8 4/3πr³の自由
一粒の種に永遠を見る
二人は、まずデイジーの現状を確認することに決めた。
デイジーが意識のはっきりする範囲を浮遊し、その広さを測る。
地中は空中も含め検証の結果、半径30メートル程度の球状であることが判明した。
デイドリーが注目したのは、その範囲の中心が自分だということである。
「最初はこの場所に思い入れのある地縛霊なのかと思ってたけど、どうやらデイジーを縛ってるのは俺みたいだな」
デイジー曰く、デイドリーに声を掛けられるまで殆ど意識はなかったという。
原因は依然不明だが、自意識を得る切っ掛けが、同時に行動を制限する要因であるとデイドリーは考えていた。
次に、偽眼とデイジーの関係性について考察する。
デイジーが幻覚でないことの最終確認として、(こっそり)姿を変えることができるか試す。
髪や眼の色を多少被せることはできたが、基本的な形状を変えることはできなかった。
比較対象として小さくデフォルメした疑似デイジーを思い描いてみたが、こっちの変更は容易であった。
というのも、完全にデイジーでない生物への変更どころか、そもそも消すことが可能である。
それだけで、違いは明確であった。
『デイドリーが小さい私で遊んでる……』
謎の猟奇的趣味の誤解を解くのに、思いの外時間を要した。
次に、メモ帳のようなことがどこまで可能なのかを確認する。
デイジーに椅子や机を用意すると、普通に座ることができたようだった。
ただ地面と違い座っている感覚があるらしい。地面の場合は張り付いている感覚である。
試しに机の上に立ってもらったが、やはり立つ感覚があるという。
ちなみに下着の色は白であった。
『ハサミ』や『折り紙』も問題なく触れられた。
デイドリーが驚いたのは『枕』である。
まず、視覚情報からは得られない【ふかふか】という状態を持っていたこと。
これは、偽眼の【状態】付与の力が関係している可能性がある。
しかし、真に驚いたのはその中身であった。
枕の触り心地に喜び、それを何故か全力で投げて遊んでいた時、『枕』が破れ羽毛が溢れ出したのだ。
当然、枕の中身が羽毛であることは知っていた。デイドリーが生前使っていたからである。
ただ、思い描く際にそこまで考慮したかと言えば、そうではなかったのだ。
「そういえば、『万年筆』のときもインクのことまでは考えてなかったな」
デイドリーはある確認のため『車』を思い描く。
デイジーに中の様子を教えてもらうと、ハンドルとシート以外は再現されていなかった。
当然、エンジンがかかることもない。
今度は『望遠鏡』を思い描き、デイジーに使用してもらう。
デイジーは遠くが見えることに驚き、デイドリーにメモ『冒険者探す』を残すと頭上を飛び回りながら遠くを見て興奮している。
「やっぱり、ちゃんと【遠くが見える】のか」
ある確認が確信となり、デイドリーは分かったことを整理する。
・デイジーは偽眼で思い描いたものに触れられる(実感を伴う)
・偽眼で思い描いた幻覚は〝デイドリーが体験したもの〟に限り【状態】を持つ
・デイジーが変化させたものは消せない
『望遠鏡』を目前に描いた時覗き込んだが、デイドリーはレンズの構造を知らない。
ようは、ガラス板が付いた筒である。しかし、デイドリーも遠くを見ることができた。
『遠くに見える幻覚』を疑ったが、デイジーの視界が変化するということは間違いないだろう。
再度『望遠鏡』を描き視界上空の白を確認することで、再現性も実証できている。
また、デイジーが残した『遠くが見える!』というメモの切れ端をみた時、消そうとしたができなかった。
ちなみにハリボテの『車』は消すことができている。
消せないということで、もう一つ疑問が浮かんだ。
「デイジー!お前、メモ帳とペンはどこにしまってるんだ」
空で遊んでいるデイジーに声を掛けた。
呼ばれたことに気が付き、デイジーは下へと降りてくる。
答えを示すように、デイジーは持っていた『望遠鏡』をポケットにしまい、『メモ帳』と『万年筆』を取り出した。
メモ帳はわかるが、望遠鏡までポケットに入り切ったことを驚く。
「お前のスカートの中どうなってんだよ……」
まさかどこぞの四次元収納か、とデイドリーが思っていると、何を勘違いしたのかデイジーが恥ずかしそうにワンピースをたくし上げていく。
急いでデイジーの暴走を止めた後、デイドリーはいくつか検証を行った。
まず、ポケットにしまった幻覚だが、一時的に消えているようであった。
試しに『メモ帳』のストックをいくつかをデイジーに渡したが、一向に溢れる様子がない。
また、消えた幻覚に関しては『入れたら出せる。当たり前だよ〜』とのことである。
理屈はわからないが、デイドリーは考えるだけ無駄であると諦めることにした。 ポポポポポ…
その後『クレープ』を描き出したが、口にしたデイジーは目を線にして難しい表情を浮かべていた。
味がしないらしい。
もちろんデイドリーはクレープを食べたことがあった。しかし、味を思い浮かべることができない。
体験していても思い浮かべられない【状態】(味)は、付与できないことが分かった。
それでもモグモグやっているデイジーをみて、食べた直後なら美味しくできるんじゃないかと考えるデイドリーであった。
結局、デイドリーとデイジーの力では現状を打開できそうにない。
さて、どうしたものか。
ポポポポポポポ