DAYS 6:福岡散歩
叶荘の住人紹介が終わりました。
「う……うわあ……!」
人でごった返す館内に美月の困り果てた声が漏れた。
「これ……みんな……!?」
「みたいね」
彼女は手に持っていた番号札に目を通した。325と書かれている。柱に設置されているディスプレイが表示している数字は273だ。
「……!? あと50人以上……!?」
「だから言っただろ? 何か暇潰しの道具持ってこいって」
やれやれ、と旭が息をつく。
「う……ここまでとは思ってなかったもん……」
「日本の首都をなめるなよ」
「うう……」
これだけの数の順番待ちの人々がいるのだ。美月の番になるまでまだかなりの時間がかかるに違いない。だが座って待とうにも椅子は全て埋まっていた。着席している人よりもその辺りに立ちっ放しでいる人の方が圧倒的に多くいる。くたびれたのか、床に腰を下ろしている者もちらほらと見える。
美月と陽は今、旭に案内されて博多区役所に転入の手続きをしに来ているのだった。
「くは~~っ、終わった~~~~!」
二時間以上経過した後、ようやく手続きを終えた美月達は区役所の隣にある公園のベンチにどかりと座り込んだ。長崎で転出の手続きをした際に書類に書いていた新しい住所が変更になったため、通常の場合よりも時間がかかってしまったのである。隣に座る陽も長時間立ち続けたせいで酷使してしまった脚をほぐしていた。
「ほい、お疲れ」
旭が自販機で買ってきた炭酸ジュースをふたりに渡す。プルタブを開けると美月はすぐにそれを喉に流し込んだ。爽やかな味が口いっぱいに弾けて広がった。
「叶君もありがとね。付き合ってくれて」
「ほんとだよ……おまけにジュースまでおごってやってんだぞ」
「あはは、ありがと」
「ま、これでふたりとも名実共に福岡都民になった訳だ」
「うん、そうだね……何だかあんまり実感湧かないなあ」
「そう? 家が変わったから僕は実感ありまくりだけど」
「あー、それもそうか」
美月は叶荘の事を考えた。彼女の新しい家だ。
「で? これからどうする?」
旭もごくりとジュースを飲み尋ねた。
「もう帰るか? 暇ならちょろっと街を見てみるか?」
「う~ん、暇といえば暇だけど、そうでないといえばそうでないなあ」
上福してまだ二日目。荷解きは全くといっていいほどしていない。しかし新学期が始まるまであと六日ある。それまでにゆっくりとやっていってもいいだろう。
「でも家電は今日の内に買っとかないとなあ」
少しでも荷物を少なくした方がいいと判断したため、姉弟の部屋には現在掃除機や洗濯機などの大きめの家電が無かった。冷蔵庫は共用の物があるので買う必要は無くなったが、洗濯機は今すぐにでも買いに行った方がいいだろう。
「じゃあ電器屋も連れてってやるよ。博多駅のすぐ近くにあるからさ」
「でもその前にさ……お腹空いたよ」
陽が腹に手を当てる。美月が腕時計を確認すると、午後一時をとっくに回っていた。
大博通りのファミリーレストランで昼食を終えた一行は博多駅に併設されているショッピングセンターの屋上へと来ていた。この場所は展望広場として開放されており、360度全方位を望める様になっていた。
「す……凄い……!」
美月は西に聳える高層ビル郡に目を奪われていた。どの方角を見回してもビルばかりであるが特に博多駅前と言われているこの駅舎の西側は圧巻の光景である。彼女達が今立っているこの場所でさえ地上60メートルの高さにあるというのに、前方に生えているそれらはさらに天高くへと伸びている。いや、むしろ逆に、天の頂から何者かが地上に突き刺しているかのごとくにも見てとれる。どこかうっすらと悲壮感さえ漂ってきそうな巨大な墓標の様にも見える四角い鉄の塊に、彼女は見た事も無い世界の終末の景色を一瞬重ねた。
「んーと、あっちが空港だな」
旭が東を指差す。
「な、長崎駅前の歩道橋からの眺めなんか比べ物にならない……」
「あ、そーなの? 地元ネタわかんなくてごめんね……タワーはもっとすげーぜ」
「タワー? 福岡タワー?」
「そうそう。百道浜にあるんだけど」
「ももち?」
「ほら、こないだちょろっと行っただろ? 早良だよ」
「サワラ……? うっ、頭が!」
「ああ、思い出したくない記憶みたいね。悪りい悪りい」
「でも新タワーの方がもっと高いんでしょ?」
頭を抱えている美月をよそに陽が質問をした。
「うん、倍の高さがあるな。新タワーは俺も行った事無いんだよ」
新福岡タワーはつい三年前に東区の人工島に出来上がった。福岡タワー同様テレビ・ラジオ放送の電波塔となっており、その役割を受け継いでいる。かつての東京タワーと東京スカイツリーの関係である。
「その内みんなで行きたいなあ……よし、そろそろ電器屋行くぞ」
旭の声を合図に三人は館内へと戻った。
2088年1月11日、0時16分、東京直下地震発生。死者数は五万人を超え、壊滅的な打撃を受けた首都東京はその機能を十分に果たす事が出来なくなり、その日の内に臨時政府が九州、福岡に作られた。同年3月、首都移転が正式に決定する。
それから十三年後の2101年1月1日、二十二世紀の始まりと共に福岡県は福岡都へと改められ、同時に福岡市が解体され市政下に置かれていた七つの区が独立した。それが東、博多、中央、南、西、城南、早良の特別区である。中でも博多、中央の二区は国の中枢機関が集中しており、都心として指定されている。再び二時間ほどを費やして電器屋での買い物を済ませた(買った物は今日の夜に配達してもらう事にした)美月達は中央区にある日本一の繁華街、天神へとやって来ていた。博多駅前から運賃百円の都心循環バスに乗り二十分ほどである。もちろん地下鉄でも行く事が可能だ。
「うわ~……可愛いなあ……!」
ショーウインドウの中にすらりと立つマネキンに美月は見入っていた。これから日差しが強くなっていくこの季節、白い肌の彼女は大きめの帽子をかぶり薄手の涼やかな服装でポーズをキメていた。肩にかけている真っ赤なポシェットがアクセントになっており、まさに流行を先取りしている。
だがやはり、そのためにはそれ相応の対価が必要となってくるのは当然らしい。
「う……でもちょっと高い……さすが福岡……」
「でも姉ちゃんこんなヒール入らないだろ?」
「何ですとおっ!? あんたねえ、私だってさすがにこれくらい……いや……ちょっと厳しいかも……」
美月はマネキンの芸術的な美脚を見る。弟の言う通り確かに彼女とは肉付きが違っていた。
「ぐぬぬ……!」
「あと姉ちゃん、ベタにガラスに張り付いて目をきらきらさせるのやめて。田舎者丸出しだから……みっともない」
「うっ!」
焦って道行く人々に目をやる。誰も彼もが皆一様にお洒落に見えて仕方がなくなってきた。
「……何か、やっぱり私場違いの様な気が……」
「ん~、確かに頑張ってお洒落してる感はあるな」
「うっ、やっぱりそう見える?」
「けどまあ、お前普通に可愛いし、しばらく暮らせばすんなり溶け込めるんじゃないのかな」
「へっ!? か、可愛い……?」
ぽっと彼女の頬が赤くなる。そういう事は同年代の異性からは言われ慣れていない。
ああ、姉ちゃんこういうのに弱いんだよな……と陽はまた思う。
「よ、よし、せっかく天神に来たんだし、服見たい! 見るだけならタダだし!」
「あ、僕は本屋行きたいな」
「んじゃー適当に回るか」
三人はとりあえず目の前のビルに入っていった。
「……ったく、区役所で手続きして、家電の買い物して、店を見回ったってのに、元気だねえ……」
一通りウインドウ・ショッピングを楽しみ大通りを歩いていた時に旭が感心した様に言った。彼はくたくたらしい。
「あと2時間はいれるよ私」
「勘弁して下さい」
「帰りは地下鉄使おうよ。僕乗ってみたい」
「ちっ、地下鉄……! ごくり……!」
「いや、そんな意気込むもんでもないから……じゃあ地下に下りるか」
この周辺には地下街への入口がいくつか存在する。そこから地下鉄の天神駅に行く事が出来るのだ。
「ちょっと待って! 最後にあそこ行こう!」
美月が先の方を指差した。
「……どれ? どのビル?」
「違う違う! あれ!」
「……?」
「スクランブル交差点だよ! 長崎にもちっさいのがあるけど本場のを味わっときたい!」
「田舎者……」
「……僕も渡りたい」
「あーはいはい……ただの横断歩道なんだけどね……」
数十メートル歩き目的の交差点に着いたので一行は立ち止まった。
「どれどれ? どの信号を見ればいいの?」
「いや、どれでもいいよ……てか長崎にもあるんだろ……」
「ここはやっぱり斜めに渡らなくっちゃ!」
「ああそうね……」
信号が青に変わり、人波に呑まれる様に彼女らは踏み出した。美月がふと右上の方を見るとCDショップが入っているビルの壁面の大型ディスプレイが目に入りつい足を止めた。栗色の髪の可愛らしい顔をした少女が歌っている映像が流れていた。ミュージック・ビデオである。
「……あかりちゃん……」
耳を澄ますと喧騒の中に紛れて聴き覚えのある歌声が聞こえてくる。彼女は今日本で大人気のアイドル歌手、星野あかりだ。美月は彼女のファンであり数え切れないほどその曲を聴いていた。CDも何枚か持っている。
「……」
画面いっぱいに映る少女の顔をじっと見つめた。映像のからくりもあるのかもしれないが、歌っている彼女の顔は何よりも、誰よりもきらきらとしていてとても輝かしく見えた。
「ほらほら、立ち止まったら邪魔になるだろ。早く渡んねーと赤になるぞ」
「あっ、うん」
旭に促されてディスプレイから目を逸らした美月は再び歩き出した。
Life goes on...next DAYS.
今回も実在の場所を思い浮かべながら書いてました(一部虚構はありますが)。福岡に行かれた時にこの作品に思いを馳せて頂けたら嬉しいです。




