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第六十二話 逃げる女を追ったらひどい目に遭った件

「葵姫たん……どうして泣いてるの?」

「……」


 触れるわけにもいかず、行き先を失った俺の右腕は空中で動きを止めた。

 触ったらショック死してしまうかもしれない。それだけではない。

 明確な『拒絶』を感じたためだ。


 今までは押しても押しても手ごたえはなくても、拒絶されることはなかった。

 彼女にとって人付き合いはそういうものだと思っていたし、いつか心を開いてもらえればそれで十分だった。


 しかし、彼女が初めて示した感情は『拒絶』だった。



 葵姫たんはパーカーの袖で涙をぬぐう。

 どうしていいかわからずオロオロしていると、葵姫たんは駆け出した。


(――追うか!?)


 そう思った瞬間、五年前のことを思い出した。






 中学三年生の頃、フグ田さんという美少女クラスメートがいた。

 クラス替えの時にフグ田さんに一目惚れした俺は、一歩間違えればストーカーと誤解されそうなほど熱心な求愛を繰り返したものだ。

 それほどまでに、彼女のことを俺は愛していた。


 ある日、自宅を突き止めようと思った俺は三丁目の公園の近くで彼女を待ち伏せていた。

 部活に勤しんでいた彼女は帰りが遅い。


 夜八時頃だったか。

 諦めて帰ろうと思った俺の耳に、つんざくような女性の悲鳴が。


 毎晩盗聴テープを聞き返していた俺が聞き間違えるはずがない。フグ田さんの悲鳴だ。


 柵を飛び越え公園に駆け込むと、フグ田さんがパンチパーマの男にからまれていた。

「姉ちゃん、おいどんといんぐりもんぐりしねえべか?」


 舌なめずりしながら腰に手を回す男に、フグ田さんは怯えていた。


(許せねえ――ぶっ殺してやる!)


 すぐにでも男をぶん殴ってやりたかった。

 しかし俺がケンカに勝てるとも思えない。


 そこで俺は、卑怯であることは承知の上で、武器を使うことにした。


 近くに落ちていたビニール傘をへし折り、金属の骨をむき出しにする。

 そして七つ道具の金属ヤスリをカバンから出して、丁寧に骨を削った。


「堪忍してえ! 助けてポパーイ」


 フグ田さんの悲鳴が俺を焦らせる。


 しかし、落ち着きを失わないよう注意しながら骨を削り続けた。

 やがて『鉄の槍』と化した骨を持ち、俺は男の背後に回りこんだ。


 男はフグ田さんの華奢きゃしゃな腰を抱きしめていた。


「マンマミーア!! ポーゥ! ポーゥゥ!!」


 フグ田さんの悲鳴が絶頂になりかけた頃、背後から飛び出した俺は男のケツ目掛けて鉄の槍を突き刺した。


「ホギャアアアアアオォオォォォッ!!!!!」


 男の絶叫が、夜の街に響き渡った。

 クリティカルヒットである。


 鉄の槍はズボンを突き破って男の体内へ進んでいった。

 長さ二〇センチ程あった鉄の槍は、気がつくと五センチほどしか見えていなかった。


「あばばばばばば……ブフォッ」


 男は血を吐いて倒れた。


 俺は男のケツを蹴り上げ、最後の五センチも奥へとぶちこんだ。



「大丈夫かい? フグ田さん」


 笑顔で手を差し伸べる。


 涙のにじんだ彼女もニッコリと笑い返す……はずだった。


「な、なんてことするの鈴木くん!」


 顔を青ざめさせた彼女はパンチパーマに駆け寄る。


「しっかりして、高城さん!」


「高城さん? ふ、フグ田さん――その男のことを知ってるのか?」

「当たり前でしょ! この人……高城さんは私の彼氏よ! なんでこんなひどいことするの!?」


 か、彼氏――だって?


「お、俺はてっきりフグ田さんが襲われてるのかと思って……」

「違うわよ! 私たち、いつもここで野外で楽しんでるのよ! 早とちりして、邪魔しないでよ!!」


「しっかりして、高城さん!」


 フグ田さんは泣いていた。

 さっきまでとは違う、悲しい色に染まった涙だった。


「うう……フグちゃん……逃げるんだ。その男は危険……ごはァッ!!」


 男は鮮血をぶちまける。


(野外で楽しんでいる、だと――あれは、プレイの一環だったというのか?)


「ど、どうしてそんなチン毛みてーな頭の男と……う、嘘だろ?」

「嘘じゃないわよ! チン毛みたいだからいいんじゃないの!」


 俺の中のフグ田さんのイメージが壊れていく。

 彼女はおしとやかで、純白で……人の頭をチン毛と揶揄やゆするような品の無い女ではないはずだ。


 この男は……俺の知らないところで、彼女の『心』の純潔まで奪ってしまったのか……。

 そう思うと、ケツから血を流すこのチン毛頭が無性に憎くなった。


 俺はフグ田さんを押しのけ、男に問うた。


「高城よ……何故なにゆえもがき生きるのか? 滅びこそ、我が喜び。死にゆく者こそ美しい」

「……クソ野郎……俺の女に手出し……させねえぞ。ペッ!」


 血と唾が混ざった液体が俺の顔に付着する。

 まだそんな元気があったとはな。だが、これでおしまいだ。


 俺は口角をつりあげ、七つ道具のハンマーを取り出した。


「な、何をする気っ!?」



「さあ、我が腕の中で息絶えるがよい!」


 そして思い切り高城のケツ向けてスイングした。


「ビミャアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァアアアアアアアアアッッッッッッッッッッ!!!」


 高城は断末魔の叫び声をあげ、動かなくなった。


「高城くううううんん!!!!!」


「次は貴様の番だ、小娘。俺のハートをもてあそびやがって」


 俺は泣きながらフグ田さんをにらみ付けた。


「ヒッ!? ち、近寄らないでっ! 私のアニキは夜叉神青葉台支部の特攻隊長なんだから! 何かしたらアニキに殺されるわよ!」

「うるせーッッ!!」


 一喝すると、彼女は悲鳴を上げて逃げ出した。


 続いて俺も駆け出した。

 先祖が狩人だったのだろうか、俺は逃げる者を見ると追いたくなる習性を持っていた。


「待てーー!」

「ヒイイイィィッィ!!」


 そしてフグ田さんは草に足をとられ、転んだ。

 四つん這いで倒れるフグ田さんの前で、二本の指を組み合わせる。


 先祖がカンチョーの達人だったのだろうか、俺は隙だらけのケツを見るとカンチョーをぶちこみたくなる習性も持っていた。


「うおおおおおおお!!」


 俺は体内の小宇宙を爆発させ、強烈なカンチョーをぶちこむ!


「くらえええええええええええ!!!!!!」


 ズバアンッ!!!

 破壊音が鳴り響く。我ながら素晴らしい威力だ。



「ぷぎゃアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!」


 フグ田さんは泡を吹いて気絶した。










 その後警察に捕まった俺は、少年院にぶち込まれそうになってしまった。

 しかし、捜査の過程でパンチパーマとフグ田さんが未解決傷害事件の犯人だったことが発覚。

 「二人に襲われたのでやむを得ずカンチョーして乗り切った」という俺の主張が認められ、正当防衛で処理されることになったのは不幸中の幸いか。


 あれから数ヶ月は地獄だった。

 『カンチョパンサー』という不名誉なあだ名をつけられ、同級生からのいじめと少年院への恐怖に怯え続けた日々を過ごしたものだ。



 あの出来事で俺が学んだ教訓はひとつ。




(逃げる女を追ってはいけない――)




 今回も何かの衝動で葵姫たんにカンチョーを決めて殺害してしまったら、それこそ言い逃れできない犯罪者だ。

 本音では葵姫たんを追いかけたい。

 追いかけたくてしょうがなかったが、我慢した。


 きっと彼女にも何か事情があるのだろう。そう思うことにした。

 遠くの角を曲がり去る葵姫たんの後姿を見つめながら、俺は立ち尽くしていた。

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