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第九十八話 明けの明星

「誠に申し訳ない!」


 何度目だろう。

 レーパンは深々と頭を下げる。


 さっきまでは行き過ぎたロードバイク野郎かと思ったけど、よく見るとウンモ星人らしからぬ知的な顔つきをしている。

 日本語話せるし。


 レーパンの名はユミッポと言った。

 彼こそがウンモ星人の真の王であった。


 かつてウンモ星を捨て、異星侵略の旅を企てたのも彼だった。


 しかしロードバイクと出会ったことがきっかけで地球侵攻に疑問を抱く。


「こんなに露出欲を刺激される変態衣装は、どんな星にも存在しなかった」という。


 すごいバカにされているような気もしたが、凛夏の聴心リークによると心の底から本音を言っているという。

 プライベートでロードバイクを愛しているピビーは変態衣装と言われたことに憤っていたが、彼を除く全員が変態衣装と認識していたので黙ってしまった。


「こんな素晴らしい文化を持つ地球を侵略するなんて愚の骨頂です。私は地球侵攻作戦を取りやめ、ウンモの同士にレーパンを勧めました。その結果、幽閉されてしまったのです」


 さっきは我が星では正装とか抜かしてたくせに、本当はテメーがレーパン好きなだけじゃねーか。変態が!

 ……と突っ込みたいところだったが、その話題には触れられないまま彼の話は続いた。

 ユミッポを幽閉し、ウンモの新たな指導者になったのがボンジョレモアだった。

 ボンジョレモァはレーパンを着用する者を反乱分子として厳しく取り締まり、自分に忠実な者だけを選び出し地球侵攻を続けていたという。


 俺たちの活躍によってボンジョレモァが倒れ、ユミッポは解き放たれたのだという。

 わずかに残ったボンジョレモァ派の連中は全員捕らえ、明朝にもヨットスクールに送りつける手はずになっているそうだ。


「皆様は地球とウンモの架け橋となる勇者様です。本当にありがとうございました」




 その夜は盛大な祭りが行われた。

 俺たち地球人はゲスト扱いされ、ユミッポ直属の部下約一〇〇名から温かいもてなしを受けた。

 レーパンを着用する大勢の変態に囲まれたのは変な気分だったが、普段から『鈴菌』と呼ばれ迫害されるSUZUKI乗りの俺は彼らにシンパシーを感じるところもあった。

 ウンモ星人の出す料理は味付けは濃いがどれもなかなかうまかった。

 何より皆がボンジョレモァの死、そして地球人との友好を望んでいたのは意外だった。


 祭りの席では意外な人物とも出会った。

 異世界から最初に戻ってきたとされる『勇者トロ』である。

 彼もウンモ星人だった。

 ボンジョレモァを倒せる優秀な稀能者インフェリオリティを探すために二つの世界を繋げるのが彼の役割だった。


 稀能パーソナリティは誰もが持っているが、あまりにも小さいため、気づかずに一生を終えてしまうという。

 稀能パーソナリティの強さはコンプレックスの強さに比例する。

 だから、一部の駄目人間だけが自らの稀能パーソナリティに気づけるのだという。


 勇者トロは強いコンプレックスを持つ人間を選び出すために、夢の世界の扉を開いた。

 そこではそれぞれが理想の姿を持っているという。

 特殊機関に勤める夢を叶えたり、内気なアガリ症を改善したり、好きな人に対して素直になれたりするらしい。

 ところが選別作業の終わる前にボンジョレモァにかかって投獄されてしまったそうだ。

 異物マターは夢の世界から拉致した人間を改造したものだったとかなんとか。


 まあ、そんなことはどうでもいいけど、夢の世界とやらは気になる。

 完全無欠のこの俺は夢の世界ではどんな姿になっているのだろう。



 やがて祭りも終わり、俺は一人で外に出た。

 数時間前の事故の消火作業もとっくに済んでいて、エリア5.1の地上部は静かなものだ。

 ぼろぼろのベンチに身体を預けてぼーっと星空を眺める。


 ――明日からまたあの日常に戻るのか。


 地球の危機は去ったというが、退屈な毎日に戻るのはいただけない。


 RPGの勇者たちは魔王を倒した後、どのような日常を送るのだろう。

 命のやり取りの中に身を置いてきた人間が平和な日常で満足できるとは思えない。


 俺は、文字通り『祭りのあと』のような虚しさに包まれていた。


「凡ちゃん」


 振り向かなくともわかる。

 この数ヶ月の間、何度この声に呼ばれただろう。


「どうした?」

「ううん、ちょっと疲れちゃって」


 凛夏は隣に座った。


「……」

「……」


 俺も疲れてるし、何も口にしなかった。

 世の中がどのように元に戻っていくのかわからんけど、こいつも休んだ分学校に通わなきゃいけないんだろうな。

 留年したりしないだろうな

 俺はいくら留年しても関係ねーけど。高校生は大変だよなあ。


 チャールズはどうするんだろうか。

 NHJって今回の異世界問題を解決するために組織されたんだったよな。

 全てが解決したら解雇されるのかな。

 上野公園あたりで見かけたらパンでも与えてやるか。


 葵姫たんはどうなるんだろう。

 結局連絡先を聞いてないんだよな。

 まあ凛夏に聞いておいてもらえばいいか。


 ピビーと鎮鈴さんは生活力ありそうだし、別れを惜しむことすらないんだろうな。

 つーか、あの二人微妙にデキてるくさいからなあ。

 俺らみたいなカスがいなくなったら喜ぶかもしれんな。


 そういえば核爆弾はセットしたままだけど、取り除かなくていいのかな。

 ま、いいか。


 それにしても色々なことがあったな。

 わずか二ヶ月やそこらの間とは思えない濃い日々だった。


「はあ……」


 夜明け前の冷たい空気を吸い込んで、身体を伸ばした。

 あー、気持ちいい。


 凛夏が頭をもたれかけてきた。

 寝ちまったのか、こいつ。


 生意気言わなきゃこいつもかわいいんだけどな。

 寝顔を見ながら頭を撫でてやった。



「鈴木さん、こんなところにいましたか」

「ああ、あんたか」


 今度は誰だと思ったが、勇者トロだった。

 ツルッパゲ頭に波平風の三本の毛。

 これで高校生を装っていたのだというから笑えない。


「こちら、よろしいですか?」

「ああ、どうぞ」


 トロは俺の隣に腰掛けた。

 席を空けたはずみで凛夏を膝枕するかたちになってしまった。

 まあ、いいか。


「あなたがたのお陰でボンジョレモァの野望を未然に含めました。改めて御礼申し上げます」


 ウンモどものせいで日本経済はガタガタだし、未然に防げなかったような気もするが、まあよしとしよう。


「気にしないでいいっすよ。ボンジョレモァは自爆したようなもんだし、俺たちはたいしたことしてねーし」

「ご謙遜なさらないでください。あなたがたがいなかったらあの演説もなかったのですから」

「そうなん?」

「そうです。敵が現れたら炎天下で決起集会を行うのがウンモの掟なのです」

「昔の体育会系並に非生産的な根性論ですな」

「ははは。お恥ずかしい」


 トロは笑いながら頭をかく。

 三本の毛が撫でられピンと立つのがおかしくて俺も笑ってしまった。

 酒が入っていたこともあり、俺はずっと思っていた疑問をぶつけることにした。


「あの、ちょっと聞いていいすかね」

「私に答えられることならば」

「少しナーバスな話題なんですが」

「構いませんよ。あなたはウンモの英雄なのですから」

「あのですね……その、ウンモ星人ってハゲばっかじゃないすか?」

「……」


 真顔になったトロがこちらを見た。


「え、えと、その言い方が悪かったです、すいません。ウンモ星人ってその……毛根に栄養が行き届いていない方が多数派というか、人並みに毛を蓄えている人間がマイノリティというか……」

「……」


 いかん。もしかして逆鱗に触れちまったのか?


「ち、違うんですよ。別にハゲが生物学的に劣っているとか、そういうことが言いたいわけじゃないんです。むしろ俺はハゲのほうが生物的に優れてるって持論を持ってまして。ほら、地球人よりずっと頭の良いリトルグレイもハゲだし。ほら、サメって強くて男らしいけどハゲだし。太陽だってハゲみたいなもんだし。むしろハゲが人類を支えているといっても過言ではないというか……」

「……」


 違うんだ。俺はあんたを侮辱したいわけじゃないんだ。

 ただどうしてハゲが多いのかを知りたかっただけなのに!


「あ、あの。怒ってます?」

「……怒ってませんよ」


 さっきまでとは別人のような低い声。怒ってる。

 こんなところで地球人とハゲの間に新たな火種を作ってる場合じゃない。

 いかん、なんとかせねば!


「さ、最後まで聞いてくださいね。俺は、ハゲに憧れてるんです。知的なもの、雄雄しいものは全てハゲです。俺もハゲになりたい。そう思っているんです」

「お望みならハゲにして差し上げましょうか? ウンモの科学力をもってすればすぐです」

「いや、そういうわけにもいかないんすよ。俺みたいな下等生物には毛が生えてたほうがいいんすよ。ほら、昆虫とかもビッシリ毛が生えてるじゃないっすか。タランチュラとか。俺なんかタランチュラとお揃い程度でちょうどいいんすよ」

「……」

「やだなあ、トロさん。もしかして怒ってるんすか?」

「怒ってません」

「本当に?」

「はい」


 どう見ても怒ってる。

 ……気まずい。

 トロのハゲ頭には、血管が浮き出ていた。ドラゴンボールでたとえるなら、ギニュー隊長並だ。明らかにキレてらっしゃる。


 俺は自分を呪った。

 知的好奇心と思いつきに任せて発言してもろくな目に遭わないってことを何度も学習したはずなのに。

 どうしていつも余計な一言を口にしてしまうのか。

 反省しないと……いい加減俺も大人にならないといけない。


「あの、トロさん」


 膝の上の凛夏をベンチに寝かせ、俺は立ち上がった。


「はい」

「すみませんでした!」


 深く頭を下げて、誠心誠意謝った。


「その……私の生まれた日本には『NAMIHEI』という伝説的偉人がおりまして、トロさんの頭が彼にそっくりだったものですから、つい……」

「……」

「悪気はなかったんです。むしろ俺はトロさんの髪、とてもかっこいいと思っています。そよ風に吹かれて揺れる姿が『聖剣伝説2』の草原のようで……」

「……」

「許してください。俺はハゲの味方です。これからは世界のハゲのために余生を捧げたいと思っているほどです。ただし俺はハゲません。これは俺の意志ではなく俺の遺伝子の意志というか……誠に残念なのですが」

「……フッ」


 トロは優しく笑った。


「あなたは正直な人間ですね。ウンモ星人は嘘と隠し事ばかりです。私にはあなたが眩しすぎる」


 どうやら機嫌が直ったようだ。

 よかった。余計な気を遣うのは得意じゃないから。


「そんなことないっすよ。トロさんの頭のほうが眩しいっす。夜明けが来たかと思っちゃいましたし」

「ははは。ご冗談がお上手で」

「冗談じゃないっすよ。そのみすぼらしい三本の毛がなかったら太陽と区別つかないくらい眩しいと思ってました。よく見ると脂ぎってるあたりがきついっすよね。もしあんたと俺が中学の同級生だったら確実に『油すまし』ってあだ名をつけますね」

「なかなか言いますね」

「ははは。本音で話したらこんなもんですよ」

「これは一本とられましたね。はははは……」


 俺たちはベンチに腰掛けて声を上げて笑った。

 久々にさわやかで清々しい気持ちだ。


 今回の戦いを通してコミュ障の俺も様々な人と親睦を重ねてきた。

 日常に帰ってからもこの気持ちを忘れずに人生をやり直したいものだ。

 まずは授業に出席して留年を免れないとな。


 東の空に明るみが射してきた。

 もう一時間もすれば夜明けだ。


「楽しい時間はあっという間に過ぎますね」


 ハゲが立ち上がる。

 どこへ行こうというのか。

 ツルッパゲ頭が夜明けの光を浴びて輝く瞬間をカメラに収めたかったのに。

 まさに、明けの明星。


「鈴木さん。名残惜しいですが、お別れの時間です」

「どっか行くんすか?」

「……そうですね」


 ハゲは後ろを向いたまま背中で答えた。


「私ではなく、あなたが、ですが」

「?」


 右手を上げて立ち去るハゲ……じゃなくて勇者トロ。

 まずいな。

 仲良くなれたと思ってハゲと連呼しすぎたか。

 悪いことをしてしまった。

 もう会えないかもしれないのにこんなわだかまりを抱いたまま別れるのは嫌だ。


「トロさん! 最後に一言だけいいですか!?」


 俺は彼を呼び止めた。


「なんですか?」

「ハーゲ」

「……」


 トロのハゲ頭がピクピク痙攣した。ウケる。


「言いたいことは、それだけですか?」

「今のはお茶目なブラックユーモアってやつです。すみません。あの、あなたも素直で素敵な人だと思いますよ」

「え?」

「ハゲって言うと頭がピクピク動くのでわかります。ストレスを溜め込むと禿げますよ! もっと前向きに、ハゲであることを肯定して生きてください」

「……ありがとうございます。異星人とはいえ、初対面の人間にここまでハゲと罵られたのは私にとっても良い経験になりました」

「どういたしまして。これが俺の『ハゲ増しかた』です。覚えておいてください。ハゲますように!」

「……数十年後、あなたもそれを言われる立場になっていることを心よりお祈り申し上げます」


 そう言うとハゲは去った。


 数秒経ってからムカついてきた。

 どうして赤の他人に俺が禿げるようお祈りされにゃならんねん!!

 こんな屈辱、生まれて初めてだ!

 あのハゲ! 最後の三本も引っこ抜いてくれる!!


 慌ててハゲを追おうとしたら、服の裾を引っ張られた。


「ん?」


 凛夏だった。


「おまえ起きてたのか」

「……」


 凛夏はうつむいて黙っていた。

 そうこうしているうちにハゲはどこかにいなくなり、代わりにチャールズたちがこちらに向かって歩いてきた。

 葵姫たんも、鎮鈴さんもピビーもビグザムさんまで一緒だ。


「おー、みんな揃って。もうすぐ夜明けっぽいっすよ。せっかくだしみんなで見ていかないっすか?」



「そうだな」


 チャールズは低い声でそうつぶやくと、拳銃にマガジンを装填した。


 葵姫たんはうつむいたまま唇を噛んだ。

 なんだなんだ、珍しい表情だ。かわいい。


 ビグザムさんは電柱みたいに太い腕をポキポキと鳴らした。


 鎮鈴さんとピビーは黙ってこちらを見ていた。


「……?」


 なんかテンション低いな。どうしたんだ。



「葉月ちゃん、こっちにおいで」


 ビグザムさんの手招きに凛夏は首を振った。


「どうしたんすか? みんな……いつもと様子が違うっすよ」


「……仕方ないんだよ。鈴木くん」


 チャールズが口を開くと、葵姫たんたちは散開して俺を取り囲んだ。


「ま、まさか……6Pする気じゃ……!?」


 なんてこった。葵姫たんだけで充分だぞ。勘弁してくれよ。


「安心して、鈴木くん。6Pする機会はもうないから」


 鎮鈴さんに言われるまでもなく、俺だってお断りだ。

 せめて葵姫たんと鎮鈴さんと凛夏との4Pまでにしていただきたい。


「いてっ」


 こんな時なのに凛夏は俺を強くつねった。


「6Pじゃないなら、一体何をする気っすか?」


「……ラスボス戦だよ、鈴木くん」


 ラスボス戦?


「ユミッポをっちまうってことっすか?」

「違う」

「じゃあ、勇者トロを?」


「それも違う」


 チャールズは映画みたいにかっこつけて銃口をこちらに向けた。


「鈴木くん――君を倒してこの世界を浄化する」

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