っているものの、魔族と人族を毛嫌いしていた。
「馬鹿なことをしおって、、、」
その時だった。
さらに北にある隣の村から、悲鳴が微かに聞こえた。
獣族の彼らにしか聞こえない音だが、確かにそれは悲鳴だった。
「ゆくぞ!」
王の号令に部下たちは続く。
隣の村が確認できる距離に来ると、バルガンを追いかけて先に出た鬼の兵達がこちらへ走ってくるのが見えた。
鬼たちは獣族の子供達を大勢抱えている。
アルアを含めた獣族の軍勢は、子供を人質に取られたのかと一瞬思ったが、すぐに様子がおかしいことに気付く。
「アルア様!お逃げ下さい!!」
「お助け下さいっ!!!」
「全力で走るんだ!!」
鬼の兵達は口々にそう叫ぶ。
するとその後ろから村の者達も走って逃げてきた。
が、
その村の者達は順番に、一人ずつバラバラになって消えていく。
死んだ本人さえ、自分が死んだことに気づかないであろうスピードで惨殺されていく。
何が起きているのか、目で追えているのは獣王アルアだけだった。
「我が兵達よ。
鬼の兵と子供達を抱えてここから全力で離れろ!!
あれは、、、
あれは人の手に負える存在ではない。」
そう言うとアルアは全身の毛を逆立て輝かせた。
獣王アルアが神話に出てきた、あの時の姿。
『神獣化』である。
こうして神々の戦いは始まった。
神と神が衝突をすると木々は根元から吹き飛び、
地面は裂け、至る所から水が噴き出した。
辺りに残った者たちは暴風に吹き飛ばされ、爆音に耳を損傷した。
迫ってくるバルガンに腰を抜かして動けなくなった獣王の兵は後にこう語った。
「俺にはそれが戦闘なのかも分からなかった。地形が変わっていく様しか分からなかった。あれが神の力なのだとすれば、我々が生きているのは神の気まぐれだ。」と。
しかし天変地異を起こす争いの終わりは、意外にも静かに訪れた。
戦いの最中、鬼神は突然動きを止める。
もう一度動こうとアルアの方向を睨むが、突然大量の血を吐き、そして力なく膝から崩れ落ちていった。
神獣化を解き、形で息をしながら全身に傷を負ったアルアがそれに近づく。
状態を確認するためにうつ伏せになった鬼神の体を蹴り飛ばし仰向けに返すと、
そこには先ほどとは別人のように老いた姿のバルガン王の姿があった。
こうして神話には載らない神の戦いが終幕を迎えたのだった。




