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第八十七話 DO UNMO


「ビッグジョン? あのハゲのこと知ってるんすか?」

「まさか、ビッグジョンが――」


 鎮鈴さんも、そうつぶやいた。

 やはり顔は青ざめているように見える。


「またまたあ。二人して脅かしちゃって。さっきの軍服の駅員みてーなヤツも見掛け倒しだったじゃないすか。俺に任せてくださいよ。余裕っすから」

「ダメだ、鈴木くん!」


 今度はチャールズが俺の腕をつかむ。


「あれがビッグジョンだったなんて……ヤツだけは、まずい……上官命令だ。ヤツに手を出すのはやめろ」

「チャールズまで何言ってんすか? 最悪五人でやれば余裕でしょ」


 ピビー、鎮鈴さん、チャールズの三人は示し合わせたように首を振った。

 搾り出すようにピビーが口にした。


「あいつだけは次元が違うんだ……」

「そんな大げさな。つーか、あいつのどこがやべーんすか? どんなふうにやべーんすか?」


 恐怖というより、三人にそこまで言わせるビッグジョンに対して好奇心が鎌首をもたげていた。

 話してくれないならヤツと戦う――そんな決意をアピールして三人を見渡す。


 仕方ない、といった様子でピビーが口を開いた。


「君も日本人なら小束こづかヨットスクールのことを知っているだろう?」


 小束ヨットスクール。

 ニートや家庭内暴力で手をつけられなくなった児童を更正させるヨットスクールだ。

 生き地獄と称されるしごきのきつさは有名で、どんな悪童でも三割は入塾して三時間で真人間に更正すると言われている。

 残りの七割は更正しないわけではない。

 過酷な訓練中に事故死するか、凄絶なしごきに耐え切れずに首を吊ってしまうのだ。


 とにかく人が死ぬことで有名で、何年か前に「創立四十五周年で死者四十五万人を達成! 不要な子どもは小束にお任せを!」と毎日CMをやっていた。


「もちろん名前くらいは知ってますけど、あいつとどんな関係があるんすか?」

「順を追って話そう。まずは小束ヨットスクールがどう恐ろしいのかを話してやろう」


 話に割ってきたチャールズが、話したくてうずうずした様子でヨットスクールに関して話し始めた。


 小束ヨットスクールの入塾初日のカリキュラムは、更正に関する座学と一流シェフによるバイキング形式のディナーである。

 ほとんどの生徒はバイキングでは緊張感もなく好物をたらふくたいらげる。

 しかしそれが罠であるとは気づかずに。


 二日目の夕食は、前日食べたものと全く同じものをちょうど倍の量食べさせられる。

 生徒が初日に何をどれだけ食べたかはスクール側に全て記録されていたのだ。

 当然倍の量など食べきれるはずがなく、生徒たちはいっぱいになった腹をさすりながらギブアップしていく。

 しかし教官たちはそれを許さず、ノルマをこなすまで生徒の口に食べ物を無理やり放り込む。

 中には胃が破裂して死んでしまう生徒もいるというからえげつない。


 この二日目の夕食でノルマを達成できなかった生徒たちは『ゴールデンコンサート』と呼ばれる私刑を受けることになる。

 あおむけに並べられた彼らの股間に板と金属を重ねたパーツを固定して、教官たちが金槌で叩くというものだ。

 その金属は、思い切り金槌で叩かれると様々な音階を奏でるようにできている。

 教官たちは生徒の股間を使って『カエルの歌』を演奏するというのだ。しかも輪唱。

 ゴールデンコンサートに招待された生徒もまず生きて帰れない。


 三日目からは食事は一日一食。しかも消しゴムにかつおぶしをまぶしたものしか食べられない。

 日中の厳しい訓練で生徒たちは腹ペコだ。

 しかし消しゴムしか食べられないので空腹で死にそうになる。

 大体二週間ほど経つと生徒たちは共食いを始めるという。


 日中の訓練とやらも過酷だという。

 塾長が海に塩を撒き、それを生徒に探させるというものだ。

 海に溶けた塩など見つけられるわけがないので、生徒たちは言いがかりをつけられながら一日中海に潜らされる。

 塩を見つけられなかった生徒は塾長ホモの性的な罰ゲーム対象とされる。

 ていうか、死者を除いた全員が罰ゲーム対象者になる。

 塾長の決め台詞「YOU、しゃぶっちゃいなYO」が人権団体の間で問題となったのは記憶に新しい。


 一日中海に潜り、夜は消しゴムや戦友を食らい、塾長にホモられる。


 これが生徒たちの日常であった。


 塾長のしごきに耐えられた者のみが更正を認められ、卒業できる。

 とはいっても卒業後は塾長の性奴隷になるだけなので、本質的な意味での卒業は存在しない。


 一度門をくぐったら最後、二度と出られない。それが小束ヨットスクールの恐ろしさなのだ。



「なるほど……本当か嘘か知りませんが、そのヨットスクールがやばいことはわかったすよ。で、それとあのハゲにどんな関係が?」


 今度はピビーが返答した。


「ヤツは小束ヨットスクールの一期生なんだ。四十年以上しごかれても死ななかった、通称『小束の不死鳥フェニックス』と呼ばれた危険人物なんだよ」


 俺は面食らってしまった。

 そんなアホみてーなところで四十年も生き延びてきたとは……。


「四十年間一度も塾長とホモることも拒み続けてきたとらしい」


 それは普通だと思うんだが。


「更正させられず、ホモらせることも殺すこともできなかったのはヨットスクールにとって最大の屈辱だったと思う。そしてとうとうスクールはビッグジョンを退学クビにしたんだ」


(伝説の小束ヨットスクールをクビになった男――あいつが――)


 コンビニのドアから頭を出すハゲを見ながら俺はつばを飲み込んだ。


「だからあいつにだけは関わっちゃやばいというわけなんだ」


 まあ、確かにそれはやばいと思うけど……いまいちピンと来ない。


「どのくらいやばいかドラゴンボールでたとえてもらっていいすか」

「いいかい、僕たちが栽培マンだとしたらあいつはギニュー特戦隊のグルドなんだ。どれだけ絶望的な差かわかるだろう」

「あまりよくわからないんですが……」


 もう少しフリーザとかそういうインパクトのあるものと比べてもらいたい。


「じゃあ、あのコンビニに近づくのはやめるとして、どうするんすか。北側は炎の海っすよ」


 嘘じゃない。

 北側の火災はさっきまでより激しくなっている。

 自然鎮火するまで待っていたら数日はかかりそうだ。


「面倒くさいから解散でもいいんじゃないっすかね? ウンモ星人もエリア5.1がこれだけダメージ受けたらもう悪さできないんじゃないすか?」

「鈴木くん。それはダメだ。やるなら徹底的にぶちのめして、二度と地球に手を出せないようにしないと。何ならウンモ星人のボスは捕らえてヨットスクール送りにするくらいじゃないと」


 熱のこもったチャールズの声には、私情がこもっているような気がする。


「じゃあ、どうするんすか。このまま茂みの中に隠れてても見つかるのは時間の問題っすよ」



「DO UNMO……」


 背後の闇から低い声が聞こえたと思ったら、後頭部に何かを押し付けられたのがわかった。

 硬く冷たい感触がそれが銃口であることがわかった。


 わけもわからないまま俺はゆっくりと両手をあげる。


「ドクトル……」


 俺の肩越しにそれを見つめるチャールズの言葉で、後ろにいるのがドクトル近藤であるとわかった。


「DO DO UNMO……DO DO UNMO……」


 ドクトルは呪文の詠唱のように不気味なウンモ語を繰り返す。

 冷たい汗が額から流れ落ちて目に入った。


 やばい。

 絶対時間モラトリアムがある以上、俺がドクトルにられることはない。

 しかしヤツを刺激したらビッグジョンとやらが動き出して仲間が殺られる可能性がある。

 非常にまずい。


「DO DO UNMO…… UNMO DO UNMO……」


 痕が残りそうなほど銃口が後頭部に強く押し付けられた。

 抑揚のない声でドクトルがつぶやき続ける。


「こいつ、何を言ってるんすか……?」


 裏切りの動機か、交渉か……。


「僕が通訳する」


 ピビーが通訳した。


「UNMO DO DO……」

「『ぼくの名は近藤。昨日は一日中ゲームして過ごしてたの。ご飯はレトルトカレーだったんだよ』」


 淡々とした口調で通訳が進む。

 何かの暗号になっているんだろうか。


「DO UNMO UNMO UNMO DO UNMO DO DO」

「『火事になったからコンビニの隠し通路からここに来たの。知ってた? 僕はヨントリーのウーロン茶が大好き』」


 コンビニの隠し通路……あの店には隠し通路があったのか。

 しかしそれ以外の情報はまるで役に立たない。


「DO DO DO UNMO DO UNMO……」

「『僕の手取りは八万円。でも、ブラングルーファンタジーに課金しすぎてお金がなくなっちゃったの』」


 あまりに脈絡のない会話で逆に怖い。

 銃をつきつけられたまま全く意味のない会話が進むのは、割と本気で不快だ。

 しかも妙に生々しいのがきつい。


「DO DO DO……」

「『部屋から出るのが面倒だからペットボトルに尿をしてるの』」

「もういいっす!」


 俺はピビーを遮った。


「余計な会話の通訳はいらないっすから。つーかなんであいつは名詞を口にしてないのに翻訳には固有名詞が含まれてるんすか」

「落ち着いてくれ、鈴木くん。これは本当にウンモ語なんだ。ウンモ語では微妙なイントネーションの違いで言葉の意味が変わるんだよ」

「そんなことはいいっすから。隠し通路があることがわかったんだから、こいつ始末しましょう」

「しかし、ビッグジョンはどうするんだい?」

「チャールズ、銃はあります?」

「もちろんだ」

「ビッグジョンをここからヘッドショットできます?」

「もちろんだとも」

「お願いします。合図とともに、俺はドクトルを殺ります」

「わかった」


「DO UNMO DO UNMO UNMO……」

「『明日の夕食はお茶漬けだよ。KOストアで買ったの』


「っせーの……!」


 チャールズの銃口が火を噴くと同時に背後のドクトルを引っ張り上げ、頭の上を通して目の前の地面に叩きつける。


「UNMO!」

「『うぼげろっ!』」


「鎮鈴さん!」

「はいよ……やあっ!」


 横たわったドクトルの腹に、鎮鈴さんは隕石のように鋭い突きをぶち込んだ。


 コンビニのほうでは頭をぶち抜かれたビッグジョンがドアの前に倒れていた。

 ヨットスクールの生還者だろうが頭を撃たれて死なない人間はいないだろう。

 

 ドクトルは血と胃液の混ざった液体を口からたらしていた。


「久しぶりだな、ドクトル。まさか貴様が寝返るとは」

「UNMO……DO……」

「『大佐……ごめんなさい……』」


 彼なりに罪悪感はあったらしい。


「死にたくなければ答えたまえ。ウンモ星人のボスはどこにいる?」

「『ボンジョレモァ様は地下司令塔にいるYO』」

「おまえが通ってきたコンビニの地下通路から地下司令塔に通じてるんだな」

「『通じてマス。でも道は複雑だし危険』」

「だったら貴様に案内してもらおう。ピビー、手錠を出してくれ」


 ドクトルの両手を背中にまわして手錠をかけた。

 手錠には長さ十メートルほどの鎖を繋いで、犬の散歩の要領でドクトルを先頭に進むことになった。


「じゃあ、出発だ」



 周囲に人影がないことを確認して俺たちは茂みから出た。

 コンビニの入口まで進んだところでチャールズがドクトルに命じた。


「死体をどけたまえ」

「UNMO」


 ドアに挟まれるかたちで倒れているビッグジョンを、ドクトルがどける。


「DO UNMO!」

「『生きてる』って言ってるようだね」


 すかさずピビーが翻訳した。


「手錠は?」

「まだたくさんあるよ」


 手錠でビッグジョンの両手両足を固定してさっきの茂みに隠すことにした。

 ビッグジョンは拳銃と手榴弾、コンバットナイフを所持していたのでそれらを回収し、口には布テープを貼った。

 せっかくなので鼻にも布テープを貼ろうとすると


「凡ちゃんダメだよ! 前に博士を窒息させそうになったでしょ? 危ないからやめて」


 と凛夏に邪魔された。

 このまま立ち去るのはもったいないので、ビッグジョンの左右の鼻の穴に画鋲を入れてからタバスコを垂らしておいた。


「ここからが本当の意味で敵の本拠地だ。何かあった時はこれを使ってくれ」


 ピビーは凛夏にも拳銃とナイフを渡す。


「……はい」


 凛夏は緊張した面持ちでそれを受け取った。


 そして俺たちはコンビニへと進んでいった。

 この後本当に地獄が待ち受けていることも知らずに。

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