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第八十四話 大魔王バラモス(※女子中学生)の恐怖


 俺たちは絶対時間モラトリアムに包まれた。


 凄まじい轟音で唸っていた風圧も、今はよどんだ水のように重苦しく身体にまとわりついているだけだ。

 超スピードのために光の筋にしか見えなかった『それ』も、今はほぼ停止していると言っていい。


 外観がどういうわけか江ノ電の車両だったのはちょっと引いたが。

 それより仲間たちは大丈夫だろうか。


 スローモーションで行動できるのが俺だけだとしたら、俺が彼ら全員を引き上げなくてはならない。

 ちなみに俺たちはジャンプしたなな宙に浮いているところだ。


 振り返るとピビーはウインクして親指を立ててみせた。

 良かった、彼らも俺と同じ時間の流れを共有できているようだ。


 ピビーが、俺に掴まっている腕に力を入れた。

 身体から手を放さないよう全員にアイコンタクトする。

 こうしている間も空中に浮かんだままだが、絶対時間モラトリアムを他人と共有するのはヘンな感じだ。


 ピビーは俺の腕を軸にして、ブランコのように勢いをつけて飛び出した。

 足先が窓ガラスを叩き割り、俺たちは吸い込まれるように車内に転がり込んだ。


「いてっ」


 安全が確保され絶対時間モラトリアムが解けた。

 俺は勢い余ってシートに頭から突っ込んでしまった。


 ――みんなは?


 鎮鈴さんは既にシートにだらしなくもたれかかっている。

 ピビーは凛夏を立たせたところだ。


 良かった、全員無事なようだ。


「助けてくれえええ」


 嵐のような風音に混ざって嗚咽に似たか細い声が聞こえることに気づいた。


 声の主は、ゾンビのように下半身がちぎれたチャールズだった。


 上半身だけの姿で、シート横の手すりに必死にしがみついていた。

 切断面の腹部は真っ赤に染まり、ポタポタと床に染みを作っている。


 ――のかと思ったが、よく見たら違った。

 上半身こそ車内に乗り入れているものの、下半身はまだ窓の外に投げ出されたままのようだ。

 ピビーが割ったガラスの破片で出血しているから見間違えてしまった。


「鈴木くん助けてくれえ! 飛ばされてしまうふううう!」


 空気ごと車外に吸い出されてしまいそうなこの状況で、腕の力だけで手すりにしがみつくとは天晴あっぱれなり。


 これが命への執着というものか。


「鈴木くん! 早くしたまえ!!!」


 「早く」と命じられるとやる気がなくなってしまうのが人間だ。

 せっかく助けてあげようと思ったのに。


 ピビーたちはチャールズに気づいていないらしく、シートに腰掛けて談笑している。

 俺もあそこに加わりたいところだ。


「鈴木くん!! ヘルプ!! ミィィィィーー!!!!」


 チャールズは絶叫したが、風にかき消されてほとんど聞こえない。

 このままあと数秒放っておけば静かになると思われるが、それはそれで夢見が悪い。


 気づかなければ良かった。

 困ってしまった。


 助けようにも、俺も巻き込まれて車外に放り出されるリスクだってある。

 まあ絶対時間モラトリアムでどうにでもなるだろうが。


 チャールズが必死に手すりを掴んでいた指が一本はがれた。


「ぬおわっ!?」


 惜しい!

 もう少しで楽になれたというのに、残り四本の指でしっかりと掴まっていやがる。


「聞こえているだろう!? 鈴木くん、ヘルプミイイイィィィ!」


「聞こえてますけど、俺一人じゃ無理っすよ」

「ピビーたちを呼んでくれええええええ!」

「でも、楽しそうに話してるのに割り込むのって迷惑じゃないすか?」

「迷惑でもいいから! 私が責任取るから!! ヘルプ!!」

「……はあ」


 ここまで言われたら仕方ない。

 形式上だけでも彼らにも声をかけなくては。



「へえ。凛夏ちゃん彼氏いないんだ。意外だね」

「そんなことないですよ。全然男の子と出会う機会がなくて。ピビーさんみたいないい男と出会えたらいいんですけど」

「HAHAHA。君のような若い子に言われたらおじさん本気にしちゃうよ」

「からかわないでくださいよー!」


 ……なんか妙な話で盛り上がってる。

 しかもピビーがセクハラ課長みたいなオーラ出しててキモい。


「鈴木くん!! まだ!! かね!!?」

「なんか忙しそうっすよ。あとでじゃダメっすか?」

「私のほうが!! 忙しい! 絶体絶命!! なの!!! 早く!!」

「……わかりましたよ」



「好きな人はいたことはないの?」

「え……そ、それは……全くゼロというわけじゃないですけど、好きというか好きだったというか……」


「あのー」


 俺は二人に割り込んだ。


「いいところにきた。鈴木くんもここに座りなよ」

「あ、はい」


 チャールズのほうに目をやると、必死に口をパクパクしていた。

 何を言っているのか轟音で聞こえない。


「鈴木くんは誰かと付き合ったことはあるのかい?」

「えっ」


「あるわけないでしょ」


 鎮鈴さんはシートに寝転んだままひどいことを言った。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。こう見えても女心はバッチリマスターしてるんすよ!」

「本当かい? 聞かせてもらってもいいかな?」






「いいですよ。あれは、中学二年の時……」


 中学二年の時、クラスに婆羅門ばらもん風呂子ふろこという女子がいた。

 カバに似た愛嬌のある顔で健康的な体格をしていた。

 一見すると相撲取りかガスタンクによく似てはいたが、見た目とは裏腹にいつも顔色は青白く、休み時間になると黒魔術の本を読んでいる内気な子だった。


 みんなからは『バラモスブロス』と呼ばれていて、恐れられていたというか崇められていたというか……とにかく彼女はいつも一人だった。

 ある日、クラスのヤンキーが「罰ゲームで負けたヤツがバラモスに告白する」という遊びを始めた。


 バラモスを呼び出して告白し、バラモスが返事をしたところで「嘘だバーカ」とからかうという悪質な遊びだった。


 ここまでならよくあるいじめで終わっていたところだが、これが事件の始まりであった。


 最初にバラモスに告白した佐藤は、翌日自宅が爆発して死亡した。

 ガス漏れが原因の不幸な事故だったと聞く。


 佐藤の死でお通夜ムードになっていたヤンキーたちは、憂さ晴らしで第二の刺客をバラモスに送り込んだ。


 二人目の吉田は、告白した日の帰り道に駐車してあった車の爆発に巻き込まれて死んだ。


 ヤンキーは三人目の刺客を送り込む。

 松本は、バラモスに告白した直後に理科室の爆発に巻き込まれて死んだ。


 ここにきて、『バラモスに告白=死』という噂が一気に広がった。


 ヤンキーグループは、噂を逆手にとって四人目の刺客を選び出す。

 今回は身内でなく、クラスメートを脅してバラモスに告白させるという陰湿な検証を行ったのだった。


 選ばれたのは俺だった。


 ヤンキーグループで最も恐れられていた男、通称ホモ山に「バラモスに告白しなかったら貴様に挿入する」と脅してきたのだ。

 こりゃたまらんと思った俺はヤツらに従うふりをして、バラモスの下へ向かうことになった。


 しかしバラモスは学校を休んで実家に帰っているという。

 俺は実家まで行かされるはめになった。


 ヤツの実家は奥秩父にある。

 周囲は険しい山々に囲まれており、とてもじゃないが陸路からは近づけなかった。

 各地を旅して情報を集め、長い旅の末にとうとうバラモスの自宅へたどり着くことができたのだった。


 バラモスは自室の禍々しい玉座に座り、俺を待っていた。


「ついにここまで来たのね、鈴木くん。この婆羅門風呂子様に告白しようなど身のほどをわきまえないチンポ野郎ね。ここに来たことを悔やむがいい」

「ちょっと待ってくれ。俺は貴様に告白しに来たわけじゃない」

「あらやだ。私ったら早とちりしちゃったみたい。私を襲いに来たのね。二度と気持ちよくなれないようそなたのポコチンを食らいつくしてくれるわ!」

「待て待て待て!!! それじゃおまえが加害者だっつーの! 俺の話を聞け!」


 興奮するバラモスを抑えこみ、持参した酒を差し出して腹を割って話すことにした。

 その甲斐あって色々なことがわかった。


 告白者が死んでいったのはバラモスの黒魔術の成果だったということ。

 そして本当はヤンキーグループの長、ホモ山のことが好きだということ。


 俺はひらめいた。

 バラモスとホモ山をくっつければ、俺の周囲の身の危険は一気に片付く。

 この二人、どうにかくっつけることができないだろうか。


 俺はバラモスの恋を応援することを誓った。


 翌日、久々に登校したバラモスと口裏をあわせてバラモスの体操着をホモ山の机に突っ込む。

 体育の授業の時に「私の体操着がない!」とバラモスがわめき、それが自然と発見されるようにクラスメートを誘導した。

 ホモ山は「俺じゃねー! 俺はホモだ」と必死に弁解していたが、「バラモスだって男みてーなもんだろーが。むしろ絶対チンポでけーよアイツ」と世論はホモ山に冷たかった。

 さらに事故を装ってホモ山を転ばせ、バラモスと抱き合わせて追い討ちをかける。

 ホモ山にはラッキースケベの才能があったのか、To Loveるみたいにバラモスの下着に手を突っ込んでいた。


 この日、バラモスとホモ山は公認カップルとして君臨した。

 数日後、ホモ山は不登校になった。

 虚勢して寺で修行を始めたらしい。


 ホモ山を追い込んだバラモスは「大魔王バラモス」と呼ばれるようになり、人々から迫害されるようになった。

 高校生になってからは異世界に逃げたらしいが、その後のことは知らない。





「……とまあこんな感じで俺は女心を熟知し、恋愛の全てを極めたから恋のキューピッドも楽勝なんすよ」


 誰も俺の話を聞いていなかった。


「ちょっ……ピビー! ひどくないっすか? 俺の武勇伝聞いてましたか?」

「クスリはやっていないよね? この戦いが終わったら君は病院に行ったほうがいいかもしれないね」


 ひでえ。


 凛夏も鎮鈴さんも興味ない様子でマイペースに会話している。


「チャールズ! みんなひどいと思わないっすか!?」


 窓を見やるも、さっきまでぶら下がっていたチャールズの姿は消えていた。

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