1 英雄譚のはじまり?
その色を見る度に思い出す
君が僕にとって、冒険そのものであったことを
「勇敢なる者!」
瞬間、光り輝く対の紋様が少女の背から広がった。
それは小さな翼のように、光の羽根をまき散らしながら揺らめいている。
少女は肩越しに振り返り、守るべき小さな命を確かめると剣の柄を握る手に力を籠めた。
対峙するお猿と睨み合いながら、構えた剣先を向ける。
一瞬の静寂。お猿が動き出すと同時に少女は上体を屈め、身を投じた。
競り合う刃と腕。それを一度弾くと、目にも止まらぬ攻防が始まった。
少女が幾重にも剣を振るうが、お猿はそれを身の硬さで受け止め、反撃に重たい一撃放ってくる。
しかし、振るわれる腕を、少女は右手に持った盾で器用にいなしてしまう。
スタイルこそ違うが、その実力は互角であった。
「GYAU!!!GRUAAAA!!!」
醜く恐ろしい咆哮に、僅かな苦痛の音が混ざり始めた。
剛腕を躱し続ける少女に対して、剣を受けても無視していたお猿の肉体が、少しずつダメージを蓄積してきていた。
お猿の足がふらつくのを捉え、少女は大きく斬り下ろすための姿勢を取る。
お猿は堪らず腕を乱暴に振り回した。防御ですらない悪足掻きは、本来少女の脅威とはならないはずであった。が、お猿の腕から滴っていた血が偶然にも少女へと飛び散る。
咄嗟に少女は右腕で目を庇う。
この行動が奇しくも彼女の致命的行動となった。
右手に持った盾が左目の視界を遮り、振り回された腕への反応が遅れてしまった。
左胸に強い衝撃を受け、血の気の混じった息を漏らす少女の体が後方へと飛ばされる。
身体を丸めて転がり、何とか行動不能を避けたものの上手く力が入らず、苦しそうに息を荒げている。
それでも、
「絶対に守ってみせる……。こんなところで負けはしないっ―――!」
血を流しながらもお猿は両腕を振り上げ、よろめく少女を殺さんと飛び掛かる。
対して少女は剣を鞘に納め、事もあろうに瞳を閉じる。
それは僅かな瞑想。最後に見た光景と理想の未来を瞳の奥で重ね合わせ、手繰り寄せる。
瞳を開くと同時に少女は動いた。
眼前に迫った両腕を剣の鞘を掲げて受け止める。そのまま鞘を敵に押し付けるように固定しながら両手で剣を抜き、鞘を蹴り上げた。
敵の上体が反り、胴が大きく開く。
少女は剣を抜き放った勢いのまま身体を回転させ、力を乗せた剣先を敵の急所へと向ける。
まるで約束された軌跡をなぞるかのように、少女の剣がお猿の脇腹へと滑り込み、その心臓を貫いた。
「BYAP…!GBU――――」
「これで、ボクの勝ちだ」
急所への致命の一撃。
口から血の泡を滲ませ、お猿は地面に膝を着いた。打ち上げられた腕は少女に振るわれることなく、力を失い垂れ下がっている。
最期まで少女を睨んでいた瞳も光を失い、焦点の合わぬ濁った色を写していた。
お猿の脇腹から剣が抜かれ、ひと振り血を払った後鞘へと納められる。
その動きからは多少の疲れが伺え、肌には薄っすらと汗の筋が浮かんでいた。
拳を握ることで手の震えを誤魔化し、少し蒼い顔のままだが笑顔を浮かべて守ったものを振り返る。
「怪我はないかい?」
それは正しく英雄の姿であった。
今この時より、少女は立ち向かう運命へと身を投じることになる。
彼女の名は勇者エコー。
世界を平和へと導く者。
***
〈こんな感じで、どーかな?〉
「うん、初めてにしては悪くないんじゃないか。だが、何で敵がお猿なんだよ。緊張感台無しだろうが。ブラッチエイプに直すように」
〈えー、可愛くないよ〉
書かれた文章を確認しながら、あれこれと話し合う二人の姿。
いや、“二人の姿”と形容するには、実際の場景との齟齬が大き過ぎるのだが、それでも頭の中にはそんな風景を浮かべて欲しい。現状、それで問題はない。
これから紡がれるのは、一人の少女の物語だ。
些か田舎が過ぎる小さな村から、この冒険は始まろうとしている。
剣の腕を研き、仲間を集め、時に笑い、泣き、いつかの平穏を得るため旅路を行くことになるだろう。
戦士や魔法使い、神官などを引き連れて歩く彼女の未来が、非常に楽しみである。
さて、では先ほどの二人は何者なのか。
彼らは戦士や魔法使いではないし、ましてや魔王のような存在であるはずもない。だが、説明するとなると多少時間がかかる程度に彼らの状態、というか形状、見た目には頭を悩ませる部分が多い。
名前諸々、それらは追々語っていくとしよう。
というわけで、お気付きの方もいると思うが簡潔に。
そう、彼らは―――
――― 首だけ勇者とゴーストライター ―――
初投稿となります。
我ながら日本語がヤバい。
作品と同時に、私の文章能力の成長を楽しんで頂けると幸いです。