英雄王登場
美しい鬼神の森に落ち着きのない男が一人。
普段は余裕いっぱいのバルガンも今日だけは明らかに苛ついている。
先ほど伝書バードを投げておいたので、もうそろそろ来る頃だろう。
実際には大した時間ではないがバルガンにとって長い時間が経過したころ、茂みの奥からマダラフとザムが現れた。
お互いが姿を確認すると同時に、バルガンは今までに見たことのない本気のスピードでマダラフに肉薄し、本気で殴りつける。
あたりには衝撃波が生まれるが、マダラフも何とかその拳を両手で受け止めていた。
ザムは止めに入ろうと思ったが、バルガンの顔を見てすぐに自分が出る幕ではないと悟る。
「マダラフ殿、、、これ以上私に、その大きな王の器を見せないでください、、、
これでは、これではっ!
、、、、私は自分を王と認められないっ!!」
バルガンからは大粒の涙が溢れていた。
そして膝から崩れ落ちてまた泣き始めた。
もちろんバルガンにもマダラフに王位を譲る心はあった。
嫌ではなかった。
しかし、しかしだ。譲れない気持ちも持ち合わせていた。
そんな自分が小さい男に感じてならなかった。
マダラフは腫れた手のひらでバルガンの背中に手を置いて優しく話しかける。
「王となる者は簡単に王位を譲ったりはしないぞ」
その言葉に一瞬バルガンは気持ちが軽くなるが、この余裕が許せないと思い直し、マダラフの手を乱暴に振り払って、涙に溢れるその目で睨みつける。
「いずれにしろこの件はしっかりと議論のうえ、、、っ!?」
マダラフとバルガンは同時に西の海の方を見た。
ザムは何だ分からない。
「なっ、、なんですかこれは」
「何かが入り込んだか、、、行くぞ!」
3人は茂みを掻き分けて西の港へと一目散に走った。
バルガンがその俊足で一番に到着すると港には大勢の風の国の兵士が横たわっている。
港の奥、何人かまだ立っている兵士達も見えた
そしてその中心に輝く鎧にマントを羽織った人族が一人立っていた。
間違えない。
森で感じた異様なオーラは奴のものだ。
バルガンはそのまま低い姿勢で走り込み、風の国の兵士達の間をすり抜けて、その死角から一気に殴りかかった。
しかしその人族はバルガンの完璧な一撃を掌で受け止め、すかさず反対の側の肘をお見舞いした。
それをバルガンがダッキングで避ける。
そしてその後、二人の全力の拳がぶつかり合い、両者後方に吹き飛ばされた。
人族は転がりながらもすぐに立ち上がり、瓦礫の中に吹き飛ばした敵の方を向き直すと、
その土埃から目を赤く変え、両の手を広げて近づいてくるバルガンの姿を確認した。
「おいおい、、、勘弁してくれよ、、、」
その時だった。
「両者待たれよ!!」
遅れてきたマダラフとザムが追いついてきた。
ザムは慌ててバルガンに駆け寄っていく。
「バルガン様、港に転がる兵士達は皆、気絶しているだけです。
恐らくやつには、、、」
「そうだ。敵意はない。
ずっと敵意はないと言っているのに到着するなりこれだ、」
人族の男はそう言うと両手を空へ向かって降参の意を示す。
よく見てみれば腰に業物を差しているのにも関わらず鞘から抜いてはいなかった。
それを確認するとバルガンは鬼化を解いて、緊張が解けたのか座り込む。
人族の男もへたり込むと、眼光だけ鋭くマダラフとバルガンを見る。
そして少し考えて口を開く。
「んー…、どちらがこの国の代表だ?」
その問に二人は顔を見合わせるとバルガンが明らかに嫌そうな顔をした。
それを見て人族の男は首を傾げる
「まぁ、良い。
どうせどちらも只者ではないのだろう?
とにかく飲むぞ!
タイガルドの美酒をたんまりと持ってきた!
今日はこの、ロイド=タイガルドが馳走しよう!!」
この豪胆な男は、世界に名を轟かす人族の英雄王、ロイド=タイガルド、その男だった。




