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第七十話 <チャールズ番外編> その頃、二号車は


 午後になった。


 布団にしがみつく鈴木くんを引っぺがし、我々はホテルをチェックアウトした。


 ロビーを出ると、素晴らしい青空が広がっていた。

 決戦の幕開けに、幸先の良い快晴だ。


 昨夜の雪は、敵による何かしらの妨害工作ではないか。

 そう勘繰って各所に調査を依頼していたが、どうやら杞憂きゆうに終わったようだ。


 さて――。


 鈴木くんたちが車に向かうのを横目で見つつ大きく体を伸ばす。

 全身の隅々まで新鮮な血液が行き渡っていくのを感じて気持ちがいい。


 葉月くんと目が合った。

 彼女はうなずき、私の車に乗り込んだ。


 皆を待たせてはいけないな。

 運転席のドアを開け、どっかりと腰を下ろした。


 いい座り心地だ。

 後部の居住スペースほどではないものの、これなら長時間の運転でも負荷はかからないだろう。

 痔でダメージを受けている私の腰に非常に優しい。


 エンジンを始動し、シートベルトを通す。


「忘れ物はないかね?」

「はい」


 葉月くんがひょこっと顔を出した。

 彼女の返事は、歯切れが良くていつも気持ちがいい。


「OK」


 ナビをセットした。

 ルートは昨日の打ち合わせ通りだ。


 それでは、出発だ。

 二度三度パッシングして合図すると、私の前の一号車はゆっくりと発進した。


 我々二号車もそれに続く。




 ベガスの大通りは観光客でにぎわっていた。

 街を出るまで渋滞するかもしれない。


 ソファの葉月くんに声をかける。


「退屈ならテレビでもつけてくれたまえ」


「いえ、私は大丈夫です。それより、その……助手席行っちゃダメですか?」


 と意外な返事が返ってきた。

 居住スペースと比べ、ナビシートはお世辞にも居心地が良いとは言えない。


「ダメではないが、退屈しないかね」

「私、人と話すのが好きなんです。次の信号で前に行きますね」

「わかった」







 ホテルから離れるにつれ、建物と交通量は少しずつ減っていく。

 最初はカジノやホテルの派手な看板が消え、次に背の高いビルが消え――そしてとうとう何もなくなってしまった。


 あるのは空と地平線、そして道だけだ。

 雲ひとつない空は何かを祝福するように青く澄み渡っている。



 突然、一号車が速度を上げた。

 土煙を巻き上げながらぐいぐいと距離を離していく。


 一瞬奇襲を疑ったが、そういうわけではなさそうだ。

 渋滞で溜まった鬱憤うっぷんを晴らすというわけか。


(ならば私も――!)


 グン、とアクセルを踏み込んだ。

 これだけの大きな車体を物ともせずに、車は力強く加速した。


 かんかんと照りつける日差しが道路に濃い影を落とす。

 月面のような強いコントラストは不思議と心地よかった。


「怖くないかね?」

「はい! すっごく気持ちいいです!」


(気持ちいい? それは性的な意味でかね?)


 ついくだらんジョークが頭に浮かんでしまったが、口には出さなかった。


「……いえ、そういう気持ちいいじゃ……」


 葉月くんは頬を紅潮させながら言った。


 聴心リークで読まれてしまうほど強く思ってしまったらしい。


「すまない。今のは忘れてくれ。つい癖でな」

「は、はい。わかってます……」


「君の聴心リークは無意識の行動は読めないのだったね」

「はい。強く意識しているものや、言語化された意識は聞こえてくるんですけど……『ブレーキを踏もう』って思っても聞こえないです」

「ふむ」


 つまり、こういうことも可能なはずだ。

 私は運転しながら脳裏に映像を浮かべた。


「私が何を考えているか、わかるかね?」

「うーん……考えてるっていうか、絵を浮かべてますよね。人っぽい?」


 もう少し細部までイメージしなければならないようだ。


「これでどうだ?」


「あ、えました……裸の女の子……ってこれ、私じゃないですか!?」

「ご名答」

「ひどい! 私もっと胸ありますよ!?」


 葉月くんは運転の邪魔にならない程度に私を揺さぶる。


「すまんな。この業界にいるとついセクハラが増えてしまうのだ」

「……」

「怒っているかね?」

「……怒ってません! ところでチャールズさん、どうしてお尻を怪我したんですか?」


 私の脳裏に嫌な映像が浮かんだ。

 昨日カジノで出会った男にトイレで……。

 ああ、思い出したくない! おぞましい体験だ!


「ぷぷっ。なるほど。よくわかりました!」

「み、えたのか!?」

「それだけ強く思い出せば、も音も聞こえますよ」

「なんてこった……私を試したのかね?」


「何か隠してるのは昨日からえてたんですけど、いま初めてよくわかりました」

「な、なるほど」

「もうセクハラしないなら誰にも言いませんよ?」

「……わかりました」



 ぐうの音も出ない。


「さすがだな。君の稀能パーソナリティのお陰で、我々はこの少人数でも作戦を決行できるんだ。感謝している」

「そういうこと言われると緊張するんですけど……」

「適度な緊張は必要なものさ。この作戦が終わったら日常に戻ってゆっくり過ごせばいい。来年の受験も、国立大学なら試験を免除してもらえるよう口をいてやるさ」

「そ、それは大丈夫です。自分で勉強しないと大学行ってもしょうがないですから!」


 聴心リークを使えない私でもわかる。

 この表情、心から本音で言ってるのだろう。


「本当に君は関心な娘だ。鈴木くんにはもったいないな」

「ぶっ! ど、どうして凡ちゃんが出てくるんですか!?」


 大人っぽい顔を見せたり、子供のように慌てたり……羨ましいものだ。

 私にもあんな頃があったはずなのに、どこへ忘れていってしまったのだろう。


 胸ポケットからタバコをとって火をつけた。


けむかったら言ってくれ」

「私は大丈夫です。父も喫煙者ですから」


「気になっているんだろう?」

「え?」

「君は、鈴木くんのことを気になっているんだろう」

「ど、どうしてそういう話になるんですか!? 意味わかんなくないですか? だって凡ちゃん葵姫ききさんのこと好きなんですよ!?」


 私は鼻を鳴らして煙を吐いた。


「あっ、その態度何かイヤです! 感じ悪いですよ、チャールズさん!」

「フフ。若いな」

「……そういう言い方、ずるいと思います」

「そうかもしれないな」

「……」

「……」


 車は、ただ地平線目指して進んでいく。


「あの……」

「なんだね?」

「葵姫さん……もしも戻ってきたらどうするんですか?」


 どうする、か。

 いっそ『戻ってきても仲間に入れてあげないんですか?』って質問のほうが答えやすかったのに。

 私が口にしづらい質問にすれば、聞きたくもない『真実』を聞かずに済む、ってわけか。


 それでも私は告げなくてはならない。

 これからの戦いは命のやり取りになるかもしれない。

 規律を守れない人間の存在は、皆の安全をおびやかすだけだ。


「あ……や、やっぱりいいです」


 口を開こうとしたら、彼女はその質問を引っ込めて黙りこくってしまった。

 どう答えるか迷っているうちに、私の思考が彼女の脳に流れ込んでしまったのだろう。


「すまない。彼女はこれまで私たちのために頑張ってきてくれた。だからこそ、望まない戦いに無理に連れていこうとは思わなかったんだ」

「……はい」

「君にだって申し訳ないことをしたと思っている。日本にいた頃はただの高校生だったというのに」

「それはいいんです! 私が好きでついてきたわけだし……」

「ありがとう。君の稀能パーソナリティは我々の勝利の鍵だ。敵の思考を先読みできれば、私たちはどんな障壁だって全部乗り越えられる」

「……私にそんなことできるでしょうか」

「できるさ」

「……はい」


 やってもらわなくては困る。

 日本の、この星の未来のために――。


 しかし、希望の星のはずの彼女の表情は曇っていた。

 無理もない。彼女に与えられた使命は支えきれないほど大きいのだから。



「私の稀能パーソナリティは――」

「えっ?」

「私の稀能パーソナリティは、二つある」


「な、なんですか? 突然」

「ひとつは稀能計量リブラといって、他人の稀能パーソナリティの特性や強度を調べるものだ」

「は、はい」

「私たちは稀能パーソナリティを強度によってランク付けしている。君の稀能パーソナリティはとてつもなく強力なものだ」

「……」

「鈴木くんもね。彼の絶対時間モラトリアムも、葵姫くんの村正スラッシング」もクラス3に属する」

「クラス3……?」

「クラス1や2ならば、他人と稀能パーソナリティが被ることもある。例えばドクトルの毛唖流ケアルはクラス1だ。私の稀能パーソナリティもね」

「……」

「しかし、クラス3は唯一無二だ。君たちは神から選ばれた戦士と言っても過言ではない。それほどまでにクラス3は強力なんだ」

「そ、そうなんですか」


「そして私のもうひとつの稀能パーソナリティは、五感研磨アンプという」

五感研磨アンプ?」

「ああ。君の聴心リークほどではないが、五感を研ぎ澄ませることができる。私の感じているものを読み取ってみろ」


 私は五感研磨アンプを発動した。

 目が、耳が、鼻が、味覚が冴えてくる。


 前を走る一号車のナンバープレートのほこりの一粒一粒まで認識できるようになった。

 窓を開けると、地平の彼方の生き物の鳴き声まで聞き分けられるようになり、味覚はタバコの粒子のひとつひとつまで味を感じ取ってしまい、ぶっちゃけまずくなった。

 嗅覚は隣に座る葉月くんの下着の……「がはっ!」


 強烈なビンタを見舞われてしまった。


「……わかりましたから、もうやめてください」


 数十倍に増幅された痛覚のせいで、虫歯の数百倍の激痛が私を見舞う。

 発火しそうなほどまで体温が上昇し、心臓はスラッシュメタルバンド並の激しいビートで爆発しそうだ。

 次から次へと涙があふれ出てきて止まらない。


「ご、ごめんなさいっ! そんなに痛いなんて思わなくて」

「い、いいんら……わらひがわるはっは……」


 私は五感研磨アンプを取りやめた。

 五感は元に戻ったが、激しい痛みを脳が記憶してしまったのか、不快な後味が体に残った。


「本当にごめんなさいっ!」

「い、いや、大丈夫……だ。しかしこれで五感研磨アンプの効果はわかったと思う。

 上手に使えば、相手の血液の流れる音や、衣擦きぬずれの音でも相手の心理状況を探ることはできる」

「それで索敵さくてきや情報収集をしてたんですね」

「ああ。これに君の聴心リークが加われば、我々が敵に遅れをとることはないさ」


「……は、はい。がんばろう、と思います」



 あまり元気な返事ではないと思ったが、葉月くんの横顔はとても良い表情をしていた。

 戸惑いと、不安と……だけど誠意と覚悟を感じられる顔だ。

 葵姫くんのことで胸を痛めていることもわかるが、それでももう少し。もう数日だけ、彼女の厚意に甘えさせてもらおう。


 葉月くんにも鈴木くんにも悪いことをしたと思っている。

 大人の都合に振り回されっぱなしの異常な日常。

 異世界さえ出現しなければ、彼らも普通の学生生活を送れたろうに……鈴木くんは普通ではなさそうな気もするが。


「すまんな。色々と」

「……いえ。チャールズさんの心の声が聞こえてきましたから……ありがとうございます」


 懺悔ざんげの気持ちを強く意識してしまったせいか、彼女には聴こえてしまったらしい。

 感謝の気持ちが伝わることは嬉しいことでもあるが、それが彼女を追い込んでしまうのではないか。

 胸が強く痛んだ。


 車内は重い沈黙に包まれていた。


 話題を変えよう。そして、心も。


 チ●ポを出して場を和ませようとしたが、


「出さないでください」


 と制止されてしまい、私の行動は未遂に終わった。


「す、すまんな。ユーモアセンスにとぼしくて、こんなことしか思いつかなかったんだ」

「いえ、出したら本気で怒りましたけど、未遂ならちょっと面白かったです」


 久しぶりに彼女は白い歯を見せて笑った。

 つられて私も笑う。


「ははは。これは一本とられたな」

「くすくすっ」


 二人の笑い声が車内に響いた。


 いつの間にか、空は真っ赤に染まっていた。

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