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第六十七話 砂漠に降る雪


 葵姫たんを殺して……しまった?


(ま、まさか……?)


 彼女の男性恐怖症は並のものではない。

 異性の肌と直接触れ合うだけでショックで心臓が停止してしまうのだ。


 以前、毛唖流ケアル稀能パーソナリティで彼女を蘇生させてくれたドクトルはもういない。


(つまり……葵姫たんは、本当に死――?)


 永遠と感じられた一瞬から我に返る。

 葵姫たんから慌てて体を離して立ち上がった。


「き、葵姫たん……」


 どうする。脈をとってみるか……?


 周囲に人気ひとけがないことを確認する。


(もしも、息をしていなかったら……)


 嫌な汗が噴き出してきた。


 落ち着け。落ち着くんだ。むしろ、今なら救急車が間に合うかもしれない。



(早く確認するんだ!!)


 何かあってからじゃ遅い。


 意を決して、葵姫たんに手を伸ばした。

 袖から覗いている彼女の手首。

 それに触れた途端に感じる彼女の体温が、なんだか俺を切ない気持ちにさせる。


 さて、脈を測――。



「!!!!?



 地面に横たわる葵姫たんの瞳が、こちらを見ていた。


「わわっ!?」


 驚いて尻餅をついてしまう。


「……」


 無言のまま立ち上がった葵姫たんは、地面に散乱した荷物を拾い集めた。


「て、手伝うよ」


 俺は彼女に背を向け、少し離れたところに転がった水筒を手に取る。


(い、生きてる……?)


 嬉しさなのか緊張なのかわからず混乱しながら、今度はタオルに手を伸ばす。


 背後からは彼女が物を拾う気配だけが伝わってきて、言葉ひとつかけられない。


「こ、これで最後かな」


 荷物を一通り集め終えて葵姫たんに渡すと、彼女は憂いを帯びた表情で


「ありがとう」


 とつぶやいた。


 彼女の長く美しい黒髪が汗で少し乱れていた。

 そんな姿でさえも様になっていて、ついつい見惚みとれてしまう。


(やべえ、やっぱ葵姫たんって可愛い……アヘアヘ)


 そんなことより、彼女を連れ戻さないと。

 そのためには……どうすりゃいいんだ?

 まずは家出の原因から聞くべきか?

 ていうか、俺が触ったのにショック死しなかったのは何で?


 うーん、頭がこんがらがって……やばいな。このままじゃ葵姫たんがまた逃げたら……。



 しかし、彼女は逃げる素振りを見せなかった。

 荷物をバッグにしまい終えても、黙って俺を見つめていた。


 冷たい風が二人の間を吹きぬけた。


 寒い。このままじゃ二人とも風邪でやられちまう。

 とにかく何か話さねーと。


「……あの、その」


 沈黙を破ったのは俺だ。

 しかし、緊張で何から話していいのかわからない。


「はい」


 葵姫たんは透き通るような声で俺に返した。

 軍隊的で抑揚よくようのない『はい』ではなく、普通の女の子って感じの『はい』。


 これが彼女の『本当の声』なのだろうか。


(うおおおおお! エンジェルボイスきたああああああああ!!!)


 真面目な話をしようとしたのに、またみなぎってきた! ……性的な意味で。

 こりゃあかん。あかんで……!



 深~い、深呼吸をして心を落ち着かせる。


 すぅー、はぁー。


 もう一回。


 すぅー、はぁー。


 これで冷静になったはずだ。

 葵姫たんには……俺たちの場所に帰ってきてもらわねば。


「あの、聞いてほしい話があるんだ。そ、その……お、驚かないでくださいね」


 何だこのキモい口調は!

 真顔、真顔でダンディにいかなくては……。


「はい」


 でも葵姫たんはすぐに返事をしてくれた。

 気のせいか、いつもより穏やかで優しそうな目をしているような……?


 それにしても、彼女は本当に美しい。

 姿勢もよく、立ち居振る舞いは年齢から考えられない気品に満ちていた。


 張った胸の膨らみが柔らかそうに俺を呼んでいる。


 俺はコホンと咳払いし、真顔で言った。






「その……おっぱい……触らせてくれませんか?」

「えっ」


 口にした瞬間、血の気が引いた。


 しまったあぁあああ!

 やっちまった!!!


 つい胸に気をとられて……違うんだ、こんな話をしたいわけじゃないのに。

 どうして俺の脳には理性が備わってないんだ!!


 フォローしないと。


「ち、違うんです! 今のは!!」

「は、はい……」


 さすがの葵姫たんもちょっとたじろいでいる。ちょっとじゃないな。ドン引きしてるといっていい。

 無表情でクールな彼女も美しかったが、感情を宿らせた彼女はさらに可愛い!


(いかんいかん、反省しないと。これではサイコパスだ)


「いや、その……誤解です! な、生ってわけじゃないです!! もちろん最初は下着の上からでいいんです」


 何を口走ってんだ!?

 どうなってんだ、俺!?

 おかしいのは口か? 頭か!?


 アレか!?

 まさか敵の稀能パーソナリティで操られてるのか!? 俺は!


「……」


 ああ、軽蔑けいべつの表情で見ていらっしゃる。


 後悔竿がたず……。



 姿勢を正して頭を下げる。


「ご、ごめん! 悪気はないんだ。葵姫たんが魅力的だからつい……」

「……」


「どうかしてた。ごめん。許してくれ」

「……はい」


 ほんのわずかだが、彼女は首を縦に振った。

 許してくれたはずだ。うん。


 ……ほっと胸をで下ろす。


「あ、ありがとう。気が動転してつい無神経なことを。おっぱいだなんて無神経だった。まずはパンツをくれないか」


 !!?

 どうなってんだ俺の口! 思考!


 どうしてこんなことしか言えないんだ!?

 まるで葵姫たんのおっぱいとパンツにしか興味がないみたいじゃないか!

 違うんだ! 誤解なんだ!


「……」


 もしかして、怒ってらっしゃる?

 当然ですよね。


「し、失礼しました! 大好きな葵姫たんと二人きりで緊張に耐え切れず……申し訳ございません」


 額を地面にこすりつけて土下座する。


「……」

「悪気はなかったんでございます」

「……」


 俺は葵姫たんの顔を見上げた。


「葵姫たんに戻ってきてほしくて……」

「……」


 葵姫たんはしゃがみこむ。

 顔を上げた俺と、視線があった。


 彼女はかすかに微笑んでいた。

 そして、言った。


「ありがとう。でも私……」


 後ろにいくにつれ彼女の声はか細くなっていく。


「頼む!! 戻ってきてほしいんだ。俺たちは仲間じゃねーか! 葵姫たんがいないとダメなんだよ!」

「……」

「チャールズが何か言うならぶん殴ってやるからさ! つーか、あいつホテルの便所で外人に掘られてたっぽいしさ! そのネタでおどせばイッパツだって!」

「……」


 葵姫たんはくすりと笑った。


(やべええええええ!!! 笑顔超かわいいいいいいいい!!!!!)


 いかん、平常心を保たねば。

 また暴走してしまってはおしまいだ。


(チャールズが掘られたネタがツボだったようだな。これで攻めてみよう)


「マジだって! スロットマシンで遊んでたら外人に話しかけられてさ。フレンドリーで二人で便所に消えちまったんだよ」

「はい」

「んでよ、ケツを押さえながら便所から出てきてさー、ありゃ爆笑もんだね。ちなみに報酬で百ドルもらった模様」

「はい」

「しかもヘンな気功できるヤツにケツの治療してもらってやがんのよ! 亀頭の次に気功ってか? ハハハハ」

「はい」


 おかしいな、ウケねー。

 また表情が曇ってきてる気がする。


「ご、ごめん。ケツが治った話じゃ面白くないよな。じゃあさ、俺がもう一回チャールズのケツを破壊してやるよ! ホテルの外に剣山みたいのあったじゃん。あれでぶっ刺せばイチコロだろ?」

「……」


 苦笑いしながら一人で盛り上がる俺に反して、葵姫たんの瞳には涙が浮かんでいる。


「ど、どうしたんだよ? チャールズのケツを破壊しちゃまずい系?」

「……」


 無言で首を横に振る葵姫たん。

 唇をぎゅっと噛んで何かに耐えているように見える。


 トイレでも我慢しているのだろうか。


「……もしかして、尿漏れ五秒前?」

「……」


 今度は必死に首を振る。

 違うらしい。


 彼女の顔は紅潮し、整った顔立ちは崩れて大粒の涙がこぼれ始めた。


「何か、あった?」

「……」


 俺の問いかけに対しても、小刻みに体を震わせ首を振るだけだ。

 何もないってのk?


 何でだよ!!?

 そんなに俺と一緒にいるのがイヤなのだろうか。


 ま、まさか……俺のもっともプライベートな時間のことがバレてしまったのだろうか。

 嫌な予感に血の気が引いた。


「もしかして……」

「……」

「葵姫たんの洗濯物を嗅いでたのを……見てた?」

「えっ」


 しまった!

 違ったらしい!!


 涙でうるんだ彼女の瞳に軽蔑の色が浮かんできた。


 やばい!

 このままでは変態王の烙印らくいんを押されてしまう!

 葵姫たんを連れ戻すどころか、代わりに俺がブタ箱行きですがな!


 ごまかさないと!


「ごっ……」


 唾を飲み込んで、声の調子を整える。


「誤解だ。言葉足らずでごめん。今のはアレだ、その……チャールズの話。マジで」

「……」

「チャールズの野郎、ブラをビニール袋に入れて吸引してやがったんだ」

「……」

「あっ、ちょっと待って、ごめん。勘違いだ。あのブラはアレだ、葵姫たんのじゃなくて、凛夏のやつだな、うん」

「……」

「チャールズと凛夏はデキているんだ。凛夏もチャールズのブラを嗅いでたからな」

「……え?」


 葵姫たんの目の色が変わった。

 ここは勢いで押し切って、うまく話題をすり替えるんだ。


「あれ? もしかして、知らなかった?」


 精一杯に『意外そう』な声色と表情を演じる。


「そっか。知らなかったんだな。ここだけの話だが、チャールズは変態なんだよ」

「……」

「男子部屋で一緒に泊まってるとわかるが、ヤツはブラを着用している」

「そ、そうなの?」


 よし、食いついたな。

 畳み掛けるぞ。


「ああ。黒のレースだった。ついでに下はピンクのフリルだ。それだけじゃない。夜中に俺が目を覚ましたらヤツは過激な衣装で踊ってやがった」

「踊り?」

「うむ。ドラクエ4のマーニャみたいな踊り子衣装だったな。ブラから胸毛がはみ出す姿は鬼神そのもの」

「……本当ですか?」

「ああ。ロスで警察に行ってたのもそれ関係で逮捕されてたらしい。ついでに言うとチャールズは前科十二犯で、全て性犯罪だ。気をつけたほうがいい」

「……」

「で、チャールズが凛夏の下着を嗅いでたのは着用するためだろう。新品の下着かどうか確認していたんだろうな」

「……」

「ところがそれを見た凛夏は、チャールズは自分に気があると思い込んでしまい、そこから意識しだした二人はとうとう恋仲に……」


 だんだん自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。

 収拾がつかずに困っていると、さっきまで無言で聞いていた葵姫たんが意外なことを言い出した。


「それは違います。凛夏さんが好きなのは違う人」


 へ?


「どういうこと、葵姫たん」

「他人の恋愛にまで口出しする権利は私にはないです。でも……」


 声のトーンがだんだん小さくなっていき、消えた。

 葵姫たんの口調が敬語になってきて可愛いのに……美しい声をもっと聞きたい。


「葵姫たん……」

「……」


 彼女は地面に置かれたバッグを手に取った。


「お別れです。もうあそこにはいられません」

「葵姫たん……」

「敵前逃亡したんです。私はもう信用されていません」

「そんなことねえよ!! 葵姫たんが戻ってくるなら俺は何でもする! 俺の稀能パーソナリティがエリア5.1に行くために必要らしいんだよ。葵姫たんを切るなら俺も辞めるって言えば余裕だって!」

「……」


 葵姫たんは眉をハの字にして俺を見上げた。

 潤んだ瞳に街灯と俺の顔が映りこんでいた。


 葵姫たんの肩に手を伸ばし……やめた。


(やばい……近い。抱きしめたくなってしまうが……ショック死させてしまうかも)


 いや、ショック死だけじゃない。


 俺の一部の体積が膨張している。

 抱きしめたらそれこそえらいことになってしまう。


 葵姫たんはバッグを下ろした。そして、


「ありがとう」


 そう言って俺の手に手を添えた。

 小さくて柔らかいそれから、葵姫たんの温もりが伝わってくる。


「えっ!? 葵姫たん!? 触っちゃまずくね!?」

「ううん、大丈夫みたい」


 俺の手は、彼女の小さな手のひらに優しくくるまれてしまう。


「温かい……」


 えっえっ!?

 マジすか!? ハッピーエンドキタコレ!?


(総員、発射準備!)


 脳内の司令官が全身に指令を送る。

 いや、全身っていうか特定の部署にだな。


「き、葵姫たんのほうが温かいよ! 葵姫たんの中はもっと温かいんじゃねえかな!? レッツトライ!」

「……」


 葵姫たんは無言で手を引っ込め、笑った。


「そういうの、やめたほうがいいですよ。凛夏さんは傷つきやすいから」

「……はあ?」


 どうしてリンポコが出てくるっちゅーねん。


「いやいや、意味わかりませんがな! リンポコなんて関係ねーって! チャールズとパコパコだし!」


 葵姫たんは俺の手を離さずに両手を下げる。

 そして彼女の右手が俺の右手をぎゅっと握った。


「今までありがとう。正直言うといやなこともあったけれど、本当はとても楽しかった」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。お別れ系の台詞は勘弁してくれよ」

「これまで私は男の人とどう触れていいかわからなかった。自分を偽って生きてるうちに、本当の自分とどんどんずれていって……」

「……」

「そのギャップにずっと苦しんでいたの。自分のことが大嫌いだった。それでもNHJだけは私を必要としてくれて……いつか自分のことも認めてあげられる日が来るかもしれないって思ってた」


 普段の彼女からは考えられないほど饒舌じょうぜつだ。

 いや、これが本当の彼女なのかもしれない。


「でも、稀能者インフェリオリティの徳川葵姫として求められれば求められるほど、本当の私は孤独になっていって」


 本当の葵姫たん?

 歴女れきじょで、ちょっと中ニ病が入ってて、独り言とかも言ってしまうあの葵姫たんか。


「別にいいじゃねーか、そのくらい」

「でも、痛かったでしょう? 私が着ていた服だって」


 葵姫たんの服装を思い出す。


「あ、あの青い巫女さんみたいな?」

「はい。アニメのヒロインみたいで可愛いと思って」


 ……は、はあ。


「色は私の好きな浅葱あさぎ色が――あ、やっぱり引いてますね」


 ブンブンと首を振る。


「のーのー! 葵姫たんに引くだなんて、そんな! お、女忍者みたいでかっこよかったよ!」


 脳内に『スシ・アンド・ニンジャギャル・ジュポジュポカフェ』という言葉がよぎったので必死にかき消す。

 

「ふふっ、フォローしなくていいです。それが普通の反応だから」

「いや、マジで。本当に可愛いと思ったんだよ」



「そういうことにしておきます。話は戻りますが、ずっと私は孤独でした、でも、凛夏さんは本当の私を受け入れてくれた」


 凛夏!?


 どうしてそこであいつなんだよ。

 俺がいるだろーが!


 本当の葵姫たんをらけ出してくれたら、俺はいつだってウェルカムだったのに!


 くそー、ずるいぞあの貧乳!

 女同士だからって労せず葵姫たんと距離を詰めやがって!


 ん……女同士?


 葵姫たんとリンポコが風呂で体を洗いっこする姿が浮かんだ。


(百合もアリか……ぐふふ。くそおお! 石鹸になりてえ!!!)


「だけど、彼女は私が何を望んでいるのかまではわかってくれなかった」


 ――あれ?

 何を言ってるんだろう?

 ちょっと言ってることがわからなくなってきた。


 エロい妄想してて集中力が途切れてしまったのがいけなかったのだろうか。


(葵姫たんが何を望んで――?)


「あなたにあんな姿を見られて混乱しちゃって。恥ずかしくて顔も見せられなくて」


 あー、あの新撰組ごっこみたいのか。

 確かにあれは意外だったな。

 葵姫たんは可愛いから許すけど、チャールズだったら二十四発は殴ってたな。


「男の人と話すだけで頭がいっぱいになっちゃうし、触られるだけで心臓が破裂しそうになっちゃうのに……それなのに、あんな姿見られて……」


 黙って聞くふりをしているが、抱きつきたくてしょうがなかった。

(顔を真っ赤にする葵姫たんかわええ! ……ハァハァ)


「そういう時にどうしたらいいかわからなくて。もう全てがいやになって……それでも」

「それでも?」


「……引き止めてくれなくて」


 震える声でそこまで言うと、彼女は下を向く。

 繋いだままの手から全身が小刻みに震えるのが伝わってきた。


 なるほど。

 組織のために、俺と出会う前から頑張ってきたのに……ちょっといじけてみただけであっさりと捨てられて……。


 チャールズの野郎!

 葵姫たんを泣かしやがって! 治りかけのケツをまたあの外人にやってもらうしかねーな。


 それにしても、葵姫たんにそんな『構ってちゃん』的というか、甘えん坊な面があったとは。


 いつも涼しい顔をしていても、考えてみりゃまだ子供なんだよな。

 俺も精神年齢的にアレだと言われるからこそよくわかる。


 ずっと我慢して気を張ってきて……組織が求めていたのは彼女そのものでなく、『戦闘力の高い稀能者インフェオリティ』だったと知って……。

 なるほどなあ。気持ちはわかる。


「……っく」


 彼女は下を向きながら泣いている。


「大丈夫だよ」


 俺は彼女をそっと抱きしめた。


「っ!」


 緊張の糸が切れたのか、葵姫は俺の胸に顔をうずめて泣きじゃった。


「よく頑張ったな」


 そう言って彼女の頭を撫でた。


 ずっと寂しかったんだろう。心細かったんだろう。

 今この場で泣くことで少しでも彼女の心の痛みが和らぐのならば……がむしゃらに彼女を探し回って、本当に良かった。


 そして、こんな女の子でも戦わなくてはいけない現状に心底嫌気がさしてきた。


 俺自身だってただの自己発電が趣味のニートだったのに、こうして命懸けで戦うはめになってるわけだしな。


 地球をオモチャ扱いしてるウンモ星人どもをぶち殺して、異世界と現実世界の謎を解いて……帰りたい。


『葵姫たんも凛夏も、必ず日常に帰してやる! そして俺も』



 そう心に決意した。


「……ん?」


 葵姫たんの髪に白い粒が乗る。


「なんだこりゃ。……雪?」


 白い雪が風に揺られながらゆっくりと空から降ってきた。


 こんな秋に、砂漠に雪が降るなんて。


(ああ、きっとこれは葵姫たんが溜め込んできたものが天から溢れてきたんだなあ)


 そんな気になった。


 葵姫たんは俺から体を離す。


「お」


「ちょっと恥ずかしいけれど、すっきりしました。ありがとうございました」


 再びバッグを手に取る。


「ちょっと待ってくれ葵姫たん。戻らねーの?」

「はい。皆さんに、特に凛夏さんによろしく伝えてください、では」


 葵姫たんは深くお辞儀して、あっさりと背中を向けた。


「ちょい待て待て待て! カモンカモン!」


 小走りで彼女の前に出る。


「アメリカだぜ? 行く当てあるのかよ? 戻ろうよ、チャールズ脅して居場所は作ってやるからさ」


 しかし葵姫たんはきっぱりと言った。


「私にとって大事な場所だったし、とても嬉しいです。でも気持ちだけ頂いておきます。行く当てもあるので……」


 さっきまでとはうってかわって強い意志を感じられる表情だ。

 こりゃテコでも動かねえだろうな……。


「また、会えるよな?」

「……」

「っつーか、会う。約束しないなら、電話番号と住民票と戸籍謄本を提出するまで帰さねー」


 葵姫たんはくすっと笑って


「わかりました。また、会いましょう」


 と俺の小指をとって指きりげんまんした。

 こんな笑い方もできるんだな。


 つくづく俺は、本当の彼女を全く知らなかったんだと思い知らされた。


「んっ」


 手のひらに熱いものが流れ込んできたような気がする。


(……気のせいか?)



 ゆっくりと手を離して俺の横を通り抜けようとした葵姫たんを呼び止める。


「そうだ、もうひとつ!」

「はい」

「凛夏の稀能パーソナリティってどんなものなんだ?」

「……」


 葵姫たんは右に左に視線をやって考え込む。


「明日からエリア5.1目指すからさ。仲間の稀能パーソナリティくらい知っとかないとやばいだろ」

「教えてもらってないんですか?」

「ああ。教えてくれねー」

「じゃあ、聞かないほうがいいと思いますよ。今までもたくさんサインを出してるはずです」

「サイン?」

「はい。稀能パーソナリティの苦しさをあなたに気づいてほしくて」

「はあ?」


 あいつの稀能パーソナリティ……?

 何か心当たりあったっけ。


「あっ!」

「わかりました?」

「あれか。ラッキースケベをくれる稀能パーソナリティか!」


 なかなかいい稀能パーソナリティだな。


「違うってば」


 強い口調で否定された。


 他に何かあったっけ。

 あいつが俺に役立つようなこと……。


「あっ。もしかして、金儲けする稀能パーソナリティ? それとも、葵姫たんのことを俺に教えてくれる稀能パーソナリティか!」

「ふふっ。そんなピンポイントな稀能パーソナリティがあったら面白いですね。違います。でも、惜しいかな」


 惜しいのか!


「これ以上言うと彼女に怒られてしまいそうだから……気づいて、守ってあげてください」

「……はあ」


「では、私はこれで……さようなら」


 葵姫たんはぺこりと頭を下げて、夜の街へと消えていく。

 その後姿を俺は追わなかった。


 彼女の背中を見ながら、強く思った。


(ウンモ星人どもをぶち殺したら……世界が数年前のように戻ったら……必ず会いに行くよ。葵姫たん)



 天から舞い降りてきたひとひらの雪が、俺の手のひらに乗った。

 溶けてなくなってしまう前に、葵姫たんの温もりが消えてしまう前に、俺は強く拳を握り締めた。



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