第五十一話 身体交換(トレード)
「警察!?」
俺たちの声はきれいにハモった。
「葵姫たん、どうしてチャールズが警察にいるんだよ? 何かやらかして逮捕されたのか?」
「……それはわからない。でも事情があってしばらく戻れないと言っていた」
ホテルに戻った俺たちは部屋で今後の予定を確認していた。
しかし、チャールズが警察にいるなんて聞いてないぞ。
戻れないって――拘束されてるんだろうか?
チャールズはああ見えて意外とむっつりしていそうだからな。
性犯罪でもおかしたんじゃないだろうな。
「しかし、チャールズが戻るまでは次の行動がとれねーじゃねーか、どうすんだよ」
俺はベッドに腰掛けた。
どうもアメリカは俺の肌にあわない。
チャールズのせいで無駄に滞在期間が長くなるのは困るぞ。
「それは心配しなくていいよ。あたしが知ってる」
ビールを飲みながら鎮鈴さんが言う。
「マジっすか? 黙々と飲んでるから、ただのアル中かと思ってたっすわ。よし、チャールズには内緒でエリア5.1に乗り込んじまおうぜ! なあ、みんな!」
「……それは無理だね。あんた考えが甘いよ」
最後の一滴まで飲み干した彼女は、空き缶をつまんでカラカラと振った。
「無計画に乗り込んだら三分で全滅するだけ」
このアマ……!
せっかく人がやる気になってるのに、士気を下げるような真似しやがって。
「鎮鈴さん、俺の戦い見てたでしょ? ぶっちゃけ無敵っすよ、俺。任せとけっての」
「はあ。おめでたいね、あんた」
「何がおめでたいんすか? 俺の稀能知ってるっしょ? 絶対死なねーし」
「……」
鎮鈴さんは空き缶をゴミ袋に放り投げると、無言で俺を見つめた。
「な、なんすか」
「じゃあ聞くけど、爆弾落とされたらどーすんの?」
「そりゃー避けるし」
「逃げ場がないくらい大量の爆弾を落とされたら?」
「安全な距離に移動するまで俺の絶対時間は持続するし、ヨユーっす」
「ふーん……」
鎮鈴さんは椅子から立ち上がった。
どうだ参ったか。論破ってやつだ。
高所から落とされても死なないテクニックを身に着けたし、俺を殺すなんて誰にもできないっつーの。
鎮鈴さんはベッド前の椅子に戻ってきた。
冷蔵庫から持ってきた新しいビール缶を手にしている。
――何本目だよ。
開けたビールをぐいっとあおる鎮鈴さん。
ぐびぐびと喉が鳴る。
ちょっとうらやましい。
「で、どうっすか? 俺は無敵だし、エリア5.1の場所さえ教えてもらえれば一人でドクトルを探し出してくることだってできますよ」
「ぷはーっ」
彼女は口元の泡を腕でぬぐった。
「甘い。あんた甘すぎるよ。バカじゃないの? 偏差値36の三郎、とかあだ名つけられてなかった?」
「……呼ばれてねーっすけど。ていうか俺、慶包っすよ?」
「異世界では定員割れなんでしょ? あんた程度の知能じゃ、こっちの世界じゃ、偏差値36くらいがいいとこよ」
ムカッ。
このアマ。さっきからブラチラしてるくせに調子こきやがって。
たっぷり視姦してくれるわ。
「……で、どこが甘いんすか?」
「あんたの絶対時間は相手に知られてる」
「そんくれー問題ないっしょ。相手は軍人と宇宙人でしょ? 余裕余裕」
「多分あんた、殺されないよ。殺せないから」
……へ?
何言ってんだこいつは。
「致命傷でなければあんたの稀能は発動しない。そうよね?」
「……」
「あいつらは別にあんたを殺す必要ないんだから。邪魔にならなければいいわけだから、捕まえてどっかに幽閉して終わり。一生ね」
「……」
な、なんだって――?
「あんたのお陰で計画が遅れてるからウンモ星人は怒ってるかもね。多分痛めつけられるよ。殺さない程度に」
「こ、殺さない程度って……ど、どんな?」
「一通り拷問はするんじゃない? まあ、あんたの精神がぶっ壊れたら終わりにすると思うけど」
「……」
「あたしからすれば、あんた程度の知能でここまで生きてこられたことに感心するけどね。バカ」
「……」
盲点だった。
――確かに、向こうに殺意がなければ俺には何もできない。
鶴川のヤンキーにも勝てない俺が軍人や宇宙人に勝てるわけがない。
(もしも、捕まったら――)
脳裏に不吉な未来予想図が浮かんだ。
一人でエリア5.1に乗り込んだ俺は、あっさりと守衛に拘束され、秘密の収容所に送られる。
爪をはがされ、水責めを受け、ポコチンに鉄アレイをぶら下げられ、屈辱的な日々が続く。
「〇七二番。独房を出て、今日の作業を始めろ!」
看守に起こされ一日は始まる。
そして誰もいないアラスカの永久凍土に十メートルの穴を掘り、翌日はそれを埋めるという不毛な作業を死ぬまで強いられる――。
(そ、そんな人生、嫌だ!)
脂汗がにじむ。
「ちょ、ちょっと鎮鈴さん。そんなに脅かすことないじゃないですか」
話に割り込んだのは、凛夏だ。
凛夏は隣のベッドに腰掛けた。
「凡ちゃん、青い顔してるじゃないですか! 鎮鈴さん、ベテランだからって言い方きついですよ!」
「あら、そう? 最悪の事態を想定せずに酷い目に遭うよりはいいかと思ったんだけど」
「だからって、言いすぎです! 『バカ』なんて言ったら凡ちゃん傷つきます!」
「バカにバカと言って何か問題でも? そういうあなたも年齢の割に貧乳ね」
「……っ!」
凛夏は胸を隠した。
俺は二人の胸を見比べる。
「ふっ」
比べるまでもない。
鎮鈴さんの圧勝だな。しかも美人。口は悪いけど。
本当に貧乳は気の毒である。
「ちょ、ちょっと……いま何考えてたのよっ」
「別に」
「せっかくかばってあげたのに!」
「頼んどりません」
「~~~~!! 知らないっ!」
凛夏は敵意をむき出しにしたまま出て行った。
乱暴に閉じられたドアが痛そうな音で泣いていた。
ま、いいか――って、よくない!!?
葵姫たんもいなくなってるじゃねーか!
いつの間に!
「あの子なら、さっき出て行ったよ。チャールズのところに行ったんじゃない?」
鎮鈴さんはビールを飲み干した。
き、気づかなかった。
葵姫たん……カムバック!
「……で? どーするの? 一人で乗り込むの?」
挑発的な眼がムカつく。
「ま、まあ。今回はやめておきますよ。一応ね」
「ふふっ。素直なところもあるんだね。あんたのやる気だけは買ってあげる。安心しなよ。あたしたちにやれることはある。いや、やらなくちゃいけないことがね」
やらなくちゃいけないこと?
「エリア5.1に正面から挑むなんてバカのすること。それこそ一国の軍隊レベル……いや、それでも無理なんじゃない?」
「じゃ、じゃあ、どうすれば――」
「ほい」
鎮鈴さんは何かを投げつけてきた。
「うおっ」
顔に当たる間際にキャッチしたそれを、ゆっくりと広げる。
それは、丸めた古い雑誌だった。
えーと、タイトルは……『Mature』?
つーか、英語じゃ読めねーよ!
「付箋のあるとこ、見て」
新しいビールを取ってきた鎮鈴さんもベッドの隣に腰掛けた。
彼女の髪からふわっといい匂いが香った。
言われたページを開くと、ピンクのパンツを被った白髪の紳士が、べろーんと舌を出した写真が載っていた。
「なんだ、このおっさんは」
「Trebor・Tamabukuro・Echinococcus博士よ」
「た、玉袋?」
「彼は日系人なの」
「そ、そうすか……で、何すか、この本。性犯罪者のリストっすか?」
「性犯罪者ぁ!?」
いきなり大きな声を出すからびっくりした……。
「ち、違うんすか?」
「犯罪者だなんて、とんでもないわ。彼はノーペル物理学賞を授与された学者よ」
「学者ぁ!!?」
今度は俺が叫んだ。
「嘘だろ? パンツ被って名前が玉袋なのに、が、学者!?」
「名前は関係ないでしょ」
「……う」
人は見かけによらないものだ。
「で、このおっさんが何をしたって?」
「これはトレボー博士がノーペル賞を授与された時の写真」
「そういうのあんまり興味ないんですが」
「違うのよ。そうじゃなくて、この写真おかしいと思わない?」
パンツを被って舌を出す老人。
「おかしいのは写真じゃなくて、頭では?」
「どうしてそう思うの?」
「パンツ被って出歩くなんて、どうかしてるっしょ?」
「ご名答、その通りよ。なかなか冴えてるじゃない」
「……なんかすごくバカにされた気分なんすけど?」
「そんなことないわ。ここまで堂々としてると意外と気づかないものよ」
「……はあ」
「このトレボー博士ね、今は隠居してるんだけど、以前はエリア5.1に勤務してたらしいのよ」
「えっ」
エリア5.1に? マジで?
……ひょっとして、ウンモ星人のテクノロジーを研究してたとか……?
「彼に接触して、エリア5.1に潜入する方法を探るのが、あたしたちの仕事」
「……は、はあ。しかし、そんなの教えてくれないのでは?」
「そこであたしの出番ってわけ。昨日のこと覚えてる?」
うーん。
昨日は連戦でやたら疲れてたし、正直覚えてない。
「……覚えてないって顔ね。ちょっとあたしを見て」
「はあ……って、あれ???」
……あれ? ど、どうなってんだ?
目の前に俺がいるぞ。
か、鏡??
「どう? 面白いでしょ」
うおっ! 俺がしゃべった!?
キモッ! 俺の声、キモッ!!!? 他人からはこう聞こえてたのか!?
「どうして俺がしゃべ……あれっ!?」
俺の喉から出た声も、高っっ!?
キモッ!
目の前の俺の声も、いま発した俺の声も、両方キモッ!
「あたしとあんたと体を入れ替えたのよ。これがあたしの身体交換」
「……っ!!?」
うおっ!!
ま、マジか!!?
本当だ、手が細いっ! あ、脚も!
ていうか、パイパイがあるやんけ!!
「トレボー博士は病的なほど性欲が強いと聞くわ。色仕掛けで落ちなかったら、博士の体を乗っ取って、エリア5.1に乗り込む!!」
目の前にいる俺(鎮鈴さん)がガッツポーズした。
「な、なるほど!!」
確かにそれならいけるかもしれない。
退職した人間が基地内に入れるとも思えないが、博士の知人のコネが使えるかもしれないし、可能性は出てきた。
「そういうわけで、鈴木くん。体返してもらうから、あたしの目を見て」
「えっ」
もう終わり!?
んなバカな! それはもったいねーぞ!
「ちょっと! 何してんの!!? 早くこっち見てってば! 胸を揉むな!! パンツに手を入れるな!!」
「あと三分! あと三分だけお願いします」
俺は必死に懇願する。
「……ふーん、あっそ。そういう態度とるんだ。じゃあ、いいよ。三分間ゆっくり楽しめば?」
鎮鈴さんは、カバンをごそごそとあさってハサミを取り出す。
そして自分の股間のファスナーに手をかける。
ま、まさか、切っ……。
「三分あれば切れるよね。ふふ」
「あー、ちょっと待って! わかりました! 目ぇ見ます。見ますから許して!!!」
「よろしい」
……ふう。助かった。
元の体に戻るやいなや愚息の感触を確かめ、切断されずにすんだ喜びをかみ締めた。
「じゃ、鈴木くん、そろそろ行こっか」
「へ? ど、どこへ?」
「トレボー博士のところへ」




