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第九十二話 誠意(前編)

 凛夏の声?

 どうして?


「やめてーーーっっ!」


 武器も持たずにこちらに駆けてくる凛夏の姿が見えた。

 アホかあいつは!


 巨人は体の向きをくるりと変えた。

 ヤツの振り上げた棍棒はそのまま凛夏の頭上へ移動する。


「やめろテメェェェ!!!」


 棍棒が振り下ろされる。

 近くの柱から何かが飛び出した。


「っ!!」


 床が砕け、破片と砂ぼこりが舞い上がった。


「凛夏!」


 彼女は無事だった。しかしすぐ隣で鎮鈴さんが倒れていた。

 凛夏をかばって下半身を潰されたらしかった。


「う……凛夏ちゃ……逃げ……」

「いやあああ! 鎮鈴さん!!」


「立て凛夏!」


 泣きじゃくる凛夏を引っ張って少しでも巨人から遠ざける。

 今の一撃でヤツの棍棒も砕けていた。

 しかしヤツはバカなのでそれが理解できないらしく、拾っても拾っても手からこぼれ落ちる棍棒の破片を何度もすくあげていた。


 俺たちは壁際まで走ってチャールズと合流した。


「鈴木くん!」

「鎮鈴さんが……」

「わかっている。もう奥歯の自爆装置を使うしかない。君たちは日本に帰ってこの電話番号に連絡するんだ。全滅した、と」

「でも……」

「安心したまえ。私の自爆装置なら確実にヤツを始末できる」

「どうして言い切れるんですか?」

「私のチンポには超高性能の水素爆弾が埋め込まれている。誘爆で基地ごと吹っ飛ばせるはずだ」

「……それだと俺たちも逃げ切れないじゃないっすか」

「……言われてみれば……すまん……」


 チャールズは眉間にしわを寄せ唇を噛んだ。


「君たちのような若者を巻き込んでしまって本当に申し訳なかった。一緒に死んでくれるか……」

「いいよ」


 凛夏は言った。


「私はもう覚悟できているから。それが世界のためになるのなら、構わないよ」

「そんなあっさりと……そもそもおまえは遊び半分でついて来ただけじゃねーか。あの時俺がバイクに乗せなかったらこんな目に遭わせることもなかったのに……」

「いいの。私は凡ちゃんと一緒にいられただけで良かったから……」

「なんだよそれ」


「……凡ちゃんのことが好きだったから」

「は?」

「子どもの頃から、ずっと。この旅でもずっと言いたかったんだけど、稀能パーソナリティのせいで怖くて……」

稀能パーソナリティ? おまえの稀能パーソナリティってなんだよ?」

「……人の考えてることがわかるの。聞きたくなくても聞こえてくるの」

「はあ?」

「私が想いを口にしたら、答えを聞く前からそれがわかっちゃうから……怖くて……」


 凛夏は泣きじゃくった。


「何言ってんだ、この緊急事態に」

「鈴木くん。私のような童貞野郎が言うのもアレだが、素直になったらどうだ」

「チャールズまで! 諦めるのはまだ早いっすよ!」


 巨人は粉々になった破片を必死に拾おうとしていた。

 水面に映った月をすくおうとする猿のように間の抜けた姿だった。


「二人とも諦めるのは早いって言ってるんすよ!」


 強がりながらも脳は機能していなかった。

 その全ての機能は爆発しそうな心臓の鼓動を抑えることだけに使われていた。

 それが生命の危機によるものか、親近者の死によるものか、凛夏によるものかわからなかったが。


「何か考えがあるのか? ないだろう? 最後なんだ。好きなだけ私の前でイチャつきたまえ」


 やけになっているのか、そういう趣味なのかわからない発言だ。


「考えなんてないっすよ! でも何かしなけりゃ確実にられます!」

「何かしても殺られるだろう。あいつには銃は通用しない」

「現実が見えてないことだけがあんたの長所でしょーが!」


 凛夏の姿が視界に入るだけで心臓の鼓動は早くなっているようだった。

 俺には葵姫たんがいるのに。

 動揺を悟られないようチャールズにキレてみたものの、俺にも妙案など何もない。


 ――そうだ!


「時間は? 稀能パーソナリティさえ使えるようになれば、なんとか……」

「一時間まで、あと十五分ほどか……」


 俺は巨人を見やった。

 相変わらず棍棒の破片と戯れながら一喜一憂している。

 このまま膠着こうちゃく状態が続けば……。


(いけるかもしれない)


 地獄に一筋の光明が見えてきた。

 あと十五分、あの巨人を刺激しなければ勝算はある!


 俺たちは巨人に気づかれないようゆっくりと場所を移動した。

 ここで気配を殺していれば、きっと……。


「……」

「……」

「……」


 誰も言葉を発しなかった。

 静かな空間に、巨人が床をほじくる音だけが響いていた。


「……!」


 凛夏と目があってしまった。

 もう泣き止んではいるが、目は真っ赤だ。

 何を考えているのかわからない。


 なんだか緊張してしまって目をそらした。

 しかし凛夏の視線は俺に向けられたままなのだと気配でわかった。


(あいつが、ガキの頃から俺に惚れていたって?)


 本当だろうか。

 『吊り橋効果』ではないだろうか。

 死の恐怖でおかしくなっているとしか思えない。

 じいさんにカンチョーかましたり、自分の前で別の女の話題ばかりする男を誰が好きになるものか?

 ありえない。

 しかし告白を受けた時は嘘をついているように見えなかった。


 そういえばあいつが引っ越してからも、年に何度も手紙が送られてきていたな。

 面倒だから一度も返事を送ったことがなかった。

 「凡ちゃんのことだから面倒で返事くれないと思うけど」と書かれていたので、罪悪感すら抱かずに済んでいた。

 さすがにここのところは届いていなかったが。

 あいつはどんな気持ちで俺に手紙を送っていたのだろう。


 そういえばアメリカに来てからもたまにおかしな発言をしていたな。

 『心が読める』……そういうことだったのか。

 だから俺がエロいことを考えると叩かれたり、要所でチャールズから助言を求められたりしていたわけか。

 くそっ!

 心の中がつつぬけなんて、最悪じゃねーか。

 なおさらのこと俺を好きになるとは思えねー。

 黒人チ●ポ並に真っ黒な心だってのに。


 ドッキリか……?

 いや、こんな時にドッキリなんてするわけねーだろ。

 本当だとしたら、どうなるんだ?

 俺は凛夏をどう思ってるんだ?

 葵姫たんがいるじゃねーか。

 無事に帰ったら葵姫たんを探しにいくって決めてたんだ。

 どうして葵姫たんがいるのに、俺は悩んでるんだ?


 自分に振り向くことのない本命と、確実に好意を持っている女とで悩んでるってことか?

 葵姫たんなんて一生会えないかもしれないしな……だから凛夏が有利になっているだけかもしれん。


(でも……)


 葵姫たんを失った時の悲しみは凄まじかったが、意外と耐えられるレベルだった。

 凛夏がいなくなってしまったら俺はもっと苦しむような気もする……。


 幼馴染補正ってやつか?

 そりゃ幼馴染は有利だよな。でもそんな補正で惑わされたとして、それは相手の本質を愛してることになるのか?

 二人とも幼馴染だったと仮定して、それでも凛夏を選ぶ理由がないと、俺はあいつを受け入れるわけにはいかない。

 受け入れるにしても断るにしても、俺の本音でなくてはならないと思う。


 それが、人生の最後かもしれない時に俺への想いを一番大切だと言ってくれた凛夏に対しての誠意だ。

 温泉で告白されてたら軽はずみにOKしてその場で襲い掛かってただろうけど。



(うーん……)


 心は凛夏に傾いているようにも思えた。

 しかしそれが『葵姫たんの代わり』なのだとしたら、あいつの想いに応えては失礼だ。

 決め手がほしい。

 でも……。


 それより、時間はそろそろだろうか。


「チャールズ。あと一分くらいっすかね」

「何を言ってるんだ。たっぷり十四分は残っているぞ」


 マジかよ。


 ずいぶん色々なことを考えていたような気がしたが、数秒の出来事だったらしい。

 絶対時間モラトリアムが脳内で起こってるようだ。


 うう……俺は直感で生きたい人間なのに。

 考えても答えなんて出るわけねーじゃねーか。


 凛夏には悪いが、あいつを倒したら正直にそれを話すしかない。

 普段誠意のない生き方してるんだ。今回くらいは一生分の誠意を見せてやる。


「チャールズ。あと何分すか?」

「十四分ちょっとだな」


 時間の流れが遅すぎる。

 巨人が棍棒いじりに飽きた時が、俺たちが死ぬ時だ。


 死刑判決を待つ被告人のような時間がキリキリと胃を締め付ける。


 俺たちが生きられるかどうかは、あと十数分で決まってしまうのだ。

 凛夏と目をあわせないようにしながら、ただただ時間が過ぎるのを待った。



 そして判決は、最悪の形で早められた。


「ウキョロキョキョーン」

「フギャッフギャッ」


 数十メートル上――天井のほうから、聞き覚えのある鳴き声が聞こえた。

 それらはボトボトと音を立てながら次々と床に落ちてくる。


 葉っぱ人間だ。

 それも、すごい数だ。

 二、三十匹はいるんじゃないだろうか。

 しかも数えているうちに新しいのが落ちてくる。


 早く時間が過ぎてほしいと願っていたのに、今は全く逆のことを思ってしまった。

 三十秒ほどの間でヤツらは五十匹以上まで膨れ上がっていた。


「ウキョキョッ」


 そして一斉に俺たちに顔を向けた。

 静寂だった空間は葉っぱ人間の鳴き声で埋め尽くされた。


 さらに悪いのは、彼らに刺激され巨人に異変が見られたことだ。


「UNMOーUNMOーッ!


 上半分が崩れた柱の向こうで大きな影がゆっくりと立ち上がる。


「UNMOーーーーーーーッッ!!」


 ヤツは遠くからこちらを睨みつけて、ゴリラのように激しく胸を叩いた。


 五十匹の葉っぱ人間と、巨人。

 稀能パーソナリティが使えるようになるまで十二分は残っている。


 俺たち三人に、それだけの時間をしのぐ余力は残されていなかった。

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