第七十九話 温泉の死闘(後編)
どうなってんだ!?
山頂で何かあったのだろうか。
「ウキョロキョキョーン!」
ジャブジャブと岸に向かう俺の横を、ヤツの鳴き声が通り過ぎる。
鎮鈴さんが掌底で迎え撃ったが、外れてしまい肩から出血した。
掌底じゃなくて、蹴り!
思い切りハイキックお願いしやーす。
……凛夏に睨まれた気がするので、早く岸に向かおう。
緊張感があるんだかないんだかわからん。
なんとか岩場に上がった俺は状況を確認した。
俺は崖とは反対、山頂への斜面側の岩場に立っている。
こちら岸の数メートル先には凛夏と鎮鈴さん。
葉っぱ人間は崖側――温泉を挟んで十五メートル先の向こう岸――からこちらの様子を伺っている。
上から見たら二等辺三角形のような位置関係で俺たちは対峙していた。
俺たちの間にある温泉には、強酸の血液を流しながら葉っぱ人間がプカプカと浮かんでいるため入るのは危険だ。
強酸は今も広がっているため、戦闘中に落ちたら大火傷をするに違いない。
おまけに頼みの綱のピビーは山頂で銃撃戦なう(多分)。
割とピンチである。
さて、どうしたものか。
仲間がほぼ全滅させられたせいか、さすがに葉っぱ人間も警戒心が強くなっているようだ。
葉っぱ人間は銃弾並の速度で跳んできてヒット&アウェイという最悪にムカつく攻撃をしてくるので、よほどタイミングがあわないとカウンター迎撃は難しい。
温泉の中にも小さな岩場みたいのがあるので、ヤツらが直接跳びかかってくるか、岩場を経由した二段跳びで攻めてくるかでもタイミングは変わってくる。
「鈴木くん、何か手はないの!?」
ありましぇん……。
ピビーのポテトに望みをかけていたのに、山頂からの戦闘音から察するに救援がほしいのはピビーのほうかもしれない。
早くなんとかしないと事態が悪化してしまう可能性すらある。
「ウキョロキョキョーン」
「!!」
不意をつかれた。
目の前が真っ暗になった瞬間、強い圧力を受けて足を滑らせた。
葉っぱ人間に跳びつかれたと気づいたのは後頭部を岩場に打ち付けてからのことだった。
「うぐぐぐ……」
歪んだ視界が揺れながら回転して、吐き気がこみあげてきた。
平衡感覚を失った身体は立ち上がることすらままならない。
(油断した……!)
かろうじてわかったのは、葉っぱ人間がまだ目前にいて、唇を尖らせて熱いチューを迫ってきていることだけだった、
こいつ、そんなにキツイ攻撃までできるのか!
今までで最凶の敵だ!
「やめろおおお!!」
と叫ぼうとしても目が回って言葉もろくに発せない。
目が回り、振り払う力も入らない。
ばっちい!
やめてくれえええ!!
わいのファーストチューは葵姫たんのものなんや!!!
病気になっちゃう!!
やめてえええええええええ!!!!!
割とマジで泣いてしまう。
「凡ちゃん!」
ドスッドスッと、ゴムまりにパチンコ玉が当たるような音がして、葉っぱ人間が俺から離れた。
ぼけぼけの視界にヤツがひっくり返る姿が映る。
首を横に傾けると、肌色の何かがものを投げる動きをしていた。
凛夏が石を投げているようだ。
「ウキョロキョキョキョーーン! 怒ったぞ小娘……パワーアップ!」
テメー言葉喋れたのかよ! しかも日本語!
なんてツッコミもできないコンディションだが、葉っぱ人間の爪が大きく伸びていくのだけはわかった。
ピンボケの視界でも刃物のように鈍く輝くのは理解できた。
(やばい。あれは殺傷力があるぞ……!)
葉っぱ人間は底知れない。
跳躍、爪攻撃、強酸攻撃、キス攻撃とエグい技ばかりを身につけているだけに、本気になったこいつらの攻撃がどんなものかわからないと非常に危険だ。
絶対時間で守られている俺はいいものの、全裸の凛夏と鎮鈴さんに対応できない攻撃だったら……!
「逃げ……ろ!!」
かすれる喉を振り絞って声を出した。
しかし二人は逃げる素振りを見せない。
俺を救うためか、鎮鈴さんに絶対的な勝機があるのかわからない。
「フギャッフギャッ! デス・ニードル・カンチョーをくらえ!」
葉っぱ人間が技名を叫んでくれたおかげで大体攻撃の性質はわかった。
鋭い爪でカンチョーして毒か何か――強酸かもしれない――を注入する最悪の技だろう。
お嫁に行けないどころか地獄行きやで!!
「ハアアアアア……! エネルギー充填二〇パーセント……!」
葉っぱ人間は俺にケツを向けてエネルギーみたいのを溜めてやがる。
「三〇パーセント……!」
しかも丁寧にパーセンテージまでつけてくれている。
完全にキャラ変わってるけど、バカで助かった。
数秒間の猶予ができたというわけだ。
攻撃準備が完了する前に俺が背後から斬りつければ……!
俺は渾身の力を振り絞って立ち上がった。
頭がふらつく。
「五〇パーセント……!」
ヤツに気づかれないように気配を殺して背後に立つ。
「八〇パーセント!」
鎮鈴さんは凛夏を後ろに隠し、迎え撃つつもりのようだ。
右手を上げて、小指側の側面を強く意識した。
手がほんわかと温かくなっていく。
この状態で手を振り下ろせば。真っ二つに斬り捨て……。
「九〇パーセント!」
しかしそこで俺はふらつき、倒れてしまった。
(まずい……!)
「そしてこれがお待ちかね一〇〇パーセン……!」
しかし葉っぱ人間の言葉はそこで途切れた。
言い終える前に地面に崩れ落ち、光の中で人間の姿になってから消えた。
一体、何が……?
鎮鈴さんが飛び道具を持っていたのだろうか。
それとも、俺の知らない凛夏の稀能って攻撃系……?
崖下の急斜面に肌色のものが見えた。
沸き立つ湯気ではっきりと見えないが、人が歩いているように見える。
(ま、まさか葵姫たん――!? しかも全裸!?)
期待感が胸を包んだ。
折りよく強風が吹きつけて湯気を吹き飛ばす。
目まいから回復してきた俺の眼に映ったのは――チャールズだった。
フルチンのくせに手にはリボルバーを構えていた。
銃口からかすかな煙が上がっていた。
「フッ、子を哀れまば杖を与え子を憎く思わば食に飽かすべし……とはよく言ったものよ。私がおらずとも立派になりおって」
しかもカッコつけてやがる!
今日たっぷり目の保養をしたのに、全てが台無しになる最悪の光景だった。
「凛夏ちゃん、目が腐るから見ちゃダメよ」
「は、はい」
チャールズは向こう岸の岩場に立つと銃口を温泉に向けた。
狙いは、水面に浮かんでいる葉っぱ人間だった。
「いつまでそうしているつもりだ。そのまま死にたいのなら一向に構わぬが」
「ウキョッ!?」
葉っぱ人間は短い声を上げて起き上がる。
そしてそのまま温泉の中央に浮かぶ岩場に飛び乗った。
「何者だ!?」
こいつも喋れたのなら最初から喋れよ……どんなキャラなんだよ。
「冥土の土産代わりに聞くがいい。俺は地獄より舞い戻った男……チャールズ山田」
フルチンの分際でかっこつけやがって……葉っぱ人間とチャールズを両方同時に始末してやりたくなった。
「兄弟は油断したが、俺はそうもいかねえぜ! 当てられるものなら当ててみろ」
完全にキャラの変わった葉っぱ人間はすばしっこく跳びまわった。
目で追うのがやっとの超スピードだ。
あれでは銃は当てられない。
「チャールズ! 凛夏たちに当たらないよう注意してくださいよ!」
「……フッ」
不適な笑みを浮かべチャールズは右腕を上げた。
当てずっぽうで撃つつもりか?
「Hasta la vista,baby(地獄で会おうぜ、ベイビー)!」
乾いた銃声が鳴り響く。
「ギッ!」
悲鳴のようなものが一瞬聞こえたと同時に、葉っぱ人間が地面に落ちた。
うつ伏せのままじたばたしていたが、やがて動かなくなり、消えた。
「ど、どうやって……?」
「私の五感研磨にかかればあんなヤツのことなんて手にとるようにわかるのさ」
うーむ。
チャールズは戦闘的には足手まといの部類かと思っていたが、意外と役に立つとは……。
「鈴木くん、怪我は大丈夫か」
チャールズは温泉に入りこちらへ向かってきた。
ホラー映画のような絵面である。
「チャ、チャールズ! そのお湯は葉っぱ人間の強酸が……!」
「ヤツが死んだ今、問題ないさ」
確かにお湯は綺麗さっぱり元通りになっていた。
「お、俺は大丈夫っす。頭打ったけど良くなってきたんで……それより二人を」
「わかった」
そう言うと彼は岩場をまたいで方向転換した。
ほっとした。
しかしおっさんが小汚いケツ丸出しで裸の女二人に向かって歩いていく後姿を見ていると犯罪映像のようだった。
「二人は大丈夫か」
「大丈夫だから、こっち来ないでよ」
鎮鈴さんは虫を払うように手を振った。
凛夏はしゃがみこんで胸を隠している。
俺が言うのもアレだが、助けてもらったのに散々な扱いである。
「怪我がなさそうで良かった。葉月くんは怪我だけでなく毛がないようだが。HAHAHA」
さりげなくセクハラまでやがる。
チャールズの背中が大きく見えた。童貞のくせに。
しかし彼のセクハラがクリティカルだったらしく、凛夏は顔を真っ赤にして立ち上がった。
「なんでそういうこと言うんですか!? 凡ちゃんに聞かれたら……!」
聞かれるも何も、とっくに知ってるんですが。テロリストと戦う前に至近距離で見たしね。
「ち、違うんだ。いい意味で言っているのだよ。欧米ではパイパンは当たり前で……」
「そういう問題じゃないです!」
凛夏はずんずんとチャールズに詰め寄った。
さすがにチャールズも視線を下ろせずおろおろしながら後ずさるだけだった。
俺の位置からは凛夏の尻が丸見えだけど。
そういやスマホはどこに落としたんだっけ。戦闘中の鎮鈴さんを間近で撮っておきたかったなー。
葵姫たんの顔写真あったよな。
背格好の近い凛夏の身体と合成したら葵姫たんの裸写真みたいになるんじゃね!?
俺って天才じゃん!
早くスマホを探さないと。
温泉の周囲を回り込んでスマホを探した。
「大体チャールズさんはいつも……」
「それは誤解で……」
向こうでは凛夏の迫力に気圧されてチャールズがどんどん遠ざかっていた。
多分この辺りに落ちたと思うんだが……ないな。
おかしいな。
「うあああっ!!!!!!!!!」
叫び声に驚いて振り向く。
チャールズが崖から転がり落ちていくのが見えた。
崖っぷちだと気づかずないまま下がりすぎて、足を踏み外したのだろう。
変態には相応しい最期だ。
しかし俺にとって大事なのはチャールズよりスマホだ。
草木もほとんど生えていないし、すぐに見つかりそうなものだが……。
「ちょっと! 鈴木くーん!」
鎮鈴さんに呼ばれたので返事すると、
「山頂の様子見てきてもらえる!?」
「でも、俺には用事が……」
「急いで!」
「……はい。鎮鈴さんたちはどうするんすか!?」
「私たちは風邪を引かないよう温まっていくから! ほら、急ぐ!」
それひどくね!?
しかし散々裸を見たお礼もできないのも悪いので、しぶしぶと俺は山頂へ向かった。




