ちかこのせかい・ゆたかのせかい1
私は生まれつき、近くにある物しか見ることができない。それも、たぶん、1cm先がみえているかどうかっていうあたりだと思う。
眼鏡をかけても見えない物は見えない。近視とは違うらしいとのことで、私は原因不明の視覚障害ということになっている。
わたしの目の前は、まるでいろいろなものに遮られているかのようだ。
それが、今日、どうやら本当にいろいろなものに遮られていたらしいということがわかった。
***
「あ、あの!友達に、なって下さいませんか?」
高校の入学式とホームルームが終わって、生徒が半分ほど教室を後にした頃、突然声をかけられた。初対面だぞ初対面。お前何を考えてるんだ。何も考えてないのだろうか。
そいつは白い杖を持っている、ちょっとぽっちゃりした女子生徒だった。目は小さくて、ソバカスがある。真っ黒な髪は真っ直ぐに切られたボブ。おかっぱと言った方がわかりやすいかもしれない。正直、あまり美人ではない。そいつは、まっすぐ俺を見ていた。
「なんで俺なんだ?ほかにもいるだろ、席の近い奴とか」
そいつはしばらく考え、
「あなたといると、あの、私も信じがたいのですが…」
こう答えた。
「視界が開けるんです」
白く、先端のあたりが一部赤い、杖。それは視覚に障害を持つものが持つという知識は俺にもあった。
そいつはじっと俺を見た後、目をそらして続けた。
「や、やっぱり、変、ですよね…!突然すみませんでした!」
がばりと頭を下げる。そして白杖を握りしめ、元の席に戻ろうとした。
「待て」
「へ?」
「断わるとは言っていない。四六時中べったりされるのは勘弁だが、…そうだな…空いている放課後に、勉強でもしないか?」
「…!いいんですか?」
目を輝かせるそいつを見て、俺はこっくりと頷いた。
「佐藤豊夏だ」
「一原千花子です」
微笑む一原を見つつ
『にいちゃんといると、おばけがこないんだ』
そんな台詞を思い出していた。