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2 Hello World



「おはようございます!HelloWorldハローワールド へようこそ!」


 目を覚ますと知らない場所で知らないお姉さんに迎えられた。

 見渡すと辺りは真っ黒で、数歩前にある受付カウンターのような机とその奥にいる彼女以外は何もない空間が広がっている。

 寝惚けているのかこの状況に違和感や焦りを覚えることもなく、ただ立ち尽くすばかりであった。

 いっそ夢なのではないだろうかと思うほどに頭がぼんやりとしている。


「おはよう、ございます。ええと、ここはいったい」

「ここは世界樹の枝に特異点を構える転生安定所 hello world。通称ハロワでございます」


 俺の質問に、お姉さんは笑顔で答えてくれる。

 何やら聞き覚えのない言葉の後に続けられたリアルな単語が、僅かだが脳の靄を晴らす。

 ハロワ…職安とは違うのだろうか。

 転生?安定所といっていたから転安になるのか。

 どちらにしろ、自分がそんな場所で目を覚ます理由はないはずだ。

 再度手掛かりがないかと周囲を観察するが、受付カウンターとお姉さん以外は真っ暗。

 むしろ光源すらないように見えるのだが、何故目の前の物がこうもはっきり見えるのだろう。

 ん?というか、このお姉さん―――


「何か薄っすら光ってますけど、お姉さんは何者ですか?」

「はい、私は〝てんし〟です」


 天使……、今、天使と言ったのか。

 改めてお姉さんに目を向ける。とても綺麗な人だ。

 どこかに勤める受付嬢のような姿のため「お姉さん」と呼んでいたが、俺と殆ど変わらないのではないだろうか。

 そんな人が自分を天使だと主張している。

 確かに不可解な状況ばかりではあるが、さすがに天使はないだろう。

 翼もないし。……薄っすら光ってるけど。

 俺の困惑が伝わったのだろう。お姉さんが説明のため補足してくれた。


「転生者の使いとしてあなたの担当になった、転使です」


 やっぱり天使ではなかった。

 翼もないのに、内容が予想の斜め上遥か上空を飛び去っていったけど。

 とりあえず、今知りたいのはここがどういう場所で、自分がどうなるか。それだけでいい。

 

「ええと、転使?のお姉さん。結局このhello worldとはどんな場所で、どうして自分はその場所にいるんですか?できれば教えて欲しいです」

「ここでは、世界樹の枝における不適合者のアストラルを救済し、適合できそうな世界へ枝渡しを行っております」

「も、もう少しだけ分かりやすくしてもらっていいですか」

「そうですね。まず枝とは世界のことです。ある一つの世界で若くして死んだ者の魂を救い、より適応できる環境を斡旋しています。

 つまり異世界転生ですね。

 同じ世界での回帰転生ですと、次の人生でも上手くいかず早く死んでしまうことが多いので、このような救済をさせていただいております」


 結局、ほとんど理解できなかったが、一つだけ、意味の分かる言葉があった。

 そして、それは俺の二つの疑問の答えでもある。

 死んだ人間……。

 つまり、この場所は死後の世界であり、俺自身が死んでいるということ。


 ああ、そうだ……思い出した。



  ***



たった一人の家族だった母が亡くなり、15歳の冬、俺は天涯孤独となった。

自分の好きなように生きろと言われ、高校には行かず作家の道を目指す。

それから3年、18歳の秋。貯金が尽き、大きな間違いに気づいた。

物書きになるには、圧倒的に経験が足りない。

3年間、唯々紙と金を食い潰し、対人能力に問題はないが、ほぼ引きこもりの友人0。

今更後悔したところで、俺の3年間は返ってこない。

 

 とは言ったものの、実はそこまで落ち込んでいなかった。

 たかが3年だ。まだまだいくらでも人生はやり直せるだろう。

 だから、たくさん経験を積んで絶対に夢を叶えてみせよう。


 そんなことを考えながら、引越しの準備を進めていた。

 家賃が払えないのだ。

 机の上に縛り終えたダンボールを積んでいく。

 きっちり縛れるコツを思い出しながらビニール紐で作った輪っかを束ねていると、紐の先が積んだ段ボールに繋がっていることがわかった。どうやら切り忘れていたようだ。

 束ねた輪っかを一先ず首に掛け、高く積まれた段ボールへ鋏を持った手を伸ばす。


 ここから先はもう不幸な偶然だった。


 まず足をつった。

 バランスを崩し段ボールに体重を掛けてしまう。恐らくこの時点で段ボールは傾いていたのだろう。

 俺は気付かずにその場でしゃがみ込み足を押さえる。

 瞬間、後頭部に衝撃が走った。

 段ボールが落ちてきたのかと思ったが、そうではなかった。それならまだマシだった。

 自分は段ボールに引っ張られて、机に頭をぶつけたのだ。

 傾いた段ボールは机の向こう側に崩れ落ちていた。

 そのまま机を支点に切れていなかった紐が引っ張られ、束ねた輪っかが俺の首を絞める。

 立ち上がろうにも足がつっており、無駄にテレビでやっていたワザを使ったせいで、首を絞める8ビニール紐には指を挟む隙もない。

 苦しむ暇もなく数秒で意識が薄れていく。


 何故、荷物を机の上に高く積み上げたのか。

 何故、ビニール紐を切り忘れたのか。

 何故、束ねた輪っかを首に掛けたのか。

 何故、足をつってしまったのか。

 

 ああ、そうか。


 人生は何が起こるかわからない。

 ある日底辺にまで落ちることもあれば。

 奇跡のように好転することもある。

 そして今回は前者、突然のど底辺。

 だが、まさか地獄にまで落ちるとは考えもしなかった。

 

 足を吊ったらついでに首も吊れました、とか、ほんと笑えない。



 こうして、真崎義彦の物語は幕を閉じた



  ***



 記憶が、鮮明になっていく。

 急に思い出した死の事実。悲しめばいいのか、悔いればいいのか。

 自分の胸にある感情を見定められないまま、ただ、呆気ないものだと脳が呟く。


「やっぱり、俺も死んだからここに連れてこられたんですか」


 本来なら取り乱していただろうが、そうはなれない理由があった。

 このふざけた空間がその一つ。

 ハロワだとか転使だとかに緊張感がなさ過ぎる。

 しかも、次の人生を用意してくれるという点が大きい。

 家族もなく部屋にこもりがちで、知り合いも少ない自分にとって、元の世界での生活を失うことには何の未練もない。

 死にはしたが、好きに生きろという親の言葉も全うした、不幸じゃない人生だったと思っている。

 正直、夢を叶えられる時間さえ与えてくれるのなら、俺はそれでいいのだ。

 今までとは異なる国だろうが世界だろうが、言葉と文字があり、紙とペンがあり、人々が暮らすのであれば十分すぎる。あとは、


「死んだからという訳ではありませんよ。

 事故など誰にでも起こりうる不慮の死の場合、枝渡しの対象外です。

 今回は自殺ですので、不適合者という扱いになります。

 しっかりと見ていなかったのですが、その首の絞め痕は自殺によるものですよね?」

「そうです」


 咄嗟に嘘をついてしまった。それはもう息をするがのごとく。

 そっか、事故だとセカンドライフできないのか。余計なこと言わなくてよかったよ。

 あの事故死のことは墓まで持って行くことにしよう。もう、死んでいるのだけども。

 あとは、前世で軽視してしまった多くの経験を得よう、とか新たな生活に思いを馳せていた自分にとって寝耳に水、物思いに転使である。

 本当にやめてほしい。


「よかったです。もし間違っていたら減棒になるところでしたよ。

 お昼寝していたなんて知れたら上司に怒られてしまいます。

 首の痕だけで真実を見抜くとは、ぐっじょぶ私名推理です」

「いやはや、お恥ずかしい。さすがは転使さん。名推理です」


 転使さん、大袈裟に胸を撫で下ろしてからのサムズアップ。

 よくわからんが、俺の担当者はちょっと弱いみたいだから適当にヨイショしておこう。

 何か時間の経過とともに態度がくだけていく。年上っぽい貫禄は0であった。

 もう、お姉さんと呼ぶのはやめようか。


「さて、それでは条件に合った交換転生の相手を検索しましょう」

「交換転生? 相手っていったい」

「先ほども言いましたが、世界に適応できずに亡くなった方の魂は、転生しても同じような運命を辿り易いです。ハロワとしては、いっそ同じような境遇にある魂と世界を交してみてわ?という方針なのです」


 なるほど。二人の不適合者に運命を代わらせ、適合した人生を送らせるということか。

 しかし、異なる世界とは心惹かれるな。交換といったが、どの程度異なるのだろう。

 ヨーロッパやアメリカへ替わるだけでも俺にとっては異世界といえるし、ファンタジー小説のような竜を討ち、宝を追う物語も当然異世界だ。

 あいにくとゲームなどには疎く、殆ど文字からのイメージしかないわけだが、それを実際に目にするとなると胸が躍った。

 ファンタジーか。

 今までの執筆とは路線を変えて、冒険譚というのもいいかもしれない。

 しかも、生の冒険という経験を糧に。いい。どんとこいアドベンチャー。

 訪れるであろう未来に光を見ていると、タブレットのようなものを操っていた転使さんが声を上げる。


「あなたの条件でヒットする交換相手は……おや、勇者様のようですね」

「え、勇者ですか?物語とかにでてくる、あの」


 冒険を求めてすぐにこの采配。

 でも勇者か。冒険譚というよりは英雄譚かな。

 どうして俺の交換転生にそんな相手が選ばれたんだ?


「はい。その、勇者様です。簡単に説明しましょう」


15歳の頃に流行り病で両親を亡くし、天涯孤独。

母の遺言で勇者の血を引くと知り、故郷には残らず魔王討伐を目指す。

それから3年、18歳の頃、魔物が可哀想で殺せないまま旅は進む。

魔王に挑むには、圧倒的に経験値が足りない。

3年間、唯々時間と靴底を擦り減らし、戦闘能力に問題はないのに、ほぼ初期状態の魔力0。

今更故郷に戻ったところで、彼の3年間は返ってこない。


「迷宮で武器を奪われ首ちょんぱにて無事死亡。といった経歴ですね」

「全然違うのに凄い親近感です。でも無事じゃないよ死んでるよ」


 そもそもこれ、大丈夫なの?ここまで似た感じだと、結局早死にしちゃわない?

 まあ、俺のは事故死だから文句も言えないけど。言ったらセカンドライフなくなるし。


「とりあえず、あっちの世界を生きていくのに彼は優しすぎました。

 その点、少なくともあなたのいた場所は殺し合いが少ないご様子。

 あなたさえよければ、すぐにでも両者の交換転生が可能です」


 その平和な世界の一室ですら足をつって死んだんですが……。

 だいぶ勇者サイドに肩入れした斡旋だよねこれ。

 だがまあ、俺はファンタジー経験に期待してるから、精神的な意味で適応できそうだと言えなくもない。

 自害からの転生が許容されてるってことは、生存率より幸福感等を意識しているみたいだしな。


「大丈夫です。お願いします。」


 死なない程度に経験を積んで、異世界だろうが今後こそ作家デビューだ!




話を切るタイミングが行方不明。

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