第九十六話 おかしい
予想外だった。
休憩中にラスボスが熱中症で死んでしまうとは想定していなかった。
「どうするんすか? ウンモ星人をヨットスクールに送り込む俺の計画がめちゃくちゃじゃないっすか!」
「鈴木くん、落ち着くんだ。我々の目標はウンモ星人の地球侵略計画阻止であって、ヨットスクールの繁盛ではない」
「それはそうっすけど……」
チャールズに正論を言われるのはなんだか悔しい。
「で、ボンジョレモァが死んだってことは、この世界は平和になったんすか?」
「……」
腑に落ちない。
世界が平和になったのなら、異世界はどうなるんだろう。
異世界に消えた昔の同級生たちは帰ってくるのだろうか。
三年前、最初に異世界に行った勇者トトとかいうアホはどうなったのだろう。
「うーん。とりあえず米軍のアジトまで戻ってみる?」と鎮鈴さん。
あのバッタみたいなハゲがいるアジトか。
あんまり行きたくないなあ。
「念のため、エリア5.1を破壊していこう。この部屋ごと木っ端微塵にするんだ」
ピビーは水筒に似た金属の筒を三つ取り出した。
「何すか、それ。爆弾?」
「そうだよ」
「さすがにそんな小さな爆弾じゃ、この広い部屋を吹っ飛ばせないと思うんすけど……」
「大丈夫。小型だけど核爆弾だからね」
「へ?」
核爆弾なんて持ち歩いてたのか!!
危ねーなあ。
「僕たちは爆弾を設置する。その間にみんなは地上まで逃げてくれ」
僕『たち』って、俺も?
「ウンモの生き残りがいるかもしれないからね。念のため護衛をしてほしい。何かあった時も絶対時間があるから君だけは逃げられるはずだ。たとえ核爆発が相手でも」
核爆発から走って逃げるのは気持ちのいいものじゃないと思う……まあ、いいか。
「了解っす」
ピビーとチャールズ、そして俺の三人はこの巨大な人工砂漠を吹っ飛ばす。
残りのメンバーはエリア5.1を脱出する。
「凡ちゃん、気をつけてね」
瞳に心配そうな色を浮かべて凛夏が俺の手を握った。
「俺は絶対大丈夫だっつーの。それより葵姫たんに危険のないようにな」
「……ふん」
凛夏はぷいと振り返って歩いて行ってしまった。
(お前も気をつけろよ)
その背中にそう投げかけてから、俺たちは爆弾設置に向かうことにした。
「いいかね、爆弾は三つある。一つ目はあの岩山に仕掛けよう」
かりん糖によく似たイビツな岩山が荒地に点在している。
チャールズが指したのは、それらの中でひときわ標高が高いポコチン岩山だった。
多分高さは五十メートルくらい?
チ●ポによく似た不快な形をしている。
先端で爆発させれば天井を崩壊させて破壊させられるだろう。
地上の滑走路も底が抜けてしまうかもしれない。
三人ともサングラスを装着して荒地に足を踏み入れた。
足元は南国の砂浜のような真っ白な砂が積もっていた。
歩きにくそうな見た目に反して、靴が埋まることも滑ることもなかった。
おまけに踏みしめた場所が不思議な反発力を持っていてトランポリンのようで面白い。
「面白いっすねー。ウンモ星の砂なんすかね?」
「だろうね。紫外線の反射率も高そうだ。この部屋がやたら眩しいのもこの砂のせいかもね」
肥溜め風のエキサイティングな香りを放つ泉を横目に話を聞いていると、ウンモ星の過酷な風景が浮かんで気分が悪くなった。
「こんな環境で過ごしてるからあいつら性格が歪むんじゃないっすかね」
「彼らにとってはこれが普通で、地球の泉のほうが汚く見えるのかもしれないよ」
「それは不愉快ですね」
そうこうしているうちに例の岩山まで到着した。
垂直に近い岩肌をピビーはスルスルと登っていって、先っぽ部分に爆弾を設置して降りてきた。
「次はあそこだ」
部屋の中心部。
クレータのど真ん中にそびえるピラミッドだ。
十二万(推定)のウンモ星人の屍が転がるあそこに行くのか……。
クレーターの淵に立つと、遠くから見るのとまた違うエグさがあった。
二本槍を生やした死体が、足の踏み場もないほどに一帯を埋め尽くしているのだ。
「この人数が全員熱中症で死ぬなんて……」
地獄のような風景だ。
なるべく死体を踏まないように斜面を下りていく。
「死んだふりしてるヤツとかいないっすかね?」
「彼らはバカだ。大丈夫だろう」
先頭を歩くチャールズは警戒するそぶりも見せずに楽しそうだ。
一分ほどでクレーターの底に到着し、ピラミッドを見上げた。
「意外と大きいな」
レンガ状に積み上げられた巨石のひとつひとつがチャールズの背と同じくらいある。
高度なのか原始的なのかよくわからん連中だ。
階段の一番下にはさっき双眼鏡で見たハゲが横たわっていた。
「これがウンモ星人のボス、ボンジョレモァか……」
こいつがアホだったお陰で労せずに十万の軍勢を倒せたわけだけど。
「よし、爆弾はこいつに持たせておこう」
絶命していることを確認した上で、ボンジョレモアに爆弾を抱かせた。
「これで二つ。チャールズ、最後のひとつはどこに?」
「あそこだ」
チャールズの指の先には白く輝くなだらかな丘があり、その向こうは壁になっている。
よく見ると、壁にはぽつぽつと穴が空いていた。
「洞穴??」
「私たちが通ってきた通路だ。最後はあそこを吹き飛ばす」
「なるほど。で、地上に戻ってからドカーンってわけっすね」
「うむ」
十分ほど歩いてようやく俺たちは部屋の入口まで戻ってきた。
置き土産の爆弾を設置して、次の部屋までひたすら歩いた。
巨人と戦ったフロアまで戻ってきた。
この部屋から戻る道はなかったはずだけど……。
「ん?」
反対側の壁の一部が引っぺがされて、隠し通路が口を開けていた。
「あれは……」
あれもビグザムさんがくぱぁしたに違いない。
「うむ。行こう」
チャールズに続いて俺たちは薄暗い廊下を進んでいった。
疲れが溜まっているせいか、三人とも無言だった。
こういう雰囲気は苦手なので、ピビーに爆弾の話題を振ってみた。
「さっきセットした爆弾はリモコンで爆発させるんすか?」
「そうだね。起爆するのは地上に出て数キロは離れてからだね」
「なるほど」
すぐに会話が終わってしまう。
「ずっと持ってたんすか?」
「何をだい?」
「核爆弾」
「もちろんだよ」
「ピビーがあのまま死んでたらやばかったじゃないすか。事故とか」
「大丈夫、僕の意志で起爆しない限り安全だから」
「そういうもんすか……あいたっ」
急に立ち止まったチャールズの背中に顔から突っ込んでしまった。
「急に止まらないくださいよ」
「……おかしいな」
「は?」
おかしい?
ようやく自分の頭がおかしいことに気づいたのだろうか。
「君たちは気づかなかったのかね?」
「何の話っすか?」
「おかしいと思わなかったのか?」
やはり頭のおかしさを自覚したらしい。
「……そりゃあ気づいてたっすよ。見ればわかるじゃないすか」
「どうして言わなかったんだ」
「そんなこと言われても……言ってほしかったんすか?」
「当たり前だろう」
「こちらとしても、一応気は遣ったつもりなんすよ? 言ったらチャールズが傷つくかもしれないし」
「傷つく? そんな気は遣うなんて、鈴木くんらしくないな」
「そんなこと言われても……」
「気づかずに進んでしまったら、それこそ取り返しがつかないかもしれないじゃないか」
「とっくに取り返しはつかないと思いますけど……」
「そんなに前から気づいていたのかね?」
「そりゃあそうっすよ。チャールズも自覚してるもんだと思ってましたし」
「してたら無言で突き進んだりしない。これが罠だったらどうするんだ」
「罠? 何言ってんすか。他人のせいにするのは粋じゃないっすよ。チャールズ自身の問題じゃないすか」
「他人事みたいなことを言うんじゃない!」
チャールズが少し声を荒げたので、驚いてしまったが、しっかり反論する。
「確かに俺たちは仲間っすよ? でも、これに関しては他人じゃないっすか」
「鈴木くん、前から思っていたが、君には少しサイコパスのケがあるんじゃないか」
なんてことを言うんだ、このおっさんは。
チャールズの頭がおかしいのを指摘しなかっただけでサイコパス呼ばわりとは……。
「サイコパスはひどくないっすか? チャールズの家族ならわかりますけど、どうして俺がそこまで気にしないといけないんすか」
「それが仲間だろう?」
「それは公私混同っすよ。無茶苦茶言わないでくださいよ」
「そんなことはない。気づいた時点で君にはそれを伝える義務がある」
なんで上から目線やねん……。
「……わかりました。百歩譲って、おかしいことに気づいた時点で指摘すべきだったとしましょう。指摘しなかったのは俺のミスです」
「うむ」
「でもね、当事者のチャールズがそんなに上から目線なのは納得いかないっすよ」
「なんだって?」
「まるで俺のせいでおかしくなったみたいな口ぶりじゃないっすか? チャールズ自身にだって気をつける義務はあるでしょう?」
「もちろん私は充分に気をつけてきたつもりだ」
「冗談はやめてくださいよ。充分に気をつけてる人がロスでチ●ポ丸出しで逮捕されると思いますか?」
「その話は関係ないだろう」
「あります!」
「ない」
「ある!」
言い合う俺たちの間にピビーが割って入った。
「まあまあ。二人とも落ち着いて」
「落ち着けないっすよ。ピビーはどう思うんすか?」
「私もピビーくんの意見を聞きたいと思っている」
ピビーは俺たちの顔を交互に見回した。
「……」
「どうしたんだね? 君はどちらが正しいと思っているんだ」
「俺っすよね? 俺が正義っすよね?」
ピビーは真面目な顔つきで俺に向き合った。
「鈴木くん」
まさか俺が悪いって言うんじゃないだろうな。
「な、なんすか?」
「チャールズが言った『おかしい』とは、何を指していると思う?」
「……そりゃあ、チャールズの頭がおかしいってことでしょ」
「しっ失礼な!」
「それじゃあ今度は、チャールズ。あなたは何が『おかしい』と思ったの?」
「道だ。私たちがコンビニの地下から通ってきた道とよく似ているが、違う道なのではないかと思ってな」
ピビーは俺たち両方の顔を見て笑った。
「やっぱりね。……というわけなんだ。君たちは、微妙にかみ合っていなかったんだよ」
「なるほどー、そうだったんすか。さすがピビー」
「うむ。見事な名推理だな」
「チャールズ、すいませんっす。俺、早とちりしちゃって……」
「いいんだ。こちらこそ大人げがなかったな。すまない、鈴木くん」
俺とチャールズはガッシリと握手をかわした。
冷え切った手に温もりが伝わってくる。
今、俺たちは本当の意味で仲間になれたのかもしれない。
そんな気持ちで心が満たされていった。




