第六十九話 カントリー・ロード
昨夜の雪が嘘のような晴れた朝だった。
例のごとく男子部屋に全員が集合し、チャールズがボードに地図を映し出していた。
「本日よりいよいよ我々は敵の本拠地、エリア5.1に向けて出発する。気を引き締めてもらいたい」
「はい!」
チャールズの問いかけに、凛夏、鎮鈴さん、ピビーたちは声を揃えた。
寝ぼけ半分の俺は、ベッドに腰掛けたまま首を振る。
「無理っす。眠いっす……」
何時に寝たと思ってんだっつーの。眠すぎもう無理。
「おやすみなはい……」
搾り出すように口にすると、強力磁石で吸い寄せられるように後頭部を枕に投げ出した。
眠りの国の甘い誘いが俺を包み込む。
「凡ちゃん、ダメだってば。ちゃんと起きて」
「なんでこんなに早起きなんだよ……午後出発でオナシャース。おやすみなさい」
「ダーメ! 早く起きて着替えるの!」
凛夏がぐいぐいと足を引っ張ってきた。
(やめろおおお!)
こうなったら徹底抗戦だ。
必死に枕にしがみついた。
「起きて!!」
(葵姫たんを失って傷心なんだよ! 寝坊くれーさせろ!!)
心の中でやけくそに叫んだ。
「……っ!」
……おや?
引っ張られなくなったぞ。
心地よくまどろみに身をゆだねていく。
「あの……大事なこと忘れてました。凡ちゃん、昨夜の雪で冷え切っちゃって、体調が良くないんです。もう少しだけ寝かせてあげられませんか?」
「凛夏くんがそう言うのなら……皆はどうだ?」
「僕は構わないよ」
「あたしも」
「ふむ。皆がそうなら良いだろう。じゃあ、出発は四時間後の正午に変更だ。鈴木くんを除くメンバーはそれまでに各種手配を済ませておいてくれ」
「はい!」
「了解!」
(……? 凛夏が助けてくれたのか……これで眠れ……)
そして何も聞こえなくなった。
太陽が真上に昇った頃、ホテルをチェックアウトすると、チャールズが手配した車がホテル前に横付けられていた。
「うおー! すっげえ! でけえー!」
それは、大型のキャンピングカーだった。
いや、小型のトレーラーハウスと言ったほうが近いかもしれない。
俺のアパートよりは確実に広い。
それも二台。
すごすぎる!!
ドアを開けると、居間のような内装が目に入った。
横になれるほど大きなソファの向かいに、四人がけのテーブルが備え付けられている。
壁には大型のテレビがはめ込まれていた。
天井のサンルーフのお陰で電灯をつけなくても十分に明るい。
車両後部にはキッチンがある。小さな窓の下はステンレスのシンク。
壁際には大型の冷蔵庫が設置されていた。
通路を挟んだ反対側にはトイレとバスルームが、そして最後部は寝室になっていた。
二段ベッドつきの部屋が二部屋。
車が二台あるから、八人パーティーまでは快適に過ごすことができるというわけだ。
「マジかよ! これで行くの? ヤッター!!」
修学旅行前に似たワクワク感で胸がいっぱいになった。
「凡ちゃん、遊びじゃないのよ?」
「うるせーなー。どんなもんでも楽しまねーと損だぞ」
「さて、見ての通り車は二台ある。私が一号車を、ピビーくんに二号車を運転してもらう」
なるほど。ピビーは嫌いだから一号車に乗ることに決めた。
「鈴木くんは二号車に乗ってくれ。葉月くんと鎮鈴くんは」
「異議あり!!」
すかさず手を上げる。
「なんだね?」
「どうして俺が二号車なんすか?」
「不服かね?」
「そりゃ不服っすよ! 俺は何でもナンバー1じゃないと気がすまないんすから。一号車でしょ、俺みたいな男は」
「わかった。じゃあ、鈴木くんとピビーくんは一号車に乗ってくれ。私は二号車に……」
「異議あり!!!」
俺は再び手を上げた。
「なんだね?」
「どうしてチャールズが二号車なんすか?」
「……鈴木くん。もしかして君は」
イエス! ピビーは嫌いなんだ。
「ゲイなのか? わ、私の体はやらんぞ! ケツの傷も癒えてないんで勘弁してくれ」
「!!?」
な、何故だ!?
「どういうことっすか!? 俺が葵姫たん命なのはチャールズも知ってるでしょ! どうして俺がゲイなんすか!?」
「葵姫くんが去ったショックで男色に走ったのだろう?」
「違ぇーよ!!! クソが!! もういい! 俺は一号車に乗る!」
「うむ、頼んだぞ」
しまった!
売り言葉に買い言葉でピビーと同じ車になっちまった!
ピビーは何かムカつく笑顔で右手を差し出してくる。
「よろしくな、鈴木くん」
俺はこいつが苦手なのに、何でこいつは嬉しそうなんだ。
「……夜露死苦」
むっとした顔でピビーの右手をぎゅっと握り返した。
そして全力を込めて握り締める。
ぎゅううぅぅぅぅぅ……!
(これでどうだ……!)
「ははは。痛いよ鈴木くん。……ん?」
ピビーの右手はするりと俺の手のひらから抜け出した。
そして彼は自分の手をじっと見つめる。
「……何だよ」
「いや、何でもないよ。君は握力が強いね」
!!!
マジか! こいつなかなかわかってるじゃねーか。
中学の体育テストで握力が弱かった俺は、毎日チ●ポを握って鍛えてきたのだが……その成果が出ていたんだな!
(やるな、俺! 努力は実る!)
「凡ちゃん、それは努力じゃないよ」
「うるせー!! おまえは俺が考えてることがわかるのか!?」
「顔を見れば大体想像つくよ」
「じゃあ、何を考えてたんだよ!? 俺が何を握って鍛えたのか言ってみろ!!」
「鈴木くん、それはセクハラよ」
凛夏に詰め寄ると鎮鈴さんが俺の肩越しに冷たい声でささやく。
「鎮鈴さんまで! 俺が考えてることがわかるんすか!?」
「顔を見ればわかるわよ」
「……くっ」
クソが!!
どいつもこいつも人を変質者扱いしやがって!
そうこうしているうちに、一号車には鎮鈴さんが、二号車には凛夏が乗ることに決まった。
「じゃ、振り分けも決まったし行こうか!」
俺の肩に手をまわして鎮鈴さんが笑った。
こうしてピクニックへ出発するような緊張感のない空気のまま、俺たちは出発した。
不毛な荒野がどこまでも続いていた。
赤茶色の土に、生気のない草がぽつぽつと生えている。
雲ひとつない青空が頭上を覆い尽くしている。
路面のギャップで揺られながら車は砂漠を進んでいった。
出発直後はトイレやバスを覗いてみたり、テレビをつけてみたりベッドに横になったりとキャンピングカーを楽しんでいたが、二時間もしたら飽きた。
「で、シュウド修道院まではどのくらいかかるんすか?」
冷蔵庫からサイダーを出して、ソファにふんぞり返った。
「早ければ明後日には到着するよ」
振り返りもせずピビーはそう答えた。
え?
「明後日!!!?」
驚いて大声を上げてしまった。
「静かにしてよー。テレビが聞こえないでしょー」
「ちょっと待ってくださいよ! 今日明日に着くんじゃないの!?」
「今日明日に着かないから、こんな車を用意するんだよ」
げげげげ!
マジかよ!
こんなところで二日過ごすなんて、暇すぎて死ぬぞ!!
「エコノミークラス症候群になっちまいますよ!?」
「寝室で横になっていれば問題ない。それに寝不足なんだろう?」
「そういう問題じゃなくて、暇だってことです! 外はずっと砂漠だし!」
「夜は星が綺麗だよ」
「そういうの抜きで退屈なんすよ! 葵姫たんもいねえし……わいはもうダメや」
空気の抜けた浮き輪のようにやる気がなくなった俺は、ソファに横になって眠りについた。
悪路を揺られて数時間。
急ブレーキの勢いで戸棚に頭を強打した。
「痛てて……何すか」
運転席に乗り出して文句を言うと、フロントガラスの向こうで微笑む葵姫たんの姿が見えた。
「えっ、嘘!?」
慌てて外に飛び出す。
葵姫たんはにっこり笑って胸に飛び込んできた。
「うおおおおおおおおお!!」
興奮の絶頂が訪れ――ず、悲しい事実に気づいてしまった。
(夢か……)
葵姫たんはおらず、目の前には薄暗い天井しか見えなかった。
日が傾いてきたらしい。
ガタガタとした振動がソファ越しに背中に伝わってくる。
(夢でもいいから葵姫たんとチューしたかったなあ。チューっていうか、それ以上な。性的な意味で)
はあ。
葵姫たんは今頃日本へ向かってるのかな。
元の世界に帰るんだろうか。
ウンモ野郎どもをやっつけたら葵姫たんに会いに行かないとなー。
それにしてもずいぶん静かだな。
室内灯もついていないし、いつの間にかテレビも消えている。
「ピビー」
「おはよう、鈴木くん。あとちょっとで買い出しするから、そのまま起きていてくれ」
「鎮鈴さんは?」
「寝てるんじゃないか? ちょうどいいから起こしてくれないか」
「はいはい」
室内灯をつけて寝室へ向かう。
と思ったら、シャワールームの電気がついていて、中からはシャワーの音が聞こえた。
「起きてんじゃん」
ふと、目に入ったキッチンの窓から外を覗いた。
視界一面に広がる広大な砂漠。地平線に連なる岩山。
そして空を茜色に染めながらゆらめく夕陽。
「太陽でけえ!」
雄大で感動的な光景だった。
(やっぱ旅行ってのはいいなー)
旅行じゃないけど。
「よし、旅行の醍醐味つったら、あとは女だな」
シャワーを覗くことにしよう。
据え膳食わぬは男の恥。
鎮鈴さんの大人の肢体を見せていただきますかね。
(しかし、どうやって……)
シャワールームは密閉されている。
少しでも開けたらバレバレだし、車内に水が飛び散ってしまう危険もある。
しかしチャンスはあるはずだ。
バスタオルと着替えが置いてあるということは、彼女は全裸で出てくるという証拠。
そこを押さえれば……!
(あっ! そうか)
単純なことだ。
眠っているふりをすればいい。
衣服があるということは、俺が寝ている時に服を脱いでシャワールームに入ったというわけだ。
眠っていれば警戒されないはず。
物音を立てずにソファに戻って薄目を開けていればいいだけだ。
(ついでにスマホで録画しておけば、夜のお供としてもバッチリよ)
泥棒みたいな抜き足でシャワールームの前を離れる。
と思ったら水の音がしなくなり、勢いよく扉が開いた。
「あっ……」
素っ裸の鎮鈴さんと目が合った。
(やべっ! ラッキーだけど、やばい!)
彼女は拳法の達人である。
その気になれば俺のタマタマくらいは粉々に粉砕する攻撃力を持っているだろう。
絶対時間は発動するだろうか。
タマタマ蹴られたら命に関わるし、多分大丈夫だよ、な?
両手を下ろして股間をガード。
しかし彼女の反応は俺の予想とは全く違った。
「あら、起きてたの?」
体を隠すこともせず、彼女は手に取ったタオルで髪を包んだ。
「え?」
とりあえずガン見しておこう。
「ピビーから聞いた? 食料とか買い込むから、力仕事になるわよ」
それはいいけど、丸見えなんですが。
「いいんすか?」
「え? 別にあたしが積むわけじゃないし」
「そういう意味じゃなくて……」
吹き終えた髪にタオルを巻きつけ、今度はバスタオルを広げている。
「全部見えてるんすけど……」
「え? あー、そういうことね」
彼女はカラカラ笑う。
「童貞小僧に見られたって何か減るわけじゃないし。触らなければ気にならないわ」
マジか!!
エンジェル!!!
「せ、せっかくなので近くで拝見させていただいてよろしいですかね?」
「……キモッ」
「せめて写真か動画を!」
「……」
体を拭く手を止めて、鎮鈴さんは俺を睨んだ。
「……潰すよ?」
(ヒイッ!?)
やっぱり!
この女、わいのタマタマを狙ってやがる!
それだけはやらせるわけにはいかんのだ!
「す、すいません。横になってます」
女のガン飛ばしに負け、俺はすごすごとソファに戻った。
(ちくしょー! あのクソアマ……脳内で葵姫たんの顔と合体させてアイコラにしてやる!)
悲しい気持ちのまま俺はドナドナ気分で揺られていた。
そして揺られること数分、俺たちを乗せた車は巨大なショッピングモールに到着した。
「鈴木くん、着いたぞ」
「ここは修道院までの最後の拠点だからね。忘れ物ないように道具を揃えてね」
「ウィース」
車を降りて、固まりきった筋肉をほぐす。
山の向こうに陽は沈み、空は藍色に染まりきっていた。
すっかり夜だ。
それにしても、駄々広い駐車場だ。
サービスエリアの数倍はあるだろう。
相変わらず周囲は砂漠だが、道には街灯が設置され建物もいくつも建っている。
暗い砂漠で未来都市のように輝くこのショッピングモールは近隣の人たちにとっては命綱なんだろうな。
「凡ちゃーん」
「凛夏か」
「見て見て!」
頭上には星が広がっていた。
「……すげえ!」
広がっていたなんてレベルじゃない。
光る砂を空にぶちまけたような星空だ。
「あれ、天の川かな?」
モヤがかった光がぼうっと浮かんでいた。
「知らんけど……超綺麗だな」
「はいはい、二人とも星はあとでゆっくり見て。買い物が先よ」
「はーい」
「鈴木くん、私は二台を給油してくる。鎮鈴くんたちに従って買い物を進めてくれ」
「了解っすー」
チャールズは一号車に乗り込んでガソリンスタンドへ向かった。
「鈴木くん、行くわよ」
鎮鈴さんとピビーが手を振っている。
「んじゃ、俺たちも行くか」
「うん!」




