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第八十三話 集団飛び込み自殺

「チャールズがられたの……!? 一体誰が……」


 そうつぶやく鎮鈴さんの顔色は、懐中電灯を向けるまでもなく青くなっているのがわかった。


「つーか鎮鈴さんが落とした石が直撃しただけっすよ。さりげなく責任逃れしようとしないでください」

「あはっ、バレた?」


「まだ助かるかもしれない。なんとかやってみるよ」


 ピビーは髪の毛を派手にむしって毛唖流裸ケアルラの準備に入る。

 あーあ、このままじゃ蘇生に成功してもピビーはハゲ頭同然になってしまうだろう。

 この後、俺たちの誰かが瀕死になったとしても回復する手段は絶たれたも同然。


 RPGでもボス戦前にMPの温存は必須だというのに。



 ピビーが回復している間、俺たちはホームをうろうろしていた。

 ホームに沿って赤い非常灯のようなものが並んでいるお陰で暗闇にも目が慣れて懐中電灯も不要になっていた。


「おい凛夏、電車だと線路とかレールって言うけれど、リニアモーターカーの場合はアレはなんて呼ぶんだろうな?」

「知らない」


 温泉盗撮の件以来、凛夏はずっとこんな調子だ。

 凛夏の機嫌がここまで悪いのはガキの頃を含めてもなかった気がする。

 そんなに怒ることだろうか。


「ふん!」


 何も言ってないのに鼻を鳴らしてやがる。

 あからさまな機嫌悪いアピールだ。お子様だ。


「っっ!!」


 バチーン!


 なぜかわからんが突然ビンタをくらった。

 理不尽だ。


「おい、なんだよ今の。俺は何もしてねーだろ!」

「自分の胸に聞けばいいでしょ!」

「胸はしゃべらねーよ!」

「ついてこないでよ!」

「俺はあっちに行きてーんだよ! おまえが勝手に俺の前を歩いてるだけだっつーの!」

「じゃあ曲がる!」

「曲がればいいじゃん」

「~~~~! もーー!!! ムカつく!!!!」


 とうとうヒステリーを起こしてしまった。

 基地外だ。


「まあまあ二人とも落ち着いて。鈴木くんも年上なんだから喧嘩腰にならないの。決戦前の緊張感で気が立ってるだけなんだから。はい、仲直り」


 いい加減な鎮鈴さんに仲裁されるとは思っていなかった。

 でも確かに彼女の言う通り。


「悪かった。鎮鈴さんの言う通りだ。おまえの気持ちを考えずにひどいことをしてすまなかった」


 俺が手を差し伸べると凛夏は警戒心を灯らせた瞳で俺を見上げる。


「……」

「……」


 無言で数秒間見つめあった。

 凛夏は目をそらしてから、黙って手を差し出した。


(よく見ると、こいつまつ毛長いな……葵姫たんと比べなきゃ世間的こいつも美少女なんだよなー。そう考えると動画が消されたのがますます惜しくなる……)


「……! 最低!」

「ぐうっ!!」



 目の前に火花が散って息ができなくなった。

 声をあげることもできずに膝をつき、崩れ落ちてしまった。


(こいつ……金的を……ぐううう……)


「何やってんの、あんたたち」


 鎮鈴さんは見ていなかったらしい。


「あが……た、タマタマ……」

「たまたま?」

「死んで……まう……」

「はあ? で、仲直りはしたの?」


「鎮鈴さん、行きましょう」


 芋虫のように床にうずくまる俺を尻目に、凛夏と鎮鈴さんは歩いていってしまった。


(おのれ……!)



 少し経ち、チャールズの蘇生が無事完了した。

 あわれなことに、ピビーの頭はかろうじて髪が数本残っている程度の薄毛になっていた。

 ある意味波平である。


 貴重な一本を消費してタマタマを治療してもらってから、作戦会議が始まった。


「ラスベガスでも少し話したけれど、ここからの鍵は鈴木くん。君の手にかかってる」


 作戦とは、こうだ。


 リニアモーターカーが駅を通過する時、俺は全員としっかり手をつないだ状態で車両に飛び込む。

 絶対時間モラトリアムが発動したらピビーが安全な場所を見極め、そのまま全員を内部に引き込むというものだ。


「ここまで来ておいてアレっすけど、本当にそんな無茶な作戦が通用するんすか?」

「僕の運動神経に任せてくれ」


 もしもしくじった場合、俺だけは絶対時間モラトリアムで助かるだろうけど他の全員は確実に死んでしまう。

 俺もピビーも責任は極めて重大だ。


 俺もある程度は心の準備をしておいたほうが良さそうだ。

 ピビーがしくじった時に備えて俺も侵入方法は考えておく必要がある。


 しかし、リニアモーターカーって窓が開いたりするのだろうか。

 接触せずに掴まることができても、時速五〇〇キロ以上の速度で動く車両に侵入するのは簡単ではない気がする。


(高所から着地する時の要領で壁を蹴りつけて破壊すれば……)


 いや、あの蹴りは絶対時間モラトリアム解除の瞬間しか使えない。

 走行中の壁に接触するくらいでは絶対時間モラトリアムが解けるとは思えない。

 壁を破壊する蹴りが出せなければ弾き返されてホームに落ちるかもしれない。

 その時に誰かの手が離れてしまったら、その人は絶対時間モラトリアムから猛スピードで振り落とされて無残なマグロと化すだろう。

 うかつに俺が行動したら仲間を危険にさらすかもしれない。

 全員と手を繋いだままを維持できるようなるべく大きなアクションは起こさないに限るはずだ。


「うーん、どうすれば……」

「鈴木くん、悩むことはない。君はただ絶対時間モラトリアムで僕たちを守ってくれればいい。全ては僕に任せてくれ」


 屈託のない笑顔のピビーを見ていると任せてしまって良いような気がする。

 元エリア5.1の関係者が言うのだから心配はいらないのかもしれない。


(でも、もしもピビーが裏切り者だったら?)


 これまでの数日間でピビーのことは信用しているつもりなのに心のどこかに猜疑心が芽生えている自分に驚いた。

 失敗しても俺が死ぬことはない。

 しかし凛夏や鎮鈴さん、チャールズを死なせてしまったら俺は悔やむだろう。

 葵姫たんと再会するあてもなくなるし、再会しても会わせる顔がないし。


 自分自身が耐えられるとは思えない。

 アメリカから帰る交通費ないし。


「凡ちゃん……」


 心配そうな目をした凛夏が俺の手に触れた。


「大丈夫だよ、絶対成功するって信じようよ」


 他人から心配されるほど情けない表情をしていたのか、俺は?

 しかもあんなに機嫌が悪かった凛夏に。


 凛夏は俺の手を払った。

 自分から触れたくせに。


「せっかく人が心配してるのに、何なのその顔は」


 はあ……そういう恩着せがましいことは自分で口にするものじゃねーっての。


 まあ、いいか。

 こいつがピビーを信じているのなら、俺も信じていいような気がした。


「ありがとな」


 凛夏の頭をぽんと叩いて、ピビーに向き直った。


「じゃあ、お任せしていいっすか」

「任せてくれ」



「ダイヤによるとあと十分ほどでリニアモーターカーが来るはずだ」


 頭から血を流したままチャールズは腕時計を見た。


「わかりましたけど……ゾンビみたいでイヤだから血を拭いてくださいよ」

「そうしたいのはやまやまだが、私がハンカチを持っていると思うかね?」

「……思いません」


 チャールズは紳士っぽい格好を好むわりにそういうところがある。

 つーか、トイレでも手を洗わないタイプの人間だと思う。多分。


「小便で洗えばいいじゃないですか」

「おお! それには気づかなかった。誰か小便をめるものを持っていないかね?」

「いやいやいや! 冗談っすから! つーか不要な荷物は修道院に置きっぱだし!」

「そうか……残念だ」


 このおっさんはどこまで本気かわからない。



 時間がまだ余っているので、作戦についてピビーに聞いてみることにした。


「リニアモーターカーの外壁にしがみついたとして、どうやって中に入るんすか? 五〇〇キロくらい出るって話でしたよね」

「それは大丈夫。各車両に外からでも開けられるハッチがついているから、そこから侵入すればいいんだ」

「ガンダムの第一話でスペースコロニーに入っていくザクみたいな感じっすかね?」

「大体あってるよ」


 任せてくれと言っていたし、お任せするとしよう。


(ちょっと緊張してきたな)


 ホームに座り込んで猫のようにあくびをしている鎮鈴さんのクソ度胸を分けてもらいたい。


「そろそろだな。みんな、前へ」


 チャールズに従い俺たちはホームの一番後ろまで移動した。

 リニアモーターカーは自動操縦とのことだったが、車両先頭にカメラがついていても映りにくい壁際の死角へ。

 そこで全員が俺にしっかりと捕まった。



「俺から離れたら確実に死ぬので、中に入るまでは絶対に俺から手を放しちゃダメっすよ」

「了解」


 両腕と腰を掴まれて重い。

 この状態でダッシュできるのかな。

 まあ、やるしかないけど。


「……ん?」


 何か聞こえたような気がする。

 ゴジラかなんかの鳴き声みたいな音が……。


 音はトンネルの奥から聞こえていた。


異物マターっすかね?」

「これは空気の音ね」

「狭いトンネルの中を超スピードの車両が走ってくる音だよ」


 なるほど。リニアモーターカーに押し出された空気がトンネル内で笛のように鳴ってるわけか。


「設計ミスじゃないっすか?」


 ところてんを押し出すように空気の塊を押しながら走ってるってことだろ。

 どう考えても効率が悪い気しかしない。


「だろうな。……鈴木くん、来たようだぞ」


 奥まで何百メートル……いや、何キロあるのだろう。

 不気味なほど直線の続くトンネルの奥に、髪の毛の先端くらいの一点の光がちらついた。


 そしてその光を先導するかのように、風の塊がトンネル内を駆けてきた。


 ホームに押し出されたそれは台風を思わせる凄まじい風圧で俺たちを襲う。


「鈴木くん!」

「はい!」


 全員が俺に掴まっているのを確認して、台風の中を進む。

 集団飛び込み自殺をして絶対時間モラトリアムを発生させなければならない。


 風圧に踏ん張り、じわじわと前に進む。


 そして光がホームに差し掛かる瞬間。




 力いっぱいホームを蹴り、車両に向かって飛び込んだ。

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