孤独の魔王
リックス視点に戻ります。
鬼化、モード『氷鬼』
これはメレス専用の必殺技である。
鬼族であるメレスのパワーアップをピーターが考えていたある日、メレスに初級魔法の授業で使用する適正判別の魔石を持たせた事が開発のきっかけだった。
彼女の手からは氷がパキパキと発せられたのだ。
鬼族は魔法が使えないという通説だったが、得意属性があるのなら活かせるのではと研究が始まった。
そしてメレスは毎日の魔力コントロールの成果で、鬼化の状態のみ体の表面まで魔法を使えるようになったのである。
それが鬼化、モード『氷鬼』である。
そのモード氷鬼を使ったメレスの勝利が決まると霊王は大量の血を吐いて床に倒れた。
その血の量は霊王がもう助からない事を示している。
しかしその顔はどこか嬉しそうだった。
「あの鬼の子はリックス君を愛しているのだな。
あの激情は実に美しかった。
やはり生身の人間は美しいな。
偽物を作れば作るほどそう感じてしまう。」
エンペラー種を召喚するのにかなりの体力を使ったのかもしれない。
見てわかるほどに霊王はみるみる衰えていった。
それを見てファルス先生は結界のすぐ近くまで歩いて行く。
「死ぬのは構わないが、ヴァリス教について知っている情報を吐いてもらおうか。」
霊王は椅子に捕まりなんとか体を起こして床に座る。
「そうしてやりたいが、そうもいかないようだ。
そこのゴーグルの君はピーター君かな?この水晶を持って帰って解析しなさい。
アルア以降でこの部屋に来た客がヴァリス教だ。
、、、時間がないな。」
霊王は映し出されたスクリーンを見ていた。
スクリーンには鬼化が解けて動けないメレスとそれに迫る霊王軍。
そしてメレスの回収に急ぐシェリル達が映っている。
メレスを巻き込むのが怖くて魔法が撃てないんだ。
大好きな彼女の絶体絶命のピンチを前に俺は叫ぶ。
「やめろっ!奴らを止めろぉ!!」
叫びながら霊王の方を向くと霊王は自分の首にナイフを突き刺した。
そして一言だけ呟く。
「ユーラルって奴にすまないと伝え、、、」
血しぶきが結界に当たって霊王の姿はこちらからほぼ見えなくなる。
そしてもう一度モニターを見ると霊族はメレスの手前ギリギリで糸の切れた操り人形のように次々と倒れこんでいった。
部屋に張られていた結界も消えていく。
こうして霊王ケント=サルヴァンドンは死んだ。
彼は決していい奴ではないけど、悪い奴でもなかったのかもしれない。
ただ、寂しい奴だった。
霊王に言われた部屋を開けると若い女性が子供を抱いて部屋の隅に座っていた。
どこかユーラルさんに似ていたので誘拐された娘と孫で間違えないだろう。
状況を伝えて納得してもらい、俺たちはこの城から出ることにした。
ユーラルさんの娘さんは死んだ霊王の姿を見て泣きながら近づいて行った。
よく状況が読めなかったが、歩きながら情報を整理した。
霊王はユーラルさんの家族には身分を偽っていたらしい。
同じように霊族に捕らえられたエルフの老人として優しく接してくれたとの事だ。
食事を共にしながら色々な話をしたそうだ。
霊王にとっては久しぶりの生身の人間との会話だ。
嘘をついてでも嫌な奴だと思われたくなかったのかもしれない。
つくづく寂しい奴だ。
城から歩いて水晶に映っていた戦場に行くと、カイル達が笑顔で手を振っていた。
カイルと俺はハイタッチをする。
「リックス!
やってくれたな。
だがこちらもギリギリだった。
メレスが頑張ってくれたよ。」
メレスは鬼化の後遺症か馬車の車輪にもたれかかりながら座っていて会釈をするだけだった。
「王城から霊王の魔法で戦場の様子は見れたよ。
メレス。頑張ったな。
ありがとう。」
俺がそう言うとメレスは顔を真っ赤にして下を向いた。
それを見てピーターが茶化す。
「メレスの『ぶっ殺す』は流石に怖かったのだよ。痛っ!!」
メレスはピーターに向けて石を投げた。
それは恐ろしく正確にピーターを捕らえていて、ピーターは半べそをかきながら俺の後ろに隠れた。
それを見てみんなで笑った。
また誰も欠けずにこのメンバーで笑いあえた。
今回の戦争は俺たちの大勝利だ。
こうやって全てのヴァリス教に完全勝利した日もみんなで笑いあいたいな。
それにヴァリス教の手がかりも手に入った。
これは大きな前進だ。
だが、この時はまだ霊王の水晶に記録されている衝撃の内容など知る由もなかった。




