第八十一話 シュウド修道院
爆睡中の二人を文字通りたたき起こしてから、俺は山頂まで先に戻ってピビーの調理を手伝うことにした。っていうかつまみ食いしてた。
やがて戻ってきた二人は、俺の姿を見るなり平謝りした。
「本当に悪気はなかったの!」
「ピビーだって殺されたかもしれねーのに、悪気ねーで済むかボケ」
「だから本当にごめんって!」
「まあまあ鈴木くんも落ち着きなさいって。役得だってあったでしょ?」
「役得?」
「起こすふりして凛夏ちゃんに触ったり」
はあ!?
「してねース」
「……うわっ。想像以上のチキン野郎ね」
「なんでチキンになるんすか!? むしろメッチャ紳士じゃないすか!? 俺は二人に何でもできたのに、何もしてないんすよ!? つーか鎮鈴さんまで一緒になって寝てるなんてひどすぎっすよ」
「温泉があまりにも気持ち良くってねえ。歳だわ~」
「鈴木くん、二人もこう言ってるんだから許してあげたらどうだい?」
「ピビーまでそんなこと言うんすか? 今回は無事だったからいいにしても、エリア5.1で同じことやられたらシャレになんないっすよ!? 厳しくしないとだめっすよ」
「エリア5.1には温泉なんてないでしょ」
「そういう問題じゃないっすよ」
「凡ちゃん、カロリーメイトもあげるから」
「モノで釣ろうったって無駄だっつーの!」
でもカロリーメイトはもらっておこう。
「でも許さん! 女だから許してもらえると思ったら大間違いだぞ」
「もー、そんなに怒らないで……キャーーッ!!?」
凛夏の悲鳴にあわせて俺たちは振り向いて構えた。
暗がりの中から何かの影が近づいてきた。
(まだ敵がいやがったのか……!)
と思ったらチャールズだった。
「お待たせ。滑落ついでに斥候してきたよ」
身体中傷だらけだが、片手を上げてフレンドリーに笑った。
「チャールズ……どうしてフルチンなんすか」
とうとう露出癖に目覚めたのか。
「あんた、それ以上近づいたら潰すわよ」
鎮鈴さんが殺気を放ちながら立ち上がる。
「すまんすまん。私の服も崖から落ちてしまったようだが見つけられなくてね。私の着替えをとってくれたまえ」
替えのスーツを受け取ったチャールズは、無言で暗がりへ消えていった。
「びっくりしたね……」
「『したね』じゃねーよ! いいから貴様は俺に対する謝罪の気持ちをだな……」
「ごめんって言ってるでしょ。本当に申し訳ないと思ってるんだから……」
「誠意が足りない」
「……どう誠意を見せればいいのよ」
うーん。
言ってはみたものの、思いつかない。
とりあえずパイパイでもつつかせてもらうか……?
「下ネタ系は却下だからね」
「わ、わかってるわ! 葵姫たんじゃねーと意味ねーわ!」
「……ふーん」
「なんだよその疑いの目は」
「待たせたな」
ようやく着替え終えたチャールズが話に割り込んできた。
「険悪なムードに見えたが、喧嘩でもしたのかね?」
「そういうわけじゃないですけど、ちょっと私たちが凡ちゃんに迷惑かけちゃって……」
「そうなんすよ! ひどいんすよ? 俺たちが命懸けで戦ってる時に、この二人は寝てたんすよ?」
「ほう……ところで鈴木くん、こんなものが落ちていたぞ」
チャールズから何かを手渡された。
スマホだった。
「君のものだろう」
すっかり忘れてた!
そーいやエロい写真や動画を撮ったんだったな。
色々お世話になりそうだし、凛夏と鎮鈴さんのことも許してやるか。
「あー、凛夏。やっぱ俺も言いすぎたわ。こんなところで仲間割れしても仕方ねー。鎮鈴さんも申し訳なかったっす。んじゃ俺は寝ますかね」
テントに行こうと立ち上がった俺の腕を凛夏がつかんだ。
「ん? どうした」
「貸して」
凛夏は俺の手からスマホをひったくる。
「ちょ、ちょっと待て! 返せ!」
「いいから!!」
「よくねーよ! プライバシーの侵害だ! 返せ!!」
「ちょっと鈴木くん!」
後ろから首に腕が回される。
鎮鈴さんか?
「何を隠してるのかしら。凛夏ちゃん、今のうちに確認しちゃって!」
「わかりました!」
「やめろおおおお!! 見るなあああ!!!!」
「動くと首が絞まるわよ」
たし、かに……もがくほどいい感じに絞まっていくよう、な……。
「きゃーーーーーーーーーーーっっ!!?」
凛夏の悲鳴が響く。
スマホを見ている凛夏の顔が赤く沸騰していく。
ヤバイ! 終わった……。
「凛夏ちゃん、何があったの?」
「だ、大丈夫です! 全部消します!」
ああ、わいの秘蔵データが……消されて……く……。
しばらくスマホを操作したあと凛夏はこちらを睨みつけた。
「変態!!」
「いてっ」
データを空にされたであろうスマホが額に突き刺さる。
そして俺はそのまま眠りとも気絶ともつかぬ世界へ飛び立った。
翌日。
早朝に出発することになっていたが、予定が変わった。
フルチンで二度山を登ったせいか、チャールズが高熱を出してしまったこと。
そして俺たちも連続戦闘で疲労が溜まっていたためでもある。
どちらもピビーの毛唖流裸によってある程度までは回復したが、精神的な疲れは残っていたので遠慮なく寝坊させていただいた。
寒さと寝袋の暖かさのバランスが心地よく午前中はゆっくりと休むことができたが、昼前には太陽に照り付けられテント内が蒸れてしまい嫌々起床するはめになった。
俺たちがキャンプしている山頂には岩がいくつかある程度で植物がない。
足元の岩場も熱したフライパンのようになっていた。
そりゃ暑いわけだわ。
少し早めの昼食を済ませた俺たちは、キャンプを片付け出発した。
温泉を横目に見ながら慎重に斜面を下りていく。
障害物も木も生えていない山道は日陰がなく、太陽に焦がされながら黙々と足を運んでいた。
麓に見える森まで、この日照りに耐えていかなくてはならないようだ。
「凛夏、飲み物くれー」
「……」
さっきからこの調子だ。
完全にシカトこかれてます。
暑さで寝不足で口を利く気もないのかもしれない。
かと思いきや、
「そこ危ないから右の足場を使ったほうがいい」
「はい!」
ピビーには元気に返事しとります。
なんでや。
「どったの、鈴木くん。ジェラシー?」
「違いますって。つーか何か飲み物もらえないっすか?」
「あら、水筒はどこやったの?」
「リュックの奥に入れちゃったんで取り出すのが面倒なんす」
「あはっは。マヌケね。あげなーい」
「……」
くそっ。
なんて頼りがいがないんだ!
「ポコチンポコチン……ダーレガツツイタ……ポコチンポコチン♪」
先頭を歩くチャールズが口ずさむ奇妙な歌が俺をよりイライラさせた。
朝まで四十度の熱出してたくせに、なんであんなに元気なんだよ。
ああ、イライライラ……!
キャンプ生活でカルシウムが足りなくなっているのだろうか。
そうだ、凛夏にもらったカロリーメイト。
きっとカルシウムも入っているはずだ。
これでイライラを抑えよう……モグモグ。
「……かえって喉が渇いてきた……」
奇妙な歌を歌うチャールズ。
学校の話をする凛夏と聞くピビー。
無言で続く鎮鈴さん。
いつの間にか最後尾になった俺はトボトボとみんなに続いた。
麓にたどり着いたのは出発の二時間後だった。
森に入った途端に気温が数度下がったように思える。
密生した木々が頭上の空を隠していて、ひんやりとした空気があたりに漂っていた。
湿り気を含んだ土が、歩を進めるたびにぐにゃりと凹むのが気持ち良い。
少しすると、苔むした岩場から湧き水が染み出しているのを見つけた。
「修道院まではあと少しだ。ここで休憩していこう」
湧き水を囲うように荷物を下ろして座り込んだ。
水筒の中のぬるま湯を捨てて、汲んだばかりの新鮮な水を喉に流し込んだ。
「プハーッ。美味え! 生き返ったわー」
凛夏がこちらを見ていたのでコップを渡した。
「おい、おまえも飲んでみろよ」
「……ふんっ」
あからさまな態度で顔を背けた。
「そんなに怒るなよ、ただの出来心だって。つーか間違えて録画ボタン押しちゃっただけだよ」
「……葵姫さんのこと好きとか連発してたくせに、誰でもいいんだね」
「意味わからねーよ。本当に間違いだって」
「ふん」
だめだ。
堂々巡りだ。
「思ったよりペースが遅いわね。このままだと修道院に到着するのが午後五時くらいになるわよ。もう一泊したほうがいいんじゃない?」
「暗くなると敵の動向がわからなくなるからね。鎮鈴の意見に賛成だよ」
「二人の言うことはもっともだが、突入が遅れれば遅れるほど敵に勘付かれるリスクも増大する。どうすべきか……」
年長の三人は地図を見ながら話し合っている。
「ひとまず修道院は目で確認したほうがいい。その上で状況に応じて考えていこう」
どうやらいつものように行き当たりばったり作戦に決まったようだ。
チャールズが腰を上げた。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「あ、待って。せっかくだから着替えさせてよ」
「着替え?」
「そう。コスプレでもして盛り上げてこーよ」
鎮鈴さんはピンクのチャイナドレスをリュックから引っ張り出して、登山服から着替えた。
「あー、やっぱテンション上がるわ!!」
絶対寒くなると思う。あと、動きにくくないのだろうか。
「凛夏ちゃんは、これね」
「え? 私もですか?」
「当たり前じゃない。あ、鈴木くんはこれ。ピビーはこっちね」
なんだかよくわからないが、みんなの分の衣装を持ってきていたらしい。
いつの間に……。
ショッピングモールで買ったのかな?
凛夏はなぜか制服を渡されていた。
緑のブレザーで、スカートは赤も入ったチェックになっている。
ピビーが渡されたのはインディ・ジョーンズを思わせる茶色の革ジャン。
俺は赤い甚平だった。
「これだけ色が分かれていれば敵地でも見分けがつきやすいでしょ」
「敵からも目立って的になるだけのような気がしますが」
特に俺!
赤だぞ、赤。
「しかも、甚平なんて絶対夜寒いっすよ!? 何とかならんすか!?」
「うるさいわねー、じゃあこれを羽織ればいいでしょ」
派手な赤色のチェスターコートを渡された。しかもレディースの。
「コートの下に甚平って……変質者みてーじゃないっすか!」
「文句言わない! あたしが上から着ようと思ってたんだから」
「……はい」
凍死するよりはマシか。
これだけ全身真っ赤だと闘牛場に入ったら殺されそうだな。
まあ、鎮鈴さんはピンク。凛夏は緑。ピビーが茶色で俺が赤。
確かに識別はしやすい。
「私のものはあるかね?」とチャールズ。
「あるわけないでしょ」
チャールズは黒のスーツ、と。
敵が黒かったら一緒に倒せそうで良い感じである。
各自物陰で着替えも終わり、いよいよ修道院へ向けて再出発だ。
「あるーひんけつ♪ 森のなカンチョー♪ くまさんニンニクー♪」
先頭をスキップしているチャールズの歌声が癇に障る。
俺はピビーに耳打ちした。
「チャールズ、大丈夫っすかね? 崖から落ちてから悪化したような気がするんですが」
「うーん。念のため頭の治療もしてみるかい?」
「別にあのままでいいっす」
敵が出た時に囮になってくれそうだし。
「気を取り直して出発しましょ」
チャイナドレスになってから明らかに元気になった鎮鈴さんが先頭を歩き始めた。
いまいちあの人はよくわからん。
奥に進むにつれて森は深さを増していき、木漏れ日さえも届かなくなってきた。
昼とは思えないほど薄暗い。
今度は最後尾がチャールズになったので、俺は後ろから二番目だが、鎮鈴さんも凛夏も派手で仕方がない。
凛夏はまだましか。
彩度が高くないし、色も葉っぱと似ているし。
待てよ……俺が一番派手なんじゃねーの?
毒キノコみたいに真っ赤なコート。しかも内側は甚平で生足も出てる。
コートさえ脱げば動きやすいと思うが、改めて考えても変質者そのものだ。
「どうしたんだね、鈴木くん」
困惑が伝わったのか、背後から声をかけられた。
「俺たち派手すぎませんかね?」
「戦隊モノみたいなものだ。色があったほうがキャラも立つ」
「戦隊モノって……じゃあアレっすか? 茶色のピビーはカレーが好きなポジションっすか?」
「カレーは好物だよ」
前を歩いてたピビーまで会話に加わってきた。
「こんな緊張感ない行進でいいんすか? 遠足みたいじゃないっすか?」
「奇遇だね、僕も同じことを考えていた」
「私もだ」
なんつー連中だ。
チャールズはともかくピビーまで……。
「道だわ」
鎮鈴さんが立ち止まる。
真っ暗な森の中に、明らかに人の手による小道が現れた。
石畳が敷かれていたりするわけではないが、周囲と草の高さが全然違うし人為的に作られた道であることは間違いなさそうだ。
古そうに思えるがどのくらい前のものなんだろう。
この道が作られた頃はシュウド修道院は流行っていたのだろうか。
道とはいっても車の轍もないし、最近ついたと思しき足跡もひとつもない。
少なくとも敵さんも近づいていないと考えて良さそうだ。多分。
念のため道は通らず、その脇を掻き分けながら進んでいく。
時折頭上から垂れ下がってきた蔦に行く手を阻まれそうになることもあったが、鎮鈴さんは楽しそうにそれらを鉈でぶったぎって進んでいく。
指摘されなきゃ気づかないほどの緩やかな上り坂に飽きてきた頃、先頭の鎮鈴さんが足を止めた。
足元ばかり見ながら歩いていた俺は凛夏にぶつかりそうになる。
「おい、なんだよ!」
「凡ちゃんこそ!」
「はいはい、喧嘩はそこまで。着いたみたいよ」
鎮鈴さんの横に進むと、森の先に拓けた広場があってそこに巨大な建築物がそびえているのがわかった。
「間違いないな。シュウド修道院だ」
眉間にシワを寄せてダンディな声で話すチャールズ。
もう今更どんな台詞を口にしてもダンディには見えない。
シュウド修道院。
敵の本拠地、エリア5.1に潜入するカギとなる場所。
修道院という言葉から感じられるほのぼのとした印象とは全く異なる不気味な場所だった。
っていうか
「城じゃん」
としか形容のしようがないサイズだ。
こんな不便な場所にこんなでかい建物を作ったヤツはアホとしか思えない。
チャールズの五感研磨で索敵してみたが、敵の気配はない。
「入るぞ」
男三人がかりでようやく開いた扉の奥は闇だけが広がっていた。




