第六十五話 THE HORSE AND THE DEER
その後も俺はあちこちを走り回った。
しかし、深夜になっても葵姫たんは見つからなかった。
運動不足の両足が、ガクガクと悲鳴を上げている。
さすがに限界か。
目に入った岩山のオブジェに腰掛けて、ため息をついた。
「葵姫たん……」
ちょうどスマホが鳴った。
「もしもし?」
『凡ちゃん、どこにいるの?』
「知らねーよ。何かどっかのホテル前。葵姫たんは?」
『それがね……ホテルに戻ってこれない?』
「葵姫たんを見つけてインサートするまでは帰れねーよ」
『……』
しまった。
口は災いのもとだと学んだばかりだ。
こういう品性を疑われるような発言がどんな災いを呼ぶかわかったもんじゃねー。
慎まねば。
「ご、ごめん。インサートっつーか、アレだ……こ、コンサート? 落ち込んでたみたいだから誘ってみようと思って」
『ふーん』
「とりあえずホテルに戻ればいいんだろ?」
『……うん。早くね』
「あいよ」
『もう遅いから気をつけてね』
「はいはい」
――やっぱり戻ってないのか。
葵姫たんが泣くってよほどのことだもんなあ――。
「鈴木くんも戻ってきたし、そろそろ始めようか」
壁に投影されたバーチャルボードを前に、チャールズはこほん、と咳払いした。
「四時間ほど前、葵姫くんが行方不明になってしまった」
部屋の中には皆が揃っていた。
「去り際にメールを残している。敵の手に渡ったとは考えがたいが、その可能性も視野に入れる必要がある」
凛夏も、鎮鈴さんも、ピビーも黙ってうなずいている。
「また、エリア5.1への潜入も、彼女抜きとなると作戦を練り直す必要がある」
――へ?
なんだって?
「はいはい!」
「何だね、鈴木くん」
「ちょっと待ってくださいよ。葵姫たん探さないんすか? どうしていきなり諦めモードなんすか?」
「……」
「皆もそう思うだろ? 凛夏なんて葵姫たんと仲良かったしさ」
「え……」
ばつが悪そうな表情を浮かべて凛夏は目を背けた。
「鎮鈴さんだって、葵姫たんの強さは知ってますよね?」
「……」
な、なんだよ、これ。
「ちょっと待て貴様ら!! 葵姫たんのこと仲間だと思ってねーのかよ!?」
「……」
誰も答えない。どうなってやがる?
「鈴木くん、落ち着いてくれたまえ」
「落ち着けるかよ! なんで葵姫たんに冷てえんだよ!? 俺がいなかった間に何があったんだよ!? なあ、凛夏!」
凛夏は、ぎゅっと目をつぶっている。
どうなってやがる。
「鈴木くん。この話し合いは、私たちの結論を君に共有するためでもある。落ち着いて聞いてほしい」
「落ち着けねーって言ってんだろ!!」
チャールズの胸倉を掴――もうとした途端に、体がぐるりと回転して床に叩きつけられた。
「ぐはっ!?」
目が回る。
何だ? 何が起こった……?
「はいはい、一度落ち着こうね。事情はしっかり説明するからさ」
――ピビーに、投げられた?
「このヒポポタマス野郎!!」
立ち上がって殴りかか――ろうとしたら、視界がひっくり返った。
「ぐえっ」
「鈴木くんと言ったかな? 君も大人なら、黙って事情を聞くんだ」
いてててて……何なんだこいつ。
俺を投げる時も一切の力みを感じられなかった。
天下一武道会とやらで優勝したのは伊達ではないってわけか。
「でもよ……俺はJJを倒したんだ。俺のほうが強ぇに決まってる!」
そう、JJは格闘技世界一を決める『オータムスタンフェスティア』で優勝しているんだ。
痛みと足の疲れに耐えながら、俺は立ち上がる。
「凡ちゃん、もうやめて!」
「引っ込んでろ、凛夏!」
今度はフェイントをかけてやる。
右で殴ると見せかけて、スネを前蹴りで――!
「げぼっ!」
景色が溶け、目の前が天井になった。
「ぐはっ。ぐあああ……強え」
「JJはロスで有名な乱暴者だね。あんなのと僕を一緒にしてもらっては困る」
なんだ、と……?
「『オータムスタンフェスティア』なんてしょせんアマチュアのお遊びさ。JJなんて、僕の参加していた天下一武道会じゃ予選落ちレベルだよ」
「……」
「鈴木くん、今は仲間割れしてる場合じゃないわ」
「……」
くそっ。
こいつらが何を言っても、俺は葵姫たんを見つけてやる。
俺は床にあぐらをかいた。
「で、どうするんすか? つーか、葵姫たん抜きでウンモ星人に勝てるもの?」
「勝てるよ」
あっさりした口調でそう言ったのは、ピビーだ。
「えっ?」
「クラス3の稀能者を失ったのは痛いけれど、勝利の鍵は戦力じゃない。ここだよ」
頭を指してにこっと笑う。
「頭で……? まさか、将棋で戦うとか?」
「そういうことじゃないよ。いいかい? 僕はエリア5.1に長く勤めていたけれど、あそこにいるのは馬鹿ばかりだ。知恵を絞れば簡単だよ」
すげえな。
メチャクチャなこと言いやがる。
ラストダンジョンを前にして「あそこにいるのは馬鹿ばかりだから余裕」っていうパーティーキャラがRPGにいたら、割とガチで興ざめなんだが。
つーか、『クラス3って何だ?』と思ったが、聞きそびれてしまった。
「チャールズに聞いたんだけど、君たちの仲間だったドクトル近藤。いただろ?」
「いましたね」
「僕はウンモ星人に嫌気がさしててね。退役してからも奴らの動向は調査してたんだ」
「……それとドクトルがどう関係あるんすか?」
回りくどいな。
話を早く進めてほしい。
「ドクトルはその頭脳を買われて組織の幹部になったんだよ」
「ど、ドクトルが……!?」
馬鹿な!
ちょっと怒られたくらいで幼児化して泣きじゃくるあのハゲの頭脳を買うだって?
「ちょっと待ってくっさいよ! チャールズ、やっぱこいつ敵のスパイじゃないっすか?」
「どうしてそう思うんだね? 鈴木くん」
「ドクトルの頭脳を買って幹部にするとか、デタラメほざいてますよ!」
「……いや、スーパー・フリーメーソンの諜報部からも同様の情報が届いた。かなり信憑性の高い情報と見ていいだろう」
「マジすか……ドン引きなんすけど。ドクトル程度が幹部になれる組織なんて俺がいなくても余裕で潰せるっしょ。葵姫たん探したいし、俺も不参加でいいっすか?」
「それは許可できないな。相手が馬鹿だからこそ、この戦いは負けられないんだ」
「どういうことっすか?」
「猿に核兵器のボタンを預けたところを想像してみるといい」
猿に核兵器……?
おいおい、マジかよ。
「メチャメチャやべーじゃねーっすか!!」
「そうなのよ、凡ちゃん。今のうちにウンモ星人をやっつけないと、いつ地球が終わっちゃうかわからないんだって」
なるほど。
今回の事件の本質はそこだったのか。
『馬鹿宇宙人が危険物持ち込んで地球で遊んでるから、排除しろ――』というわけだ。
「つーか、ウンモ星人ってアメリカ政府と密接な関係なんすよね? アメリカ倒せってこと?」
アメリカ倒すのは無理じゃね?
エリア5.1だって米軍基地だし。
しかしピビーは余裕の笑みを浮かべた。
「大丈夫。それは安心していいよ。アメリカの全てがウンモ星人に支配されてるわけじゃない。支配されているのは一部の馬鹿だけだ」
「え? そ、そうなんすか? 凛夏、知ってた?」
「う、うん……凡ちゃんが出かけてる間に聞いたから……」
「つまりエリア5.1は馬鹿の寄せ集めってわけか……ちなみに、一口に馬鹿と言っても、どういう基準? 学歴? 地頭の良さ?」
「どちらもだね。地頭も弱いし、当然勉強もできない」
ひどい言われようだな。その集団の中で働いてたくせに。
「どのくらい馬鹿なんすか? 作戦上知っておきたいんすけど」
「鈴木くん。ドクトルを思い出したまえ。あれが幹部になれるほどの組織だぞ」
さりげなくチャールズはドクトル近藤をディスりまくってるが、元々は仲間にしてたくせに……。
「そうだねえ。大体カブトムシと同じくらいの知能だと思っておけばいいよ」
なるほど。
ピビーも自分の元同僚をディスりまくってるのが気になるが、大体納得した。
何か散々エリア5.1はヤベーと言われてきたけど、そっちの意味でのヤベーだったのか。
「ヨユーヨユー! 俺に任せてくださいよ! 一瞬で片付けてやるよ」
「凡ちゃん、そう簡単にはいかないと思うよ」
「何でだよ? 凛夏」
「そんなヤバイ人たちが最新兵器を持ってるんだよ?」
……なるほど。
さっきの『サルに核兵器』と同じだな。
むしろ知性が低いぶん、通常の相手より危険と考えたほうが良さそうだ。
「まあ、武装した基地外集団と戦うってことでいいんだよな。で、作戦とやらはどーすんの? あと葵姫たんはどうして消えたんだ?」
「葵姫さんのことは、あとで私が話すよ」
「本当だな」
「うん」
「じゃあ、チャールズ。作戦を詳しく教えてもらえます?」
「うむ」
チャールズが部屋の照明を消すと、壁のバーチャルボードに地図が投影された。
「ここがラスベガスだ。そしてシュウド修道院がここ」
ラスベガスの北にマーカーが表示される。
「エリア5.1へはシュウド修道院の地下から向かう」
「えっ? 修道院ってそんな遠いの? ってか地下?」
「ここは僕が説明しよう。エリア5.1のセキュリティは強固だ。正面から武装した馬鹿どもを突破するのは、いかに稀能者といえども自殺行為だ」
ふむふむ。
「そこで、ヤツらの地下ネットワークを使用することにしたんだ」
「地下ネットワーク?」
「これだ」
ピビーがボードを操作すると、何本かの線が地図に表示された。
「何すか、これ」
「全米に張り巡らされた地下トンネルだ」
北アメリカ大陸全体が表示されるまで地図を縮小される。
さっきの線は、東西南北に伸びたトンネルは大陸全体に及んでいた。
「マジかよ……これがトンネル? ここを車で走るのか」
「違う。ここはリニアモーターカーのトンネルなんだ。全部で八本、総延長二万キロメートルの路線になっている」
リニアモーターカー!?
まさかJRがウンモの馬鹿に先を越されてるなんて……。
「これを見てくれ。これは『五号線』と呼ばれてる。そして五号線にはシュウド修道院駅とエリア5.1駅がある。これを利用して中に潜入するんだ」
そういうことか。
でも……。
「敵の交通手段を使って潜入するの? やばくね?」
「言っただろう。敵は馬鹿だ、問題ない。それにシュウド修道院駅には列車は停まらないからね」
「そっか、そういえば廃修道院なんだっけ? だから駅も廃止になってるわけだな」
「それは違うね。奴らのトンネルでは始発以外の駅は全て通過する」
「は? どういうこと? 通過するなら何のために駅があるんだよ?」
「何度も言っているように、奴らは本物の馬鹿だ。リニアモーターカーにブレーキを装着していないんだ。磁力をコントロールも出来ない。つまり、走り出したら停まらない仕様なんだ」
……?
「走り出したら停まらないって……じゃあ、そのリニアモーターカーはどうやって停めてるんすか?」
「停めてなどいない。全ての車両が終点の壁に激突し、大破している」
「??? じゃあ、乗客は?」
「全員死亡だ」
「何のために走ってるんだよ、それ」
「理由なんてない。馬鹿だからな。そして奴らは反省もしない。だから、懲りずに毎日のようにどこかで事故ってるんだ」
「車両を改良しないんすか?」
「するわけないだろう。馬鹿なんだから」
想像を絶する世界だ。
壊れることがわかってる列車を走らせ、死ぬことがわかってる列車に乗って死んでる連中が毎日いるとは。
「つーか、俺たちも死ぬじゃねーかよ、それ」
チャールズが前に出て、俺の肩を叩く。
「そこで鈴木くん。君の出番というわけだよ」
全員の視線が俺に向けられた。




