第八十五話 潜入
「チャールズがいないぞ!」
「え?」
みんなの反応は芳しくなかった。
まるで「誰だよそれ」と言わんばかりの困惑した空気が流れた。
「だから!! チャールズがいなくなったんすよ! さっきまでそこにぶら下がってたのに」
ピビーが青ざめていくのがわかった。
「しまった……忘れてた」
「??」
「てっきりこの車両に乗っているのが全員かと……」
「あー。いたね、チャールズ。あたしも忘れてたわ。まだアルコールが残ってるのかも」
「わ、私も……飛び乗るのがすごく怖かったから、つい……」
ひでえ!
凛夏まで忘れてるとは……。
なんてヤツらだ。
「どうしてみんなそんなに冷たいんすか!? 仲間なのに!! チャールズは、必死にしがみついてたんすよ!? なのに……」
「……」
みんな下を向いて黙り込んでしまった。
「一寸の虫にも五分の魂! 敵の命を軽く扱ってるうちに、チャールズの命まで軽んじてたんじゃないっすか!? 見損なったっすよ!!」
「……」
良かった。
チャールズが死んでしまったのは残念だが、この事件のおかげで俺だけは男を上げることができた。
友情の戦士、鈴木凡太か――悪くない。
なんか凛夏が睨んでるけど。
「鈴木くん……素晴らしい演説だったが、君も私を見捨てたことは忘れないでもらおうか」
ビクッ。
連結部にチャールズが立っていた。
スーツの腹部から血がしたたっている。
「本当に死ぬところだったよ。君たちがここまで薄情だったとは……残念だ」
掌で顔をつかんでつらそうにつぶやく。
「……」
「……」
みんな黙り込んでしまった。
「私たちは敵の本拠地に乗り込むのだろう? こんな時に仲間が一人欠けることがどれだけの喪失になるのかわかっていないのかね?」
ポコチン出して警察に捕まるようなおっさんが一人欠けてもたいした損失ではないと思うが……。
むしろ社会的には望ましいことですらある。
しかし責められるのがイヤなので黙っておくことにした。
ついでに数歩下がって凛夏の影に隠れた。
「ちょっ……やめてよ。真面目な話してるとこなのに」
「真面目な話してるんだからおまえもちゃんと前を向け!」
「……っ!」
おっ。
こいつ意外とうなじが色っぽいじゃねーか。
「やめてって言ってるでしょ!」
「何もしてねーよ」
「見ないでって言ってるの!」
「見てねーよ!」
なんだこいつは。後ろに目がついているのか。
「鈴木くん!!」
ビクッ。
チャールズがこちらに指を向けた。
「な、なんすか」
「今、私が何を言っていたのか、聞いていたかね?」
「い、いえ……」
「大事な話をしているんだ。ちゃんと聞け!」
授業中におしゃべりしてて先生に叱られた気分だ。
くそっ。
仕方ないのでチャールズの言葉に耳を傾ける。
「……走行中のリニアモーターカーから振り落とされたらどうなるのかわかっているかね? チンチン電車に撥ねられるのとはわけが違うのだよ」
完全に説教モードに入ってやがる。珍しい。
「ちなみにチンチン電車といえば、私は昔チ●ポで人を轢いたことがある。幸いその時は相手の命に別状はなかったが――」
なんだそりゃ。
「はい!」
「なんだね、鈴木くん」
「チ●ポで人を轢くってなんすか? どうやったんすか?」
「よくぞ聞いてくれた。話は長くなるが、あれは二十年前の……」
「あ、長くなるならいいっす」
「……! そ、そうか。残念だが、股の話だけにまたの機会に」
くっそイライラする。
マジでろくなこと言わねーな、このおっさん。
リニアモーターカーから落ちてしまったほうが良かったんじゃないか。
「はい!」
「なんだね、鈴木くん」
「クソみたいな話はいいので、敵のアジトまでどのくらいかかるか教えてほしいっす」
「うむ……エリア5.1まではあと四〇分はかかるな」
遠すぎ。
「そんなにかかるんすか。暇なんすけど……」
「だから私がチ●ポで人を轢いた話をだな……」
「それはウンモ星人をぶちのめした後の打ち上げでお願いします」
「そ、そうだったな。楽しみにしていたまえ」
なんかチャールズの機嫌も直ってきたみたいだし、まあよしとしよう。
ラストダンジョンに乗り込む前に仲間割れってのもアホみたいだし。
仲間割れといえば凛夏が妙に冷たい。
これもよろしくないな。
「なあ、何怒ってるか知らねーけど機嫌直せよ」
「別に。怒ってないけど」
「怒ってるじゃん」
「当たり前でしょ!」
話が通じない。
「カルシウムが足りてないんじゃないか」
「変なビデオ撮るからでしょ!」
「消したからいいじゃん」
「撮ったのがダメなの! そんなこともわからないの?」
わからないから撮ってしまったわけで。
と言いたいところだがまあ、ダメなのはわかる。
「わかるけど、見たいんだからしょうがないだろ」
「葵姫さんのことばっか好きとか言ってるくせに、女の子なら誰の裸だっていいんでしょ!」
「そんなわけねーだろーが!!」
思っていたより大きな声が出てしまった。
チャールズもピビーも鎮鈴さんもこちらを見ている。
「女なら誰でもいいわけねーだろ! 俺は動物学者じゃねー! 見るならかわいい子限定だっつの!」
「鈴木くん、そういう考えは良くないな」とピビー。
「別に顔が全てだなんて思ってないっすよ。性格があって一緒にいて楽しいならマントヒヒだろーがダイオウグソクムシだろーが好きになるこたぁあるでしょ。でも、見るならかわいいほうがいいに決まってるじゃないっすか!?」
「……」
「嘘をつくんすか!? かわいい子とかわいくない子、どっちの裸が見たいんすか!? かわいいほうがいいに決まってるっしょ! マントヒヒを見たいっすか!?」
パチパチパチ。
拍手しながらチャールズが立ち上がる。
「鈴木くんの言う通りだ」
「チャールズ……」
「ぽっちゃりの抱き心地は良い。付き合うならガリガリより良いかもしれん。だがね、鑑賞用ならスリムでかわいいほうが良いに決まっている」
中年童貞の分際でなかなか言うじゃねーか。
しかし、良いことを言っていると思った。
俺はガッチリと握手をかわす。
「ピビーは。ピビーはどうなんすか?」
「……見た目はあくまで判断材料のひとつでしかないよ。それにたまにはあえてちょっとブスと付き合うのが楽しい時もある」
「そういう話をしてるんじゃないっすよ。あくまで鑑賞用オンリー! 風呂を覗くなら、美人とブス、どっちがいいか!」
「入浴を覗くのは犯罪だよ。誰にだって他人に見せたくないプライベートな時間はある」
「そんなことわかってますよ! 今は他人への気遣いなんて聞いてないっす。好みの話ですよ! 正直に言ってください」
「綺麗ごとだけ言っても心を打たないよね」
シートに横たわって頬をついた鎮鈴さんはボソッと言う。
それにあわせてピビーは拳を握ってぷるぷると震え始めた。
「……すまなかった。僕も君たちと同意見だ」
ピビーはそれだけ言うと唇を噛んでうつむいた。
俺は彼に右手を差し出す。
「その言葉が聞きたかったんです」
「……すまない」
ピビーは俺の手を握り返す。
チャールズが、俺たちの拳に右手を重ねた。
顔を上げた。
ピビーも、チャールズも俺に続く。
二人の目は澄み切っていた。
今、俺たちは本当の意味で理解しあえたのだと思う。
そして俺は凛夏に向き直る。
「そういうわけだ」
「……普通に引いたんだけど」
「そなたは美しい」
「えっ」
凛夏の瞳を覗き込む。
水晶のように透き通った瞳には俺の姿が映りこんでいる。
「おまえが可愛いから、見たんだ」
「えっ」
凛夏は俺から目を離さない。
しかしその頬がゆっくりと朱色に染まっていくのがわかった。
「ビグザムさんだったら、見ない。おまえだから見たかったんだ」
「えっ……え、え……?」
「あたしもいたけどね」
鎮鈴さんもえらい美人だ。
だけど恥じらいがないあたり、録画していても繰り返しの使用には耐えられなかっただろう。
「凛夏だから良かったんだよ」
「……凡ちゃん……」
「葉月くん。君は我々の隊の心のオアシスなんだよ」
「チャールズさん……」
「だからこれからもパイパンぐべェッッ!」
水風船が割れる音をスロー再生した感じの嫌な音が響いた。
鎮鈴さんの鋭い前蹴りがチャールズの股間をとらえていた。
多分、潰れたんだと思う。特に問題はないが。
「彼らもこう言っているんだし、しがらみは忘れて仲良くいこう。僕たちは運命共同体なんだからね」
「ピビーさん……」
「……」
おそるおそるといった風に凛夏はこちらを見る。
「ああ、俺も大体そんな感じ」
嘘じゃない。
早くラスボス倒して葵姫たん探しに行きたいし。
「……わかった。ごめん……仲直り、しよう」
凛夏は俺から目をそらし、小さな声で言った。
「んじゃ、まとまったところで最終作戦会議でもしますか」
ここは俺が仕切ることにした。
悶絶しているチャールズ以外を除く三人がうなずく。
「で、ピビー。エリア5.1に着いたらどうするんでしたっけ」
車掌さんとか出てくるのだろうか。
「さっきと同じ要領で降りることになるね。この電車は大破するから」
そういやそんなこと言ってたっけ。
リニアモーターカーは停まらず終点で壁に突っ込むと。
ウンモ星人というのは本当にわけのわからない連中だ。
「降りるのはホームっすかね?」
「そういうことになるね」
「そこからは?」
「エスカレーターを上って改札を出たらエリア5.1の内部に到着だ」
改札?
「改札とかあるんすか?」
「あるね」
「意味なくない?」
「意味はないけど、存在してるよ」
まあ、誰もいないだろうし飛び越えていけばいいか。
「で、それから?」
「ウンモ星人のボス、ボンジョレモァの居場所へ向かうことになるね」
「それはどこ?」
「うーん、さすがにそこまではわからないね」
「なるほど」
こんなに行きあたりばっかりで良いのだろうか。
まあ、なんとかなるか。
『次はーエリア5.1ー、エリア5.1ー。終点です』
車内放送が終点を告げる。
他に乗客は見当たらないが、他の車両には乗っているのかもしれない。
「さあて。行きますかね」
二度目となると慣れたものだ。
俺たちは絶対時間を利用して、ホームに飛び降りた。
壁にぶつかったリニアモーターカーは大破し炎上した。
いよいよ、敵の本拠地なのだ。
「……」
緊張からなのか、敵の気配を探るためなのか、誰も口を開こうとしなかった。
燃え盛る炎に背を照らされながら進む。
RPGのラストダンジョンっぽい音楽が脳内でリフレインする。
この曲は確か……アレだ。
FF6の瓦礫の塔のBGMだったかな。
長いエスカレーターを上る。
革ジャン、チャイナドレス、制服……前に並んでいる連中を見ているとコスプレ集団としか思えない。
みんなでコミケ会場に向かうような気持ちだ。
チャイナドレスから見える脚がエロくてよろしい。
ようやくエスカレーターを上りきると地下鉄の駅構内のような風景になった。
半蔵門線の渋谷駅に近いと言えなくもない。
ピビーの情報通り、改札が存在していた。
それだけじゃない。
軍服姿の男が改札機に腰掛けていた。
ささっと隠れ、壁からのぞきこむように男を観察する。
ベレー帽を被り、葉巻をくわえている。
顔や、軍服からはみ出た太い腕にはたくさんの傷が刻まれていた。
笑みを浮かべながら、田舎駅の駅員のように切符を切るハサミをカチカチと鳴らしている。。
背筋に冷たいものを感じて鳥肌が立った。
(あの男は、ヤバイ――!)
本能が危険を教えてくれているのかもしれない。
「っ!?」
急に体温を感じて悲鳴をあげそうになってしまったが、凛夏が俺の腕につかまっただけだった。
顔色が悪い。
凛夏もヤツの危険を感じたらしかった。
「まずいわね……あれは相当ヤバイわよ」
鎮鈴さんまで冷や汗を垂らしている。
彼女が動揺するのは珍しいので、ちょっと怖くなってしまった。
ピビーは銃を手に、様子をうかがっているようだ。
「やばいっすよね……今日はやめて、帰らないっすか?」
俺は提案してみた。
「悪くないわね」
鎮鈴さんだけが本気か冗談かわからない反応を示した。
どうしたもんか。
(……あれ、チャールズは?)
チャールズがいない……と思ったら、軍服の向こう側を歩いていた。
いつの間にやら回りこんだらしい。
回り道があるのなら、あの軍服と戦わずに済む。ラッキー。
どこだ、チャールズはどこから……?
「凡ちゃん、あそこかな?」
改札より手前の壁の地面際に瓦礫が落ちていて、そのすぐ脇に人間がぎりぎり通れるくらいの穴が開いていた。
過去に火事でもあったのか、壁は黒焦げており穴を目立たなくしていた。
あそこを匍匐して抜けたわけか。
さすがチャールズ。動物並のめざとさだ。
俺たちもチャールズに続こう――そう思った時!
「アウチッ!!」
例の軍服が悲鳴をあげたので、何事かとあわてて視線をやった。
よろめき倒れた軍服の背後で、中腰のチャールズが満面の笑顔で両手の人差し指を立てていた。
――カンチョーしやがった!
「ウググググヮァ……」
軍服は尻を押さえうずくまった。
「鈴木くーん! 見てくれ! 見事な一撃だったぞ! ほら!」
しかもチャールズのやつ、こちらに手を振りながら大声を出しやがった。
軍服に俺たちの居場所がバレバレである。
あのクソ野郎!
ぶち殺してやる!!!
「ファッキン……マイ……アスホ……ゥル」
軍服はまだ立ち上がれないようだ。
「鈴木くーん! すごいだろー!」
やるなら今しかない。
やるしかない!!
俺は壁から飛び出した。
「うおおおおおおおおお」
一直線に改札に向け走っていく。
「ヌオ!!?」
尻をおさえながら軍服は地面に転がったままだ。
「グェッ」
その背を踏み越えて改札を飛び越え、
「鈴木くん、なかなかやるな」
嬉しそうに右手を差し出したチャールズに、思い切りカンチョーをぶちこんだ。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
空襲警報かと思うほど巨大な叫び声。
「AAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaa……ぶごっ」
声はだんだんかすれていき、そして消えていった。
チャールズをやることばかりに気をとられひどく興奮していた俺は、軍服野郎を踏み潰して撃破していたことに気づくのには時間がかかった。




