第八十六話 墜落
なんとかやばそうなヤツを仕留めた俺たちは改札を抜けた。
正面には大階段があったがすぐに上らず、壁に貼られた案内板を確認する。
「この階段の先は北口みたいね。南口のほうが目立たないと思うんだけど」
「鎮鈴の言う通りだろうね。この駅を利用するヤツなんていないから警戒網はないと思うけど、念のため裏へまわろう」
ピビーを先頭に、改札の外側をぐるりと迂回して南口へ向かった。
「この階段を上ったところだね。全員周囲に警戒しながら進もう」
外に出た頃はもう真っ暗になっていた。
だだっ広い飛行場のようなものが地平線の彼方まで続き、ぽつぽつと途中に建物が建っている。
人の気配はなかった。
「ここがエリア5.1……」
横田基地のようなよくある風景ではあったが、ここまで来るのに大変苦労しただけに地の果てまでやって来たような達成感が感じられた。
「誰もいないっすね」
「リニアモーターカーの事故で軍人の多くが殉職したため警備が手薄になっているのだ」
チャールズが得意げに言う。
「なんでそんなこと知ってんすか」
「wikipodiaに書いてあったのだ」
なるほど。
それが本当なら、ここのセキュリティはザルのようだ。
「ラスボスはどこにいるんすかね」
「ここは基地の南端だ。北に進もう」
「凡ちゃん、あれ――!」
何かに気づいたように凛夏が空を指した。
彼方の空に発光体が浮かんでいた。
月の倍くらいの大きさだが力強く輝いている。
「ウンモ星人のUFOだ。隠れるんだ」
チャールズが言い終えるのを待たずに、手近な茂みに飛び込んだ。
発光体がジグザグの軌跡を描きながら近づいてくる。
近づくにつれて細部がはっきりと見えてきた。
無数の窓がついていて、灰皿を張り合わせたような形をしていた。
光点だった時はわからなかったが、近づくにつれそれが豪華客船に匹敵する巨大なものであることがわかった。
無数の光に包まれ輝く姿は『未知との遭遇』のクライマックスシーンを彷彿とさせた。
「母船だ」
ピビーによると、ウンモ星人は合計で五機の母船を所有していたという。
数千人の戦闘員を乗せられる強力な兵器だというのだ。
「全員動かないでくれ。絶対にあれには見つからないようやり過ごすんだ。ビームを撃たれたら絶対時間を持っている鈴木くん以外は全滅すると思う」
マジかよ。
デンジャラスだ。
俺たちが茂みの中で亀のように縮こまるのを見届けると、ピビーは立ち上がって、滑走路に向けて走り出した。
「ピビー、どこへ!?」
返事はない。
滑走路に立ったピビーはフラッシュライトを大きく振り回した。
まるで真っ白な光で空中に魔方陣を描いているように見えた。
母船はピビーの上空で静止した。
母船の高さは一〇〇メートルくらいだと思う。
真っ白な光の屋根が出現したように見える。
規模こそ違えど『インデペンデンス・デイ』に近いイメージかもしれない。
ピビーは何をやってるんだろう。
まさかここまで来てびびって敵に寝返ったとか……?
「大丈夫、ピビーさんは本気で私たちのことを心配していたよ」
凛夏がささやいた。
何の根拠があってそんなこと言うのかとも思ったが、こいつの目を見ていたら信じても良いように思えてくるから不思議だ。
「母船が動いたわ」
再びそちらに目をやると、母船は俺たちと反対側――つまり北側に向けてゆっくりと動き出す。
ピビーはフラッシュライトを振り続けていた。
彼の腕の動きに連動して母船はその巨体を右に左にと躍らせる。
そしてピビーが素早く腕を振り下ろすと、見えない糸で繋がっているかのように降下していき、数百メートル先に墜落した。
「……!!」
閃光と凄まじい爆風が俺たちを襲った。
全員が茂みから飛び出して、駅舎の影に身を隠した。
ピビーが滑走路に伏せる姿が目に入った。
爆風は爆心地の建物を破壊し、その破片を飛び散らせた。
砂と砂利とコンクリート片が嵐のように駅舎の脇を抜けていった。
数十秒後ようやくそれが収まったて駅舎の影から顔を出すと、基地の片側は壊滅状態だった。
さっきまで見えていた工場のような建物や無数の格納庫、司令塔のようなものは姿を消し、アスファルトには半径数百メートルにおよぶ巨大なクレーターが空いていた。
あちこちで小さな――とはいっても近くに行ったらでかいんだろうけど――火柱が上がっていた。
「みんな無事だったようだね。思ったより爆発が大きくて焦ったよ」
「ピビー、一体何をやったんすか?」
「ああ、あれはウンモ星人用のモールス信号みたいなものだよ」
「?」
「ジグザグ飛行をしていたのは見えただろう?」
「やってましたね。何なんすか、あれ」
「あれはパフォーマンスさ。自分たちの操縦技術を基地の人間に見せ付けたかったんだろう」
「基地の人間に?」
「そう。昔から流行っていたんだ。だから、この強力なフラッシュライトを使ったんだ。これなら車のハイビームに匹敵する光を生み出せるからね。『おまえの操縦技術はショボい。真似られるものならこのライトの動きを真似てみろ』って挑発したんだよ」
「な、なるほど」
「彼らの宇宙船がぎりぎり再浮上できないくらいの動きを要求してみたら、まんまと乗せられて墜落したってわけさ」
なんて単純でアホな奴らなんだ。
「過去に四機の母船がゲーム感覚で墜落してるからね。最後のアレも落としてしまえば僕たちはより有利になると思ったのさ」
「リニアモーターカーといいUFOといい、事故が多いんですね」
と凛夏が聞くと
「ウンモ星人は共産主義国家だからね。国家の威信に関わるものばかり重視していて人命や安全装置は重視しないんだよ」
「そ、そうすか」
背後でパパパンと連続した爆発音が鳴り、墜落現場に視線を戻した。
「格納庫の中の戦闘機に引火したのかもしれないね」
燃えカスのような建物が何度も爆発し、立ち上がる黒煙は空まで覆いつくしてしまいそうだ。
巨大なポップコーンのように誘爆しまくっているらしい。
「こんだけ派手にやったら、ウンモ星人のボスも死んじゃったんじゃないの?」
鎮鈴さんは縁石に座り込んであくびをした。
言われてみればその通りだと思い、緊張感で張り詰めた全身の筋肉がゆっくりと弛緩していく。
「いや、ウンモ星人の中枢は地下深くにある。残念だけどそこは無傷だと思う」
マジかよ。
面倒くせーな。
「入口は?」
「格納庫の中に隠しエレベーターがある」
「つまりあの炎の中まで行かなくてはならないわけね」
それはちょっと無茶な相談だ。
「消防車が来たら、どさくさにまぎれて乗り込むしかないんじゃないっすあkね」
「いや。消防車は来ない」
ピビーは言い切る。
「なんでっすか?」
「基地内の消防車は今の爆発で全滅だろう。エリア5.1を覆い隠すように光の屈折率を変えるバリアーがはりめぐらせてあるから、近隣の自治体から消防車が来ることもないと思う」
「じゃあ、どうするんすか。自然沈下するまで待つしかないんすかね?」
何日かかるんだ。
「そういうわけにもいかないからね。他にも入口があるかもしれない。無事な建物に乗り込んでみよう」
無事な建物。
そんなもの、ほとんどないんだが……。
「あれはどうだね」
チャールズは背後の建物を指した。
俺たちが隠れている駅舎よりさらに南。
五十メートルほど先にコンビニのようなものが建っている。
基地内の軍人向けだろう。
「あれはただのコンビニじゃないっすか。あの中に秘密の入口だなんてあるわけないっすよ」
「そうとも言えないな。鈴木くん。秘密の入口というのは意外な場所にあるから秘密なんだ。行ってみる価値はある」
ピビーが言うなら正しいのかもしれない。
「諸君。よく見たまえ。コンビニの入口からおっさんが顔を出しているぞ。生存者だ。彼から情報を引き出すのも手かもしれんな」
言われた通りに見るが、何もない。
いや、注意深く見ると、コンビニのドアからハゲが不自然な体勢で顔だけ出していた。
よくあんなものに気づいたものだ。
チャールズは注意深いというより、めざとい。
爆発が気になって顔を出したのならわかるが、目は出さずに頭だけ出しているあたり、頭のおかしいヤツかもしれない。
「とりあえず行ってみますか」
コンビニ内に軍人がいる可能性もゼロではないので、念のため警戒しながら近づくことにした。
ピビーが先頭で進み、安全を確認しながら一人ずつ物陰から物陰へと彼に続いていく。
特に危険なことも起こらずコンビニのすぐ近くの茂みまで全員無事にたどり着いた。
「あのハゲ、何してやがんだ」
ハゲは相変わらずコンビニのドアから顔だけ出していた。
角度によっては生首がドアに挟まっているように見えて不気味だと思う。
「どうやらドア枠を舐めているようだ」
チャールズが言う。
「なんでそんなことするんすか?」
「わからんが、ちょっとアレなんだろう」
なるほど……。
ハゲはペロペロとドア枠を舐めまわしていた。
「とりあえず速攻でぶっ倒して、ヤツから情報を仕入れますかね」
俺がやってやろう、と茂みから立ち上がろうとしたら誰かに後ろから引っ張られた。
「ダメだ。鈴木くん。あのコンビニに行くのは中止だ」
ピビーが青白い顔で、声をひそめていた。
「どうしたんすか? あんなハゲにびびってんすか? 余裕っすよ、余裕」
「ダメだ。勝てるはずがない。あいつは『ビッグジョン』だ……。誤算だった。まさかビッグジョンがエリア5.1にいるなんて……」
ピビーは大粒の脂汗を浮かべ、頭を抱え込んだ。




