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第六十八話 <凛夏番外編> 憂鬱

 私は、窓から街を見下ろしていた。


 深夜になっても街は明るいままだ。

 数時間前よりだいぶ静かになったけれど、それでも人通りが完全に途切れることはなかった。


 たった今も、楽しそうに盛り上がる数人のグループや、どこか怪しい小走りの男の人や、タクシーに乗り込む女性三人組が目に入る。


 あちこちに視線を張り巡らせても、私が期待している人は現れない。


(凡ちゃん、遅いなぁ)


 ふうっとため息をつく。

 ため息をついたら幸せが逃げる――そう教えられて育ったから、できるだけため息はつかないようにしたいんだけど。


 葵姫さんがいなくなってしまって誰よりも寂しいのは私自身なのに、どこかで凡ちゃんと彼女のすれ違いを期待している自分もいて。

 複雑な心境だ。




 葵姫さんはとても良い友人だ。

 凡ちゃんが入国するまでの一ヶ月、年齢の近い彼女とは様々な話題で盛り上がった。


 クラスメートや部活のこと、バイトのこと、そして――恋愛のこと。


 はっきり言って私は恋愛にはうとい。

 そのことを葵姫さんに告白し、彼女も同じだと言われた時は正直信じられなかった。


 葵姫さんは女の私が見惚れてしまいそうなくらいに美人だから。

 あの細い腕も、足も、白い肌も、私よりある胸も、全てがうらやましかった。

 勉強だってできるし、運動神経も抜群だ。

 おまけに聞き上手で博学だ。

 私が勝っているところなんて、気の強さと髪の長さくらいだ。

 いや、髪質だって負けてるから、実質勝ってるのは気の強さだけ。


 そんなの自慢になりはしない。


「葵姫さんも彼氏がいたことないの? 嘘でしょ!?」


 二人で出かけたレストランで、思わず立ち上がってしまったっけ。

 こういうオーバーリアクションなところも私の短所だ。


 彼女は


「私はずっと一人ぼっちだから」


 と言って、ティーカップを持ち上げた。


 その時、『葵姫さんの心の声』が私の脳内に聞こえてきた。


(いけない――!)


 心の耳を塞がないと!

 そう思っても、後の祭りだ。


 意識しちゃいけないと思えば思うほどかえって意識は強くなり、次々とそれは私の心に流れ込んでくる。


 紅茶をすすりながら彼女は過去の体験を思い出しているのだろう。


 彼女の心の声は私の脳内で像を結び、鮮明な映像として浮かび上がる。

 それは、私の想像とはまるで異なるものだった。



 裕福で厳しい家に生まれた葵姫さんは、幼少の頃から友達と遊ぶことすら許されず勉強と習い事に明け暮れる毎日だった。

 それでも小学生まではまだましだった。

 中学に上がると悪い方向に状況は変わる。

 文武両道、そして何より美人すぎる彼女は妬みの対象となり、陰湿ないじめの対象となってしまう。

 女子からは嫌われ、私物を隠されたり壊されることもしばしばだった。

 彼女が泣くと、いじめっ子たちは心底嬉しそうに物を返してくれる。

 いつしか嘘泣きが得意になった。

 最初のうちは彼女をかばっていた男子たちも、いじめで下着姿にされたことをきっかけに性的な目で見てくるようになる。


 彼女は悩みを誰かに相談することすらできなかった。

 唯一できたのは、自分を押し殺してなるべく人目につかないよう地味に振舞うことだけだった。


 心を閉じた彼女は内向的になっていき、理想とのギャップに苦しみ始めた。

 彼女の理想とは、自らの力で未来を切り開くスーパーヒーローや歴史上の偉人たちだった。

 その頃、自分の稀能パーソナリティに目覚めた彼女は家を出て組織に参加したのだ。


 それをきっかけに彼女は理想の自分へのイメチェンを計る。

 泣き虫な自分を殺し、クールに徹した。

 自分の身は自分で守り、過去の自分のような弱い人間を助けてきた。

 異物マターの排除だけでなく、犯罪者の成敗や、見知らぬ子供をいじめから守るためにも稀能パーソナリティを使ってきた。





「……どうしたの?」


 その一言で我に返った。


「えっ?」

「悩み事?」


 葵姫さんの深い瞳が私に向けられる。

 私の表情が曇っていたからか、力になりたいと思ってくれているのがわかった。


(違うの。これは――)


 辛い過去を持ちながらそんなことはおくびにも出さず、目の前の相手を心配してくれる。

 葵姫さんはそのとっつきにくい雰囲気からは想像もつかないほど強く、優しい人なんだろう。


 罪悪感と自己嫌悪に襲われ、私を頭を抱えてしまった。




 私が稀能パーソナリティはわずか数日前のこと。


 凡ちゃんと再会してから次々と不思議な体験に巻き込まれてからのことだ。

 怪物に襲われて、不思議な世界にやって来てもう一人の自分と出会って――。


 頭の中が混乱して、どこまでが夢かわからなくなっていた。


 知りたかった。自分が置かれている状況を。


 そして、私を非日常に連れてきた張本人――昔、大好きだった幼馴染の気持ちを。


『知りたい――』


 そう強く願った私に、突然他人の心の声が聞こえてくるようになった。

 こちらの世界の私や葵姫さん、お母さん、婦長――みんなが思っていることがイメージになって浮かぶのだ。


 最初はパニックで幻聴が聞こえているのかと思ったけれど、そうじゃないことがわかった。



 そして私は恐怖した。


 凡ちゃんが帰ってきたらどうしよう。

 ただでさえ裸を見られてどう接していいかわからないのに、もしも聞きたくない声が聞こえてしまったら――。



 きっと私のこの能力は『稀能パーソナリティ』というものなのだろう。


 こんな能力、いらない!

 チャールズさんなら手放し方を教えてくれるかもしれない。


 チャールズさんは最初は驚いた様子だったけれど真面目に話を聞いてくれた。

 そしていくつかの検証テストを行ったあと、私の稀能パーソナリティは『聴心リーク』と名づけられる。


 彼は教えてくれた。

 稀能パーソナリティがなくなったケースはあるけれど、自在に失う方法は確立されていないこと。

 そして、聴心リークがこれからの戦いに役立つ能力であることを。

 訓練すれば能力をコントロールできるはずだとも言ってくれた。



 チャールズさんには悪いけれど、彼の心の中を覗いた。

 嘘はついていなかった。


 だから私は彼を信じることにした。

 聴心リークのコントロールは、意外にも二日程度で習得できた。


 相手の無意識の動作や、悪意のある感情にはできるだけ強めのフィルターをかける。

 最初は街中を歩くだけで周囲の人たちの心の言葉が頭に流れ込んできてノイローゼになりそうだったけれど、コツを掴んだら安眠できるようにもなった。


 そして心配していた凡ちゃんとの再会も、拍子抜けしてしまうほどあっさりしていた。


 人間誰しも二面性があるというのに、彼にはほとんどそれがなかった。

 どうしようもないことばかり考えている変態だけど、 発言内容と本音がほぼイコールだから、信用することができる。それだけは本当に安心なんだ。


 さすがに彼の深い心までは探るのが怖いから、踏み込まないようにしているけれど。





 話を戻します。

 今、葵姫さんの過去を見てしまったことで私は激しい罪悪感にさいなまれた。


 彼女はきょとんとした様子で私を見つめる。


(ああ、私を心配する心の声が聞こえる……そんな必要ないのに)



 葵姫さんの心の中には様々な感情が同居しているのがわかった。

 だけど、それらの中心にある一番大きなものは『友達がほしい』という感情だった。



(私だって、葵姫さんと友達になりたい。彼女の望みは簡単に叶えてあげられるのに)


 だけど脈絡もなく突然「私が悩んでいるのはあなたのこと。あなたの友達になってあげたいの」なんて言ったらどんな目で見られるんだろう。

 上から目線と思われてしまうかもしれない。

 気持ち悪いサイコパス女だと思われてしまうかもしれない。


(情報ってなくても困るけど、あっても困ることがあるんだ)


 聴心リークのことは、他人には話さないほうが良いとチャールズさんは言っていた。私も同意見だ。

 私だってもしも逆の立場だったら、自分の心を覗かれるなんていい気がしないし。


「凛夏さん? 具合が悪いの?」


 ああ、とうとう言葉に出されてしまった。

 葵姫さんが心底私のことを心配し、力になろうとしてくれているのがわかる。


 彼女は強い人間だ。

 他人が困っているようだったら、自分のことを放り出してでも救いたいと願えるような強い人間。


(また胸が苦しくなってきた……)


 彼女の心を覗き見てしまった罪悪感。

 こんなに良い人の前で私は隠し事をしている。彼女は何ひとつ隠し事なんてしていないというのに。


「……葵姫さん、ごめんなさい」

「??」

「私のことを気持ち悪いと思ったら、距離を置いてくれていいから」

「……何の話?」

「私は葵姫さんと友達になりたいと思ってるの。だから、驚かないで聞いてください――」





 あの日、葵姫さんは拒否するどころか、泣きながら私を抱きしめてくれた。

 口下手な自分を理解してもらえた嬉しさと、人の心がわかってしまう私の苦しみを共有したいという思いを伝えてくれた。


 彼女の涙も言葉も、全て本音だと思った。

 聴心リークが発動しないよう必死に抑えながら、本心で彼女を信じたいと思った。


 あれから私と葵姫さんは親友になった。


 そのお陰で私は、ある程度なら聴心リークのコントロールもできるようになったと思う。



 気を緩めると聴心リークは勝手に発動し、周囲の人たちの考えていることを私に伝えてくる。

 しかし、葵姫さんが近くにいる時は、できる限りそれを制御して普通の友人として接してきたつもりだ。


 それがいけなかったのだろうか。


(葵姫さんがいなくなる寸前、何を求めていたのか気づけなかった――)



 聴心リークを持っている私は彼女のSOSに応えることができたはずだ。

 私の能力を知っている彼女は、SOSに気づけなかった私を冷たい人間だと思ったのだろうか。


 チャールズさんはこう言った。


『君の聴心リークは敵からの情報を引き出すための稀能パーソナリティだ。葵姫くんの甘えに応えるためのものではない」と。

 それもひとつの正論なのかもしれない。


 だけど、溜め込んだまま無理してしまう仲間のSOSにいち早く気づいてあげるのも私の仕事ではないのか。

 結果的にこうして戦力を失ってしまうのは、チャールズさんだって不本意だろうし……。



(人付き合いって難しい……)



 深くついたため息が、白くなって消える。


(それにしても寒い……あっ)


 よく見ると、きらきらと輝くものが空から降ってくる。

 雪だ。


(まだ秋なのに……アメリカでは普通なのかな)


 そう思った直後にそれを否定する。


(ここは砂漠なのに! 雪なんておかしいよね)


 何かあったのだろうか。


 静かな空に、葵姫さんの寂しそうな顔が浮かんだように感じた。

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