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第六十三話 マラカスの誘い

 目的を失った俺は一人、夜の街をぶらついていた。


 大通りから小路地にいたるまで、どこもかしこも派手な光に包まれている。

 東京やロサンゼルスの夜景は美しいながらも生活感というか、つつましさのようなものを持っていたが、ラスベガスの夜景はそれとは全く異質の美しさを持っていた。

 実用性よりも人目を引くことが第一。

 悪い言い方をすれば目障りなくらい情報にあふれている。


 東京の街は情報量が多くて雑多だと聞くが、ラスベガスの夜景はある意味では東京をはるかに凌いでいるだろう。

 ピンクや青、緑など、カラフルな光が洪水のように街中に氾濫はんらんしていた。


 飛行機に乗って上空から見下ろしたら、きっと綺麗だろうな。



 さて。


 俺の所持金は百ドルのみ。

 カジノに行ったら一瞬で消えてしまいそうだ。

 なるべく金がかからずに暇を潰せる場所はないだろうか。


 スマホを見ると、時刻は二十一時を回っていた。

 しかし通りを歩く人影は一向に減る気配がない。むしろ増えてるんじゃね?


 俺のいた世界では人口が激減していたから、こんなに賑やかな夜は大晦日ですら味わえなかった。

 子供の頃は人ごみが苦手だったけれど、たまにはこういうのも悪くないな。


「ヘイ、ソコノチンポヤロー! ドーシタヨ、シケタツラシヤガッテ」


 陽気な外人が話しかけてきた。


「忙しいんで話しかけねーでもらえますか?」

「ウソツクナヨ、ブラザー! 貴様ガ暇ヲ持テ余シテルクソヤローダッテコトハ、オ見通シヨ!」


「……はあ」


 否定するのも面倒だ。


「何すか? 観光名所とか教えてくれるの?」

「観光ナンテ素人ノスルコトヨ。玄人くろうとハ、コッチ」


 外人はズボンの中から取り出したしわくちゃのチラシを俺に押し付けた。


 『スシ・アンド・ニンジャギャル・ジュポジュポカフェ』と書かれている。


「……何の店だよ」


 あやしすぎる。


「ニンジャギャルトオ遊ビスンノヨ。ジャパニーズニ大人気ノ店ダゼ」

「……」

「一時間三〇〇ドルデ、寿司食イ放題、ヤリタイ放題ヨ。貴様ノヨーナ『エロモンキー』ニオススメ!』


 ムカッ!


「誰がエロモンキーだと、この野郎! 心に決めた人がいるのにそんなとこで遊ぶかっつーの」

「オーノー。ゲイボーイ?」

「うるせー! とっとと消えろこのツルッパゲが!」


「ガッデム! イツカ貴様ニハ神ノ罰ガ下ルダロー」

「あんたのオツムが足りないのはわかったから。病院はあっち。OK?」

「ビョウイン?」

「そうだよ。あんたちょっと診てもらったほうがいいよ」

「……オレ、ヤバイノカ?」

「そりゃやばいよ。手遅れになる前に行ったほうがいい。救急外来でな」

「ワカリマシタ」

「わかればいいんだ」

「サンキュー、ボーイ」

「ばいばい」


 ふー。

 ようやくうるさい外人を追い払えた。


(ニンジャか……)


 そういや葵姫たんってどっか『くのいち』っぽい雰囲気があるな。

 時代劇とか好きみたいだし、身のこなしも素早いし、性格的にもストイックで隠密に向いてそうな気がする。


(いつかくのいちっぽい服を着せていやらしいことをしてやりたいのう……ぐふふ)


 そんなことを考えているとポケットの中のスマホが鳴った。


(葵姫たん!? やっぱり俺とデートしたいんだな!?)


 期待に胸を膨らませながら液晶を見たら、そこには『凛夏』の名が表示されていた。


「FUCK!!」


 思わず叫んでしまった。


「……俺だけど。いま忙しいんだが、何の用だハゲ!」

「もしもし凡ちゃん? 大変なの。葵姫さんが――!!」







 俺は夜の街を駆けていた。

 葵姫たんが『もう戦いたくない』とメールを残して行方不明だという。


 すれ違う人の顔をひとりひとり確認しながら路地を走る。


(――いない! こっちの方向に行ったと思うんだが)


 とあるホテルの庭に人だかりがあった。

 どうやらマジックをやっているらしい。 


「葵姫たーん! いるかー!?」


 叫びながら人だかりに入っていった。


「何ダ、コイツハ」

「邪魔ダゼ? イエローモンキー野郎」


「うるせー!」

「ハグゥッ」


 立ちはだかった男とすれ違いざまに強烈なカンチョーをお見舞いする。


(……いないか?)


 まあ、たいした期待はしていなかった。

 何千何万もの人がいるのにそう簡単に会えるとは思っていない。

 がむしゃらに駆け回っても無駄に疲弊ひへいするだけだ。


「ここじゃねー!」





 無駄骨だとはわかっているのに、俺は走り続けた。


(戦いたくないだなんて――葵姫たんは人生に悩んでいる! 力になれれば彼女は俺にぞっこんに違いない! そしたら俺はズッコンや!」

 思わず後半は口に出してしまった。


「葵姫たーん!」


 酸欠気味の体が悲鳴をあげているが、関係ない。

 俺は葵姫たんを見つけてインサートする。決めたんだ!



 街中を駆け回った俺は、巨大なアーケード街にたどり着いた。

 通り沿いの建物ごとすっぽりと覆ってしまいそうな巨大な天井が、ずっと遠くまで続いている。


 普段なら「雨の日に便利だな」で済ませるところだが、さすがの俺でもこの通りをその一言で済ませることはできなかった。


 巨大なカジノが並んでいるからじゃない。

 時刻の割に人が多いからでもない。


 それは、天井が巨大なスクリーンになっていたからだ。


 交通事故の電光掲示板を一万倍くらいに拡大したものといえばいいだろうか。

 道幅もそう狭くないこの通りを支配するように、カラフルな光の洪水が空を覆っているのだ。


「やべーな……どんだけ金かかってんだ、これ」



 しまった。

 その壮大さに思わず足を止めてしまった。


 俺はこんなことをしてる場合じゃない。

 愛しの姫を探さねば。


 俺は通りを走り始めた。


「葵姫たぁーーーん!!」


 ア●ロの『マチルダさぁ~ん』っぽいニュアンスで叫び続ける。

 それにしてもア●ロって伏字にすると微妙に卑猥ひわいな感じになって困る。


――」

「ヘイ、ミスター・チンポマン!」


 二つばかり交差点を超えたところで、何者かに呼び止められた。

 足を止めるとカジノの壁に寄りかかった男が手を振っていた。


「……」


 俺が視線を向けると、男はにっこりうなずいた。


 南米系だろうか。

 マラカスが似合いそうな陽気な顔をしている。

 せっかくなのでマ●カスと伏字にしておこう。


 またさっきのニンジャどうこうってヤツみてーな基地外じゃないだろうな。


 警戒していると、


「探シテルノハ、日本人ノ女カ?」


 おおぅ!?

 キタコレ!!?


「その通り! まさか心当たりが?」

「アタボーヨ!」

「マジで!? 見たのか!?」

「イエース! 今サッキ、ソコノ店ニ入ッテッタゼ」


 ……怪しい。


「どうしてそれが葵姫たんだってわかったんだよ?」

「背後ヲ警戒シテタカラネ。誰カニ追ワレテルノカト思ッタノヨ」

「で、日本人の俺が来たからピンと来たわけだ」

「イェーーーース!」


「なるほど。事情はわかったけどよ、人間違いじゃないよな? 世界一の美少女だぜ?」

「ウム。アレハ大人ニナッタラ相当イイ女ニナルヨ」

「天使みたいだった?」

「エンジェル!? ……スマン、人違イカモ」


 ちょっと待てーーー!!!


 俺はマ●カス男の胸倉をつかんだ。


「貴様ー!! 葵姫たんがブスだって言うんか!? ああ!?」

「ヤメテチョンマゲ。ソンナコトサレルト硬クナッチャウ」

「頬を赤らめるな! 貴様の性癖はどうでもいい! その日本人の子は天使だったんだろ!? だろ!?」


「ウーン。カワイカッタケド、天使ハネーヨ」

「クソが!!」


 俺は男の股間を蹴り上げた。


「アリガトウゴザイマス!!」


 男は嬉しそうな表情で股間を押さえながらうずくまった。


「そこの店だよな。こっちこそありがとな。少ねーけど、これ取っといてくれ」


 なけなしの百ドルを男に握らせる。



 そして教えてもらった店まで駆けた。


「――これか」


 『KATANA カフェ』


 何だこの怪しいカフェは。


 だが、間違いねー!

 好みから考えても葵姫たん本人すぎる!



 待ってろよ、葵姫たん。



 入口の階段を上る。



「いらっしゃいませー」


 力士のような白人が笑顔で手もみしながら出迎えてくれた。


「当店はKATANAを集めたカフェですYO。お一人様DEATHか?」


 なるほど、そういう店なんな。まさに葵姫たんのための店!!


「一人っていうか、もう一人中に連れがいるんだよ」

「オーケーオーケー。入場料ニ〇ドルくださいねー」

「何!? 金をとるの?」

「当たり前だYO」

「無一文なんだけど、入っちゃダメ?」

「ダメDEATHな」


 くっそー!


 葵姫たんはすぐそこだというのに。


「ケチ!」

「ケチで結構。ニ〇ドルくださいねー」

「あんたが作った飲み物なんて飲みたくないから、無料にしてもらえない?」

「ダメー!」



 このままじゃらちが明かない。


 ここで葵姫たんを待つという手もあるが、せっかくだから二人きりでお茶したい。

 最高の機会じゃないか。



 俺は外に飛び出した。


 そしてさっきのマラ●●男を探す。


 ――いた!


「へい、おっさん!」

「オーウ、サッキノチンポマンネ。サッキハアリガトネー、アンタニモラッタ金デ、カジノ行コウト思ッテタヨ」

「悪いんだけど、百ドル返してもらえない?」


 マラ●●男は頭を抱えた。


「ナンテコッタイ……久々ノギャンブルガ……アアアアアア神ヨ」


 落ち込んでしまったらしい。

 ちょっとかわいそうだ。


「ごめん、ごめん。お礼の気持ちはあるからさ。全部は上げられないけど、お釣りをもらっちゃダメかな?」

「……ワカッタヨ。イクラ返セバイイ?」


 うーん、そうだな――。


「とりあず九五ドルでいいや。残りの五ドルは全部あんたにやるよ。それでどうだい?」

「オオオオオノオオオオオ!!」


 男は掴みかかってきた。


「痛えな! この野郎!!」


 思わず反射的に殴り返す。


「ヒデブッ!!!!」


 男はカジノの看板の角に頭をぶつけた。

 どくどくと血が流れ出す。


「うわあ……痛いだろそれ。大丈夫か?」

「ダイジョブダイジョブ! ワタシ変態! ムシロ気持チE!! ドゾー、持ッテッテ」


 地面に寝転びながら満足そうな顔で微笑む男。


 百ドルが俺の手元に返ってきた。


「ありがとよ。これは釣りだ」


 男の金的にサッカーボールキックをお見舞いした。



「ハギャブウウウウウウウウウウウウウウ!!!!! アヒイイイイイ!!! アザッシタァーーー!!」



 男は涙を流しながら失禁し、動かなくなった。


 よし、と。






 再びKATANAカフェの階段を駆け上る。


「いらっしゃいませー。当店はKATANAを集めたカフェですYO。お一人様DEATHか?」


「さっき会ったばかりだというのに、コピペみてーなことしゃべりやがって。RPGの村人かよ貴様は!」

「HAHAHA! ナイスジョークだよ坊や。で、お金はあるんDEATHかな?」

「あるぜ」


 俺は百ドル札を指に挟んで立てた。


「……ようこそKATANAカフェへ! 一名様ご案内ねー」



 そして俺は店の中へと案内された。


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