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第六十六話 死の鬼ごっこ

 リニアモーターカーに乗るための作戦とやらは結局教えてもらえなかった。


「どうせ君は忘れるだろうから、当日話すよ」とか抜かしてやがったが、ウンモ星人並の知能しか持ち合わせてないと言われたようでちょっと頭にくるな。


 まあ、変なプレッシャーを感じるよりはぶっつけ本番のほうが良いのかもしれないけどさ。


 会議は終わり、凛夏と鎮鈴さんは女子部屋に戻っていった。

 チャールズはシャワーに、ピビーもカジノへと消えていく。 


 静かになった部屋で俺は一人、思いにふけっていた。


 ――葵姫たんはどこに行ったんだろう。

 出発は明日だ。

 朝までに帰って来なかったら本当に彼女は置いていかれるだろう。


 俺は葵姫たんの連絡先は知らない。向こうは知ってるかもしれないが、連絡をくれることはまずないだろう。

 もしも凛夏に教えてもらっても、電話に出てくれるとも思えない。

 そもそも凛夏は教えてくれるだろうか。


(――無理だな。無理やり凛夏のスマホを奪って見るしかないだろう)


 でも、そうする気も起こらなかった。

 葵姫たんの泣き顔が脳裏に焼きついて離れない。


 あの時、彼女はどうして泣いたのだろう。


(その理由も聞けないんだろうな)


 今回の件で彼女がNHJをクビになれば、今後一生会うこともできないかもしれない。


「……葵姫たん」


 ため息に乗せて、肺の中の酸素を全て放出していたら


「凡ちゃん!」


 と、凛夏が突然駆け込んできた。


「……何だよ。やる気ねーんだよ俺は」

「大変なの! 葵姫さんの荷物がないの!」


「何だって!?」



 凛夏の話では、会議の前までは部屋に荷物は残されてたという。

 それが、いつの間にかなくなっていたらしい。


「おまえそれを早く言えよ! ハゲ!」

「ハゲじゃないもん! 私だって今気づいたんだから……」

「バカヤロー! 葵姫たんが来たってことじゃねーか! まだホテルにいるかもしれねーんだぞ!」

「どうしよう……チャールズさんは?」

「あいつに言う必要なんてねーよ!」


 俺は部屋を飛び出した。


 エレベーター向けて全速力でダッシュする。


「――っと!」


 窓の前を通り過ぎざまに、全身で急ブレーキをかける。

 窓を開けて顔を出す。


(七階からじゃ見えないか……?)


 丘の上から遠くの露天風呂を覗いてきたえた視力を信じろ!

 ホテルの前には人通りはほとんどない。

 動くものがあれば……。


(――いた!!)


 見覚えのある荷物を持った人影が、大通り目指して噴水前を歩いていた。

 そしてあのパーカーはさっきの彼女と同じ格好だ。


「エレベーターじゃ間に合わねえ!」


 飛び降りるしかない!

(しかし……)


 窓の外を見る。

 一階部分はアスファルトになっている。

 ついでに一部の地面は剣山になっていて、窓から飛び降りたら全身をつらぬかれるようになっていた。


 強制収容所かよ!

 どうなってんだ、このホテルは。


 だが、こんなことでめげる俺じゃない。


(タイミングさえあえば、アスファルトだろうが剣山だろうが無傷で済むはずだ)


 窓を全開して右足を窓枠にかけた。

 

「待って!」


 凛夏だ。


「いま急いでるんだ。あとでな」


 両手をしっかり固定して、左足も窓枠にかける。


「違うの! 葵姫さんのことなの!」

「あ?」


 俺は振り向いた。


「凡ちゃん、葵姫さんがいなくなった理由は……えと、その……」


「……何だよ? 早く言えよ。あそこに葵姫たんいるんだよ」


 葵姫たんは大通りに出たところだ。

 会話しながら視線で彼女を監視する。


「え、えーとね。私が言ったって言わないでね? 私も葵姫さんから直接聞いたわけじゃないから」

「まわりくどいな。早くしてくれ」

「その……葵姫さんは、本当は明るくて優しい人なの」

「そういう話は戻ってからでもいいだろ!?」

「お願い、聞いて! でもね、彼女は男の人の前では素が出せないの。シャイだから。その、だから人前ではクールでいたかったんだって」

「……」

「だから、凡ちゃんに一人芝居を見られたのがすごく恥ずかしかったの……だと、思う」


 葵姫たんはシャイだし、本当は俺の知らない顔があることだってもう知っている。


(人前で泣いてしまうことだってあるんだ)


「言いたいことはそれだけか?」

「だからね、あのね……うまく、連れ戻してほしい、の」

「……わかった。チャールズにはこのこと言うなよ!」

「うん! 気をつけてね」

「ああ。任せとけ」


 窓の下の剣山に落ちないよう、できるだけ窓から遠くに着地するように、飛んだ!



 凍てついた風が全身を貫いていく。

 そして息をつく暇もなく目前まで地面が迫った。


(今だ!)


 絶対時間モラトリアムを利用して、地面と接触する瞬間に地面を蹴りつける。


 破壊音が鳴り響いた。


「……ふう」


 無事に着地できたようだ。

 アスファルトには半径数メートルのクレーターができており、周囲の剣山も風圧でなぎ倒されていた。


「うおっ、この剣山、金属製じゃねーか! 完全に殺す気のオブジェだな。最悪だ」

「凡ちゃーん! だいじょうぶ!?」


 凛夏が窓から顔を出し手を振っている。


 俺は親指を立てて合図してから、葵姫たんを追って走り出した。


(確か、こっちに……)


 通りはすぐに十字路に行き当たってしまう。


(どっちだ!?)


 左はKATANAカフェの通り方面。

 右は……いた!


 数十メートル先で曲がる葵姫たんを発見、全力で追いかける。


「葵姫たーーーん!!!!」


 腹からいっぱいの声を絞り出して葵姫たんを呼んだ。


「っ?」


 彼女は、俺の姿を見つけると駆け出した。


 なぜッ!?



「葵姫たーん! 待ってくれー!!」


 全力で追っているというのに、なかなか距離は縮まらない。

 向こうは重い荷物を持っているというのに。


 はええよ!!


「葵姫たーんん!!」


 どれくらいの時間が経っただろうか。

 何百の角を曲がっても、彼女との距離は縮まらなかった。


 ……はあ、はあ。

 まずい、スタミナが切れる、

 このままじゃ見失ってしまう。


「き、葵姫ききたぁあああああんん!!」


 どうしよう。距離が開いてきた。

 全身の細胞が酸素を要求している。


 やべーよ、ニート大学生よりJKのほうが体力あるのを忘れてた……!


「た、頼む……待ってくれ……!」


 俺の意思に反して、足が動きを止めようと逆らってくる。


 数十メートル先で、葵姫たんがこちらを振り返るのがわかった。

 やはり荷物が重いのだろう、彼女も汗だくで疲れきっているように見える。


 いつものクールな彼女ではない。

 その表情は、歳相応のあどけない少女のようだった。


(葵姫たんが必死になってる!! やばい、萌えーーーーっ!!)


 俺の(性的な)エネルギーが補充された。


「ぬおおおおお!!!」


 ブーストをかけて加速する。


 空気の中をおぼれたかのように、全身の力を爆発させて距離を詰める。


「待てえええええ!!!」


 葵姫たんの表情が、さっきよりはっきりとわかった。

 距離が縮まっている。



(ラストスパートだ!)


 両親の仇のように力強く地面を蹴り、一センチでも先に進もうと手が空気を掻き、俺は進んだ。


「うおおおおおおおおおお!!!!」


 葵姫たんの背中がぐんぐんと近づいてくる。


「あっ!?」


 振り返った彼女の表情は諦めの色をともしていた。


「もらったああああああああああ!!!!!」


 俺は葵姫たんに飛びかかった。


「きゃあっ!」


 俺たちは、もつれあって転んだ。


 葵姫たんの荷物が落ちて中身を地面に散乱させた。


「とうとう捕まえたぜ。葵姫たん、どうして俺たちの前から消え――!?」


 倒れたまま尋問しようと彼女に顔を近づけた時、俺は恐ろしいことに気づいた。


 俺の手は彼女の手のひらを握っていた。





 男性恐怖症の彼女の肌を触ってしまった!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 葵姫たんは目を閉じたまま動かない。





 夜風が汗ばんだ体を冷やすどころか、全身がマグマのように沸騰ふっとうしていく。



(やばい……俺は……葵姫たんを、殺してしまった……?)

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