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第五十四話 疑心暗鬼

「じゃあ、話してもらいましょうか。博士」

「わ、私は何も知らん。帰ってくれ!」


「何も知らないってことはないっすよね? さっき俺を撃ったし」

「ち、違うんだ。あれは君の後姿がムカついたから、つい……」


 なんとお粗末な言い訳だ。

 ムカついたくらいで撃たれてたらいくら身があっても足りないっつーの。


 俺は割れた窓から外を見た。

 爆発の痕跡は、さっきやって来たスタッフたちが全て持ち去ってしまい残っていない。

 しかし店内の壁には無数の弾痕が残っている。

(はあ。銃に撃たれるようなことにもすっかり慣れちまったけど、なんだかなぁ……)

 背もたれに身を預け、大きく伸びをした。


「博士。あなたのことは誰にも話しません。教えてもらえませんか?」


 鎮鈴さんはトレボー博士の手をとる。

 そういやエロ博士と名高いんだったな。これなら……。


「だから私は何も知らん! 頼むからそっとしておいてくれ」

「お願いします」


 鎮鈴さんは博士の手を引き、自分の胸に触れさせた。


「むっ!? ……むう」


 博士は目を開いたまま手を奮わせる。

 さっきの爆発のせいでカーディガンの下はブラだし、噂どおりのエロじじいなら効果がないとは思えないが。


「お願いします」

「く……そ、それでも私は知ら……し、知……知ってます」


 脂汗を流しながら、博士はがっくりとうなだれた。


 あっさり落ちたな。

 このじじいも半世紀以上童貞を貫いた先輩なのかもしれんな。


「教えてください。エリア5.1の裏口はどこにあるんです?」

「そ、それだけはビーチクをつつかせてもらっても言うわけにはいかんのだ……」

「つつかせませんから、ご安心を。『シュウド』とは一体どこなんです?」

「っ……! つつかせてくれんのか!?」

「それはあなた次第です」


「……うあぁあ」


 トレボー博士は変なうめき声をあげた。

 瞳孔を開いたまま、両手の指で虚空こくうを揉みしだく。


 どこがノーペル賞受賞学者だ。

 天才とアレは紙一重というけれど、彼の場合、とてもじゃないが紙一重とは思えない。

 デッドラインをオーバーしているのは確実だろう。


 アメリカに来てからろくな人物と出会っていない気がするが……。

 『類は友を呼ぶ』という縁起でもない言葉が頭をよぎったので、無理やり振り払った。

 いらつきを吐き出すようにため息をつく。


「博士。こうして問答していてもきりがないでしょう。男らしく一発お願いします」


 鎮鈴さんは根気強いな。

 俺だったらそろそろパンチしてしまいそうだ。


 空気を揉み終えて満足したのか、博士はテーブルの上に手を下ろした。

 しわだらけの拳をぎゅっと握り、体を震わせる。


「…………わ、私だって……」


「え?」


 蚊の泣くような声で博士は言葉を搾り出した。


「私だって、話してやりたい……。奴らの陰謀を阻止し、この世界を元に戻してほしいとは思っておる。しかし……」

「しかし……?」

「私は奴らに監視されているのだ。さっきの襲撃もそうだ。よそ者が私に接触しようとすると、奴らはすぐに攻撃に出るのだ」


 博士はちらりと俺を見た。


「君を撃ったのも仕方なかったんだ。ああでもしない限り、私ごと殺されたかもしれぬ。私は奴らが恐ろしいのだよ……」


「……」

「……」


 俺と鎮鈴さんは顔を見合わせる。


「よそ者が接触しただけで発砲って、メチャクチャじゃないすか?」

「ありえない話じゃないわ。それが奴らのやり方よ」


 そうだったのか。

 非常識なことばかり起きているし、今更突っ込む気はない。

 現に何度も殺されそうになっているし。


 その時、ガラスの割れた窓の外を車のエンジン音が近づいてくるのが聞こえた。

 博士は「ひっ」と小さな声をあげて体を隠した。


 ただの住人だったのか、車はそのまま通り過ぎて行った。


 この様子、怯えているのは本当のようだ。


 俺は鎮鈴さんに耳打ちした。


「どうします?」

「うーん……もう少しエロを強めてみるしかないかな。鈴木くんはあっち行ってね」

「マジすか!」



「ねえ、ニュース見て!!」


 カウンターでマスターと話していたはずの凛夏が駆け込んできた。


「何だよ。こっちは今大事なエロ話をだな……」

「大変なの! 早く来て!」



 なんだなんだ、と俺たちは凛夏に続いてカウンターへ向かった。


 壁にかけてある大型テレビにはニュースが映し出されていた。


「マスター、一分くらい前まで巻き戻せますか?」

「アイヨ、チンポヤロー」


 凛夏はやけに深刻な顔をしていた。

 一体何のニュースだというんだよ。


 画面にはツルッパゲのニュースキャスターが映し出された。

 キャスターが読み上げるニュースが、自動翻訳で日本語で表示されていく。

 

『本日午後三時四二分、カリフォルニア州カウパーブッカケル・ヒル三丁目に住む無職トレボー・タマブクロ・エキノコックス容疑者(六四)を強制猥褻わいせつ容疑で国際指名手配しました』



「えっ!?」


 凛夏とマスターを除く全員が声を上げた。


「博士! 何かっちゃったんすか!?」

「わ、私はやっていない! 潔白だ!」


「しっ、静かにして二人とも」


 鎮鈴さんに叱られてしまった。


『エキノコックス容疑者は、在米日本人ボンタ・スズキ容疑者(二〇)とともに「黄金水の夜明け団」を名乗って、昨年末より男性相手の強制猥褻事件を重ねており――』


「ちょっと待て! そんなの名乗った覚えねーぞ!? ていうか俺はホモじゃねーよ!」


 俺は反論した。

 冗談はやめてくれ!


『エキノコックス容疑者とスズキ容疑者を見かけた方は最寄の警察署までチクリを入れてください。それでは次のニュースです。大統領が発案したポコチンチャンバラの世界大会が――』


 凛夏が俺を見ていた。


「ち、違うからな! そんなことしてねーぞ俺は! 大体俺は昨日アメリカに来たばっかじゃねーか!」

「……うん、わかってるよ。でも、こんな報道されたら今日から動きにくくなっちゃうと思って……」


「あああああああああああああああっっ!!」


 突然の絶叫に振り返る。

 トレボー博士がふらついてカウンターにもたれかかった。

 『絶望』としか形容しようがない表情を浮かべて。


「もうダメだ! 私は何も話していないのに! 栄光で彩られた私の輝かしい人生はもうおしまいだ!」


 こんな状況なのに、微妙に自虐風自慢してるあたりがちょっとムカつく。

 まあいいけどさ。



「博士、心中察します。しかし奴らの敵とみなされてしまった以上、我々に協力するのが得策と言えましょう」

「う、うう……ノーペル賞までとったのに! 最後は猥褻犯で終わってしまうのか……」

「博士! しっかりしてください!」


「……家に帰してくれ。こんな店に来るんじゃなかった……」


「いま帰宅するのは危険です。荷物をまとめて我々と行きましょう」

「……あひ、あひひひひひゃひゃひゃ……」






 あっ。壊れちゃった。






 博士は白目をいて笑い続けている。


「ど、どーするんすか? もうダメっすよ。エリア5.1の裏口わからないじゃないすか」


 それより、ここにFBIとか来たらやばいんじゃないのか。

 猥褻罪でパクられるなんてごめんだぞ俺は。


「とりあえずホテルに戻らねーっすか? 凛夏、タクシー呼んでくれ」

「う、うん。博士はどうするの?」

「決まってるだろ。博士も連れていこう」






 ホテルが見えてきた頃には、日が暮れようとしていた。

 昨日と同じホテルではない。

 葵姫たんに電話して、念のため別のホテルをとってもらったのだ。


 正面玄関前にタクシーを横付けしてもらう。


「あちょぷあちょぷ……」


 完全に壊れてしまった博士を凛夏と二人で車から降ろす。

 チャールズを迎えに行く鎮鈴さんを警察署で降ろしたのだが、二人がかりでは割と重労働だ。


 タクシーを見送ってから、建物を見上げる。

 昨日とはまるで別物。映画に出てきそうな巨大なホテルだ。

 ここに泊まれるのか(経費で)。


 ラッキー、役得だな。 


 あ、しまった。

 博士と俺はお尋ね者だったんだっけ。

 俺はサングラスと帽子をしてるからいいけれど、博士の顔は隠さないと。


「凛夏、何かいらないもんがあったらくれ」

「いらないもの?」

「何でもいいから、早く」


 宿泊客に気づかれてはまずい。


「よくわかんないけど、じゃあ、これ」


 ポケットティッシュを渡された。


「ふざけるなこの野郎! こんな小さいもんでどうやって隠すんだよ!」

「?? 何に使うの? じゃあ、これは?」


 レジ袋か……よし、でかした。


 俺はレジ袋を博士の顔にかぶせた。


「ンンンンン! ンググググ」

「博士、声を出しちゃまずいっすよ。静かにしてください」

「ンンンンンンン」


 やむを得ん。

 レジ袋を首まですっぽりと被せて、ズボンのベルトで首元をきゅっと縛った。


「ンンンンンン……ン、ン…………グ」


 よし、静かになった。


「じゃあ、部屋に行くぞ。何号室だっけ?」

「ぼ、凡ちゃん、それ危ないよ! 呼吸が……」

「ちょっとくらい大丈夫だって。急いで行くぞ」


 両脇から博士を抱えたままエレベーターホールへ進む。


「俺はここにいるからフロントからキーをもらってきてくれ」

「うん、わかった」


 凛夏を待っていると、宿泊客のおばさんが俺たちに視線を向けていることに気づく。


(……やばい、バレたか?)


「な、何すか?」


 恐る恐る尋ねると、おばさんは


「CUTE!」


 と言って親指を立てた。


 おばさんの視線を追って博士を見ると、レジ袋の口の部分が博士の呼吸にあわせて動いていた。

 博士が息を吸うと袋がベコンと凹み、息を吐くと凹みがなくなる。


「……ぷっ」


「凡ちゃん?」


「ぷっははははははははは! 何だこれ、おもしれー! 見ろよ凛夏!」


 なんと間抜けな絵面だろうか。

 完全につぼに入ってしまい、博士の頭を叩きながら爆笑した。 


「HAHAHA! COOL JAPAN!」

「CRAZY!」

「FANTASTIC!」


 周囲に人が集まってきてしまった。

 彼らは笑いながら博士にカメラを向ける。


「どーぞどーぞ! エレベーターが来るまで撮っていいよー!」

「……ちょっと凡ちゃん、博士本当に苦しがってるよ!」


 凛夏があわてて走ってきた。


「大丈夫だって、それにここで顔が割れたらヤバイ」

「でも、レジ袋かぶってるほうが怪しいと思うんだけど……」

「気にすんなっつーの」


 エレベーターがやって来た。


「サンキューサンキュー」


 俺たちはギャラリーに見守られながら、葵姫たんの待つ十階へと進む。


 十階に着くと、赤い絨毯じゅうたんが敷き詰められた長い廊下が目に入った。

 壁は金色で彩られ、天井にはシャンデリアが並んでいる。

 悪趣味だが豪華であることは間違いない。


「部屋は……一〇一九三号室か」


 案内板を確認する。

 ホテルの端から端まで一キロくらいあるような気がする。

 ……まるで東京駅の地下だ。


「うっわぁ……すごいね。世界一大きなホテルなんだって」


 そうだったのか。

 これなら俺たちの出入りも目立ちにくいかもしれない。


「七個目の角を右に曲がればいいみたい」

「なるほど」


 博士を引きずりながら進んだ。


 それにしても金ぴかだ。やたらチ●ポをかたどった像が並んでいるのが気になるが。


「これがなければもうちょい気分がいいんだけどな」

「そうだね、でも、ここトランポ大統領がオーナーなんだって」


 なるほど。


 トランポとは、現アメリカ合衆国大統領だ。

 歴代大統領の中でも最も偉大な一人と呼ばれ、就任以来数々の伝説を遺してきた人物でもある。

 日米首脳会談の際にもポコチンで首相と握手するなどの奇行も目立ったが、政治手腕は確からしい。


 俺たちの世界では精神病院に長期入院中のはずだが、こっちの世界では元気でやってるのかな?

 トランポがオーナーならこの内装も納得だ。


「それより凡ちゃん、博士の袋、脱がさないと!」

「大丈夫だよ、さっきまで暴れてたけど静かになったし」

「静かになったから言ってるの!」


「……仕方ねえなあ」


 廊下に人が出歩いていないことを確認してから、レジ袋をはずしてやった。


「……プヒュッ……ヒュー、ヒュー……」


「ぼ、凡ちゃん!? なんでビニールが二重になってるの!?」

「ああ、おまえがフロントに行ってる時にギャラリーにもらったんだ」


 レジ袋の下から現れた博士の顔は青ざめていて、ひどく汗をかいていた。


「博士、大丈夫か? ごめんな、暑かっただろ」

「……ヒュー、ヒュー」


「博士っ、大丈夫ですか? 私がわかりますか?」

「……ヒュー、ヒュー」


 呼吸ばかりして返事しない。


「まあ、いっか。奇声を上げるよりマシだ。んじゃ、行こう」


 博士の腕をぐいっと引っ張って、俺たちは廊下の奥へと進んだ。




「一〇一九一、か……じゃあ、隣の隣だな。もうすぐだ」

「ちょっと! 凡ちゃんも博士を引っ張ってよ! 重いんだから」

「まーまー、細かいことはいいじゃねーか。おっ、ここだな。葵姫たー……ん!?」



 ……何か聞こえる。




 部屋のドアに耳をつけて中の様子をうかがう。


「ならば伺おう。我らが命懸けで闘ったこの五年……お手前方はいったい何をした?」


 な、なんだ?

 葵姫たんの声のようだが……。


「どうしたの? 凡ちゃん」


「しっ、静かに」




 ……だめだ、声が小さくて聞き取れない。

 葵姫たんは誰と話しているんだ?




「凛夏。部屋に誰か来てるのか?」

「……葵姫さんしかいないはずだよ」

「誰かいるみたいなんだ」

「ええっ? 極秘任務だし、そんなはずは……」



 ドクン、ドクンと心臓が高鳴る。

 いやな予感がする。


 凛夏と顔を見合わせる。



「……」

「……っ!」


 何かに気づいたように、一瞬だけ……本当に一瞬だけ凛夏の眉が動いたのを俺は見逃さなかった。



「……おまえ、何か知ってるのか?」

「えっ? え、えと……その……し、知らない……よ?」

「嘘をつくな」

「う、嘘じゃない、もん……」


 目が泳いでいる。

 間違いない。

 こいつは何かに気づいた。または何かを知っている。



「ね、ねえ。一度出直そうよ」

「どこへだよ? 他に目的地なんてないだろ」

「で、でも……葵姫さん、急にドアが開いたら驚くかも」

「どうして?」

「ほ、ほら。お風呂上がりとか……」

「風呂上がりにどうして話し声が聞こえるんだよ」

「え、えと……」



 ダメだ。完全に何か隠してやがる。





(まさか……まさか葵姫たん、俺のほかに男が……!?)





 目の前が真っ暗になった。



 こういう時の予感は当たるものだ。

 葵姫たん……俺たちが悲しむようなことはしてないよね……?







「わ、私お腹が空いちゃったな。下のレストランで何か食べない?」

「……」


 俺を部屋に近づけようとさせない凛夏の手を振り払って、俺はカードキーを取り出した。

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