第七十三話 ゲロード
乱暴にドアを開けて部屋に突入したそこは、何の変哲もないロッカールームだった。
てっきりさっきのおっさんを差し向けた黒幕でもいるのかと思っていたが……。
「チャールズ、どうしてこんなところへ?」
「そこにある制服に着替えるんだ。逃げ遅れた従業員のふりをして出るぞ」
「え? それだけ……?」
拍子抜けだ。
普通に出口から出ればよかったのに。
どんだけ警察が怖いんだよ。
ていうか、そもそも俺たち異物に襲われた被害者じゃね?
なんでショッピングモールを破壊した犯人みたいな扱いになってるんだよ。
まあいいけどさ。
「凡ちゃん、これ。私はあっちで着替えるから」
「はいはい」
窓からは外の様子がうかがえた。
駐車場に消防車が三台とパトカーが五、六台停まっているのが見えた。
「わーお」
こんなど田舎なのにもうこんなに来たのか。早いな。
妙な感心をしてしまった。
「鈴木くん、急ぎたまえ」
「ほいほい」
エプロンと帽子を身につけて店員になりきった。
こんな日本人のグループで怪しまれないだろうか。まあいっか。
「ヘイ!」
ピビーが遅れて入ってきた。
「監視カメラも保存データも全てぶっ壊してやったよ。HAHAHA」
「よくやった。ピビーもこれに着替えたまえ」
「OK」
監視カメラをぶっ壊した――か。
この瞬間から俺たちも加害者の仲間入りのような気もするが、まあよしとしよう。
「で、どうするんすか? 売り場に戻って脱出するんすか?」
「それしかあるまい」
だったらもっと早く出ればよかったのに。
「もうちょい目立たない方法ないんすかね……避難用のハシゴとか?」
「知らん」
チャールズはきっぱりと言った。
ずいぶん行き当たりばったりだな。
彼は頼りになるんだかならないんだか、わからない。
「……来た!」
チャールズが人差し指を立てたのを合図に、みんなひっそりと静まる。
「……三人、四人。四人か……」
足音で聞き分けているらしい。
器用な耳ですこと。
「いいか、私たちは逃げ遅れた従業員だ。そういう設定を自分に信じ込ませるんだ。行くぞ」
「はい」
チャールズがドアを蹴破って駆け出す。
俺たちもそれに続いた。
「たぁ~すけてくれ~~い!」
情けない声を出しながら駆けるチャールズの背中を見ていたら、この戦いが終わったら真面目に登校してしっかりした大人になろう、と思えてきた。
L字型の角を曲がると、通路の向こうから黒い消防服をまとった消防士が四人走ってくるのがわかった。
「たぁ~すけて~!」
「ヘイ! アーユーオーケー?」
「イエース! アイムカミーング!」
チャールズはくねくねと体を動かしながら情けない声を出した。
「コノ先ニ、逃ゲ遅レハイルカ?」
「イエース! さっき誰かいました~」
「オーケー! GO、GO!」
消防士のうち二人は俺たちの来た方向へ走っていく、残り二人は先頭と最後尾に並び、俺たちを挟み込む形で階段へ誘導した。
なんだ、ちょろいもんじゃん。
思いっきり信じてやんの。
階段を駆け下りる。
二階。
足を止めず、階下へとさらに進む。
一階に着くと、フードコートには複数の警察官と消防士がうろついていた。
柱は崩れかけ、店内は水浸しになっていた。
あのおっさんのせいでずいぶん大事になったものだ。
くわばらくわばら。
彼らを横目に見ながら俺たちは最寄の出口へ向かって走り続けた。
もうすぐ出口だ、と思ったところで先頭の消防士は近くのドアを開け、部屋に入っていった。
どこに行くんだ?
外に脱出するんじゃないだろうか。
「カムヒア! 早クシロ、チンポヤロー!」
え? 俺たちも?
後ろの消防士からせっつかれ、俺たちもその部屋に続いていった。
「!!」
そこは何もない部屋だった。
広さは教室くらい。
銃を持った黒服の男が十人ほど並んでいて、ピッコロ大魔王の玉座のパクリみたいな椅子に恰幅のいい白髪のおっさんが座っていた。
さっきの異物ほどではないが、なかなかのデブだ。
黒服たちの銃口が一斉に俺たちに向けられた。
白髪のおっさんは葉巻に火をつける。
「ようやく捕まえたぞ。このチンポヤローどもが」
おっさんはふうっと白い煙を吐き出しながら笑った。
「わしの名はポークマンだ。貴様ら、わしの店で好き勝手暴れやがって」
(やばいぞ。倒すしかねーんじゃねーの?)
俺はチャールズに目配せした。
特に凛夏は戦闘能力を持たない。的にされたらおしまいだ。
最悪、俺が絶対時間を利用してかばうしかないな。
ポークマンにバレないよう、俺は凛夏の手にそっと触れた。
「!」
緊張した面持ちのまま視線をこちらに向ける凛夏。
相手が葵姫たんではないのが不本意だが、そのまま凛夏の手を強く握る。
これで万が一発砲されても一緒にかわすことができるはずだ。
さて、チャールズはどう出るのか。
倒すのか。
逃げるのか。
チャールズはけろっとした顔で、意外なことを口にした。
「はい。まさか消防隊員に化けているとは思いませんでした」
……へ?
そして目の前の消防士を怒鳴りつけた。
「貴様のことだろうが!」
「……ミー?」
消防士はあっけらかんとした顔で自分を指差した。
「イエス。ユー」
チャールズは振り返って、今度はドアの前の消防士に怒鳴った。
「貴様もだろうが! 他人面をするんじゃない!」
そして消防士の胸倉をつかんで自分の前に引っ張り出した。
「ミー??」
「イエス。ユー!」
ポークマンは煙を吐きながら、『犯人』とされた消防士二人を見据えた。
黒服たちは消防士二人に銃を向ける。
まさかチャールズのやつ、逆ギレで押し通すつもりじゃねえだろうな。
こんなのすぐにバレるだろ。
「ノーノー! アイムアファイアーファイター!」
「ミートゥー!」
消防士たちは必死に潔白をアピールしている。
公務員がここまでヘコヘコするってことは、この辺りではポークマンは絶大な権力を持っているのかもしれない。
チャールズはこんないい加減なハッタリをこいたのに胸を張って堂々としていた。
「ポークマン様。犯人は他にも二人いました。消防士の格好をして、三階のスタッフルームのほうへ向かうのを確認しました」
「ほう」
ていうか、どうしてポークマンもチャールズの言うことを真に受けてるんだ?
「ご苦労であった。山田よ。君たちは下がって良い」
「はっ」
深くお辞儀するチャールズ。
「行くぞ」
消防士の二人を残したまま、チャールズは部屋を出て行った。
わけもわからずに俺たちもそれに続いた。
俺たちは堂々と玄関を出た。
駐車場は避難した人たちや、消防車であふれかえっている。
ようやく車の前にたどり着くと緊張の糸が切れ、座り込んでしまった。
「あー、焦った。どうして買い物行くだけでこんな目に遭うんだよ」
ていうか、外の空気うめえ。
「でも助かってよかったね」と凛夏。
「だな」
意外とあっさり助かったけれど。
あれ全員を倒さなくちゃならないってことになったらなかなかしんどい。
黒服は知らんけど、消防士は罪もない人たちだし。
っていうか、消防士が罪を被せられてるんだよな。
どうしてあのオーナーはチャールズの言うことを信じたんだ?
「あのブタ野郎ってチャールズの知り合いだったんすか?」
「いや、初対面だよ」
「へ? でも山田とか呼んでたじゃないっすか」
「ポークマンの中身は、鎮鈴だよ」
制服を脱ぎながらピビーが笑った。
「あーーーっ!」
なるほど。
そういうことか。
鎮鈴さんがオーナーの体と入れ替わっていたってわけか。
ってことは、鎮鈴さんの体(中身はオーナー)がどっかに置き去りにされてるってことか。
着替えを終えたピビーは、ストレッチをしながら言った。
「僕は鎮鈴を迎えに行ってくるよ。購入したものは全部無理やり二号車に積んであるから、君たちはそれを整理しておいてくれないか」
そういや荷物運びを手伝うのを忘れてたな。
「OK、わかったっす。鎮鈴さんをお願いします」
「ああ」
後姿で片手を挙げ、ピビーは建物のほうへ向かっていった。
「んじゃ、俺たちは荷物整理とやらを始めまっか」
「はーい」
「カンパーイ」
「……はいはい」
鎮鈴さんはごきゅごきゅと喉を鳴らした。
「いや~、面白かった~。やっぱエラそーなヤツを貶める快感ってやめられないわ」
口のまわりについた泡を腕で拭う。
この女、中身はおっさんだよな……。
「鈴木くんも新しい稀能に目覚めたし、良いことずくめね!」
車体をガタガタと揺らしながら、車は田舎道を進んでいく。
「ちょっとこの酔っ払いを何とかしてくださいよ」
運転席のピビーに泣きつくも
「僕は運転でいっぱいいっぱいだから、鈴木くんに任せるよ」
あっさりと返されてしまった。
「ほぉら鈴木くん、飲みなさいよ。あんた未成年じゃないでしょ」
「アメリカだと二十一歳からでしょ? ギリギリ飲めねーっすよ」
「堅苦しいこと言わずに、ほらほらぁー」
あー、暑苦しいっ!
結構面倒くさい人だな。
鎮鈴さんの手を避けて、ソファに飛び乗った。
キャンピングカーはええのう。
ごろごろしてるだけで目的地に着くなんて最高だ。
「鈴木くぅーん」
「明日ね、明日にしてください。俺も疲れたんすから」
「構ってよぉー」
鎮鈴さんは俺の体をまたいで、そのまま座り込んでしまった。
「ぐえっ」
み、見た目によらず、重い……。
「ちょっ……寝れねーじゃないっすか。おりて」
「いやよおー」
「今日は戦ったから疲れてんすよ」
「あたしだって疲れてるしぃ」
「ポークマンの体を乗っ取っただけでしょ? ていうかあの消防士たち、黒服にやられてないっすよね?」
「当たり前じゃないの。そのへんちゃんとフォローしてるわよぉ」
本当かよ。
「嘘くせ……うおっ!」
ガタンと音がして、車が大きく揺さぶられた。
車体の右半分が沈み、床が坂道になった。
テーブルから転がり落ちたビール缶に駆け寄って、意地汚く吸い付く鎮鈴さん。
おいおい、大丈夫かよ。
車高の高さを考えると横転しないか心配だ。
しかし、二度三度の衝撃後に車は体勢を持ち直した。
何だったんだ、今のは。
落とし穴にでも落ちたのだろうか。
運転席に乗り出して、ピビーに尋ねた。
「なんすか、今の」
「悪いね。悪路だとは思っていたが、あんな段差があるなんて」
「悪路ってレベルじゃないでしょ」
ヘッドライトに照らされたフロントガラス越しの外を見て、納得。
駐車場の砂利を数十倍にグレードアップしたような、ごつごつした岩と泥だけの無骨な風景。
車は道なき道を進んでいた。
さっきまでの田舎道はどこへ行ったのか。
「道は……?」
「もうないよ」
「どこ行くんすか?」
「決まっているだろう。修道院だ」
「そんな交通が不便なとこにあるの?」
「だから廃れたんだろう」
なんてこった。
昼間ではカントリーロードを歌いたくなる風景だったのに。
「セガラリーでもこんな道はないっすよ?」
「君みたいな若者がセガラリーを知っているなんて驚きだ」
「そういう問題じゃなくて……うおっ」
大きな振動が襲い、転びそうになってしまった。
「どこかに捕まっていたほうがいいよ」
……てか、酔いそうだ。
吐き気と振動をこらえながら車は闇へと進んでいく。
「あー、マジ気持ち悪い。あとどんくれー続くんすか、これ」
「そろそろ体力的にも厳しそうだね。チャールズ、今日はこのあたりまでにしないか」
『了解。この先の滝でいいだろう』
「OK。鈴木くん、もう少しの辛抱だ」
揺られながら十数分。
滝の麓の広いスペースに到着した頃には俺は胃の中のものを出し尽くしていた。




