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第九十九話 タイムリミット

「……俺を倒して、浄化?」

「そうだ」


 またわけのわからないことをほざきだしやがった。


「頭大丈夫っすか? アメリカじゃ医療費が高いって話っすけど、日本まで我慢できます?」

「私の頭は大丈夫だ」


 俺はみんなの顔を見回した。


 全員気まずそうに目をそらした。


「でも、みんなは大丈夫だとは思ってないみたいっすよ」

「違う。皆は君を倒すことに引け目を感じているだけだ」


「マジっすか? ピビー」

「確かにその通り。でも、僕が顔を背けたのは、チャールズの頭が大丈夫だという話には賛同しかねるからだよ」

「ほら!」


「ピビーくん! それはちょっとひどいのでは……」

「鈴木くんの言う通りよ。彼を倒して世界を浄化したら、あなたはただちに精密検査を受けるべきかと……」

「ビグザムくんまでそんなこと言うのか! 少し傷ついたぞ」

「チャールズと一緒に行動することで世間から同類扱いされるあたしたちのほうが傷ついてたと思うけどね」


 さすが鎮鈴さん!

 言うことが違う。


「葵姫くんは違うよな? 私は大丈夫だよな?」


 チャールズのやつ、どさくさにまぎれて葵姫たんの肩に触れやがって。

 つーか葵姫たんの男性恐怖症が治ったんなら俺ももっと触っとくんだった!

 とりあえず揉み揉みしたいのだが……。


「……心だって風邪を引くことはある。恥ずかしいことじゃありません」


 葵姫たんはチャールズの手を払いのけた。

 おっしゃ!


 完全に立場は逆転だ。

 俺は右人差し指をチャールズにつきたてた。


「チャールズ! 今見た通り、皆はあなたの頭を心配しているんすよ! 直ちに入院すべきっす!」


「……くっ。まさかな……時代が変わったようだな」


 チャールズは両膝をついてうなだれた。


「じゃあ、チャールズは救急車で運んでもらうとして、これからどうします? みんなで日の出でも……うおっ」


 葵姫たんの手刀が首をかすめた。

 ぎりぎり反応できたので、絶対時間モラトリアムを発動させるまでもなくかわすことができたが、切り裂かれた皮から一筋の血が流れ出した。


「葵姫たん……?」

「……」


 葵姫たんは唇を噛んで、何かに耐えるような目でこちらを睨みつけている。

 なん、だよ……?


「アチョー!」


 鎮鈴さんがいかにも古典的中国人っぽい掛け声とともにとび蹴りを放ってきた。

 絶対時間モラトリアムが発動した――ってことは、ガチでる気ってことか。

 もちろんこんな蹴りは簡単にかわせる。

 かわした先を狙ってピビーがナイフでひと突きしてきたけれど、そんなのだってかわすのはわけない。


「あはっ、さすがね鈴木くん。敵にまわすと厄介な稀能パーソナリティじゃん」

「何するんすか!?」

「言ったでしょ。ラスボス戦だって。死んでもらうからね、鈴木くん」


 鎮鈴さんもパーになっちまったのか。


「はっ!」


 正拳突きを払いのける。

 意外にも絶対時間モラトリアムなしで動きを見切れていた。

 この数ヶ月、様々な攻撃を受けてきたせいだろうか。

 なんとなく次の攻撃が予想できるのだ。


「ふっ! はっ! はっ!」


 上段左、右拳、中段掌底……やはりそうだ。

 感覚としか言いようがないけど、完全に動きが見切れてる。

 頭を空っぽにして自然体でいると、身体が勝手に反応して避けてくれる。

 絶対時間モラトリアムに頼りきりで気づかなかったが、こんな特技が身についていたなんて。


「アチョー!」

「ぐはっ!」


 まぬけな声に笑ってしまい、体当たりをもろにくらった。

 背中から地面に打ち付けられ、数メートルも滑ってしまった。


 アチチチ……背中がハンバーグになったらどうしてくれるんだ。

 

 なんて心配をする間もなく、ナイフを持ったピビーが降ってきたので身をひねってかわした。

 かわした先で葵姫たんの手刀がギロチンのように首に迫った。

 絶対時間モラトリアムのお陰で直撃は受けず、体を丸めてそれも回避……と思ったらビグザムさんの丸太みたいな下段蹴りが目前に迫っていた。

 素早く起き上がって蹴りの上を前宙でかわした――直後に頭からアスファルトに落ちて自爆した。


「あへあへ……」


 チャールズたちは円陣を組んで俺を見下ろした。


 万事休すだ。

 どうして俺がラスボス扱いなのか。

 確実に殺られる……しかし不幸中の幸いというか、この位置からは葵姫たんのパンツが丸見えだ。


 『念願の 布を見届け 巨頭散ゆ』


 自然に浮かんだ辞世の句。俺は覚悟を決め、目を閉じた。

 我が人生に一片の悔いなし……しかし、


「やめて!!」

「ぐえっ」


 何かが勢いよく腹に乗ったと思ったら、凛夏だった。

 俺にのしかかったままヒステリックな声をあげた。


「やっぱ無理! 凡ちゃんを殺してハッピーエンドだなんて、納得できない」


 腹のあたりにパイパイの感触が……。

 葵姫たんのパンツで膨らんでいった情熱が上書きされてしまう。吊り橋効果もびっくりだ。これはいかん。


「やめろリンポコ! 貴様の貧乳を乗せる必要はない」


「鈴木くんもああ言ってるんだ。どきたまえ、葉月くん」


「いやです! 凡ちゃんが死ぬなら私も死にます!」


「私たちだって鈴木くんを憎くてやっているんじゃない。だが、ユミッポ殿の話を聞いただろう?」

「……!」

「彼の話す内容が嘘偽りないと判断したのは君だぞ? 葉月くん」

「やだ!!!」


 子どもみたいな甲高い声でチャールズの言葉をかき消す凛夏。


 何かよくわからんけど殺されるらしい当事者の俺だけちんぷんかんぷんである。

 しかも悪いことは続くもので、葵姫たんは俺の視線に気づいて股間を隠した。


 もしも俺のテントがバレた場合、凛夏の貧乳によって育まれたと誤解を受ける可能性が高い。

 これは非常によろしくない。

 まさに絶体絶命というやつだ。


「と、とりあえず凛夏、どいてくれ。何の話かわからんし、胸が乗ってるから。OK?」

「やだ!!!」


 めっちゃ泣きじゃくってる。

 そういやこいつは初めて会った時もこんな感じだったな。

 俺は十数年前のあの夏を思い返していた。


 初めて凛夏に出会ったのは幼稚園の頃だった。

 凛夏は近所に住んでいて、あいつはまだ三歳だったはずだ。

 当時俺の幼稚園では、近所の池で鯉にポ●チンをくわえさせるのが流行っていた。

 ガキ大将のマイケルとその子分のダーホンが度胸試しでやったのが流行のきっかけだった。

 その恐ろしい遊びは『コイポコ』と呼ばれ、俺のクラスではコイポコを体験するのが勇気の証であった。


 人一倍ポ●チンを大切にしていた俺はコイポコだけはやりたくなかった。

 しかしクラスの男子のほとんどがコイポコ体験者となってしまい、『チキン凡ちゃん』略して『チキボン』と呼ばれ始め焦りを感じた俺は、コイポコに挑戦する決意をした。

 当日、ポ●チンに『カール チーズあじ』の粉末をたっぷり塗りつけて俺は池のほとりに立っていた。

 池の中には巨大な鯉が不気味にうごめいていた。


 ここにポ●チンを垂らすだけで『チキボン』の汚名を返上できる。

 やりたくない。

 でもチキボンはいやだ。

 やるしかない。

 やりたくない。

 でもチキボンはいやだ。

 小学校に上がってから「凡ちゃんってどうしてチキボンって呼ばれてるの?」「チキチキチンポボンカレーの略だよ」なんてデマ話が出回らないとも限らない。

 やるしかない。

 やりたくない。

 でもやるしかないんだ。

 チキチキチンポボンカレーだけはごめんだ!


 ――半分ノイローゼになっていたのだろう。

 平常心を失たまま、俺はふらふらと池に片足を浸けた。


「すまん! 未来のお嫁さん! わいはやったるでー!」


 そう叫んでポ●チンまで水に沈めようとした瞬間、誰かの悲鳴で我に返った。


 そこには一人の幼女がいた。

 ハーフなのか、ブロンド色の髪をした幼女だった。

 間違いなく将来は美人になるだろう。


「だ、誰だおまえは」

「だめだよ! お兄ちゃんのペニペニ、もげちゃう!」

「うるせえ! 俺はチキン呼ばわりはもうこりごりなんだよ!」

「だめ!!」


 幼女の言うことを無視して、腰まで水に漬かった。

 カールの粉に気づいた鯉がゆっくりと近づいてきた。


 もうすぐや。

 もうすぐでわいは勇者になれるんや。


「うわあああああああああああああん!!!!!!」


 突然の泣き声に身がすくんだ。

 それは鯉も同じだったらしく、怯えるように逃げていった。


 泣き声の主はさっきの幼女だった。


「このお兄ちゃんがおちんちん出してるううう!!!!!!」

「ば、バカ! やめろ! 人聞きの悪い!!!」

「うわああああああああああんんんん」

「静かにしろ!!」

「うわああああああああああああんんん!!」


 あっと言う間に大人たちが集まってきて、俺は下半身丸出しのまま警察に送られた。



「凡太くん、わかったかな? 公共の場でおちんちんは出しちゃいけないんだよ」

「……」

「あの池ではね、君と同じくらいの歳の子たちが度胸試しでポ●チンを食いちぎられてるんだよ」

「……へ?」


 警官の話を聞いて驚いた。

 なんと、マイケル、ダーホン以下十二名の男子がポ●チンを食いちぎられていたのだ。

 そう、ヤツらが執拗にコイポコを薦めるのは、度胸試しなどではなかった。

 言葉巧みに他人をあおり、竿無仲間ロスト・チンポカーの同士を増やすことを目的とした卑劣な罠だったのだ。

 俺はまんまと挑発に乗り、愚息を失うところだった。

 それを救ってくれたのは、あの金髪の幼女だったのだ。


「おまえ……まさか知っていたのか?」

「ふん! 別にあんたのためじゃないんだから」

「ありがとな……おっと、自己紹介がまだだったな。俺は鈴木凡太」

「葉月凛夏でちゅ」


 警察が我が家に電話したものの俺の両親は「うちには凡太などいません」とバックレたため、俺は行く当てをなくした。

 捨てられたと思った俺は泣きじゃくった。


「今日はうちに泊まっていきなさい。お母さんも明日になればきっと落ち着いて認めてくれるわよ」


 そう言ってくれた凛夏の家に泊めてもらい、それから俺は凛夏と家族ぐるみの付き合いを始めたのだった。





 どうしてこんな時にあの日のことを思い出すんだ。

 俺はあの時の恩をこいつに返せたのだろうか。

 これじゃ死ぬに死ねないじゃねーか……。



「葉月くん、どきたまえ。鈴木くんを始末し、この世界を浄化しなくてはならないのだ」

「いやです!! 絶対どきません!」

「チャールズの口調、私怨が入ってるように聞こえるわよ。ね、凛夏ちゃん。聞いてたでしょ? この世界は全て鈴木くんの夢なんだって。鈴木くんが死んでしまえばこの世界もなくなるの。だから寂しくなんてないのよ。あたしたちだって消えちゃうんだから」



 なんだそりゃ!?


「あの……初耳なんすけど」

「説明が面倒だから鈴木くんは知らなくても構わん」


 チャールズ冷てえ。

 今まで散々彼にひどいことをしてきた報いなのだろうか。


 俺の夢って何やねん。

 この世界が?

 そういや勇者トロは有能な稀能者インフェリオリティを見つけるために夢の世界を現実化したとかしてないとかって話だったな。

 それが『俺の夢』ベースだったってことか?


「……凡ちゃんも事情をわかってきたみたいです」


 凛夏が俺をかばったまま顔を見上げた。

 チャールズたちは黙って俺を見下ろしている。


 俺は起き上がった。

 凛夏が俺を守ろうと前に出ようとしたのがわかったので、それをさえぎった。


「問題ねー。おまえに何度も助けてもらわなくても俺は大丈夫だから」

「でも……」

「あの時もありがとな。まだ礼も言えてなかったよな」

「え?」

「池でのこと。覚えてねーかもしれねーけど、おまえのお陰であの『世田谷区連続幼児虚勢チンコイーター事件』の被害者にならずに済んだんだ、俺は」

「……全然覚えてないけど、凡ちゃんの記憶が流れ込んできてわかったわ……本当にくだらないことしてたのね、あんた」

「そんなことねーよ。俺の人生で一番くだらなかったのはブラグルに有り金全部課金しちまった時だけだ。それ以外に一切の後悔はねえ」



「無駄話はそこまでにしてもらおう。鈴木くん」

「チャールズ。それって悪役の台詞じゃないっすか」

「これは失礼。だが、私はこの世界を救わねばならないのだ」

「俺が死んだら救えるんすか?」

「うむ」

「でも、これって俺が見てる夢なんすよね? 俺が死んだら夢は終わっちゃうんじゃ?」

「……」


 チャールズは腕を組んで考え込んだ。


「どうなんだろう。そこんとこ聞いてるか?」

「私は知りませんよ。ていうか確認もせずに鈴木くんを殺そうとしてたんですか?」


 ビグザムさんに怒られてる。ざまあ。

 でも、俺からすればビグザムさんも同類だけどな。


「私……知ってる」


 俺たちの顔を交互に見比べながら凛夏が言った。


「凛夏……」

「ユミッポさんの考えてることが全部伝わってきたから、私はわかる」


「さすが葉月くんだ。鈴木くんが死んだらどうなるのか詳しく教えてくれたまえ」


 凛夏は少しうなだれて言った。


「……凡ちゃんが死んだら、この世界は完全に消滅します。私たちも、ウンモ星人も、全部」

「それバッドエンドじゃん」とすぐに突っ込む。

「ううん、世界がおかしくなってしまったところから全部やり直しになるんだって」

「昔のセーブデータからやり直す感じか?」

「……うん」

「世界がおかしくなっちまったのって、いつよ?」

「三年前」


 ああ。異世界失踪事件の頃か。


「そこからやり直しても、もう一回同じ歴史を繰り返すだけなんじゃねーの?」

「大丈夫。三年前とひとつだけ違うものがあるから」

「違うもの?」

「それは、凡ちゃんの記憶だって」


 俺の記憶?


「この三年間で起きたことは全部、凡ちゃんが見た夢という形で処理されるんだって。だから、凡ちゃんの頭の中には記憶として残る。そのわずかな差異があれば充分なんだって」

「……? つまり俺だけ記憶を失わないってことか。三年前に戻ったら俺が一人で渡米してウンモ星人と交渉しろってこと? 稀能パーソナリティもなしで?」


「そうじゃないよ、鈴木くん」


 黙って聞いていたピビーが俺たちの前に立った。


「バタフライ効果だよ」

「何すか、それ?」

「今日北京で蝶が羽ばたいたことで発生したわずかな気流の乱れが、めぐりめぐって一ヶ月後にはニューヨークで嵐になるかもしれない」

「『風が吹けば桶屋が儲かる』みたいな?」

「そういうことだ。君の記憶というわずかな違いが、めぐりめぐって世界を正しい方向に導くということだろう」

「大げさっすね」

「そういうものだよ」


 ふーん。


「ちょっと待ってくださいよ。俺がみんなに殺されたら、目が覚めた俺は憎しみに支配されて現実世界でもみんなに復讐しに行くかもしれないっすよ。いいんすか?」

「大丈夫、夢の内容なんてすぐに忘れるから」

「忘れたとしてもメッチャ目覚めが悪くないっすか?」

「そうかもしれないね」


 確かに俺は夢の内容なんてベッドから降りた瞬間に忘れてしまうタイプだが、この三年間を悪夢として終わらせるのはあまり嬉しくない。

 葵姫たんのことだって忘れてしまうだろうし……。


 凛夏に視線をやった。


「でも、この世界で俺が死ねば全てが丸く収まるわけだよな」

「……そう、みたい」


 今度はチャールズに問いかける。


「俺が死なないとどうなるんすか? この世界はこのまま続いていくんすかね?」

「おそらく、そうだろう」

「じゃあ、今すぐに俺が死ななくてもいいんじゃね? 八十年後くらいに寿命で死ねば人生二度楽しめてお得だし」

「待ってはいられん。既に日本経済は崩壊寸前だ。あと一~二年もすれば国家を維持できなくなる」

「みんなでアメリカに住めばいいんじゃ?」

「私は国家公務員だ。日本を救うために命を捧げる覚悟はできている」


 なるほど。

 チャールズを見直した。

 意外と覚悟を持ってやってるんだな。


 ……閃いた。


「じゃあ、チャールズが社会的に死んだら俺も死のうかな」

「……なんだと?」

「チャールズがMHKで記者会見開いて、絵の具をつけたチ●ポで『日本万歳』って書いたら、自殺しますわ」

「っっ!!」


 全員の視線がチャールズに集まる。


「ば、バカな……」

「日本のために命を捧げられるのなら、そのくらい簡単にできるはずっすよね」

「ぐぬぬぬ……」

「口だけだったんすか? 命は捨てられても羞恥心は捨てられないと」

「……く、くう……」


 なんだ。やはり口だけだったのか。


「日本国民である俺の命を奪うことには抵抗ないのに、お国のために脱ぐことはできないんすね」

「ぐ……わ、わかった。やくそ、く……しよう」

「ずいぶん嫌そうっすね」

「わ、わかった。約束する。喜んでやらせてくれ!」

「態度が悪いのでペナルティをつけます。ロサンゼルスの地下にサイボーグバッタみてーなじいさんが住んでたじゃないっすか」

「米田老人のことか」

「ああ、そいつっす。『日本万歳』の前に二時間スペシャルであのバッタと交尾してください」

「なにっ!?」

「視聴率が四〇パーセント超えたら俺は自殺しますんで」

「わ、私を殺す気か……」


 チャールズの苦悶する表情が面白い。


「できないんすか?」

「……や、やってやる。約束しよう」

「本当ですか?」

「男に二言はない」

「視聴率四〇パーセントですからね。国家予算をジャボジャボ注いで宣伝打たないとダメっすよ?」

「もちろんだ」


 彼の目は澄んでいた。

 一切の迷いを断ち切り、真実の光が灯っていた。


 マジかよ……本物の変態だ。

 視聴率九〇パーセントって言っておけば良かった。


「どうして凡ちゃん、そんな意地悪なことばかり考えるのよ」

「うるせー! 心を読むな!」

「本当はとっくに決めてるくせに」

「なに?」


「本当はみんなのために死んじゃおうと思ってるくせに、強がって意地悪ばかり言って……」

「おい! ばらすんじゃねーよ!」


「鈴木くん、今の話は本当かね?」


 チャールズの澄んだ瞳には「脱がずに済んだ」と書かれていた。

 嘘偽りない、彼の本音がこれか。クソッ!


 凛夏が俺の背中に抱きついて泣きじゃくった。


「私はやだよ! 凡ちゃんだけが死んじゃうなんて……」

「凛夏……」

「いつも凡ちゃんばっかかわいそうだよ……」


 チャールズが一歩進んだ。


「葉月くん。鈴木くんがいつもひどい目に遭うのは自業自得であって、とてもじゃないが理不尽なものには見えないぞ」


 クソが!!


「でも、やなの!! 凡ちゃんが死んじゃうなら、私も一緒がいい」

「葉月くん! さすがにそれはやめておきなさい。末代までの恥だ」

「さっきから一言多いっすよ、チャールズ!」


 凛夏は泣き続けている。

 参ったな……どうすりゃいいんだ、これ。


「……」

「……」




 押し殺したような沈黙の中、凛夏の泣き声だけが響いていた。




 沈黙を破ったのはチャールズだった。



「おち……」


 彼はそこまで言いかけて、やめた。


「おち? 『おち』って何すか?」

「いや、なんでもない」


 こほんと咳払いして目をそらす。

 ……怪しい。


「この状況を打破できる良いアイデアがあったんすか?」

「たいしたことはない。気にしないでくれ」

「そう言われると気になるじゃないっすか。教えてください」

「……やめておこう」


「チャールズ!」


 強い口調で彼を呼ぶ。

 チャールズは一瞬びくついた様子を見せて、ビグザムさんの後ろに隠れてしまった。


「チャールズ! 話してください」

「……」

「チャールズ!」

「……怒らない?」


 怒る?

 何を怒ると言うんだ。


「怒りませんよ」

「本当に? 絶対?」


 ……はあ。

 俺はため息をついて言った。


「絶対に怒りません。約束しますから、言ってください。『おち』の続きは何ですか?


 チャールズはみんなの視線を集めていた。

 凛夏は泣き続けていたが。


 彼は頭をかきながら空笑いをした。


「いや、その……おちんちんかゆいな、と……ぐぉぷっ」


 凛夏さんの蹴りがチャールズの股間にクリーンヒットした。



「おぶぶぐぐ……」


 股間をおさえしゃがみこむチャールズ。


「なんで……やねん。怒らない言うたろ……うううぅ」

「あたしは約束してないもん」

「そんな……堪忍……ここだけは……ぐふっ」


 電池が切れたおもちゃのように、チャールズは背を丸めたまま動かなくなった。


「強く蹴りすぎだよ」

「でもさ、今のはムカつくでしょ?」

「せめて潰さないであげてほしかった」

「まあ、それは悪かったと思ってるけど……」


 ピビーと鎮鈴さんがぼそぼそ言い合っている。


 しかし、チャールズという『司会』を失ったことで、話は進展しなくなってしまった。


 せっかく俺が華麗に散ろうと思ってたのに、タイミングを失っちまったよ。

 俺は凛夏を引き離して言った。


「ま、いいか。きりがねーし、そろそろくとすっかな」


 みんなの目を見回すと、彼らも俺を見つめ返した。


「でもさ、絶対時間モラトリアムがあるせいでなかなか死ねねーんすよ。死ぬ前の時間が長引くのもきついんだよな。ひと思いに死ねる方法はねーかな?」


「……うーん。難しい質問だね」


 さすがのピビーも頭をひねっている。


「どんな攻撃であっても致命傷のものは回避可能なレベルにまで時間が遅れるわけだよね」

「そうなんすよ」

「時間が遅れている最中、君が攻撃を回避しなかったらどうなるんだい? 回避完了するまで時間は遅れたままなのかな」


 盲点だった。

 そういえば、俺はいつも攻撃を回避しちまうからな……回避しなかったらどうなるんだろう。


「おそらく『死』ぬと思う」


 珍しく、葵姫たんが口を開いた。


「あの日、あなたはウナギの攻撃で致命傷を受けていた」


 あっ……そういえば。確かに。


「あなたが積極的に回避行動をとらなくても、時間は遅れたままになる。静止したわけではない」


 なるほど。

 一理あるな。


 ってことは……。


「じゃあ、回避失敗したらそのまま即死する強力な攻撃で死にたいっすね。痛みに苦しまなくてもいいやつ」

「となると、毒殺はNGね」


 鎮鈴さん……俺を毒殺する気だったんすね……。


「葵姫たんの手刀でひとおもいに殺ってもらいたいところだけど、それじゃ葵姫たんの心にトラウマを残すかもしれないしなあ……」

「私は構わない」と即答する葵姫たん。


「いや、構ってくれよ!! 俺は葵姫たんを犯罪者にしたくないだけだって。一応殺人罪になるんだろ?」

「問題ない。私だけ生き残るつもりはないから」


 は?


「ちょっと待て。葵姫たんも死ぬ気なのか?」


 彼女はこくりとうなずいた。


「もしかして俺が死んで寂しいから、後追いってやつ?」


 今度は無言で首を振った。


「私はただ戦いたかっただけ。全ての戦いが終わった今となっては、私には生きる理由なんてない」


 そりゃ厨二病すぎるだろ。

 ……と思ったが、案外本音なのかもしれない。


 夢の世界の住人は、現実世界でのコンプレックスが具現化しているという。

 こっちの世界で出会った葵姫たんは、いかにも引っ込み思案でおとなしそうな少女だった。

 あの子の願望が今の葵姫たんを生んでいるのだとしたら、それはフィクションの中のスーパーヒーローのようなもので、悪の親玉を倒した今となっては存在意義を失っているというのか。


 いや、待てよ。


 新たな疑問が浮かんできたぞ。

 稀能者インフェリオリティは俺の夢の住人なのだという。それはわかった。

 しかし、どこまでが俺の夢の中なんだ?

 俺がずっと暮らしていた世界が夢?

 それとも、鍾乳洞から続いていたこの世界が夢?


「そんなこと言っちゃだめだよ」


 葵姫たんを慰めている凛夏の両肩に手を置いた。


「知ってるのか、凛夏」

「えっ」

「俺が今考えていたことの答えだよ。二つの世界、どちらが夢だったんだ?」

「……私にもわからない」


「その答えは私が話そう」


 闇からレーパンの変質者が現れた。ウンモの長、ユミッポだ。

 数時間ぶりに見たが、相変わらずキショい。



「二つの世界だけではない。全ての世界が君の夢なのだ」

「はあ?」

「君たちは二つの世界を行き来しただけのようだが、今、この世界の近くには四十八のパラレルワールドが存在している。その全てが君の夢なのだ」


 ……そんなにたくさんあっても迷惑なんだが。


「四十八? 夢の主である俺が見てない世界まであるってのかよ」

「うむ。私も別の世界からやって来た。ちなみにその世界では私を除くウンモ星人のチ●ポは二十三本存在していた」

「……キモ。素数って何かイヤだな」

「私自身もキモいと思っていたのでこの世界の居心地は非常に良い」

「二本でも充分キモいんだが、まあよしとしよう」

「ついでに言うとNHJに所属していたほうのドクトル近藤が生まれた世界では、君もレーパンを履いていた」


 マジかよ!


「何、その世界じゃ俺もロードバイク乗ってんの?」

「乗っていない。ただの露出癖だ」


 クソが。


「夢から覚める前にそっちの世界の俺を殺したいんだが。俺の顔でそんなもん身にまといやがって」

「君と同じ顔ではない。その世界の君は世界でも有数の美少女だ」

「なんだって!?」


 世界でも有数の美少女がレーパンだと。


「……なおさらそっちの世界に行きたいんですが」

「無理だ。もうこの世界の均衡は崩れる寸前。夢から覚める時間なのだ」

「は? なに、時間制限なんてあるの? この世界であと半世紀は暮らそうかと思ってたんだけど」

「これ以上夢が延長されたら、現実世界の君の身が耐え切れない。目覚めと同時にパーになるぞ」


「鈴木くんは元々パーだから大丈夫だ……うぅ……」


 地面に寝そべってタマタマを押さえてる男に言われたくないんだが。


「結局のところ俺が自殺すれば全て丸く収まるんだろ?」

「そういうことだ」


「凡ちゃん……」


 俺の腕に触れた凛夏の指先は震えていた。


「わかったよ。決意が揺るがないうちに死にますわ。ユミッポさん、ウンモ星人の技術で苦しまずに死ねるもん用意できない?」

「……残念ながら、ない。苦しまずにチ●ポをもぎとる装置ならあるんだが」

「いらねーよ。ッ手いうかどうしてそんなもんがあるんだよ」

「ウンモの歴史は戦争と略奪の歴史だからな」

「チ●ポを略奪してたのかよ。つくづく救えねーな、あんたら」

「褒め言葉と受け取っておこう」



 俺はみんなに向き直ったて敬礼した。


「んじゃ、鈴木凡太、一足先にあちらの世界へ行ってきやす! 皆さんお世話になりました」


「やだっ!」と凛夏がごねた。

 コアラみたいに俺の腕にしがみついている。


「私も一緒に……」


 またか。


「そういうメンヘラちっくなことは言わないでくれよ。おまえが死んだら、おまえの家族はどうなるんだよ。夢の中といっても家族はいるだろうが」

「関係ないもん!」

「関係なくねーよ。おまえ、自分の命を自分のものだけだと思ってんだろ? 百年早えんだよ。自分の力で生きて、親孝行してから言えっての」

「……」

「わかったな」

「……凡ちゃんは、どうなの?」

「は?」

「凡ちゃんのお父さんとお母さんは悲しむでしょ!? それはいいの? 百年早くないの?」

「俺んちはもう見捨てられてるというか……多分俺が死んだら親戚一同で祝勝会が行われると思うぞ」

「嘘だ」

「嘘じゃねー。俺はいつか逮捕されると思われてるからな。前科のないまま死ねば安心してくれるさ」

「嘘だよ……私にはわかるもん」


 ちっ。

 こいつの稀能パーソナリティを忘れてた。


「本当はみんなと離れるのも寂しいくせに。散々バカにしてきたチャールズさんのことだって大好きなくせに」

「ちょっ……そういうのは心の中に留めておくからかっこいいんだろ。ばらすなよ!」


「す、鈴木くん……君ってヤツは……ううっ」


 チャールズは声を上げて泣き始めた。


「ちなみに、こいつあたしのことはどう思ってるの? 教えて凛夏ちゃん」


 興味津々といった顔で鎮鈴さんがこちらを見ている。

 凛夏は横目で俺を見てから答えた。


「え、えと……『いい乳してる。温泉で撮った動画がこっそり残ってるから現世に持ち帰りたかった』って思ってます……」

「ふーん、そうなんだ」


 鎮鈴さんは邪悪な笑みを浮かべ、ボキボキと拳を鳴らした。


「あっ、で、でも『強く優しくて頼れる美人のお姉さん』とも思ってるみたいです」

「……」


 凛夏のフォローを聞いた彼女はしばらく俺を見てから拳を下ろした。


「……許す。あたしもあんたのこと嫌いじゃなかったよ。仕事で関わってきたどんなマフィアより腐ってるとも思ったけどね」


「僕のことはどう思う?」


 今度はピビーさんだ。


「えっと……『とてもいい人。うまく利用したら女に困らねーかも。でも多分頭おかしい』と思ってるみたいです」

「ふーん。そうか。僕が鈴木くんに対して抱いている感想と同じかな。女性関係以外は」

「おい凛夏! プライバシーの侵害だぞ! どうして俺の心の暴露大会になってんだよ!!」


「私のことは? アメリカではほとんど一緒に行動できなかったけど」とビグザムさん。

「婦長のことは……『量産の暁には連邦なぞあっという間に叩いてみせるわ』と思ってるみたいです。ちょっと意味わかんないですが」

「私も意味がわからないわ。量産? 連邦?」


 深入りされないよう、慌てて話をさえぎった。


「気にしないでください! 優しくてパワフルで範馬勇次郎みたいな女性だと思っていますとも!」

「……たとえがよくわからないけど、褒めてくれてるのよね? もしも現実世界で怪我したら、いつでも病院に来てね。現実では私は病院勤めしてるかわからないけど」

「は、はい。白衣の天使に再会できる日を楽しみにしております」


 ふう。


「私は?」


 葵姫たんが深い瞳で見つめてきた。

 き、葵姫たんは……。


「葵姫たんは俺の気持ち知ってるだろ! 愛してるんだよ! 現実世界で会ったら絶対声かけるから。以上!」

「私は凛夏さんに聞いている」

「うっ……」


 凛夏は苦笑いして「言っていいの?」と彼女に聞いた。

 葵姫たんは無言でうなずく。


「『凛夏と鎮鈴さんは何度も裸を見たけど葵姫たんだけ見てねーんだよな。ちくしょー! 夢の中くらい挿入させろー』って思ってるみたい」

「……そう」


 うわ……冷たい反応。

 この後自殺する前提がなかったらこの視線には耐え切れないわ。


「……私からも一言。現実世界では私が受け入れたくなるくらい真っ当に生きて」

「き、肝に銘じておきまする」




「挨拶は片付いたようだな」


 近くで立ちションしていたユミッポがこちらへ歩いてきた。


「子どもじゃねーんだからケツ丸出しで立ちションするなよな」

「心配ご無用。我が母星ではあれが正式な排尿作法なのだよ」

「あれだけ無防備なケツを出してるってことは、ウンモ星人でもカンチョーするヤツいるだろ?」

「もちろんだ。カンチョーはウンモ星で最も人気のあるスポーツだからな」


 ……うわあ。

 救えない民族だ。


 せっかくなので質問してみた。


「ちなみにどんなルールなの?」

「相手が絶命するまで指を肛門に突っ込むだけのシンプルなものだ。ゆえに競技人口も多い」

「死ぬまでやるのかよ」

「当然だろう。地球ではやらんのかね?」

「そりゃそうだ。つーかさ、そろそろ無駄話を終えねーか? これじゃいつ終わるのかわからんよ」

「そうだな。君を絶命させる方法だが、良い案が思いついた」


 お?

 ウンモにしちゃ気が利くな。


「どんな方法だ?」

「核爆発だ。この基地内に核爆弾が発見された」


「あっ」ピビーが反応した。


「なるほど。僕が設置した核を使うのか。これなら一瞬で死ねる」


 爆風が到達するまでの数秒間を何千分の一の時間で味わうのは恐ろしそうだが。

 出血多量とかよりはましかもしれない。


 ピビーからスマホを手渡された。


「これは?」

「起爆装置だよ。基地の生存者全員の避難が完了したら携帯で起爆コードを教えるよ」


 なるほど。


「その必要はない。爆弾はあと数分で起爆する」

「え?」


 ユミッポの言葉に全員が凍りつく。


「我々の手違いでカウントダウンが始まってしまったのだ。テヘペロ」

「おま……!」


 アプリを立ち上げたピビーの顔が青ざめた。


「あと三分で爆発する……この距離じゃ誰も助からないぞ」


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