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第五十八話 ラスベガスへ

 凛夏から会心の一撃をぶち込まれた俺は、疲れが溜まっていたのかそのまま泥のように眠ってしまった。

 夢すら見ない深いの眠りから目覚めた頃には、既に午後になっていた。



「修道院?」


 思わず俺は聞き返す。


「うむ。ここから北東に一二〇〇キロほど離れたところにあるらしい」


 チャールズはうなずき、ナプキンで口元を拭いた。


 一二〇〇キロ!?

 東京から九州行くよか遠いんじゃねーの_?


「なんでそんなとこに行くんすか? エリア5.1は?」


「もちろん行くとも。シュウド修道院こそが、エリア5.1の裏口なのだ」


「????」


 何を言ってんだ?


「俺が寝てから、話がどう進んだのかよくわからないんすけど……。博士は場所を吐いたんすか?」

「うむ。葉月くんが聞き出してくれたんだ」

「えっ?」


 凛夏が?

 それは意外だが……一体どうやって?


 あれほどまでにウンモ星人を恐れていた博士から情報を聞き出すのは簡単ではないと思っていたが。

(まさか、脱いだのか? エロ博士だっていうしな。でも……)


 俺は風呂上がりの凛夏を思い出した。

 ピンクがかった白い肌と、背中から腰へのラインはまあ、綺麗と言えなくもない。

 でも……。


(鎮鈴さんと違って胸もねーしなあ。外人の裸に見慣れてる博士に刺激を与えるのは不可能だと思う)


「つーか、全裸になっても凛夏の身体じゃ情報を聞きだせるとは思えな……ほげッ!?」


 俺はテーブルの料理に顔から突っ込んだ。 


「失礼ね! そんなことしてないわよ!」


 いつの間にか凛夏が俺の背後にいたらしい。


「お、おう。リンポコ。おまえら買い出しに行ったんじゃ……」

「戻ってきたの。もうお昼過ぎよ? 凡ちゃん寝すぎだってば」


 寝すぎ……?

 俺はまだ時差ぼけすら治ってないんだが……無茶苦茶ほざきやがって。


「葵姫たんも戻ってきてんの? 呼んでくれよ。ウインナーあげようと思って残しといたんだ」

「ダーメ。葵姫さんは忙しいし、凡ちゃんが言うと下ネタにしか聞こえないし」

「は? どこが下ネタなんだよ」

「えっ。そ、それは別に……凡ちゃんが言うと全部下ネタなの!」

「無茶苦茶ほざくなお前。博士に色仕掛けしたビッチのくせに」

「はあ!? 違うって言ったでしょ!?」

「どう違うんだよ! 玉金大好きビッチで『たまびっち』と呼んでやる」

「……頭おかしいんじゃないの?」

「おかしいのはテメーの貞操観念だって言ってんだろーが!」

「だーかーらー! それは違うって言ってるでしょ!!!」


 フォークを置いたチャールズが間に入って俺たちをいさめる。


「まあまあ。夫婦喧嘩はそのへんまでにしてくれたまえ。葉月くん。食事が終わったらすぐに出発する。タクシーを呼んでおいてくれ?」

「えっ。は、はい。わかりました! またあとでね、凡ちゃん」


 『夫婦』を否定する間もなく話は進められ、凛夏は部屋を出て行った。

 鎮鈴さんは、博士を保護するため夜中のうちにスーパーフリー・メーソンの基地へ向かったらしいし、葵姫たんは買い出しに行ってるという。


 室内が静かになったのを確認して、さっきの話題に戻す。


「実際のところ、どうやって博士から情報引き出したんすか? それは信用できるんすか?」

「ああ。間違いない、信用できる情報だ」

「……」


 半分しか返答してもらえない。

 当然、これじゃに落ちない。


「どうしたんだね?」

「どうやって聞き出したのかは内緒っすか?」


「……」


 チャールズは無言で俺を見つめる。


 俺に話すべきか迷っているのだろうか?

 そんなに俺に言っちゃまずい内容だというのか。


「い、一応言っておきますが、凛夏がどんなエロいことをしてても俺は引かないっすよ? 葵姫たんだったら困るけど」

「……」


 嘘じゃない――と思う。

 凛夏が博士に何をしたところで俺には関係ない。


 チャールズはじっと俺を見据えたままだ。


 博士に体売った説が俺の中でどんどん真実味を帯びてくる。


 ……。




 ……何だろう。

 胸がモヤモヤする。

 葵姫たんさえ汚れないのなら、凛夏が裸になろうが売春婦になろうが全然関係ねーはずなのに。


 正体のわからないむかつきのようなものがこみ上げてくるが、それが何故なのかはわからない。


(ガキの頃からあいつを知ってるからな……父性本能みたいなものなのか?)


 うーん、ちょっと違うな。

 じゃあ、俺のほうが三歳も年上なのに、ヤツに初体験を先に果たされた妬み……?


 それも違う、と思う。

 俺がババアを抱くのと同じだもんな。羨ましいどころか恐怖体験に近い。


「どうしたんだね、鈴木くん」

「いえ、別に」

「葉月くんがどうやって情報を引き出したのか、知りたいかね?」

「……まあ、そりゃあね」

「本当に、いいのかね?」


 念押しするように、チャールズは言った。


「何すかそれ。脅し?」

「君の好奇心がどの程度なのか知りたいだけだ」

「……」

「……」


 俺たちは無言で見つめ合う。


「……わかった。いいすよ、話さなくても」

「本当に、いいのか?」

「ああ」




 この話題にはもう触れたくない――そう思った。





「ごちそうさま。で、すぐに出発するんすよね?」

「ああ。準備ができたらフロントまで来てくれ。君は顔が報道されている、サングラスと帽子を忘れずにな」

「はいはい」



 ホテルを出た俺たちは空港へ向かった。



「俺、窓際の席ね!」

「はいはい。じゃあ私は隣でいい?」

「はあ? なんでお前なんだよ」


 俺は葵姫たんを見た。

 不自然なほど、こちらを見ない。


(一晩経ってもダメか。完全に嫌われちまったかな……)


「ほら、奥詰めてよ」


 凛夏に押し込まれるように席に座った。


「なあ、葵姫たん俺のこと何か言ってなかった?」

「ううん、別に?」

「怒ってんのかな? でも、不可抗力だよなあ。あれは」

「気になるなら聞いてみたら?」


 凛夏の席と通路を挟んで反対側の席にはチャールズが座り、葵姫たんはさらに奥に座った。

 俺からは一番離れていることになる。


「……避けてるよな、あれ」

「わかんないよ。気になるなら聞いてみればって言ってるでしょ」

「やだよ、俺ナイーブだから」

「凡ちゃんがナイーブ? あっははは。冗談やめてよ」

「冗談じゃねーっつーの! ガラスのハートなんだぜ?」

「凡ちゃんがガラスなら、私は金魚すくいの紙ね」

「……それはおまえの処女膜だろ。……げごふっっ!」


 俺の頭は窓ガラスに激しく叩きつけられた。


「お、おい凛夏! 血、血だ! 血が出てるぞ!」

「うるさいわねー。絶対時間モラトリアムが出なかったなら死なないでしょ」

「最悪だ、こいつ……」



 そうこうしているうちに離陸の時間になった。



「そーいやどこ行くんだっけ? なんたら修道院?」

「シュウド修道院でしょ」

「その人を食った名前は何とかならんのか」

「そんなの私に言わないでしょ。でも、ラスベガス経由で行くのよ」

「ラスベガス?」



 俺の頭の中に、最近やったレトロな格闘ゲームが浮かんだ。

 ボスキャラのボクサーが守るラスベガスステージは、きらびやかなネオンで包まれていて、セクシーな姉ちゃんが歩いていた。


 あれか。ギャンブルの街。大人の街。

 やべえ!

 ラスベガス、楽しそう!


「ラスベガスに何しに行くんだっけ?」

「チャールズさんから聞いてないの?」

「覚えてねーわ。寝ぼけ半分だったし、メシ食ってたしな」

「えっとね。鎮鈴さんと、案内人の人と合流するのよ」

「案内人?」

「昔エリア5.1に勤めてた人を博士が紹介してくれたんだって」

「ほう。信用できんのか?」


 怪しすぎる。

 あれだけウンモ星人を恐れていた博士が、次から次へと友好的になるとは信じがたい。

 案内人を紹介するふりをして、俺たちを敵に売り渡したりしねーだろうな。


 凛夏は、こっちを向いて微笑んだ。


「大丈夫。絶対に信用できる人だから」

「……?」


 こいつがこんなに自信満々で言うことなんて珍しいな。

 どうして会ってもいないのに信用できるというんだろう。


 まあ、会ってみればわかるか。

 今は博士の情報にすがるしかないわけだし。


 いざとなっても、俺がみんなを守ればいいだけだ。



(ラスベガスか……楽しみだな)



 俺たちを乗せた飛行機は、地平の彼方へと飛んでいった。

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