第九十話 あなたと合体したい
「どうしてドクトルがあんなところに……」
隣のピビーはしっかりと鎖を握っていて、その先にはドクトルがだらしない猫背で立っている。
「ドクトルが二匹!?」
「凡ちゃん、二つの世界のドクターがここにいるんじゃない?」
「……ああ、そうか。片方は俺たちのいた世界のドクトルで、もう片方がこっちの世界のドクトルってわけだな」
「UNMO UNMO DO DO」
「『早よ合体してスーパードクトルになるべさ』と言ってるね」
「鈴木くん、ドクトルを合体させてはならない。何が起こるかわからないからな」
「でもチャールズ、一匹にまとめたら戦闘も一度で済むんじゃないっすか?」
「なるほど。そんな考えもあるか。葉月くんはどう思う? ヤツらを合体させてこちらに不利な要素はあると思うか?」
「……大丈夫だと思います。純粋に合体しただけなんじゃないでしょうか」
『純粋に合体』ってなんだよ。
「ピビーはどう思うすか?」
「合体させてから射殺でいいんじゃないかな」
「まあ、あたしも賛成。とっととボスを殺って帰りましょ」
全員一致ってわけか。
「じゃあ、ドクトルを放すよ」
鎖を外されたドクトルは元気に台の上まで駆けていった。
「UNMO」
「『合体』って言ってるね」
「今だ! 射撃開始!」
パンパパンと数度の発砲音が響く。
密着しながら腰を振っていたドクトルは、言葉も発せずに台から転がり落ちた。
「殺ったか……?」
「おそらく」
「よし行こう」
奥のドアから続いていた長い廊下を抜けて次の部屋に到着した。
ドアをくぐり抜けた途端に空気が重苦しくなったように感じた。
「変な感じがするね、凡ちゃん」
「……何だろうな。この重苦しさは」
部屋の面積はさっきと同じくらいだ。
違うのは天井の高さだ。
地上まで突き抜けるんじゃないかと思うほど、高い天井。
部屋の中にはギリシャ神殿みたいな柱が不規則に何本も立っていて、その先端には松明がくくりつけられていた。
いかにもカルト宗教っぽい匂いがプンプンしていやがる。
一体どんなことに使う部屋なんだろう。
俺たちが入ってきたところ以外にドアは見当たらない。
隠し自動ドアがあるのかもしれないが、こう広いとすべての壁を触って確かめるだけでも時間がかかってしまう。
「全員で手分けして探すしかないわね。あたしはそっちの面を。鈴木くんは右のほう、そして――」
「鎮鈴くん、待ちたまえ。この気配は……出てきたまえ!」
チャールズは上を指す。
天井からアームが降りてきて、先端にドクトル近藤がぶらさげられていた。
クレーンゲームのヌイグルミのようで不気味だ。
生きてたのか。
「UNMO UNMO UNMO!!」
「『ヒャーハハハハ。貴様らは私を怒らせたのだ』と言ってるね」
すかさず翻訳が入る。
「DO UNMO DO……」
「『最強の稀能を受けてみるがいい』」
あんな半死半生の毛蟹みてーなヤツに今更何をできるというんだろう。
俺は完全に油断していた。
「チャールズさん! まずいです。ドクターは私たちに勝てると本気で思ってるみたいです」
「葉月くん、わかってる。稀能計量で計測してみたが、クラス4の大技を放とうとしている。逃げるぞ!」
クラス4?
クラスって3が最強なんじゃねーの?
「凡ちゃん、急いで!」
「ほら鈴木くん、走って」
通路に向かって必死に地面を蹴る。
確かにヤベエ感じがする。
宙にぶらさがったドクトルの体から、新宿駅のトイレに似た悪臭が放たれているように感じた。
おそらく現実の臭いではないと思う。
ヤツの放つ殺気のようなものを全身が感じ取ってそのように判断しているのだと思う。
「UNMO」
「『逃がさん。貴様らはここで私とともに死ぬのだ』と言ってる!」
ピビーは走りながら翻訳していた。
見事なプロ根性である。
あと数歩というところで目前のドアは壁に吸い込まれるようにして消えた。
このフロアは完全に孤立してしまったようだ。
逃げられないということか……。
「葉月くん! 稀能計量でも読めんのだ! 奴が何をしようとしているか、読めるか!?
「わかりません……っていうか……声が聞こえない!」
「なんだって!?」
あいつらは何を言ってるんだろう。
凛夏の稀能は声に関するものなのか?
「DO UNMO……」
「『ふう……』」
命尽き果てるセミのように、ドクトルは上から降ってきた。
柱の松明にぶつかって体に着火した状態で部屋の中央に落ちた。
「この野郎!」
なんだか知らねーが不発だったか。
びびらせやがって!
火だるまになったドクトルに俺様自らトドメを刺してやる……と思ったら、誰かに背中を引っ張られた。
「危ない!」
「おい!」
いい加減にしろ凛夏――と文句を言おうとした瞬間、何かが上から降ってきた。
「うおっ!?」
ドスドスッ!
つい直前まで俺がいた場所に突き刺さったのは鋭利な槍だった。
「びびったー。っつか凛夏、引っ張んなよ。何かあっても俺には絶対時間があるからくらわねーよ」
「違うの、もしかして……あっ!」
急に引き寄せられた俺は凛夏ともつれあって転ぶ。
「なんだオメー。俺とチューでもしたくなったのか」
「そんなわけないでしょ!」
どうしてこいつが俺を引き寄せたのか俺にはわかっていた。
後頭部の後ろを涼風のように矢のような何かが通り抜けたことに気づいていたから。
引き寄せられなければそれが俺の頭部を射抜いていたかもしれない。
今のタイミングで絶対時間が発動しないのはおかしい。
絶対時間に数十回も危機を救われるうちに発動のタイミングは体が覚えていたからだ。
いやな予感がする。
「なんだって!?」
急に叫んだのはチャールズだ。
黒焦げで地面に転がったドクトルの前で真っ青な顔をしている。
「みんな気をつけろ! ドクトルは俺たちの稀能を無効にしたらしい!」
ああ、やっぱり……。
もしかしたらとは思ったのだ。右手にも軽い違和感を覚えていたから。
あのハゲ……!
最悪のタイミングで最悪のことをしやがった。
クラス4の稀能ってのは、これのことか。
攻撃も守備も同時に使えなくされたってわけか。
「危ねえっ!」
今度は俺が凛夏を引っ張り上げた。
頭上から降ってきたサッカーボール大の岩石が地面にめりこんだ。
上下左右全ての方向と、室内の柱全てに注意しないと。
どんな罠があるかわからない。
「DO UNMO……」
「『貴様らの稀能は封じた。俺が死んでも一時間はその状態が続く。貴様らは死ぬのだ。ウピピピピ』と言ってるね」
「とっととくたばれこのツルッパゲが!」
激昂したチャールズがドクトルの股間に蹴りを入れていた。
「DO UNMO UNMO……」
「『俺は死ぬことを恐れていない……ブラグルの正月ガチャでマンチラが手に入ったあの日に俺は人生の目標を達成したのだ』」
「じゃあ死ね!」
「UNMO!」
「『ぐふっ』」
チャールズのトーキックがいい感じに入り、ドクトルは動かなくなった。
「諸君。手分けしてこの部屋から出る方法を見つけるんだ」
「怪しいものを見つけたら迂闊に手を触れずに僕たちを呼んでくれ」
チャールズとピビーがまくしたてた。
しかし、気をつけても無駄だった。
奥の壁がドアのように開いてそこから銃を持った兵士たちがぞろぞろと入ってきた。
全員二本槍……ウンモ星人か。
数十人はいるぞ。
おまけに天井からも何かが降ってきた。
吊り天井かと思うほど巨大なそれも、生物だった。
岩の質感を持った筋肉質な物体。
巨人としか形容できなかった。ゾウより大きい……というかほとんど恐竜だ。
ヤツの持つ棍棒だすら俺の身長より大きいように見える。
あれで殴られたら交通事故に匹敵するダメージを受けてもおかしくない。
やばすぎる。
絶対時間は使えない。
鎮鈴さんの肉体交換も、チャールズの索敵も、凛夏のよくわからない稀能もピビーの回復も全部使えないのだ。
しかも俺は攻撃手段を持たない。
ピビー、チャールズ、凛夏は銃で、鎮鈴さんは拳法で攻撃できるが、俺だけはただの運動不足の足手まといだ。
自慢ではないが駄菓子屋に座るばあさん並の体力しか持ち合わせていない。
(――こりゃ死んだな)
死んだらチャールズを恨み続けよう。
こんなことになったのはさっきの部屋でドクトルの死を確認できなかったせいだ。
五感研磨を持つチャールズは、ドクトルの心臓が停止していなかったことに気づいていたはずだ。
きっと昔の仲間のよしみで見逃したのだと思う。
しかし、そのせいで俺たちは最悪の窮地に立たされてしまった。
ドクトルはあの部屋で確実に息の根を止めるか、ヨットスクールに送り込むべきだったのだ。
銃を構えたウンモ星人たちは綺麗に整列して俺たちに近づいてきた。
俺たちも自然と集まってそれと対峙した。
「すまなかった。私の甘さがドクトルを暴走させてしまった」
やはり俺の予想は当たっていたか。
「だが安心してくれ。私が責任をとる。こんな時のために奥歯に自爆装置を仕込んでいるのだ。あいつらは私が片付ける。君たちは稀能が回復したら先に進んでくれ」
自爆しようというのか。
チャールズ……。
「OK、わかったわ」
「君の死は無駄にしないよ」
鎮鈴さんとピビーはそれを快諾した。
「鈴木くん、葉月くん、君たちもそれでいいね?」
「チャールズ……わかりました。あの巨人が残ったら厄介なので、できれば巨人を中心に爆発してください」
「えっ、凡ちゃん……」
信じられないといった目で凛夏は俺を見た。
冷たいと思われたのかもしれない。しかし、ここまできたら自爆してもらうしかないだろう。
何よりも俺はチャールズを信用していない。
自爆はかっこつけるためのハッタリだと思ったのだ。
(やれるもんならやってみろ)
「葉月くんもいいな? あとは任せたぞ」
「チャールズさん……」
「では、行ってくる。いいね?」
「……」
「自爆しても構わないよな? 葉月くん」
ほら出たよ。
引き止めてほしいパターン。
「……わかりました。チャールズさん、今までお世話になりました。私たちは必ずこの世界を救います!」
「何だって?」
「……ぐすっ。お願いします……」
「ちょっと待ってくれ葉月くん。自爆したら私は粉々になるんだぞ? 万が一でも生き残る可能性はないんだぞ。それでもいのか?」
「……」
「男らしくないわね、チャールズ。とっとと行きなさい。あんたが自爆すれば全滅は免れるんだから」
「チャールズ。男には二言はないものだよ。サムライだろう、君は」
「き、君たち! ここは止めるところだろう? 私が犠牲になって自分たちだけ助かればそれでもいいのか!?」
「そういうわけじゃないっすけど、言いだしっぺなんだからやってくださいよ」
「鈴木くんの言う通り。景気よく派手にやってちょーだい」
「君たち……」
チャールズの声は震えていた。
この緊急事態になってまでかっこつけようとするなんて。
救えないおっさんである。
「ウンモ星人のみなさん!!」
いつの間にか俺たちと数メートルの距離まで近づいていた兵士たちにチャールズは叫んだ。
「こいつら冷たいんです。私に自爆しろと言うのです。あなたたちも爆死したくないでしょう? 私は寝返ります。あなたたちの仲間にしてください! ともに人類を二本槍にしましょう!」
裏切りやがった!
「あんた何考えてんのよ」
「君はクレイジーだ!」
「チャールズさん!」
「くそー、俺を変な事件に巻き込みやがって。とっとと死ねインポヤローが!」
背中に罵詈雑言を浴びながら、チャールズは両手を上げたまま兵士たちに近づいた。
彼らはチャールズを受け入れたらしい。
チャールズは兵士たちのところまで進んでこちらに向き直った。
「鈴木くん! 私はインポヤローではない! 覚えたからな。最初に死ぬのは君のようだな」
懐から抜いた拳銃を俺に突きつけやがった。
(……あの野郎!)
パン!
パンパンパン!!
何発か銃声が響いた。
うち一発は俺の左腕をかすめた。袖の内側で血がにじむ感触を感じた。
「……君は運だけはいいヤツだな。弾がなくなってしまった。おい、マシンガンを貸してくれ」
チャールズは隣のウンモ星人からマシンガンを受け取った。
順応が早すぎる。
「じわじわと苦しみながら死んでもらうつもりだったが、蜂の巣になってもらおうか」
マシンガンの銃口がこちらに向けられた。




