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第七十一話 火災報知機

 食料品や飲料、テントなど、ある程度の必要な買い物を済ませ、俺と凛夏はフードコートで雑談しながら、みんなを待っていた。




「クラス3?」


 何のこっちゃ、と思いながらハンバーガーの最後の一口を放り込む。


稀能者インフェリオリティの中でも最強クラスなんだって」

「俺が?」

「うん」


 マジか!

 やはり俺は神に選ばれた男だったってわけか!


「他には? 他の連中はそのクラスってのいくつなんだよ?」


 当然のように浮かんだ疑問を聞いてみる。


「ドクターの毛唖流ケアルはクラス1だって」

「やはりそうか」


 あのハゲはそんなもんがいいところだろう。


「あと、チャールズさんは稀能パーソナリティを二つ持ってるんだけど、両方クラス1だって」

「あの野郎……散々えらそうにしてたくせに、俺の三分の一か!」

「そ、そういう計算はおかしいと思うけど……」


「他には?」

「葵姫さんもクラス3だって」


 なんだって!

 葵姫たんも……最強のクラス3?


 なるほどな。


「……そういうことか。選べれた最強のクラス3は俺と葵姫たんだけ。やはり俺と葵姫たんはお揃いのスペック! お揃いのカップルってわけか!」


 納得したぜ。


「残念でした! 鎮鈴さんの身体交換トレードもクラス3だって」


 鎮鈴さんも!?

 あの女、名前が『おちんちん』に響きが似てるだけの出オチのキャラかと思ったら、なかなかやるじゃねえか……。


 他には誰がいたっけ。

 ピザ食ってる時に俺を殺そうとした変態野郎はクラスいくつなんだ?

 なかなかの使い手だったが、クラス3の俺ほどではあるまい。

 つーことは、クラス2ってとこか?


 他に誰か身近に稀能者インフェリオリティっていたっけ……あ!!


「おまえは?」

「えっ?」


「おまえの稀能パーソナリティはどんななんだよ?」

「えっ。い、言うほどのものじゃないよ」


 どうしてうろたえるんだ。

 やっぱりこいつ、人に言えないような稀能パーソナリティを持っているとしか思えないが……。


 マジで凛夏の稀能パーソナリティはどんなものなんだ。

 たいして役に立つとは思えないが……。


 おとりになってやられる稀能パーソナリティ

 それともストリップして敵の目を釘付ける稀能パーソナリティか?

 ……いや、それだと貧乳じゃ問題があるな。


 まさか、目の前にいる人物の性感帯を百倍に増幅させる稀能パーソナリティだったりしねーだろうな。

 だったら是非俺に使ってもらいたいところだが……。


 いや、それもないな。

 そんなに有益な稀能パーソナリティだったらクラス3と考えていいだろう。

 こいつはそんなに優れてるとは思えねー。


 まあ、どうでもいっか。



「どんな稀能パーソナリティか知らねーが、どうせおまえもクラス1だろ。そんな気がする」

「ま、まあ、そうだと思うけどね。たいしたことない稀能パーソナリティだから……」

「うむ。貧乳にはお似合いだ。それに比べて俺と葵姫たんはクラス3。わかるかね、この違いが」

「は、はあ……?」

「いわば俺たちと貴様には神と虫ケラほどの違いがあるというわけだ」


「……何言ってんの?」


 凛夏は不快そうに眉をしかめた。


「フッ。わからねーならいいさ」


 それにしても、俺と葵姫たんはやはり最強のカップルだったってことだな。

 素晴らしい。うんうん。

 戦いが終わったら住所突き止めて毎日待ち伏せしなくてはな。



「それにしても、おまえ、人生で初めて俺に有益な情報を持ってきたな」

「……え?」

「貴様の人生で初めて他人の役に立ったというわけだ。褒めてつかわす」

「はあ!!?」


 凛夏は声を荒げた。


「照れるな照れるな。めてるんだって」


 笑いながらフライドポテトに手を伸ば……


 ガブッ!


「ぐぎゃああああああああ!」


 指先に激痛が走る。


「もー! さっきからなんなの!? むかつくんですけど!」


 そんなことより指が痛い。


「噛みやがって……! ピラニアかテメーは!」


 痛みを紛らわせるため、ぶんぶんと手を振りながら怒鳴りつけた。

 しかし凛夏は無言で立ち上がって背中を向けてしまった。


「どこ行くんだよ」

「ふん」


 そしてそのままどこかへ歩いて行ってしまった。

 痛みで熱くなった指にふうふうと息を吹きかける。


 何なんだあいつ。


(そういや、ピビーと鎮鈴さん、遅いな)


 フードコートに来てからもう十五分くらい経ったし、そろそろ来てもおかしくないと思うんだが。


「ヘイ! 隣に座っていいかね、ミスター」


 人のさそうなおっさんがトレイを持ったまま尋ねてきた。

 まわりの席は埋まっているか、空いていても狭いスペースしかない。

 おっさんは関取みたいな体型をしているから座れないだろう。

 しかし俺の席は四人がけだった。余裕で座れる。


 相席は好きじゃないけど仕方あるまい。


「オッケー、どうぞ」

「サンキュー」


 おっさんはどっかりと腰を下ろした。

 よく見たら、バーガー類がぎっしりとトレイに詰まれていた。

 ニ、三十個はあるのではないか。


「すげえ……それ全部食うんすか?」

「オフコース! このくらい朝飯前よ」


 おっさんはハンバーガーにかぶりついた。


「オーイエス! アイムカミング! アイムカミィーング!」


 奇声を発し、涙を流しながらほおばっている。

 口からはポロポロとピクルスやチーズがこぼれ落ちる。


(汚えなー。ていうか黙って食えよ)


「オゥーイエス! オゥーイエス!!」


 おっさんの目からは涙が溢れ続ける。

 あれだけ積んであったハンバーガーが、またたく間に減っていく。


「ゲェェーーップ」


 半分ほど食ったところで強烈なゲップを吐き出すおっさん。

 ドラゴンの炎のように、色がついて見えるほど強烈なゲップだった。


「アイムソーリーヒゲソーリー!」


 愛嬌あいきょうのある笑顔で片手を上げて、再びハンバーガーの山を食い散らかしていく。

 俺の食欲は完全になくなった。

 気持ち悪い。


 おっさんのハンバーガーは残り五個。


(早く食い終えていなくなってくれ……)


 そう思っていると、おっさんが突然立ち上がった。


(おっ。限界が来たか?)


 そしてハンバーガーを残したままどこかへ歩いて行ってしまった。

 さすがに気持ち悪くなって吐きにでも行ったのだろうか。

 もしかしたらこのまま帰ってしまうのかもしれない。


 ……しかし、困ったものだ。

 ハンバーガーを捨てるわけにはいかないし、ピビーたちとはここで待ち合わせている。


 ヤツがもう戻ってこないといいんだが……。


 あっさりと期待は裏切られ、少しするとおっさんは再び戻ってきた。


 両手にトレイを持っている。


 右手にはフライドチキンがどっさりと積んであった。

 全部繋げたら十羽分くらいにはなるんじゃないだろうか。

 左手にはピザ。積み重なったそれはまるで高層ビルのようだった。


「ヘイ! おかわりしてきちゃったYO!」


 おかわりって量じゃねーだろ……。

 テーブルの上には料理が積み上げられ、向かい側のおっさんの顔が見えなくなりそうなほどだ。


 さらに、

「お待たせしました」

 とウェイトレスが様々なものを持ってくる。


 バケツに満タンに注がれたコーラ。

 皿に盛り付けられた体に悪そうな色のパスタ。

 フランクフルトが数十本。

 ホールケーキが四個。

 フライドポテトがたっぷり詰まったダンボール箱が三個。

 同じくバケツいっぱいにぶち込まれたケチャップとマヨネーズ。

 ウェディングケーキみたいな大きさのチキンライス……高カロリーな食べ物はまだまだやってくる。


 当然テーブルに載りきらないので周囲の床に並べられていく。

 俺たちのテーブルの周囲十メートルは足の踏み場がなくなってしまった。


 全部あわせたら軽く百万カロリー以上はあるだろう。

(一人でこんなに食える人間がいるのか……)


 その食用に感心はするが、周囲から同類と思われたくはない。

 俺は頬杖をつきながらぼーっとしていた。


 おっさんはフライドチキンとフランクフルトを両手に持って、ショートケーキにぶちこんだ。

 たっぷりと生クリームの乗った不気味なそれをマヨネーズに浸してから、口に放り込む。

 両足はユッサユッサと貧乏ゆすりをしていた。

 満面の笑顔のままチキンライスに顔を近づけ、ふんふんと鼻を鳴らしてペロリと舐める。


 時折「グゲーグゲー」とゲップを撒き散らす。


(凄まじいまでに汚い食い方だな)


 ここまでくると逆にすごい。


 時計に目をやる。まだ誰も帰ってこない……。 



 おっさんは食い続ける。

 コーラがなみなみと入ったバケツを持ち上げ、ごきゅごきゅと喉を鳴らしている。

 口のまわりからこぼれたコーラが泡立ちながらあごを伝っていく。


「プハーーーッ!! ゲプッ! ゲボボボボボボォーーッ」


 耳障りな音がして、はっと顔を上げる。


「ゲボッ! ゲゲゲッグーーーゲボボボッ」


 上に向けてゲップを連発しているが、吐き出してはいないようだ。


(人間とは思えないな……はっ!)


 俺の中で恐ろしい疑念が浮かんだ。



(まさか……ウンモ!?)


 ウンモ星人のスパイが俺たちの居場所を突き止めていやがったに違いない。


 だから、俺との相席を希望してやがったんだな。


(どこだ……こいつの仲間はどこにいる!?)


 フードコートにいた人たちは、テーブルを離して遠巻きに俺たちを見ていた。

 不快そうにこちらを見ているか、物珍しげに見てるかの二種類の反応しかなく、特に怪しい人物は見当たらない。


「グェェェーーーーップ!! ゴボボッ」


 上を向いてゲップしていたおっさんの口から、大量の肉塊が飛び出した。


(やべえ、とうとうゲロ吐きやがった!)


 避難しようと椅子から転がり落ちる。

 しかし、おっさんは吐いた肉を口でキャッチ。嬉しそうにそれを飲み込んだ。


 さすがの俺も怒りと殺意が沸き始めた。


 びびらせやがってこの野郎……!


「おい、おっさん。ちょっとおイタが過ぎるんじゃねーかよ?」


 俺は静かに口を開く。

 おっさんは食事する手を止め、きょとんとした表情でこちらを見た。


(あ、いかんいかん。他人との接し方を改善しようと昨日決心したばかりだったじゃないか)


 威圧的な口調になってしまったので、怒りを抑えつつ、フォローした。


「いや、そのね。責めてるわけじゃないんすよ。周りの人もいるじゃないっすか。もう少しマナーに気をつけたほうがお互い気持ち良い食事をできるんじゃないかと思うんですよ」

「……」


 眉をハの字にして、うつむいてしまうおっさん。

 重苦しい空気があたりに充満した。


(やばい! 傷つけてしまったか!?)


 もっと言い方に気をつけるべきだっただろうか。

 っていうか、どんだけ豆腐メンタルなんだよ、このおっさんは。


「言い方がきつくなってしまってすみません。でも、こんな料理を並べたら周囲の人も歩きにくいと思いますし……」


 できるだけ刺激しないよう、慎重に言葉を選んだ。


 おっさんは顔を上げると、


「グエエエエエエエエェェェェーーーーーッブボォッッッッッッ!!!」


 と、重低音の効いた巨大なゲップを放った。


「ぐわああぁっ!」


 俺は椅子ごとひっくりかえって、チキンライスの山に背中から突っ込んだ。

 大量のご飯粒とケチャップが水しぶきのように飛び散った。


「キャアアアアアーー!」


 誰かが叫び声を上げ、駆け出した。

 その慌てっぷりに触発されたのか、数人がそれに続き、わけもわからないまま周囲にあわせた人たちが乗っかって……。


 フードコートは、ハリウッド映画のクライマックスさながらの大パニックに包まれた。


 ジリリリリリリリリリ。

 非常ベルが鳴り響き、天井のスプリンクラーが一斉に放水した。


「冷てっ!」


 全身がずぶぬれになってしまった。


 誰だ、火災報知機を鳴らしたヤツは!



「キャーー!」

「オーマイガー」

「エンガチョオオォォォ!!!」


 誰だ今、『えんがちょ』って言ったヤツは。

 もしかしてあれって英語だったのか!?

 Yen God Chorkとか。


 って、そんなことはどーでもいい。

 これじゃまるで俺が悪者みてーじゃねーか。


 店内を駆け回る客、客、客。

 激しくぶつかりあった彼らによって床には食べ物や商品が散乱している。


 こんな騒ぎを起こしたら、俺が怒られるじゃねーかよ!

 どーすんだよ、クソが!


(このおっさんのせいで……!)


 振り返っておっさんをにらみつけた。


 さっきまで胃液を垂らしながら苦しそうにうめいていたおっさんは、別人のような真顔で立っていた。


(なんだこいつ……)



 ずぶ濡れの床の上をピチャピチャと音を立てながら、おっさんはこちらににじり寄ってきた。


(気持ち悪っ)



「ようやく二人きりになれたようだな……」


 ヤツは、そう言って不適に笑った。


 まさか、こいつは……?


「な、何者だ、テメエ!!」



 おっさんは口角を上げながら、「アイムゲイボーイ」とささやいた。




 また、ホモキャラか!!!

 いい加減にしろ!!



 俺は後ずさった。


 おっさんは体重がニ、三〇〇キロはあろうかという超ヘヴィ級。

 とてもじゃないが、腕力でかないそうにない。



 しかし、命の危機がないと、絶対時間モラトリアムは発動しない。


 どうやってこの場を切り抜ければいいのか。


 スプリンクラーでずぶ濡れになった俺の額を、一筋の汗が伝った。

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