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DAYS 3:財力VS超能力

旭に薦められた「叶荘」への入居を断った美月は、突如現れた北之上と名乗る少年に引っ張られいずこかへと連れて行かれてしまう……。

「姉ちゃん……どこへ連れてかれたんだろ……」

 叶荘の前。姉が見知らぬ少年に連れ去られるという突然の出来事に立ち尽くしていた陽がぽつりと呟いた。

「……さっきの奴、北之上とか言ってたな」

「知ってるの? 旭兄ちゃん」

「名前はな。ここらじゃちょっとだけ有名な金持ちの家だ、北之上ってのは。早良(さわら)にでっかい家を構えてる」

 早良というのは特別区である福岡七区のひとつである。この特別区についての詳しい説明は後に譲る事とする。

「じゃあ姉ちゃん、そこに行ったのかな……」

「かもな……心配か?」

「そりゃねえ……姉弟だし、一応」

「えらいぽんぽんと連れ去られたからなあ」

「姉ちゃんまんざらでもなさそうだったけどね……」

「とりあえず、様子を見に行ってみるか……」

 陽に叶荘で待っておくように指示を出すと、旭は裏にある生家へ足を向けた。


「いやあ、一目見た瞬間にあなたしかいないと思いました……!」

 走行中の高級車の後部座席、北之上少年は隣に座っていた美月に笑顔で話していた。

「は、はあ……」

 何がなのかはわからないが、彼女はとりあえず適当に相槌を打っておく。しかし、そのおかげで夢の様な暮らしが手に入るかもしれない。少し強引に連れて行かれてしまっているが、一度足を運んで詳しく話を聞いておくのもいいか、と思っていた。

 車は三十分ほど走った(のち)とある住宅街の一角へと入っていった。巨大な門を抜けて美月の視界に三階建ての白い洋館が飛び込んでくる。見るからに大が付く豪邸であるのは間違い無い。

「おっきい……!」

「これからあなたの家になるんですよ」

「へ? ……あ、そっか、ここに住んだら……」

 屋敷の玄関の前の車寄せに停車した後、北之上のエスコートを受けて美月は外へと降り立った。目の前で改めて見てもやはり大きい。彼女の浅はかな経験と知識を以て例えるのなら(悪いが)、ミステリードラマで殺人事件でも起こりそうな館だ。

「さあ、中へ入りましょう」

 赤い絨毯が敷かれている館内を足音をほとんど鳴らさずに歩いていき、彼女は二階の端にある部屋へと通された。そこは先刻の北之上の言葉通り、広い個室だった。実際に何畳あるのかなど目測ではわからないため「とにかく広い」部屋である。

「うわ~~~~~~! ひろ~~~~~~~~い!」

 美月は感激して声を出した。ベッド、ソファー、大型テレビにクローゼット。それにドレッサー。ひとりで過ごすには十分過ぎるほど恵まれた部屋だ。

「今日からここがあなたの部屋です」

「本当にいいの!? あ……弟もいるんですけど」

「もちろん、弟さんにもこれと同じくらいの個室をお貸ししますよ」

「本当ですか!? だったら助かります」

「はい。ただし、ひとつ条件がありますが……」

「あ……やっぱりそうですよね……で、その条件って何ですか?」

「……こ、これを」

 北之上はいつの間にか用意していた紙袋を彼女に渡した。

「……? これは?」

「せ、制服です。この館ではその格好で過ごしてもらいます」

「へ~、制服かあ……」

「さ、早速着替えてくれませんか? え~と……そういえば、お名前は何でしたっけ」

「私? 浅倉です。浅倉美月」

「そうでしたか。僕は北之上義雄(よしお)です。では美月さん、そこのドアの先が脱衣所なので」

「あ、は~い」


「じゃ~ん。どう? 似合ってますか?」

 数分後、美月は共に黒を基調としたワイシャツとミニスカートを着こなして北之上の前に姿を見せた。どちらも白いレースが一部にあしらわれている。また同じくレースの前がけの様な物も付けており、肉付きのいい脚は黒のニーハイソックスに包まれていた。首元は可愛らしいリボンで飾られ、頭にはヘッドドレスが着用されている。

 一言で表すならメイド服である。

「な~んかこれ、見た事あるなあ」

 膝の上までしか隠せていないスカートをひらひらとさせながら言葉を続ける。それを見た北之上はおお、と堪らなそうに声を漏らした。

 だから美月さん、それメイド服ですよ。

「ん~……でもちょ~っとスカートが短い気も……」

「す……す……素晴らしい!」

「ふへっ!?」

 彼は突如声高に叫ぶ。

「や、や、や、やはり僕の目にく、狂いは無かった……! み、美月さん、あなたにはメイド服が非常によく似合うっ!」

「へ? ……あ、そうだ、メイド服だ」

「さっきぶつかって初めてあなたを見た時僕は雷に打たれた様にびびっときました! 何て素敵な方なんだと! 絶対にメイド服がよく似合うと! 僕の勘に間違いは無かった!」

 北之上の語気が強くなり、美月はつい気圧されていく。

「そ、そうですか? 似合ってるんならよかったです……」

「では、撮影を始めましょう……!」

「さ、撮影!?」

 何を言い出すのだ突然、と仰天する彼女の心中など微塵も気にせずに北之上はポケットからさっとカメラを取り出した。

「こ、これがさっき言った条件です……メ、メイド服姿の美月さんを撮影させて下さい……!」

「えぇ~~~~~っ!? きゅ、急にそんな事言われても……!」

「あ、駄目駄目! 恥じらうんならもっとしおらしく!」

「え、こう……?」

「そ、そうそう! いいです!」

 カシャッ!

「つ、次はこう、両腕を体の前でそろえて、スタンダードな立ちポーズを!」

「ス、スタンダード……?」

「そうそう!」

 カシャッ!

「あ~いいですね! 次はこれを持ちましょう!」

「……? トレイ?」

「そのトレイを両手で持って、こう……!」

「……? こ、こう……?」

 カシャッ!

「あ~~~~~~~可愛いです! じゃあ次はソファーに座りましょう!」

「……? う、うん……」

 何だか勢いに流されてしまっている気がする。

「膝を突いて……はい! そこからそのまましゃがんで!」

「……」

「あ~その……! 美月さんは胸が少しばかり大きいのでその……強調されてとても魅力的です!」

「……あ、ありがとうございます……」

 カシャッ!

「では今度はお尻を着いて脚を前へ……あ! 伸ばすのではなく膝を折って……!」

「……で、でもそうするとその……見えちゃう(・・・・・)……」

「大丈夫です! 絶妙に見えない角度を作ればいいだけですから!」

「や……さすがにこれ以上は……!」

 カシャッ!

「はい頂きました!」

「……がたがた……!」

 な、何だかこの人、おかしい……!

 北之上のテンションはさらに上昇していくのだった。

「では次はベッドに……!」

「も、も~う無理です! これ以上は勘弁して下さい!」

「温泉にサウナにマッサージですよ!」

「そ、そんなのはもういいから……!」

「大丈夫です! 写真を撮るだけで変な事は何にもしませんから!」

「もう十分やってます!」

「まあまあそう言わずに……はあ……はあ……」

 彼の息はどんどん荒くなっていく。

「ひ、ひいいいいいっ!」

 泣きそうになりながら彼女はソファーから飛び下りた。

「だ、誰かあっ! 誰か助けてええっ!」

 ふと窓の外に目をやると、ちょうど外に生えていた木の枝から旭がこちらを見つめていた事に気付く。奇妙な光景にぎょっとした美月はすぐに駆け寄って窓を開けた。

「かっ、叶君!? 何でここに!?」

「君の様子を見に来たんだよ。インターホン鳴らしても坊ちゃまは取り込み中だとか言って入らせてもらえなかったから壁『上っ』てそっから枝を『掴ん』でここに来た」

 屋敷の外壁は二メートル以上の高さがあったはずだ。おそらく彼は新鳥栖駅で見せたあの『見えない手』でここまで来たのだろう。

「りっ、理由はわかったからたっ、助けて! ……ひいいっ!」

 北之上に後ろから捕まりそうになったのですぐにまた逃げる。美月と彼は二十畳の部屋で鬼ごっこを繰り広げていた。

「……助けてもいいけど、ウチのアパート部屋が空いてて寂しいんだよな~」

「わっ、わかった入る! 入居します叶寮!」

「……にいっ。言ったな? ……あと、叶()な! ……浅倉さん、しゃがんどけ!」

「……はっ、はいいっ!」

 また窓のそばまで来ていた美月が身を屈めると同時に旭は窓枠を「掴ん」で屋敷に飛び移り、彼女のすぐ後ろまで迫っていた北之上に蹴りを浴びせて部屋に侵入してきた。

「おじゃましまーす、っと」

「なっ……何だあんたは! 突然!」

「さっき会っただろーが……」

 蹴り飛ばされた拍子に床に落とされたカメラを旭は拾い上げディスプレイをタッチして適当にいじり始める。

「……ふむふむ、全部チップに保存されてんのね」

「なっ、何をしてる!?」

「ん? 何でもない何でもない」

 そう言いながら撮影データが保存されているマイクロチップを取り出し、指先でぺきりとへし折った。

「あ~~~~~~!」

「んじゃ浅倉さん、とっととずらかるぞ」

「う、うん! ……っとその前に、着替え……!」

「さっさと取ってきなよ」

「うん!」

「! に、逃がさないぞ……!」

 美月の行く手を阻むため、北之上は脱衣所の扉を塞ごうと走り出す。

「まあ待て待て」

「!?」

 しかし、対面していた旭が手を開いて制止する構えを取ると一歩も前に進む事が出来なくなった。まるで見えない手で止められている様だった。

「すっ……進まないいいいいっ……!」

 必死に腕と足を動かす北之上だが、やはりどう頑張っても動けない。

「どっ、どうなってるんだあああ……!」

 この間に美月が着替えを取って出てきたのを確認した旭は構えを解いた。

「そんなに進みたきゃ進めよ」

「うおおおおおっ……うわっ!?」

 体重を前にかけていた北之上は突然抑止力が無くなったため勢いそのままに床に倒れ込んでしまう。その隙にふたりは部屋を脱出した。

「まっ、待てえええええええっ……!」

「誰が待つかよ!」

 道はわからなかったが、彼らはとにかく入り組んだ館の中をそのまま走り抜けていく。涙目になりながら美月は旭の後を付いていった。

「あっ、ありがとう叶君~~~~~~!」

「安心するのはここを出てからな! あと……」

「……何……?」

「……凄い揺れてるね」

「……も~~~~~!」

 胸が。ちょっとだけ見直したのに……と美月は落胆した。再び前方に目をやると天井から何かがごごごと音を立てて下りてきていた。鉄格子である。

「!? か、叶君! あれ!」

「いいっ!? 何だよあれ!」

「こっ、こっち!」

 ふたりは直進する事を諦め角を曲がった。しかし、その先も……。

「まっ、また鉄格子……!?」

「引き返すぞ! ……ってあれ?」

 ガシャアアンッ! 美月と旭は前後を鉄格子に塞がれ、完全に閉じ込められてしまった。

「ふえええっ! 捕まっちゃったあああああっ!」

 美月は格子を掴んで引っ張るが、びくともしない。今やふたりは檻の中だった。

「浅倉さん、ちょっとどいて」

「……? 叶君?」

「……集中……集中……」

 彼女が振り向くと、彼は鉄格子を一心に見つめたまま両手で真正面の何かを掴んでいた。手にはぎゅっと力が込められている……そうか、「掴ん」でいるのか……さっきこの館に入ってきた時の様に、新鳥栖駅で切符を拾い上げた時の様に、旭は今、目の前の鉄格子を「掴ん」でいるのだ。

「集中……集中……」

「も……もしかして、鉄格子を……?」

「ぬうううううおおおおおおお……!」

 旭が唸り両腕を外側にゆっくりと動かしていくと、それに合わせて鉄格子の内の二本がぐぐぐと歪んでいくのがわかった。美月はその様子をただ口を開けて眺めているのだった。

「……う……嘘……」

 やがて穴は人ひとりが通れるほどまでに広がった。突破口の完成である。

「す……凄い……」

「行こうか」

「うん……!」

 ふたりはその後館を彷徨いつつも、何とか無事にエントランスに辿り着き外へ出る事が出来た。これで脱出成功……かと思えたが。

「まっ、待て! 不法侵入者!」

 最後の最後に北之上が待ち構えていた。しかも、そこにいたのは彼ひとりだけではない……。

「まさか鉄格子を抜けるとは思わなかったよ」

「……ずいぶんとまた個性的な奴が住んでんだな、この家には……」

 彼の隣には三、四メートルほどの高さの巨大なロボットが佇んでいた。雪だるまの様な図体から長い腕と脚が伸びている。

警備(ガード)ロボなんて持ってんのかよ……さすが金持ちは……」

「かの天皇院(てんのういん)グループに技術協力してもらった最新鋭オーダーメイド・プライベート・ガードロボ、KNK-GMだ。大人しく美月さんを渡せ! その人には(ウチ)に住んでもらうんだ」

「んで撮影会でもするってか?」

「……うん」

 でへ、と北之上の鼻の下が伸びた。

「……は~あ……悪いけど浅倉さんはウチに入居する事になったの」

「でもまだ入居してないんだろう? だったら先に(ウチ)に住まわせる」

「そりゃー困る」

「どうしてだい? 赤の他人なんだから、あんたが美月さんの事に口出しし過ぎるのはよくないよ」

「なっ……あ、赤の他人じゃねーし……! え、えっと……か、彼女だし!」

「ふえっ!?」

 美月、突然の発言に顔が炎上する。

「なっ、何だと……!? け、けど、彼氏彼女でも所詮は他人……」

「あ~違った嫁だ嫁! 俺の嫁だ!」

「ぬにゃああああああっ!?」

 更なる宣言に、美月困惑。

「よっ……よよ嫁……だと……!?」

「……そっ、そそうだ(大嘘)! だ、だから浅倉さんには俺と一緒に住んでもらう。いや、住まなきゃいけない!」

「……ぬっ……」

 北之上の体はぴくぴくと震え出す。

「……う、うるさ~~~~い! と、とにかくやれえええっ! KNK-GM!」

 何が何でも美月を住まわせたいらしい。彼の命令に従う様にロボットは右手を美月目がけて伸ばした。

「ひええええええっ!」

「あぶねっ!」

 一瞬の差で旭が彼女の腕を引き逃れるが、その間に反対側から迫っていた左手に美月はがしりと掴まれ彼の元から離されてしまった。

「いやあああああああっ!」

「浅倉さん!」

「ふええええええっ! ……んんっ! いっ、いた~~~~い!」

 このガードロボ、力の細かい加減は出来ない様である。そのごつごつとした大きな手で人形の様に胸の下の辺りを両腕ごと掴まれた彼女は宙にぶらりと浮いていた。足をばたばた動かして抵抗するが、全く力が緩む気配は無い。

「ちょっ! んんっ! はっ! 離してよ~~~~っ!」

「大丈夫か!?」

「かっ、叶く~~~ん!」

「そんなに足を動かすと見えちまうけど!」

「ほええっ!?」

 読者の皆さんはお忘れかもしれないが、彼女の今の格好はミニスカートのメイド服なのである。旭に指摘された彼女はがっちりと太ももをあわせてぴんと両脚を伸ばした。

「も~~~~、何でこんな目にいいいいいいっ!」

「美月さんを諦めると言え!」

 勝ち誇った顔で北之上が叫んだ。

「そうすればすぐに美月さんは解放する」

「……」

 しかし、そんな言葉になど少しも動じずに、旭はロボットを睨み付けたまま拳を構えてその場でとん、とん、とジャンプをし始める。

「集中……集中……」

「……おい、何をする気だ……!?」

「集中……集中……集中……」

「……もしかして、KNK-GMを殴り倒そうとか思ってるのか!?」

「集中……集中……集中……集中……!」

「……そんな馬鹿な事……」

「集中っ!」

 それまでで一番力強い声を発した後、彼は地面を思い切り蹴って駆け出した。目標は、雪だるまの頭……巨体を倒すには先端を突くのが一番だ。

「ど、どうなっても知らないからな! やれえっ! KNK-GM!」

「うおおおおおおおおっ!」

 ある程度近付くと旭は跳んだ。そして力を込めた右腕をガードロボの顔目がけて打ち出す。と同時に、ロボのパンチも彼に迫る……!

 彼の右腕が突き出た瞬間、鉄球がぶち当たった様な音が鳴り響き、旭を捉えていたその長い腕は彼の顔面すれすれで止まった。警護ロボKNK-GMは体を浮かせ地面を揺らしながら後方に倒れ込んだ。

「……っ!」

 北之上は事態を飲み込めず目を見開いたままただただ唖然としていた。夢でも見ているのだろうか。たったひとりの少年が高さ四メートル弱あるロボットを拳一撃(それも当たってはいない)でねじ伏せた……信じ難い光景だった。

「はあ……はあ……はあ……!」

 着地した旭は肩で息をしていた。何とか倒せたらしい。再び動き出す前に彼女を助けなければ。そう思い急いで美月の元へ走った。

 幸いな事に「殴ら」れた際の衝撃でロボは左手を開いてくれていた。美月は尻餅をついた姿勢で地面に座り込んでいるのだった。

「あいたた……」

「大丈夫か? 浅倉さん」

「え? あ、うん……ていうか、叶君ほんと何者……信じられない……」

「……それもその、信じられないくらい真っ白だね」

「!?」

 パンツが思いっきり見えていた。

「……! こ、こないだ買ったばかりなの!」

 もはやお約束である。

 パシイイイイインッ!

「いってえええ! 見えちまったもんはしょーがねーだろ!?」

「しょうがなくない! 大体、君は今日1日で何回私に……!」

 と言い合っていると、ふたりをゆらゆらと黒い影が覆い始めた。KNK-GMがゆっくりと立ち上がったのである。

「……え……ちょ、早くない……?」

「もういい、KNK-GM」

 主の声に反応し、ロボは中心部分がへこんでしまっている顔を彼へと向けて動きを止めた。

「美月さん、それから不法侵入者さん」

「旭だ」

「おふたりの愛の力には感服しました」

「……あそう? じゃあ諦めてくれる?」

「はい。この北之上義雄、潔く身を引きましょう」

「ぜんっぜん潔くなかったけど……」

「義雄!」

 その時低い怒鳴り声が北之上家の前庭に轟く。

「パ……パパ!」

 いかにも高貴そうな身なりをした壮年の男性が姿を現す。北之上少年の父親らしい。

「何やらうるさい音がしていると思ったら!」

「ちっ! 違うよパパ! これはその……友達の愛を試して……!」

「黙れ! お前はまた人様に迷惑をかけたそうだな! 上村(うえむら)から聞いておるぞ! まったく家の者(みな)に無理を言いおって!」

「あ、あのー……俺達は帰りますね」

「お? おお、この度は本当に我が愚息が迷惑をかけてしまったね。今度しっかりとお詫びに行かせてもらうよ」

「あ、そんなお気遣い結構です」

 出来れば二度と関わりたくないなあ、と美月は思っていた。

「それでは私はこれからこの子を躾けなければならないので……こらどこへ行く義雄! お尻100叩きだ!」

「ひええええええっ!」

「……お金持ちって大変だなあ」


「さてと」

 一件落着したふたりは北之上家の前に停めていた旭のスクーターの元に来ていた。

「こっから南にちょろっと行くと大通りに出る。地下鉄の駅があるから君は地下鉄に乗って帰りな。空港線に乗って衹園(ぎおん)で降りたらしばらく地上で待っててよ。俺も追い付くからさ」

「は!? 無理無理!」

 美月は大袈裟に手を振った。

「わ、私地上の電車の乗り方すら怪しいのに、地下鉄なんてひとりじゃ乗れない!」

「つっても、俺はスクーター(こいつ)があるし……」

「後ろに乗せてよ!」

「はあっ!? 馬鹿言うな! これは一人乗り用だっての! それに君のメットが無いし。しょっぴかれるのはごめんだ」

「え~。でも私がちっさい頃は普通に……」

「それは田舎だからだろ!」

「う~……」

「……はあ」

 困り果てた顔をした彼女を見て、旭は深いため息をついた。

「わかったよ。俺のメットは君が被りな」

 ヘルメットを美月に手渡した彼は彼女の着替えをシートの下に入れた。

「ったく……捕まらない様に極力裏道通ってくからな」

「は~い。やった~」

「二人乗りにノーヘル……見つかりゃやべーな」

 どこかで見た事がある光景である。

 一人乗り用のシートに身を寄せてやや強引にふたりで座ると、旭はエンジンをかけてスロットルを回した。スクーターはゆっくりと走り出す。

「……重いな……」

「! 何ですってえ!」

「いや元々一人乗り用なんだから誰だろうが後ろに乗られると動きは鈍くなるんだよ! あんまり動くな! 倒れる!」

「はーいはいはい悪うござんしたねえ……!」

「……」

「……」

「……浅倉さん」

「何?」

「……背中に凄い柔らかい物が当たって、運転に集中出来ません」

「……ほんとに君は……!」

「不可抗力だろこれは! あっ! だから動くな倒れる!」

 パッシイイイイイン!

 しばしばぐらつきながらも、赤髪の少年と黒髪のメイド服の少女を乗せたスクーターは低速運転で叶荘への道を帰るのだった。


Life goes on...next DAYS.

今回めちゃくちゃ長いですね……思い切って二話に分けようとも思ったんですが、アンケートをした結果そのままでもいいという意見が多数だったためそのままでいきました。

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