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第七話 稀能(パーソナリティ)

「ちゃ、チャールズ……どうして……」

「黙っていて悪かった。稀能者インフェリオリティとしての君の資質を見るために、一芝居打たせてもらったんだ」

「し、芝居……?」

「ああ。ビグザムでも倒せないほど凶暴な異物マターが現れたのは想定外だった。怖い目に遭わせてしまい、すまなかった」

 謝られても、何のことだかさっぱりだ。


「あの……定員割れで慶包大学に入学したとはいえ、実質的な偏差値三十六の俺にもわかるよう説明してもらっていいすかね? 専門用語が多くて……」

「フフ、そうだったな。何から説明すれば良いやら……うむ、まずはあれを見てもらおうか」

 チャールズに招かれドアから顔を出したそこは、中央病院の駐車場だった。


 数十台のパトカー、救急車、そしてタクシーがひしめきあっている。

 玄関付近のガラスは割れたままで、制服を着た警察官がKEEP OUTのテープを貼ろうとしているところだった。

「……もしかして、あれって今日の出来事なんすか?」

「うむ」

「何週間も経ってるのかと思ったっす。あれだけの怪我が完治してるから……」

「ドクトル近藤のお陰だ。君が気を失っていたのは、十五分程度に過ぎない」

「えっ!? マジで!? たったの十五分!?」

 素直に驚いた。

 変な敬語を直すきっかけを得られないまま、質問を続ける。

「結構長い夢を見ていた気がするんすけど……」

「生死の狭間をさまよっていたからだろう。詳しい事情はあとで話す。もっと右のほうを見るんだ」

 右のほう……ああ、でっかいマグロが死んでたあたりか。

 ……おや?


「裸だ!!」


 思わず叫んでしまった。

 すごい数の人間が倒れている。しかも全員全裸。

 性別、年齢はバラバラだが、若い女もたくさんいるのがわかる!

 そして彼らの体を毛布でくるんでいく警察官たち。

 お、おい! 若い女の子を隠すな!

 俺に見せろ!!


 すぐにでも飛び出したいところが、チャールズが邪魔だ。

「あのー、遠くからじゃよくわからないんで、近くで見てきていいっすか?」

「近づくのはダメだ。被害者のプライバシーを損害する。何があったかわかったのなら、閉めるぞ」

「ちょい待ち!! 写真撮ったりしませんから、ちょっとだけオナシャス!」

「いかん」

「我慢できねーんだよおお!」

 裸を見たい一心で、俺はチャールズの脇をすり抜けようとした。

「ぎゃん!」

 ……しかし、後ろから凛夏に引っ張られて転んでしまった。

「リンポコ! てめえ!」

「やめなさい! この変態!! 他人のプライバシーを覗き見するなんて悪趣味じゃないの! あんただっておもらししたことを言いふらされたらイヤでしょ?」

「くそ~! さっきから俺の邪魔ばかりしやがって。だったら代わりにお前の裸を見てやろうじゃねーか! 隅々までな!」

 後ろを振り向いて凛夏をベッドに押し倒した。

「っ!? や、やめてよっ! ドクターとチャールズさんが見てるでしょっ!」

「人が見てるからええんじゃあ」

 外野を無視して凛夏の身体に触ろうとした瞬間、後ろからカチャリと聴こえた。


 凛夏の抵抗が突然和らいだ。

 なんだ?

 観念した割には驚いたような、恐れたような表情で目を見開いているな。

 これじゃ、わいのモーニングムスコ。も思わずしょんぼりや。

 やはり凛夏じゃあかん。葵姫さんみたいな可憐さ、色っぽさがねーんだよなー。

 かわいそうだし、ここらでやめておくか。

 ……おや?


 押し倒した凛夏のツインテールが宙に浮いている。

 いや、極々わずかだが、ゆーーーーーーっくりと重力に負けて落ちていく。

 ひょっとして……さっきのスローモーション現象?


 また何か起きたんじゃねーだろーな。


 胸騒ぎがして向き直ると、黒い物体が目の前に浮いている。

「ギャーッ! ……あれ」?

 ……ゴキブリかと思ったら違う。何だこりゃあ?


 視線の奥で、俺に銃を向けるチャールズ。

 銃口からは白い煙が立ち上る。


 ひょっとして、ひょっとすると、これは……鉛弾ってやつ、っすかね?

 目の前の物体にピントをあわせると、金属製の口紅のようなものがゆっくりと回転している。


 HAHAHA! ……当たったら死んじまうじゃねーか。

 笑ってる場合じゃねー。

 スローモーションになっていると言っても、命中する寸前じゃねーか。

 弾道の先に凛夏がいないことを確認し、かわす。


 時間の流れが戻る。

 車内に乾いた銃声が響き、俺をかすめた弾丸は後ろの壁にめり込んだ。

 ……ほっ。跳弾しなくてよかった。


 そんなことより、

「ちゃ、チャールズ! どうして俺を撃った!?」

 チャールズとドクトル、そしていつの間にか車外からこちらを覗き込んでいたマイエンジェルの三人が、顔をあわせた。

「確定だな。君は時間を操る稀能者インフェリオリティだ」

 銃をしまい、鋭い顔つきでチャールズは言い放った。

「何言ってるかわかんねーよ! 当たったら死んだかもしれねーんだぞ!」

「万が一命中してもすぐにドクトルが治す予定だった」

「リンポコに当たったらどーすんだよ!? なあ、おまえも何とか言っ……ん?」

「……えぐっ、えぐっ」

「あ……」

 凛夏は両手で顔を隠して泣いていた。

 目の前で発砲されたらそりゃ泣くほど怖いよな。

 チンパンジーとは言っても女の子なわけだし。

 どういうことなんだ、チャールズ。


「おい、立てよ。凛夏もなんか言ってやれ」

「……っ!」

 泣きながら首を振る。

 手を引いて無理やり立たせた時、凛夏が泣いていた理由がわかった。


「ウヒャーッヒャッジャ! ヒィーッヒッヒ! 高校生にもなってみっともねー」

 腹を抱えて笑う俺。

 すわり心地の良いソファの反対側では、バツが悪そうな顔の凛夏が座っている。

 俺たちは中央病院の院長室横にある応接間に通されていた。

 俺はTシャツ姿のままだったが、凛夏は私服のワンピースに着替えていた。

「うるせー! あんただって漏らしたじゃん! 大学生のくせに!」

「ハハハ、無駄無駄。俺にとっちゃおもらしなんか日常茶飯事だからな。今さら恥ずかしくもないわ」

「……っ!」

「なんだあ? おもらし姫のくせに反抗的な目つきだな。やっぱりお前はガキの頃と変わらねーな。胸も成長しねーし」

「……ばかっ! 死んじゃえ!」

 凛夏をからかって遊んでいると、ドアが開いた。

 チャールズとドクトル、ビグザム婦長、そしてマイエンジェルが入ってきた。何度見ても麗しい。

「待たせてしまってすまない」

 チャールズは俺たちの向かいのソファに腰を下ろした。

 俺と凛夏の間に空いたスペースにビグザム婦長が座る。

「葉月ちゃん、着替えは大丈夫? チャールズのことは厳しく叱っといたから怒らないであげてねえん」

 ドクトルとマイエンジェルはチャールズの後ろに立ったままだ。

 咳払いをしてチャールズが手帳を取り出した。

「改めて自己紹介をさせてもらおう。日本秘密情報部(NHJ)捜査官のチャールズ山田だ」

 手帳の一ページ目には、凛然りんぜんとしたチャールズの写真が載っていた。

「我々NHJは元々は諜報活動を行う組織だ。日本版007のようなものだと思ってもらえば話が早い」

「……はあ。そんな秘密組織なのに名刺なんて持ち歩いて良かったんすか?」

「オモチャで印刷した名刺なんて見ても、私のことを頭のおかしい人間だと思うだけだ。心配はいらない」

 いや、今朝の俺は俺は思いっきり信じちゃったんですけど。

 遠まわしにディスられてる気がするんだが。

「で、そんな秘密組織が俺に何の用すか? あと、あの化け物は何だったんすか?」

「うむ……」


「あれは異物マター。異世界からやって来た化け物」

 マイエンジェルがぼそっとつぶやいた。

 うーん、鈴のように美しい声だ。いつまでも聞いていたいね。

「マター? 股のことっすか? 太もも太もも」

 ついついマイエンジェルの脚に視線がいってしまう。

「……ふむ。我々の調査通りだな」

 俺と凛夏をのぞいた全員が静かにうなずく。

 調査通りって?

「鈴木凡太くん。よく聞いてくれ」

「は、はあ……」

「君は馬鹿だ」

 チャールズはきっぱりと言い切った。

 ば、馬鹿?

 自覚はあるが、ここまで真顔で言われるとさすがに傷つく。

「もう一度言おう。君は本物の馬鹿だ。騙されやすく、欲望に素直で、後先考えずに発言・行動する。そうだね?」

「は、はあ……」

「勉強も仕事もせずにダラダラと時間を垂れ流している。そのくせ自己顕示欲・承認欲求だけは一丁前で、努力もせずに他人からの評価を期待している。間違いないね?」

「そ、そうかもしれないすけど……」

 何なの、この公開処刑?

「異世界に逃げれば英雄になれたかもしれなかったのに、くすぶっているうちに機会を逃した。友人もいないから新しい情報も手に入らない」

「そ、そうっすね。ハハハ……」

 なんでみんなうなずいてるんだよ!!

 全部知ってたし、図星だけどよ……さすがにちょっと泣きそうっす。

 それでもチャールズは続ける。

「鈴木くん。君はカスだ。間違いないね?」

「は、はあ……ハハ、ハ」

 変な汗をかきながら愛想笑いを浮かべていると、凛夏が立ち上がった。

「どうしてそういうことばっか言うんですか!?」

 場が静かになった。

 みんなの視線が凛夏に集中する。俺もだけど。

 凛夏は俺の前に立って、チャールズに抗議した。


「黙って聞いていれば……いじめじゃないんですか、これは!」

 ワンピース越しにも形の良さがわかる、良い尻だ。

 凛夏のくせになかなかやるじゃねえか。

「凡ちゃんは確かにバカで変態ですけど、いいところだってたくさんあるんですよ!」

 やわらかそうな尻。

 こりゃたまらんのう。

「子供の頃からずっとそうでした! 私が蜂に刺されそうだった時にも代わりに刺されてくれたし」

 どんな感触なんだろう。

 ぷるんぷるんなのかな?

「凡ちゃんが私のあめった時だって、ちゃんと私のぶんは一個残してくれたし……」

 くう……。

 あと三十センチ手を伸ばしたら、ぷるんぷるんを触れるのか!

 しかし、ここで触ったら言い逃れできない、痴漢ちかんの現行犯になっちまう。

 しずまれ……! 鎮まれ、我が右手よ!!

「それにそれに、さっきだって、あのバケモノからだって身をていして私を守ってくれたんですよ! ……だよね? 凡ちゃ……」

 凛夏が勢いよくこちらを振り返った。

 その瞬間、そよ風が吹くように俺の右手に幸せな感触が通り過ぎていった。


 ……ふう。

 やわかかった。


 さんくす凛夏!

 マイエンジェルにはかなわないけど、おまえのこと見直したぜ!

「~~~~~~!!!!!」

 凛夏の顔が赤く染まった……かと思ったら、肌色の塊が矢のような速さで動いた。

「ひでぶッッ!!」

 鼻面にトーキックをぶち込まれてソファーごと俺は倒れた。

 壊れたソファから転がり落ちる。

「いててててて……!」

 また鼻血が出てやがる。おまけに後頭部まで打っちまった。

「何すんだよ! パーになったらどーすんだ!」

「うるさいっ! ばかっ! 人がせっかく心配してるのに、知らない!!」

 凛夏はぷいっと向き直り、「失礼します!!」と部屋を出て行った。


 あの野郎、命の恩人に向かってなんてことを……。

 でも、蹴りの瞬間パンツ見えちゃったもんね。

 一瞬だったけど。

「……どうしてスローモーションにならねーんだ?」

 さっきまで攻撃を受けるとゆっくりになってたのに。


「簡単なことだ。彼女の蹴りは君の致命傷にならなかったからだ」

 チャールズがタバコをくわえながら切り出した。

 どうやら彼には全ての事情がわかっているらしい。たぶん。

 壊れたソファを

「どういうことすか?」

「命の危機が迫った時、周囲の時間の流れを低速にする。それが君の稀能パーソナリティだ」

 煙を吐きながら、チャールズは言い切った。


 ……パーソナリティ?


「君はスローモーションと言っていたが、我々から見た君は風のように凄まじい速さで動いていたよ」

「どういうことすか?」

「体感時間が変わったんじゃない。君は自分以外の現実全てを遅くしていたんだ」

「……なるほど」

 大の大人の会話とは思えない荒唐無稽こうとうむけいさだったが、疑いは持たなかった。

 実際にウナギや銃撃をかわす時も、俺自身はいつもの速度で動けていた。

 あのわけわからん現象は、やっぱり俺が引き起こしていたのか……!


「物分りが良くて助かる。普通の人間ならばまず疑ってかかるような話だからな」

 なんかひっかかる言い方だ。

「俺がバカってことですか?」

「うむ。誇っていい。君は近年稀にみるダメ人間だ。しかもエロい」

「……うーん、虫ケラみたいな人生だったけど、大人からここまでストレートに言われたことはなかったから、きついんですが……」

「勘違いしてもらっては困る。褒めているのだ」

「……は?」

「どうやら稀能パーソナリティは、異世界から流入したエネルギーによって覚醒するらしい」

 えっと、俺みたいな能力を『稀能パーソナリティ』って呼ぶんだよな?

「そしてそれは常人には感知できない。ダメならダメなほど優秀な稀能パーソナリティを身につけるらしいことがわかったのだ」

「は、はあ。つまり俺はダメ人間だから、スローモーションの能力を身につけた、と?」

「スローモーションという言い方も変えよう。もっと厨二くさいものにしたほうがいい。葵姫」

 チャールズは体をひねって、マイエンジェルに話を振った。

「……何でしょうか」

 ああ、この冷たい表情。楽器みたいに美しい声。たまらんのう。

 床に座り込む俺を凛夏がにらんでた。

 やだやだ、これだから貧乳は。

「葵姫よ、彼の稀能パーソナリティに名前をつけてやってくれるか?」

「……わかりました」

 葵姫は無表情のまま考え込むような姿勢をとった。

 何しても様になる! 素晴らしい!

 凛夏が腕をつねってるが、愛の前ではこの程度の痛みは気にならぬ!

「『絶対時間モラトリアム』はいかがでしょうか」

「どうだね、鈴木くん? 君の稀能パーソナリティ絶対時間モラトリアムと名づけるのは」

「いいっすね! 最高っす! 前世からそう名づけられるのを待ってたっす!」

 マイエンジェルが名づけてくれるのなら何でも最高!

 稀能パーソナリティとやらがいまいち理解できていないところもあるけど、マイエンジェルとの距離が縮まった気がするぜ。

「……!?」

 チャールズの表情が険しくなった。

 今まで見たことがないくらい殺意に溢れている。

「な、何すか? 俺なんかまずいこと言っちゃったっすか?」

 チャールズはマイエンジェルとドクトルを交互に見た。

 二人とも真顔でうなずいた。

「なんてことだ……この短時間で二度なんて前例がないぞ」

 独り言かそうでないのかわからないような声でつぶやいて、チャールズは目をつぶる。

 一筋の脂汗が彼の額を伝い落ちた。

「……何を言ってるんすか?」

「しっ」

 ビグザム婦長は俺の口を塞いで、人差し指を口に当てた。

 その可愛らしい仕草に不気味さを感じつつも、「こりゃただ事じゃないな」と思った。

「屋上か。予想時刻は二分後……」

 チャールズが言い終える前に、マイエンジェルはダッシュで部屋を飛び出した。

 何だなんだ……?

 何が起こってるんだ?

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