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第六十話 一〇〇ドルの涙

 カジノのエリアは、三階くらいまで天井をぶち抜いた巨大な吹き抜けになっていた。


 入口付近にはスロットマシンが所狭しとひしめきあっている。

 奥に進むとテーブルがいくつも並んでいて、どうやらポーカーやバカラ、ルーレットなどが行われているようだ。



 さて、まずは凛夏を探さないと。

 んでもって軍資金をゲットだ。


 どこにいるのかな?


「ヘイ、ボーヤ」


 ベストを着た背の高い男が話しかけてきた。


「貴様、未成年チャウノ?」

「俺は二十歳だっつーの」

「イイカラ身分証見セナハレ」


 身分証?

 俺はパスポートを手渡した。


「ホホウ。貴様、アウトネ。ゲームシチャダメヨ」

「え? 未成年じゃないのに?」

「二十一歳以上オンリー。空ッポノ脳ミソデ、ワカルカナ、ボーヤ?」

「はあ?」


 二十一歳以上なの?


「用事ガ済ンダラ、トットト帰レヨ」

「はいはい、わかりましたよっと。人を探してんすよ。それじゃ」


 見た限り、スロット台には座っていないようだ。

 あっちかな?


 さらに進むんだ一角には飲食スペースがあった。


「ここにもいない、か」


(あいつ未成年だし追い返されたんじゃねーか?)

 

 と考えていたら、背後からわっと歓声が上がった。

 振り返るとおびただしい人数のギャラリーに囲まれたテーブルがあった。


(何だろう?)


 背伸びしても見えないので、かきわけながら人ごみへ入っていく。


 それはルーレット台だった。

 ディーラーが回転盤を回し、ボールを投げ込む。

 テーブルに座っている人たちは次々とチップをベットして……ってあれ!?


「凛夏じゃねーか」


 テーブルの反対側に座っているのは凛夏だった。

 不慣れな手つきでチップの山を移動させている。


 ギャラリーがざわついた。


「マタ圧勝カヨ」

「クレイジーガールネ」


 そしてボールがポケットに落ちると、凛夏のチップはドバッと増えた。


「ウオオオオオ!」

「スゲェ……コレデ何勝ダ?」

「イカサマジャネーノ?」


 凛夏は照れくさそうに頭をかいている。


(……何じゃ、そりゃ?)


 まさか、あいつ勝ってるのか?


「凛夏!」

「あ、凡ちゃん」


 回り込んで隣に座る。


「待ってて、これで終わりにするから」

「これでって……おい!」


 回転盤が回り、ボールが投げ入れられた。

 凛夏の顔つきが変わり、張っていたチップを動かす。


 そしてボールは見事凛夏の張ったポケットに落ちていった。


「ウオオオオオオオオ」

「スゲーヨ日本人! 乳ハネーケド運ハアル!」


 わずか数十秒でチップが何十倍にも膨れ上がるのは、信じられない光景だった。







「おまえ、あんなにギャンブル強かったの?」

「そういうわけじゃないけど、運が良かったっていうか」

「運が良いからってあんな賭け方しないだろ!」

「……え、英語よくわからないから。すごい賭け方だったみたいね」

「すげーなんてレベルじゃねーだろ。全部でいくらだ? いくら儲けたんだよ」

「えーと……その、そういう話は部屋でしない?」


 俺たちはカジノ内の飲食スペースで話していた。

 凛夏の勝ちをずっと見ていた強欲ヤローが周囲の席を埋め尽くしている。


 確かにここは居心地が悪い。


 バーになっているというのに、アメリカの法律で二十歳は飲酒できないらしい。

 おまけに強欲ヤローどもの視線に晒されっぱなしだ。


「部屋まで戻るにしても、護衛が必要なレベルだな。強盗が出るぞ、これは」

「ええっ!? 考えすぎじゃない?」

「じゃあ、どうして俺たちのそばを離れないんだよ」

「うーん……幸運にあやかりたいとか?」

「それもあるかもしれねーけど、絶対悪いこと考えてるヤツもいると思うぜ。どう見ても一〇〇万ドル以上勝ったろ?」

「まあ、そう、だけど……」

「チャールズから渡された資金は?」

「えっと、一〇〇〇ドル」


 一〇〇〇ドル!?


「そっからそんなに増やしたのかよ!? 何なんだおまえ」

「よくわかんないけど、ずっと勘が的中し続けたの」


 イカサマしたわけじゃないのに、そんな大勝ちするわけないだろ……不気味な話だな。


「っていうか、ある程度勝ったところでVIPルームとかに案内してもらったほうが良かったんじゃねーの? マジで危険だぞ」

「そ、そうだね……」


「ここでチャールズを待ったほうがいいかもな。安全に部屋まで戻る方法を教えてくれるかも。つか、護身のために鎮鈴さんと身体交換してもらうのもいいかもな」

「……うーん、他人の身体に入るのって、なんかやだなあ。凡ちゃんは身体交換トレードを体験したことあるの?」

「え? あ、ああ。まあな」

「……いやらしいことしたんでしょ?」

「してねーよ」


 もちろん嘘だ。

 エロいことしようとしたら、ハサミで切られそうになったからなあ。

 せっかく素晴らしい稀能パーソナリティなのに、使い手が鎮鈴さんではもったいないよな。

 あの人は危険すぎる。


 あーあ、俺も身体交換トレードを使えたらなあ。

 エロいことやりたい放題なのに。


 凛夏の稀能パーソナリティもいい加減教えてくれてもいいのに。

 俺に教えない理由があるのかなー。


 ひょっとすると、こいつも鎮鈴さんのようにエロ系に応用の利く稀能パーソナリティを持っているのだろうか。

 それなら俺に教えないのも納得いくけど。


(――どんな風にエロい稀能パーソナリティなんだろう)


 エロい稀能パーソナリティと決め付けた俺は凛夏の顔を見た。

 お互いの視線が重なる。


 長いまつ毛。

 ぱっちりした二重の瞳。


 こいつ、葵姫たんのせいでかすんで見えるけど、ルックスはかなり良い部類に入るんだよな。

 貧乳ってのと、凶暴なとこさえなければなー。


 再会した頃よりは少しマシになったけど、もうちょい暴力を減らせば可愛く感じるかもしれないのに。

 もったいねーよな。


「あーサイアク。鎮鈴さんも凡ちゃんとは交換したくないだろね」


 落ち着かない様子で凛夏は髪をいじっている。

 心なしか少し顔が赤いような気がする。


 俺が鎮鈴さんの身体に何をしたのか、想像したのかもしれない。

(自分の想像で赤くなるなんて……セクハラしがいのありそうなヤツよ)


「……!」


 今度はにらまれた。

 一体何を考えてんだか。


 こいつの頭の中はまるで想像がつかない。



 ブルルルル……。


 ポケットの中で携帯が振動する。

「チャールズからだ」


 どれどれ――おっ、ホテルに戻ってきたみたいだ。

 せっかくだからこのままここに来てもらおう。


「もしもし? 相談したいことがあるから、カジノ内のバーに来てもらえます?」








 チャールズと合流した俺たちは、彼の手引きでチップを現金化した。

 そして鎮鈴さんに凛夏の護衛を頼んで、俺とチャールズはカジノに残った。


「チャールズ、あと五〇ドル。五〇ドルだけお願いします!」

「またか、鈴木くん。いったい何度目だと思っているんだね」

「いいじゃないすか。凛夏が一二〇万ドルも勝ったんですから、本当に最後ですから!! ……ありがとうございます!」


 俺たちは横に並んでスロットマシンに興じていた。


 五〇〇ドルを小遣いにもらって、息抜きを楽しんでいたのだ。

 しかし俺の資金はあっけなく尽きた。


 チャールズは勝ったり負けたりを繰り返しているようだ。


「お、また当たってるじゃないすか」

「フフ。若い頃『ギャンブラー山田』と呼ばれていた私をなめてもらっては困るよ」

「……それ、悪口じゃないっすか?」


 おっと、俺も当たった。

 よかった、これで少し延命された。


 ここから逆転してみせる!


「……」

「……」


 二人とも無言で打ち続ける。


「鈴木くん、ピヒビッテスくんとは話したのかね?」

「ピヒ? ああ、例の協力者ですね。話してないっすよ」


 ピヒビッテスとは鎮鈴さんが連れてきた、エリア5.1の元関係者だ。

 三十代くらいで背が高く、ハリウッドスターのようなルックスを持っていた。

 イケメンは無条件で敵視する悪い癖がついつい出てしまって俺は挨拶すらしなかったけど。


 女ばかりのパーティーに男が入ってくるのはよろしくない。

 葵姫たんがヤツに惚れてしまったらどうすりゃいいんだ。


 時代劇大好きっぽいから外人に惚れることはないとは思うが、不安は消えない。


(クソッ、いやなこと思い出しちまったな)


「ハイ!」


 苛立ちを殺すようにボタンを叩いていると、後ろから声をかけられた。


「ん?」


 マッチョな黒人が笑みを浮かべている。

 ヤツは俺の顔を数秒見てから、「ハウマッチ?」と聞いてきた。


「何言ってるかわかんねーよ! 負けててイライラしてるんだから、あっち行っておくんなはれ! しっしっ」


 俺は黒人を追い払った。


 少しはめげるかと思ったが、ヤツは全然悪びれた様子もなく隣のチャールズに話しかけた。


「ハウマッチ?」


 チャールズはにっこり笑って答えた。


「一〇〇ドル」

「オー、グレイト!」

「サンキュー」


 黒人とチャールズはガッチリと握手しあった。


「何話してるんすか?」

「『いくら勝ったんだ?』と聞かれたから、答えたんだ。君は慶包大学なのにこんな英語もわからないのかね?」


 チャールズは挑発するようににやけた。


「~~~~!!」


 くそっ。馬鹿にしやがって。


「カモン、ブラザー」

「オッケーオッケー、マイフレンド」


 外人は馴れ馴れしくチャールズの肩に腕を回し、そのまま二人でどこかに行ってしまった。


 コインが切れた俺は、面白くない気分を引きずりながらチャールズのスロットマシンを乗っ取った。


(……お、当たった。俺にもツキがまわってきたか)


 その後しばらく当たりとはずれを繰り返していたが、やがて負けが込んできて、とうとう俺はすっからかんになってしまった。



 チャールズは帰ってこない。





 仕方ないので俺は部屋に戻ることにした。

 カジノを出てエレベーターホールに向かう途中、男子トイレから出てきたチャールズとばったり会った。


「チャールズ」

「す、鈴木くん……」

「どこ行ってたんすか? 残りのコインも使っちゃいましたけど、戻ってこないのがいけないんすよ?」

「そ、そうか……す、すまなかった」


 チャールズは痛そうにケツを抑えながら不自然な姿勢で歩いている。


「どうしたんすか? でっかいうんこでも出たんすか?」


 俺の問いに対してチャールズは無言で首を振った。


「いいんだ、へ、部屋に戻ろう」

「……?」


 ケツを抑えながら歩くチャールズの尻ポケットから、くしゃくしゃになった一〇〇ドル札が覗いていた。

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