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第四十九話 恩師の言葉

「ぬあああああ!」


 凄まじいGが全身を包む。

 高層ビルの高速エレベーターの加速度を数百倍にした感じ。

 内臓が上に持ち上げられ口から出る!! ――という感覚を味わったところで、絶対時間モラトリアムが発動した。


(こんなところで発動しても、意味ねえよ!!)


 心の中で叫んだ。


 さっきまでの急加速から一転して、パラシュートでゆ~~~~~っくりと降りていくような感覚だ。

 とはいっても、ここは地上数十メートル。


 地面に激突した瞬間、肉塊となって死んでしまうのは確実だ。


 そうだ、五点着地というやつをやってみるか?

 着地する瞬間に体を回転させて衝撃を分散させるってやつ……練習もしてないのにできるわけねー!


 できたところで、この高さじゃ生きていられる保障はない!



 ゆっくりと地面が迫ってくる。



 なんて緊張感がないんだ。

 秒速一センチメートルくらいのゆったりペースで死が近づいてくる。


 っていうか……!


 今までは時間切れまでに攻撃の軌道をかわせばそれで済んだ。

 今回はどうすればいいんだ!?


 回避できるのか!?


 実時間で一秒後にはあの硬い地面に打ち付けられて、俺は死ぬ。


(マジで? ちょっとマジで!? マジかよ!!)


 どうすりゃいいんだ。


 全身をいやな汗が流れる。


(考えろ、考えろ、考えろ……!)


 ああ、もう!


 考えようとしても、地面から目が離せない。


 ギャラリーどもが上を見上げている。

 スマホで撮影しようとしてる野郎まで嫌がる!

 ふざけやがって……!


 凛夏が両手で目を覆っているのもみえた。


 あいつめ……早々に諦めやがったな。

 くそっ。


 そ、そうだ。

 凛夏なんかより葵姫たんは、どこだ?


 ――いた!

 走ってる、のか?


 彼女の目的地は……俺の真下?


(俺の落下地点で受け止めようというのか? 無茶だろ! 巻き添えになるだけだ)


 だけど、気持ちはありがたや……!

 葵姫たんの愛は決して忘れません!



 ん?


 鎮鈴がピザを持って走ってる……まさか、ピザをクッション代わりにしようとしてるんじゃ?


 それも無茶だ!

 俺の死体がただピザまみれになるだけだ!



 くそ……二人があそこまでして俺を助けようとしてくれているんだ。


 諦めずになんとか助ける方法は――。




 それもこれも、全部あのわけのわからねービジュアル系かぶれの基地外野郎のせいだ!

 どうして面識もない俺を殺そうとすんだよ!



 あいつめ……俺を見て笑ってやがる!

 許せねー!!


 俺の能力をなめやがって!

 痛い目に遭わせてやる!!


 俺はファスナーを全開にした。

 イタチの最後っ屁ってやつだ。


 これでもくらえ!!!



 俺は尿意を我慢していたことを逆手にとって、ヤツに向けて放水した。



 鉄砲水のようなスピードで俺の小便をくらうがいい!



 さて、すっきりしたところで自分が生き延びるための悪あがきをしねーと!


 俺が落下した高さは五十メートル以上はあったと思う。

 体感的にはパラシュート気分だが、現実では凄まじいスピードになってるはずだ。

 地面に激突したらひとたまりも……待てよ。


 パラシュート?

 そうか!


 ピンときた!


 俺は上着を脱ぎ、傘のように広げる。

 これで少しは落下の抵抗になるんじゃないか!?



 ――ダメだ!


 絶対時間モラトリアムが解除されない。

 ってことは、俺の生命は危機に晒されたまま……?



 もう一枚服を脱ぐ。

 今朝は寒くてよかった。

 厚着していたのが役に立った。


 時間ならたっぷりある。

 広げた服を丁寧に縛り、二枚重ねの傘にする。


 ――これもダメ!?


 じゃあ、もう一枚!



 ええい、ズボンもだ!!





 ――しかし、パンツ以外の全てで作り上げたパラシュートも役に立たなかった。





 あああああああ!!!

 こんなことなら、ホテルのガウンを着てくるべきだった!





「万策尽きたぁーーーー!!」







 俺は泣いた。




 もうダメだ。

 せめてヤツを道連れにしてやる!!



 全力で空中を泳げば、ヤツの真上まで移動できるかもしれねえ!





 地上を見下ろすと、さっき放った小便がヤツの顔面に命中したところだった。



 避ける暇もなく襲い掛かってきたのであろう。

 目を見開いて驚いたあと、ヤツは超スピードの小便の水圧で吹き飛んだ。




「……プッ」



 プァハハハハハハ!!!!!

 あんな気取ってたくせに、小便で吹っ飛んでやがんの!!!!!


 ハハハハ!

 馬鹿じゃねーの!!





 超高圧の水は鉄をも切り裂くというが、マッハに近いスピードで噴射された小便をくらったヤツはひょっとすると体に風穴が空いてるんじゃねーの?


 ざまあみろ!!!!





 ……はあ、ちょっとすっきりした。

 が、直後にとんでもなく後悔!



(小便を真下に出したら、水圧がクッション代わりになったんじゃねーの?)




 しまったああぁ!!!

 どうしてそれを試さなかったんだ!!!


 アホか、俺は!!





(いや待てよ。水流が地面のコンクリートを打ち抜くだけかな?)





 どちらにしても、もう遅い。

 地上まであと数メートル。


 凛夏の視線は俺より少し上を見ていた。


 目でも追えない超スピードで落下してるってこと。








 葵姫たんも、鎮鈴も間に合わず。


 百人以上のギャラリーの皆様が見守る前で、俺は死にます!!!





 SAYONARA!!!









 死を覚悟した瞬間、目の前が真っ暗になった。












 脳裏に懐かしい声が響く。


『こんなこともわからねーのか、スズキンタマ!』



 ――この声は?



『だからおまえはクズなんだよ。黙って勉強できねえなら金工室の万力にタマキン挟まれて死んじまえ!!」





 中学時代の恩師、安西先生の声……?



『どうだ、痛ぇか!? おまえが憎くて殴ったんじゃない! おまえがかわいいから殴ったんだ!』



 大好きだった先生との思い出が次々と脳裏に浮かんでくる。


『馬鹿野郎!!』



『バットを見ろ! 凹んでるだろ? おまえの頭が痛いのと同じだけ、この金属バットも痛えんだよ! これが作用反作用の法則だ! わかったか、馬鹿野郎! 次はこのゴルフクラブでいくぞ!』



 これが走馬灯か……。



 安西先生――勉強ができない俺をいつも優しく指導してくれてありがとうございました。

 みんなは先生のこと怖がっていたけど、俺は先生のこと好きだったんす。

 先生のお陰で俺、理科だけは好きになれたんす。


 先生……俺が卒業したあと、先生が傷害事件で逮捕されたと聞いて信じられなかったっす。

 死ぬ前にまた一度だけ会ってみたかったっす。



 ああ、先生……!





『起きろ鈴木! これが作用反作用の法則だ!』




『もう一発!! 作用反作用の法則だ!』






『とどめの作用反作用の法則だぁーーーッッ!!!』




 ――作用反作用の法則……?







「はっ!!」





 目を開くと、もう地上に激突する瞬間だった。


(これしかない……!!)




 俺は目を思い切り見開いて、針の穴を通すような一瞬のタイミングに賭けることにした。



 タイミングをあわせ……今だ!!!!

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