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第七十四話 チャールズの過去

 車から降りて食事の準備していると、暗闇に目が慣れてきた。

 どうやら渓谷になっているようだ。

 両側を岩壁に挟まれた幅五十メートルくらいの未舗装路の下は川になっていて、岩壁からは滝が力強く落ちている。


 二台の車を十歩程度離して停めて、間にタープを張る。

 タープとは、屋根だけのテントみたいなやつだ。


「鈴木くん、それを取ってくれ」

「あい」

「ありがとう。……よし。こんなところか」


 パンパンと手を叩いてホコリを払う。

 石を並べて作ったかまどに積み上げられたまきを見ると、仕事をした気になる。


「凡ちゃん、椅子は?」

「あー、このまわりでいいんじゃね」


 凛夏はリラックスチェアを並べていった。


 明日からは車も置き去りにして徒歩で進むらしい。

 せっかくのキャンピングカーを満喫するためにキャンプ用品もそろえたようだ。

 どうりででかいダンボールばかり積んであったわけだよ。


「うおっ!」


 ヒュオオと音を立てて風が通り過ぎていった。

 谷間になっているからか、時折ビル風みたいな強風が吹きつける。


 胸の谷間は良いけど渓谷はごめんだ。冬にもなっていないのに、寒すぎる。


「ひ、火はまだっすか?」

「なかなかつかないのだよ。鈴木くんやってもらっていいか」


 ガスバーナーであぶるだけなのに……チャールズは不器用なのだろうか。


「任せてください」


 受け取ったバーナーで薪をあぶる。

 しかしなかなかつかないし、ついてもすぐに消えてしまう。


「マジか。意外と難しいっすね?」


「細い薪から火をつけてみたかい?」


 肉を切っているピビーが横から口出ししてきた。


「やってるんすけど、ついても消えちゃうんすよ」


「気温が低すぎるのかもしれないね。薪を熱してみた?」

「やってみよう」


 俺はチャールズにバーナーを手渡した。

 ピビーはサバイバルナイフで肉を綺麗に裁いていた。


「すげえ。包丁みたいっすね」

「はは。器用なことだけが自慢でね」


 嘘つけ。

 自慢だらけの経歴のくせに。


「あっ! ついた! ついたよ!」


 背後で凛夏がはしゃぐ声が聞こえた。

 ピビーの助言がよかったのだろうか。

 タープの下が明るくなった。


「ついたみたいだね。よかったよ」

「ピビーはアウトドア強いんすね」


 俺が問うとピビーは眉をハの字にした。


「いやあ、家がなくて二年ほど野外で暮らしていたことがあってね。その時に身についちゃっただけだよ」


「アウトドア派というか、ホームレスみたいな?」

「ははは。そういうこと。もうすぐ肉を焼くから鎮鈴を呼んできてくれるかい」

「いいっすよ」



 車の最後部のドアを開ける。

 鎮鈴さんはベッドに横たわっていた。

 掛け布団を抱き枕のように抱え込んで、うんうんとうなっていた。


「そろそろ起きろって言ってますよ」

「う~ん……」

「メシ抜きになりますよ?」

「うううぅ……」


 聞いてるのだろうか。

 向かいのベッドに腰掛けた。


 そしてシャツの下にパンツが見えているのを確認。

 というか下着とシャツしか着てないんじゃないだろうか。


 RPG風の選択肢が脳内に浮かんだ。



 →声をかける

  叩く

  触る



 据え膳食わぬは男の恥。

 とりあえず触るべきだろうか。


(小生意気な呉鎮鈴を俺のオ鎮鎮でイタズラしてやるか?)


 いや、あかん。

 葵姫たんがいなくなったからって欲求不満になりすぎだ。抑えなくては。

 こんなこと後日葵姫たんにちくられたらおしまいじゃねーか。


 とりあえずここは触るのは我慢して『脱がす』くらいなら許されるのではないか。

 男しかいない車両で酔っ払ってるこの女がいけないのではないか。


(しかし性犯罪者になるのはかっこ悪いな。どうしたもんか)


 悩んでいるうちに、寝室の暗さに目が慣れてしまった。

 だんだんパンツへの尻の食い込みがはっきりと見えてくる。

 気のせいか、ブラも透けているような……。


(心眼だ!)


 俺は心の眼を開いた。

 下着やシャツのシワの一本一本に意味を見出す!


(……見えた!!)



「凡ちゃん」


 ビクッ!


 一瞬飛び上がってしまった。



「なんだ、凛夏か……ど、どうしたんだよ」

「鎮鈴さん起きない?」

「ああ」

「何してるの」

「な、何もしてねーよ!! き、葵姫たんに言うなよ!?」

「……」


 凛夏は、腕を組んで目を細める。

 疑ってらっしゃる――!


「……」

「ま、マジだぞ」

「……」

「触ってないし脱がしてもないぞ! 最初からこの格好だったんだぞ!」

「……」

「……」

「ふぅーん」


 ようやく声を出したと思ったら、凛夏は鎮鈴さんを揺さぶった。


「食事の時間です。ご飯食べないと明日が辛いですよ!」

「うう……ん……わかった」


 鎮鈴さんは上半身を起こした。


「いててて……」


 ぼさぼさの頭を押さえる。

 ベッドの足元にはビール缶が二十本くらい転がっていた。

 明日にならずとも、今日の時点ですでに辛そうなんだが。


「ほら、凡ちゃん行くよ!」

「引っ張るなって」

「お肉なくなっちゃうよ」

「マジか!」


 俺はベッドから立ち上がった。


「早く行くぞ!」

「もー」








「うまうま! ハフッハフッ」


 むさぼるように肉にかじりついた。

 相当いい肉だぞ。

 凛夏がカジノで大当てしたからだろうか。

 これなら無限にでも食える。


「夕暮れや 腹に染み入る 肉の味」


 我ながら名句である。


「もう二十二時だよ。夕暮れじゃないよ」

「うるせーな貧乳が! 悔しかったら美味そうな肉つけてみろ!」

「はあ!? 何その言い方! 最悪」


 凛夏は声を荒げて席を立ち、椅子を持って焚き火の反対側に行ってしまった。


「ピビー、おかわり!」


「はいよ。もう少しで焼けるから待っててくれ」


 ピビーはずっと焼いてるような気がするな。まあいいか。


 ああ、腹ペコの時の肉はHPを全快にさせるなあ。

 美味すぎる。


「野外で食うのはいいもんっすね、チャールズ」

「ああ。私もバーベキューは十年ぶりくらいだろうか」

「そんなにやってないんすか?」

「私はぼっちだからな」


 へえ。

 意外なような、そうでもないような。


「学生時代は夏になると毎週のようにバーベキューをやっていたのだが、ある時期から誘われなくなってしまってね」


 興味深い。

 何かやらかしたんだろうか。


「わかった、女だ」

「残念ながらそういう浮わついた話はなかったな」


 そうだった。

 チャールズは高齢チェリーだった。


「じゃあ、何やらかしたんすか?」

「うむ……あれは大学三年の頃だった」

「はい」

「私たちは大学のサークルの夏合宿で行った軽井沢でバーベキューをやっていた」

「ふむふむ」

「最初は楽しく盛り上がっていた。だが、尿意をもよおした私は席を立った」


 ほうほう。

 オチが読めた。

 網の上にポコチン載せて総スカンくらったんだろうな。

 チャールズならありうる。


「私は草むらの中で気持ちよく放尿していた。あまりの開放感に脱糞しようと思った」

「ふむふむ。それで?」

「私はケツ丸出しでブリブリーと……いや、ビチビチブチュッて感じで開放感に身をゆだねていた」


 凛夏が眉をしかめた。

 食事中だというのに遠慮ない男だ。さすがチャールズ。


「その時ふと空を見上げると、まばゆい発光体が輝いていたのだ」

「……へ?」

「気づくと、私はベッドに寝かされていた。一面が銀色で何もないシンプルな部屋だった。究極のフラットデザインと言っていいだろう」

「ちょ、ちょっと……?」


 話の雲行きがあやしくなってきたぞ。


「手錠のようなもので手足をベッドに固定されていた私は動けなかった。叫んでも助けは来なかった。仕方なく私はベッドの上でうんこの続きをすることにした。すると……」

「す、すると……?」


「壁の一部がスライドして、奇妙な人影が中に入ってきたのだ。頭部が異様に大きく、頭部以上に大きなポコチンが丸出しだった。しかも二本」

「ウンモ星人、ね」


 それまで黙ってビールをあおっていた鎮鈴さんがつぶやいた。


「はあ。それで?」


「は、話が終わったら呼んでください……」


 それだけ告げ、車に戻っていく凛夏。

 鎮鈴さんも、肉を焼いているピビーも話を聞き続けていた。


「人影はこう言った。『地球人のウンコは貴重な研究サンプルだ。ありがとう(笑)』と」

「か、カッコワライって言ったんすか……?」

「ああ、確かに言っていた。とても悔しかったよ」


 ぎりぎりと歯を噛み締めてチャールズは声を荒げた。

 コノ人は何を言ってるんだろうか。


「……で、続きは?」

「気づくと私はケツ丸出しで草むらの中に倒れていた。バーベーキューに戻ると、友人たちはしかめっ面で私を見るのだ。そして、それから私は孤立した」


 そりゃ孤立するだろう。


「あの人影は私に『孤立する呪い』をかけたに違いない。それから私はあの人影に復讐を誓ったのだ」


「第四種接近遭遇というわけか」とピビー。


「何すか、それ」

「空飛ぶ円盤の搭乗員に誘拐されたり、異物を埋め込まれたりする体験のことだよ。まさかチャールズが経験者だったなんて」

「うむ。あれは宇宙人に違いないと思った私はずっと勉強してNASAに入ってウンモ星人のことを知ったのだ」


「なるほど……って、完全に逆恨みじゃないっすか! ウンモ悪くなくね!?」

「何を言う! 私に呪いをかけて孤立させたんだぞ。悪いだろう?」

「ケツも拭かずにバーベキューに現れる男がいたら、俺だってしかめっ面で見ますよ! ていうか草むらでうんこしてたのが悪いんじゃないすか!」

「な、なんだって!?」


「……私も鈴木くんに賛成。ウンモ星人があくどいのは事実だけれど、その話だけ聞いても全然感情移入できないわ」

「ぐぬぬ……」


 酔っ払いの鎮鈴さんにもこう言われる始末。


「まあ、僕も二人に全面的に賛成だね。それに凛夏ちゃんがかわいそうだよ。食事中に下ネタなんてされて」


 ピビーは肉を裏返した。


 四面楚歌である。


 チャールズは膝をついた。


「なんてこった……私の二十年は……ただの逆恨みだったというのか」

「逆恨みどころか、草むらに捨てられるうんこを回収してくれたぶん、ウンモ星人は恩人なんじゃないすかね」


 せっかくなので追撃してみた。


「……馬鹿な……私は……まちがって……いた……」


 チャールズの瞳を涙が伝った。


「もう疲れた……私は休む……あとは楽しんでくれ……」


 そう言ってチャールズはとぼとぼと二号車へ戻っていった。

 焚き火のまわりの辛気臭い――いや、うんこくさい雰囲気が拭われたので、凛夏を連れ戻して俺たちは楽しい食事を続行するのであった。

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