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第八十九話 地獄の火炎

「どうやら仲間に愛想を尽かされたようだな。貴様のような愚者に相応しい最後をプレゼントしよう」


 橋川が俺に向かって歩き出した。

 ピビーとドクトルが道を開けた。


 後ろではチャールズ、鎮鈴さん、そして凛夏が俺から距離をとった。


(まずい……本当に孤立化?)


「UNMO UNMO」

「ドクトルは『自業自得だよ』って言ってるね」

「うるせーー!!」



 ドクトルの股間に全身の体重を乗せたトーキックをお見舞いした。


「DO!!」


 彼は股間をおさえてうずくまり、小さなうめき声を出しながら小刻みに痙攣けいれんする。


「仕方ねえ。橋川! 俺とあなたのどちらが正しいか、拳で決着をつけようじゃないか」

「勝ったほうが正しい――というわけか。よかろう。貴様も地獄の業火に焼かれるがいい」


 橋川は拳をこちらへ向けた。

 瞬く間もないほどの後、手首のあたりがキラリと光った。 


 火炎放射だ。

 中型トラック程度なら一瞬で火だるまにできそうな凄まじい業火が噴き出した。

 絶対時間モラトリアムで背後にステップしてかわす。

 しかし時間はスローモーションのままなので、俺のピンチは継続中というわけだ。


 壁際の凛夏、鎮鈴さん、チャールズの腕を引いてダッシュで通路を逆戻りした。


 ようやく時間の流れが元に戻ると、ヤツと俺たちとの間には五〇メートルほど空いていて、両者の間は炎の回廊と化していた。

 炎は激しく燃え盛り、視界を遮断してしまった。


「凡ちゃん……ありがとう」

「予想以上に激しい攻撃ね。ピビーは大丈夫かしら」

「鈴木くん。下剤のことは忘れよう。今は君に感謝するのみだ」


 炎の壁の向こうにはピビーとドクトルが残ったままだ。


「ピビー! 大丈夫か!!」

「……な…………だ……っ!」


 ゴオゴオと燃える炎のせいで聞き取れないが、向こうで何か叫んでいるのはわかった。


「チャールズ、ピビーを救わないと」

「そうなのだが、どうすればこの炎を消せるのか……」


 床から壁まで炎が覆い尽くしてしまった。

 通路にガソリンでも撒かれていたのではないかと錯覚するくらい激しい。


「消火器は?」

「だめね……かなり適当な施設よ。ウンモ星人には消防法のような概念がないのかもしれないわね」

「他の道は?」

「ない。コンビニから一本道だっただろう。少なくとも現時点では見つけていない」


 まずい。

 こうしている間にもピビーがピンチかもしれない。


「仕方ない……橋川を倒すしかないっすね」

「鈴木くん! まさか君一人でこの炎の中へ?」

「無茶だ! 焼け死ぬぞ」


 俺は火事の最前線まで足を進めて振り返った。


「大丈夫、俺はそんな無駄死にはしません」


 そして炎に向かって叫んだ。


「橋川! そっちにいるピビーはあなたには無関係な人物っすから、手を出さないでください!! 俺と一対一の勝負をしましょう!!」


 返事はない。


「どうしたんすか? あれだけ人を非難しておきながら、俺のことが怖くなったんすか?」


 やはり返事はない。


「卑怯者! 他人には厳しく自分には優しい。あなたは本物の卑怯者だ!!」


 ……。

 だめか。挑発に乗るような単細胞だと思い込んでいたが。

 あきらめかけたその時、炎の中に人影が浮かんだ。


 ――あれは!


「ゲヴォッ……鈴木ぃぃぃぃ」

「橋川……!」


 炎を抜けてきた橋川は力尽きたのか、俺たちの前で倒れた。


「勝負しろおぉおぉ……鈴木ぃぃぃ」

「……」


 橋川にデコピンを一撃お見舞いする。

 熱っ!!

 ヤツの体は沸騰したヤカンのように熱くなっていた。


「グバアアッ!! いでえええ! いでえええよおお鈴木いぃぃぃ」


 皮膚の下から金属のボディが見え隠れしていた。

 こいつもサイボーグになってるのか。

 ウンモは地球人をサイボーグ化するのが相当に好きだと見える。


「ガハッ……鈴木……俺の負けだ。まさかこの身が再び地獄の業火で焼かれるとはな……これも日ごろの行いか。フッ」

「日ごろの行い……?」

「ああ……俺は女生徒に淫行を働くために教師になったからな……ハメハメしまくってきた罰が当たったのだ」


 うわっ、こいつ最悪だ。


「鈴木……あの時におまえが俺を焼却炉に投げ込んだのは、そのことを知っていたからだろう? わかっているんだ」


 エロ教師だとは気づいていたが、ここまでだったとは。


「え、ええ、まあ……気づいていました。なんとなくは。あなたに罪を重ねさせたくなかったから……だから心を鬼にしてあなたを焼却炉にぶちこんだのです」

「……ありが、とう……おかげで俺の被害はそれ以上増えなかった。おまえは汚名を着せられながらも俺と女生徒を救ってくれたのだ……」

「そ、そうですね。クラスメートを守るのが俺の使命だと思っていたので。だから今も仲間を守ったのです」

「……強くなったな。おまえの男らしい言葉……心に染みたぞ」

「橋川……」

「卑怯なことばかりじゃ心まで腐ってしまう。おまえは心の底から仲間をかばい、正々堂々と俺に挑んだんだ。大人になったな……」

「……」

「おまえは俺の人生でも一番のクソ野郎だった。どんな不良生徒でもおまえよりは扱いづらかった。でもな、だからこそなんとかしてやりたかったんだ」

「……橋川……」

「俺はもうダメだ……しかし、腕を火炎放射器に改造した甲斐があったよ。あんなに凛々しいおまえの姿を見られるなんて……教師をやってきて本当によかった」

「橋川……先生……」

「初めて俺を『先生』と呼んでくれたな……ありが、とう……鈴木……ああ、もう目がかすんできた……おまえはどこにいるんだ……」


 俺はチャールズの手をとって、橋川に握らせた。


「俺はここです。先生」

「ああ……かわいいお手手だ。サイボーグ化して失われたはずのポコチンがうずくわい……」


 チャールズが身をすくめるのを俺は見逃さなかった。


「先生……どうか安らかにお休みください」

「ああ、鈴木よ……ボンジョレモァはこの奥だ……ヤツを倒して世界を救って……く……れ」


 橋川の体から力が抜け、崩れ落ちた。


「橋川先生ーーーーーーーーッッ!!」


 そんなことより通路の炎はどうしたら消せるのだろう。

 このまま燃え続けたら酸欠になってしまうかもしれない。


「鈴木くん。そろそろメシの時間にしないかね」

「チャールズ! 何をのんきなことを言ってるんすか」

「腹が減っては戦はできないからね。お弁当にしましょう」


 俺たちは座り込んで食糧を床に並べた。


「床が燃えてるおかげで肉に火が通せて便利だな」

「ラストダンジョンで夜食というのも悪くないわね」


 二人は心底楽しそうだ。

 俺が言うのもあれだが、彼の精神力は驚嘆に値する。


 凛夏と俺はメシは食わずに壁際によりかかっていた。


「凡ちゃん、いろんなところで人の恨みを買いすぎじゃない?」

「そうかな?」

「そうだよ。もう少し他人の気持ちを考えたほうがいいよ」


「全くだ。君は人の気持ちに無頓着だ。モグモグ」


 チャールズには言われたくない。


「あんたのまわりはキショいホモばっかなのはどうして?」

「知りませんよ! 俺のセリフっすよ! 葵姫たんみたいな美少女に囲まれて暮らしたいっすよ」



 何分か経ったらドクトルを連れたピビーが消火を持って向こうからやってきた。


「ようやく消えたと思ったらお弁当か。参ったなあ」

「まあまあ、あんたも食べてから行きなって。ほら」


 ドクトル近藤は浮島のように頭に残っていた最後の髪が燃え尽きてしまったらしく、お通夜のように暗くなっていた。



 食事を終え補給が完了したところで、先に進むことにした。


 何事もなく細い通路を抜けると、壁に突き当たった。


「行き止まり?」

「そんな馬鹿な。何かあるのよ」


 壁を触れるとそれは音を立てて両側に開いた。

 自動ドアになっていたらしい。


 部屋は真っ暗だった。


「DO UNMO……」


 闇の中にウンモ語が響いた。

 反響から察するにそこそこ広く、天井も高い部屋のようだ。

 体育館程度はあると思う。


「ピビー、今のウンモ語は?」

「『あなたと合体したい』と言っているね」

「……はあ」


 また基地外がいるのか。

 深呼吸に近いため息が自然に出た。



 すると目の前が真っ白になった。

 急だったのでまぶしくて目が開けられないが、部屋の中ごろに台があって、その上に誰かが立っていた。

 まるで朝礼時の校長先生のように仁王立ちするそれは、まばゆいスポットライトで照らされていた。


 ようやく目が慣れてくると、姿かたちがはっきりと確認できた。




 ――ドクトル近藤だった。

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