第六十一話 初めての涙
鎮鈴さんから呼び出されて女子部屋に向かうと、さっきカジノで一瞬だけ顔を見た色男が立っていた。
「みんな揃ったわね。改めて紹介するわ。ピヒビッテスさんはエリア5.1で十年以上勤務してたこともあり、基地の内部にも詳しいの。今後は彼の案内で動くから、仲良くしてあげてね」
「やあ、こんな美人が三人もいるなんて聞いてなかったよ。僕はピヒビッテス・ズポポバビューニァ・ツッツェネィンバッハ・ビブストローパバブーブⅢ世だ。よろしく」
そう言うとピヒビッテス・ズポポバビューニァ・ツッツェネィンバッハ・ビブストローパバブーブⅢ世は白い歯をのぞかせながら、さわやかに笑った。
そこから、ピヒビッテス・ズポポバビューニァ・ツッツェネィンバッハ・ビブストローパバブーブⅢ世の自己紹介(という名の自慢)が始まった。
年齢は三十五歳。
MIT(マサチューゲッチュ工科大学)を主席で卒業後、エリア5.1で秘密兵器の開発・運用に従事。
研究者でありながら基地内屈指の武闘派で、極神空手五段、柔道六段、創幻書道会八段を持つほか、大西流合気柔術や心意六剛拳は皆伝の腕前。
基地で開催される天下一武道会では二度優勝、射撃の腕前もすさまじくポリンピックの金メダリストでもある。
その他にも数字ポリンピックと全米早勃ちコンテストで銀メダルを獲得している。
趣味は旅行、バイオリン。
今は地元ロサンゼルスでポキール職人をやっているらしい。
(はいはい、わかりましたよ。つまりどうあがいても俺は勝てない相手ってことね)
映画俳優みたいなルックス。さわやかな笑顔。
こういうモテそうなヤツは心の底から気に入らない。
(ケッ、ヒポポタマスみたいな名前しやがって)
唯一の救いはヤツの経歴を聞いても葵姫たんが特に反応を示していないことだろうか。
もしも瞳をハートマークにしていたら、俺はこの男を殺害していたに違いない。
「とまあ、聞いてわかったと思うが、かなり頼りになる男だ。ピヒビッテスくんの案内でいよいよ明日、エリア5.1に向けて出発する。よろしく頼むよ」
チャールズがヤツの背中をぽんと叩いた。
「ピビーでいいよ、チャールズ」
「わかった。皆も彼のことはピビーと呼んでやってくれ」
(何がピビーだよ。言いづらいわボケ)
気にいらねー!
「チャールズ。ケガをしてるのかい?」
「え? あ、ああ。よくわかったね。ちょっと尻をぶつけてしまってね……心配は無用だ」
「……」
ピビーは神妙な顔つきでチャールズに近づく。
そして、彼の腰に手をやった。
「おうふっ!」
チャールズが悲鳴を上げる。
「うん、チャールズ。これは尻をぶつけただけじゃないね?」
「……っ!?」
「ひょっとして何かを挿……」
「ぴ、ピビーくん! そ、それ以上は言わなくていい。ちょっとした事故でね。黒いマンガン電池のようなものが入ってしまって……それとカジノで大勝ちした子供から金の延べ棒でカンチョーされて……」
「……フフッ」
必死に弁解するチャールズを見ておかしそうに笑うピビー。
「わかった。これ以上は聞かないよ。でも、そのままでは作戦に支障をきたすだろ? ちょっと静かにしててくれるかい?」
「う、ううむ」
そしてピビーは四つん這いになったチャールズの背中に手を当てる。
「ほぐうっ!」
「大丈夫。力を抜いて深呼吸をするんだ。吸って……吐いて……」
「すうーっ。はあーっ」
「……よし、もういいよ。どうだい?」
「ん……お、おお? 痛くない!」
チャールズは首をかしげながら、体のあちこちを動かしてみせた。
「ピビーはあたしたちと違って稀能を使えるわけじゃないけど、独学で気功を勉強したそうよ」
鎮鈴さんは自分のことのように得意げだ。
「そんなわけで、みんなピビーと仲良くしてあげてね」
「皆さん、よろしくお願いします。エリア5.1のことなら僕に任せてくれ」
「はーい!」
凛夏だけが元気な声をあげた。
あの売女め……もうイケメンマジックにかかりやがったのか。クソが。
葵姫たんを見習えっつーの。
それにしてもチャールズはどうしてケツをケガしてたんだろう。
ピビーとチャールズ、鎮鈴さんは男子部屋にこもって今後の打ち合わせを始めた。
あぶれた俺は葵姫たんに会いに女子部屋までやって来たが、葵姫たんは外出中だったので仕方なく凛夏とだべっていた。
「博士の紹介って信用できるのかよ。エリア5.1ポキールの仲間だったヤツだろ」
「うーん、信用できると思う、よ」
「なんだそりゃ。おまえもアレか、イケメン外人に一発で惚れたオチか?」
「ちっ、違うもん!」
「じゃあどうして無根拠に信用してるんだよ」
「それは……えと……」
「ほら、答えに詰まってんじゃねーか。いいよ、惚れたんだろ?」
「……」
「照れるこたぁねーだろ。チ●ポも一メートルくらいありそうだし、いいと思うぜ」
「違うって言ってるでしょっ! そういう人の話を聞かないところ、良くないと思うよ」
「……はいはい。俺が悪かったよ。ってか、葵姫たんどこ行ってんのかな?」
「散歩って言ってたけど……」
「まだ怒ってる?」
「怒ってるというか……昨日からちょっとヘンだよね。私ともあんまり話してくれないし」
「元々しゃべらなくね?」
「失礼ねー。凡ちゃんがいないところでは色々しゃべってるもん」
「……ほう」
マジか!!
「葵姫たんってしゃべんの? どんなこと話すんだよ」
ベッドに飛び乗って迫る俺は凛夏はひらりとかわした。
俺は勢い余ってベッドから落ちてしまう。
「別にどうだっていいでしょ? 男の子には聞かれたくない話だってあるし」
「どんなの?」
「聞かれたくないって言ってるでしょ!」
凛夏は顔を背ける。
「……たとえば、週に何回してるか、とか?」
パンッ!!!
久々に強烈なビンタに見舞われた。
「最悪。もー部屋に戻ってよ! デリカシーないんだから」
追い出されるように俺は部屋を出た。
……はあ。
暇だ。
せっかくラスベガスに来たってのに、葵姫たんとデートもできないし、部屋は追い出されるし。
どーやって暇を潰せばいいんだよ。
金もねーし……お?
(ラッキー)
ポケットの中に百ドル札が入っていた。
そういや部屋に戻る途中にチャールズがくれたんだったな。
百ドルって、異世界では一万円以上の価値があるんだったっけ。
そんだけあれば暇つぶしくらいはできるだろ。
「どっか出かけるか」
観光名所とかあんのかなー?
ま、適当でいっか。
エレベーターを降り、ロビーから外に出る。
秋の冷たい風がびゅうっと吹き付けた。
「おー、寒っ。こないだまで暑かったってのに」
とりあえず大通りに出るかな。
タクシー乗り場を横に見ながら通りへ向かう。
途中、円形の巨大な池が目に入った。
池の中央には噴水がある。
七色にライトアップされ、五階建てくらいの高さまで水を噴き上げる様はまるで巨大クジラだ。
「すげーな。こんな意味ねーもんにも金かけやがって……ん?」
池の縁に誰かが座っている。
(あれは――葵姫たん……だよな?)
いつもの巫女装束のようなものでなく、水色のパーカーを着ているので一瞬迷ったが、間違いない。葵姫たんだ。
彼女は噴水を背にして大通りのほうをぼーっと見ていた。
ただでさえ天使な葵姫たんは、七色のライトに照らされてその神性を三百倍くらいにブーストしていた。
(くっそ可愛い……何見てんだ?)
何となく声をかけにくかったので、近くにあった看板の裏に身を隠しながら彼女の様子をうかがった。
「……」
葵姫たんは横顔も綺麗だ。
切れ長の瞳に街のネオンが反射してキラキラ輝いている。
(寒くないのかな?)
寒さに体を震わせながらしばらく観察していると、葵姫たんはポーチからスマホを出して手に取った。
(うおっ。どこにかける気だ? まさか援交――?)
スマホを耳にまで持っていったかと思うと、ため息をついて手を下ろす。
彼女はそんなことを何度も繰り返していた。
「……はっ!?」
わかった。俺だ。俺にかける気だ。
葵姫たんは俺に告白しようとしてるに違いない。
ところが勇気が出ずに、電話できないんだ。
なるほど、そうだったのか。照れ屋さんめ。
俺は葵姫たんに声をかけることにした。
襟をただし、靴紐をしっかりと結ぶ。
「あー、あー。よし、おっけー」
一番ダンディな自分の声を確認し、背後から葵姫たんに近づいた。
心臓が高鳴る。
告白ってこんなに緊張するものなのか。
ああ、でもこれで数分後には葵姫たんは俺の彼女だ。
いくしかねー。
俺は、彼女まであと一歩のところまで進み、声をかけた。
「――葵姫たん」
「……」
彼女は振り向かなかった。
運命の王子様が後ろにいるというのに、気づいていないはずはない。
俺の気配にも、声にも気づいているはずだ。
「葵姫たんの気持ちに気づくのが遅くなってしまったよ。すまない、こんなに待たせてしまって……」
「……」
「俺たちは、その――アレだ。戦闘でも、性的にも最高のパートナーであり――」
「……」
葵姫たんは無言で立ち上がった。
(キターーーーー!!!)
いよいよ、振り向いてブチューのシーンだ。
と思ったら、そのままスタスタとどこかに歩いて行ってしまう。
「葵姫たん!」
「……」
俺は追いかける。
想像以上に早足で、なかなか距離が詰められない。
「葵姫たん! 俺は永遠にアイラブユー。おーけー?」
「……」
「どうしたんだい? 君の凡太がやってきたんだよ」
「……」
「葵姫た――」
「ついてこないでッッ!!」
突然振り返った彼女は、悲鳴まじりに声を上げた。
「えっ!?」
それ以上に俺を驚かせたのは、彼女の瞳に大粒の涙が浮かんでいたことだった。




